100 泰河


「すっかり朝だよなー」


河辺で、菫青色の河底を見ながら

あくびするルカにつられて、オレもあくびする。


「さっきは、ビビったよな」と 朋樹に言うと

「おう... 」と、生返事を返す。


炙りや天空霊、霊道を閉じた光が消えると

また近々 改めて会議を... ということになり

皆それぞれ テーブルを立ったが、朋樹が ボティスに呼ばれた。酒呑が座るテーブルだ。


『えっ!』『彼は、酒呑童子だろう?』

『何なに?!』


近くで見たかったが、戦闘中に 相手の頭を掴んで潰したところも見ている。

オレらは、全く近寄れていなかったが

呼ばれた朋樹に後に、ぞろぞろ続いて行ってみる。


赤い髪をうねらせた、美男 ってツラした酒呑は

『小僧。炎の鳥や蝶は、なかなかであった』と

朋樹を褒めた。


『ん... まぁ... 式鬼使い なんで』


初めて皇帝に会った時は

“オレ 異教だし、別にいいだろ”... だった朋樹も

酒呑童子には 緊張していた。

能装束のような着物の返り血は、シェムハザが消していたが、頬には まだ、飛沫しぶきが残っていた。


『聞けば あの天女も、お前の式鬼と』


おお?! これは?!... と

期待して 顔を見合わせていると

酒呑は『札を出せ』と、自分の手首を噛んだ。


『いや、そんなに... 』血は要らない とも言えず

『ありがとうございます』と 朋樹は、言い直し

自分の指先を 術で小さく切ると

その指で、霊符に模様のような文字を書く。


ぼたぼた出ている 酒呑の手首の血を

霊符に受けながら

『汝 酒呑童子は、雨宮 朋樹の使役式鬼となる

契約を、ここに締結する』と、宣言した。


『仕事の度に、街を彷徨うろつかれても

たまらんからな』


尤もだが、失礼なことを言って笑うボティスを

“何じゃ” というような 拗ねた眼で睨み

『仕事外であれば、酒を用意して喚べ』と

手首から血が流れる右手を 朋樹に差し出し

力強く 握手した。


「最強式鬼だよなー! カッコよかったしさぁ」

「おう、すげぇよな!」

「いつか、召喚部屋に喚んでみないか?

カウンターに 酒は並んでるし」


興奮が戻り、軽く盛り上がったが

「なかなか帰らんぞ」と ボティスが言い

「握手した手、まだ痺れてるけどな」と

朋樹も、内出血した手を見せたので

「じゃあ 喚ぶのは、ボティスが居る時に... 」と

「スサさんとかね」と、すぐ平常に戻った。


式鬼契約が済むと、酒呑や鬼たち、山神や霊獣は

榊と浅黄が、幽世の糸で指を繋ぎ

幽世から 各山へ帰って行った。

アンバーと琉地も 行っちまったけどさ。


月夜見とスサさんは、封鏡を持って 高天原へ。

師匠と阿修羅、その配下たちは

羅刹天を伴って 天部界へ。


『ジェイド』と 呼んで、ソファーで肩を抱き

しばらく至近距離から 見つめていた皇帝も

『ルシファー、赤い竜の話や花札を

暑い内に 召喚部屋で』と ジェイドが切り出すと

いつも通り ジェイドの髪にキスをし

ハティに付き添われて、地界へ戻った。


シェムハザは、キャンプ場にいる魔人たちに

もう 家に帰れることを 伝えに行き

そのまま城に戻るようだ。

洋館には、アコが向かってくれている。


オレらは、朝飯食ってから 召喚部屋に戻るか

... って ことになったが

『四郎、朝は その服、目立つぜ』と いうことで

四郎が着替えて来る間、河辺で待っている。


まだ 姿が戻らないゾイは、笑顔のミカエルと

早朝デートへ 向かったんだけどさ。


「皇帝って、人の妻とか彼女とかには

ちょっかい 出さねぇよな」


不思議な気がして 言ってみると

「榊には、キスしたじゃん」と

ルカが返してきたが

「俺が不在にしたからだ」と ボティスが答えた。


「城には リリトも居る。

皇帝に近寄れる女は、そうそうおらんが

何とか近付こうとする女も 後を絶たん。

辟易している」


そうか... もう 女自体、面倒くさいんだな...


