99 泰河


「白尾」


月夜見キミサマに呼ばれた白尾が「はい」と

枯れた草の上を歩くと、地面から さやさやと

若い草が生え始め、桜の幹に 手のひらで触れると、枝に若葉が開いていく。


鬼たちや 八の軍の悪魔、阿修羅の配下たちは

シェムハザが、取り寄せたワインや食事で労い

飲み食いしながら、親睦を深めている。

食後は、バルフィだろうな...


人化けした史月と朱緒、浅黄や桃太も

酒呑や茨木に呼ばれて 混じり

ボティスと榊も呼ばれているが

榊は、幽世の中にあるらしい 魂の扉を見に行き

ボティスは「後で」と答えている。

玄翁と真白爺、フランキーは、師匠たちと 何か話していた。


「あの人間たちは、どうする?」


アコが、河辺に寝せている人たちを指差すと

「しかし、影穴を通るとはのう... 」と

月夜見が 気にしている。


影界には 人間が入れることはないらしく

「天狗か、凶神や呪骨の術じゃないのか?」と

ボティスが言っているが

「そうであろうと、相当に闇深き人等ということだ」と、難しい顔になった。


別に おかしくはないよな。

誰にでも 闇はある。けど必ず、光もある。

闇の比率が大きい ってことだろう。

光に気付けないくらいに。

気付けたとしても、闇に傾く時もあるしさ。


「罪悪感の芽生えを 手伝うこととしよう。

光に気付く 切っ掛けとなる」


ハティが言うと、シェムハザが

「深層に残すか」と 答え、二人で河辺へ向かう。


「何するんだ?」


「獄卒の拷問の記憶を、深層に残す。

“人の眼を突いたら、自分の眼も突かれなければならない”。律法にある これを理解するためだ。

それが 理解出来てから、ようやく 聖子が言った

“隣人を愛しなさい、敵を愛しなさい”... となる。

まだ精神が 紀元前にいる ということだ」


影穴から出てきた人たちが 吐いた闇靄は

その人たちの被害者の念だった。


念が固まって生まれた牛頭鬼と、

自分の影から生まれた 黒い餓鬼... 自分の化身に

やられたことが、深層に刻まれていれば

また 誰かを騙す とか、他人に被害を及ぼす時に

表層に浮かんでくる。


眼を突いたら、眼を突かれなければならない... という法だ。

自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない

とか、子供の時から習ってるもんな。

教えてもらったことが身につくのは、経験を通して ってことだろう。

悪いことがバレずに、法に裁かれず

ずっと加害者でいると、気付けねぇのかもな。

気付いても つい、小さいことは やっちまうこともあるしさ。


あの人たちのことは、纏めて 沙耶ちゃんから

知り合いの刑事さんに 相談してもらおうかと思ってたけど、今回のことが深層に残るなら

やめとこうかな...

自分で気付いて、反省するかもしれねぇし。


「精神の成長か...

そう考えると、聖父の教えが浸透するまで

すげぇ長い時間が かかるよな。

遺伝で引き継いできてる はずなのによ。

オレもまだ、紀元前うろうろしてるぜ」


朋樹が言うと、ジェイドが

「“ミトラ” だね。

でも、なかなか さとれもしないんだろうし。

僕にも まだ、智慧を見る眼はない。

あと五周 生きても、難しいだろうね」と笑った。


「天や地界の時間で、幾千生きようと

覚ったことはないからな」


そもそも 覚る気は無さそうなボティスは

皇帝に呼ばれて ソファーへ向かう。

地上時間じゃ、幾つなんだ?


「おう。真理な、真理ぃ。遠いんだぜ。

“遠い” って言っちまうとこが、もう さぁ。

たぶん 距離じゃねぇしー」


疲れてハイなのか、ヤケなのか 分からんルカが

「オレも ずっと飲みたかったんだけどー」って

取り寄せてもらった フローズンシェイク飲みながら、柔らかい若草の上に座った。


黙って 近くに座ると「なんだよ ヒゲ」と言うが

更に黙っていると

「いやさぁ、これで解決なのかよ?」と

ふてくされたように言って、シェイクを飲む。


「藍色蝗については、な」と、隣に朋樹も座り

「炙りや 地中の息と、天空霊を解放したら

二の山の洋館の妖したちと、キャンプ場の魔人たちも、普段の生活に戻れるしね」と

ジェイドも座る。


「で?」という ルカのシェイクを

「何味?」と ジェイドが取り

「ヨーグルトだろ?」と、朋樹に回る。

「バニラじゃねぇか」と 飲んで、空になった。


「オレ、天狗のこと 言ってるんだけどー。

アバドンのオモチャかよ?

姫様 騙して、取り上げてるじゃねーか」


「分かってるけどよ。スサさんと月夜見キミサマ

高天原で会議してから、“国の神だから返せ” ってなるかもしれねぇだろ?」


「けど、天狗を取って行ったのって

やっぱりさ... 」


歓喜仏ヤブユムになる気か? とは

言いたくねぇから 言わねぇけど。


「だろうな。それが何になるのかは

知らねぇけど」


朋樹が返事をしたが、ルカもジェイドも

それだろ って感じだ。


「自己改変?」


「まさかだろ。天使じゃなくなったら マズいんじゃね? 奈落、任せられなくなるだろ。

“創造のエネルギー” なんだろ?

なんか 産み出す気なんじゃね?」


「または、能力とか作用を産み出すか だよな」


よく分からねぇ。言った朋樹を見ると

「アバドンが、天狗にキスしやがった時に

幽世から 魂が出ただろ?

取り寄せたのかと思ったからよ」と

割と とんでもねぇことを 口走った。


「おまえ、キスとかで そのレベルだったら

やっちまったら どうなるんだよ?」


「いや、幽世から... ってのは

ひょっとしたらっていう 推測でしかねぇし

分からんぜ。

アバドンだって、分からねぇんじゃねぇか?

ただ、ハティやパイモンみてぇに

改変の知識はあるよな。

天使の翼 落として、悪魔の頭 変えちまうし。

蝗にも毎回、契約したヤツの遺伝子混ぜるしよ。

天魔術にもけてそうな印象だ。

だから、幽世から魂 出したのかと思ったんだよ」


「だったら、天狗の遺伝子を調べてからかな?」


「何か産み出す気なら、そうだろうけどさ

新しい術を身につけるとか、何かの作用なら... 」


「もう やっちまってる?」


ルカのトドメで、話が止まった。

知らねぇとこで 何か起こってねぇだろうな... ?


「兄様方」と、四郎が呼ぶ。


ハティとシェムハザの 