「しかし、男が 女を泣かせでもすれば

こういった手段に出る」


うお... 男の方を いじってんのか...


泣いてる女の子は、弱ってるしな...

教会で見た、皇帝の碧い眼を思い出す。

すき間に入り込むような...


「それをキッカケに

当然、皇帝に溺れる女もいる」


“お疲れ。起きたら また連絡する” と

朱里シュリに メッセージを入れていると

朋樹もスマホ出して、操作し始めた。


「へぇ... 僕に恋人が出来たら、泣かしてなくても

からかって キスくらいしそうだね」と

ジェイドは、他人事で笑っているが

「いや、出来ても言うな。

有事で ミカエルが喚ぼうと、城に籠もる恐れがある」と、ボティスが 真顔で釘を刺した。

ほとんど カノジョじゃねぇか...


「まだ、お前との仲に不安を感じているからな。

自分が お前の中で、“代わりが利かん唯一” となれば、お前に女が出来ようと、お前に冷たくなり

泣かせた 女に手を出す... くらいで済む」


「もう、皇帝で良くね?」と 聞くルカに

瞼を閉じたジェイドは、答えられてねぇしさ。


「お待たせ致しました」


四郎が ボティスの隣に立った。


「おう」「おかーり、四郎」


髪は、高い位置で括ったままだが

水色のティーシャツに 膝下丈の黒いパンツ。

黒のスニーカー。靴紐は真緑だ。


オレが、靴紐を見ているのに気付くと

「涼二の真似をしたのです」と

照れくさそうに言った。

笑ったボティスが 肩に腕を回す。


「カッコいいじゃねぇか」

「オレ、紺にしよっかなー」


オレらが言うと、四郎は嬉しそうに

「はい」と 笑った。


「行くか」


河辺を立って、影穴を閉じた階段へ向かう。

もう すっかり朝だ。

地面にも 木の枝にも、若草や葉の色が眩しい。


「飯、どこで食う?」

「もう、カフェで良くね?

バス、ずっと停めさせてもらってるしさぁ」


階段を上がりながら

「天狗の奪還って、奈落に潜入するのか?」と

朋樹が聞き出したので

「いや、もう 起きてからにしようぜ」と

また あくびしながら答える。


「そーだよ。まだ花火とかもしてねーしさぁ。

なあ、四郎」

「なんとか、海にも行かないとね」


階段を昇り切り、道路に出ると

「行って来たぞ」と、アコが立った。


「おう、アコ」「お疲れー」


「ぬらりは、ひなたに会いに行った。

あとは みんな、霊道を通って 帰って行ったけど

何人かは 洋館が気に入って、“残りたい” って言うんだ。だから今度、キモダメシ見学に行こう」


お化け屋敷から、妖怪屋敷になったのか...


「小豆洗い、居た?」って 聞くと

「そいつは 川へ帰った。尻目は居る」って ことだ。ミカエルが行ったら 大変だよな。

いや 子供にも危険だ。アダルトだしさ。

未成年の前に出ねぇように 言わねぇとな。


「あと、豆腐小僧と 傘化けと、化け提灯と... 」


休日、早朝のカフェは 閑散としているが

店員の「いらっしゃいませ」の 後に

奥のテーブルから

「お疲れ」「遅いんだけど」と、女の声がした。


ニナとシイナだ。

壁際のソファー席に座る ニナの隣には

背もたれに寄り掛かり、口を開けて寝ている

リョウジが居る。どういうことだ?


「何をしている?」


オレらが口を開く前に、ボティスが聞くと

「えっ、そんな言い方ある?」

「口から、黒い靄 吐く人とか居て

大変だったんだけど!」と、二人が抗議する。


オレらに残されたリョウジが、ぽつんと

寂しそうだったので

『アイス食べたくない?』

『夜も暑いよね』と 誘い、カフェに寄った。


『あの人たちと知り合い?』という話になり

リョウジから、クライシの蝶の件を聞くと

『え? それで こないだの天人の子の件?』

『あはは、超災難!』と、三人で 一頻り笑い

カフェを出ると、闇靄を 吐いている人と

黒い餓鬼が居た。


「様子 おかしかったし」

「“建物に入れたらいい” って 聞いたから

ひたすら 連れて行ってたんだけど」


「外にも出たのか... 」

「闇靄は、人が吐いてたしな... 」


危なかった... シイナたちが 助けなければ

死んでしまった人も いたかもしれない。


「でも、江上くんたちも やってたと思う」

「“こういう人が居たら、建物に”... って

周りの人に言ってる、男の人の声 聞こえたし」


「危ねぇのに... 」「無給でさぁ... 」と

また胸が熱くなる。

そういう人たちも いるんだよな。


深夜... 呪骨が 月夜見に射抜かれた頃

靄を吐く人は、見なくなったが

腹も減り、“河川敷” と 聞いてもいたので

このカフェに 来てみたようだ。


「マジか」「助かったぜ」と

オレらも礼を言ったが

「姉様方、ありがとうございます」と

四郎が言うと

「ううん」「こちらこそ」と、二人は笑った。

何か 誇らしいような、嬉しそうな顔だ。


「良し。なかなかだ」


おお?! 久々に出たぜ...


「聞いたか?」「僕らには出ないのに」と

どよめいている オレらを無視して

ボティスは、マネークリップごと

テーブルに置いた。


「別に そういうつもりじゃ... 」と 困っているが

「受け取れ。それか、何か欲しい物があれば

買ってやるぞ」と アコが受け取らせる。


「物は 別に... 」「うん... 」と

もぞもぞしているが

「また 教会に来たけりゃ、来りゃあいいだろ?」と、ボティスに言われ

「うん... 」「いいなら... 」と 照れている。


「なんだ? おまえら」「そんなかよ」


朋樹とルカが笑うと

「今、なんか言ったりしないでよ」

「ジャマだし、座れば?」と、つんとされた。


「かわいくねぇ」

「生意気言ったら、泣かすぞ コラ」


「リョウジ、すごい頑張ったよ」

「うん、こっち座ってあげて」


無視されてるしさ。

朋樹もルカも、うわぁ... って顔だ。

「嘘うそ」「怒った?」って 言ってるけど

シイナって、こんなだったか?


四郎を手招きしたニナが ソファーを立つと

「今日も、遊ぶ約束をしておったのです。

状況が落ち着いたらば 連絡すると... 」と

リョウジの隣に 四郎が座る。


「あんたも、こっちに座ってやれば?

“タイガくん”って、あんたでしょ?

タイガくん タイガくん... って 言ってたし」


「おう」


こいつ、かわいいんだよな。

リョウジの向かいの席を、オレに譲ったシイナは

そのまま、オレの隣に座った。


隣のテーブルの壁際が、ボティス、アコ、朋樹... と 詰まり、朋樹の向かいに ジェイドが座ると

「ゲイの子、ちょっと こっち来てよ」と

シイナが ルカを呼び

「おまえ... 」と、ゲンナリした顔で

力無く ルカが座る。


「なんだよ?」

「同性愛について 語りたいだけよ」


「聞いてやるから、語れよ」と ため息混じりに

返したルカは、立っていた ニナを振り向き

「座んねーの?」と 隣を指した。


「あっ!うん」


“ん?” って、ツラになった ルカが

隣に座った ニナを見た。


「えっ? なに?」と 聞く ニナに

「ん? ユーゴって 呼んでいー?」と 聞き

腕を叩かれている。


ルカは、笑いながら

「で、おまえは 早朝から語んのかよ?」と

シイナの方に、気持ち 身体ごと向いた。


「... あっ、泰河くん? 四郎!」


リョウジが 目を覚まし

カフェに居ることを 思い出したらしく

よだれでも出てないかと、口元を確認している。


「涼二、頑張ってくれたようで... 」と

四郎が 嬉しそうだが、リョウジは オレらに

怒られるんじゃないかと 不安顔だ。


「聞いた。助かったぜ」「ありがとうな」

「四郎と約束してるんだろ?」

「召喚部屋で 寝てからにしたら?」


オレらが言うと、リョウジは ホッとして笑い

「はい!」と 素直な返事をしたが

表情は少し、大人びた気がした。





********





「おー、眠てぇ... 」

「一日、長かったよな... 」


カフェで飯食って、シイナやニナと

『じゃあ、またなー』と 別れると

ボティスとアコは 里に向かったが

オレらは、リョウジも連れて 召喚部屋だ。


順にシャワーの間に

『リョウジの着替えがない』ということに気付いた。

『いやっ、いいです!』と 遠慮していたが

まだ全然 夏だ。


服は 四郎が貸すことになったが

下着は、オレとルカが コンビニへ買いに行く。

『ついでに 飲み物もな』

『炭酸水とアイスコーヒー。

四郎たちが飲める物も』とか 言われてさ。


コンビニは、召喚部屋の近くにあるので

駐車場からバスを出す方が 面倒になり

「あちー」と 言いながら、二人で歩く。


「ルカ、バイク乗って来てたら 良かったのによ」

「そうなんだよなぁ。寝てから 取りに行こかな」


コンビニに着いた時には、汗だくだ。

午前中で これだもんな。


下着と、飲み物 選んで

「アイス食って帰ろうぜ」と、アイスも選ぶ。

かき氷っぽい棒つきのやつにした。


コンビニ前で食いながら

「四郎とリョウジも 食いたいかな?」

「でも、溶けるぜ?」と なって

結局、駅近くのアイス屋に買いに行く。

バスで来るべきだったぜ。


歩きながら、さっきのカフェで

ルカが、“ん?” って ツラになったことを

思い出して「あのさ、さっき... 」と 言い掛けると

「ピストルの死神、“ユダ” ってさぁ... 」と 言った

ルカと被ってしまい

「あっ! それさ、イエスの弟子の?!」って

話になる。


「“ユダ” っていったら、そうじゃね?

イスカリオテ」


「けど、“マリア” って 名前の人も

“ヨハネ” って 名前の人も、いっぱい居たんだろ?」


「そうらしいんだよなぁ...

イエス... イェシュアとか、ヨシュアとかも

珍しい名前じゃなかったみたいだしさぁ」


話しながら、アイス屋に着いたが

躓いて コケかけた。靴紐が解けている。

暑いのに、ダルいよな。


「ちょい待って。靴紐」と 言ったが

「中で待つしぃ」と

ルカは さっさと、アイス屋に入って行った。

まぁな...


アイス屋の入口を避けて、しゃがんで 結び直し

ついでに 紐の間に入れ込んでいると

『... まいか』と 言う、男の声がした。


顔を上げると、あの女の子が立っている。


オレの隣に、白い煙が凝り

ギリシャ鼻の男になった。


「パパ? どこにいるの?」


『... まいか、ごめん

パパの方からは、まいか が見えるけど

まいか からは、もう見えないんだ』


何も 考えられず、動けなかった。


「もう、パパに あえないの?」


『... そうだね

だけど、見えなくても 見守ってる

パパの心は、無くならなかったから』


男の方に、向けなかったのに

男が、オレに 笑いかけているのが分かった。


女の子は、少し黙って考えると

「パパが わたしを まもってくれるから

わたしは、ままを まもるね」と、言って 笑う。


『... うん、いい子だ

まいか ずっと だいすきだよ』


男が、女の子の頭を撫でて消えると

女の子は、ニコっと笑い

近くで 電話をしていた女の人のところへ

「まま、だいすき」と、駆けて行った。


街路樹の葉も、走る車が反射する光も

眩し過ぎた。


あーあ 暑いよな マジでさ


「ヒゲ。おまえ、アイス持てよ」


ルカが、隣に しゃがみ込んだ。


「... ったくよー。

お持ち帰り時間、30分だし。あちー」


何も話せずに、車に反射する光や

アスファルトの色と、白やオレンジの線

灯りの消えた街灯を ただ映していると

「眩しいよな。いろいろさぁ」と

ルカが 空を仰ぐ。


空は、雲の白が 焼き付くようだった。


「リョウジくん、ぱんつ 待ってんだろ?」


「... 先、帰れよ」と 鼻すすって言うと

「バカじゃね?」と、まだ 空を仰いでいる。


「泣いてるヤツ、置いて帰れねーからさぁ」

「うるせぇ... 」


ふう と、息をつく。


「おまえさぁ、帰り着くまでの時間含む30分って

分かってんのかよ?」

「おう」


「よし。じゃあ 帰るぜ」と 立ち上がったルカが

アイスの紙袋を差し出した。


「泣き止んだんかよ?」

「うるせぇって」


立ち上がると、立ちくらみに よろけ

「だっさ」と 笑われる。いいけどよ。


歩き出すと、緩い風が吹く。

街路樹の葉に 光が揺れて、やっぱり眩しかった。






********       「天狗」了







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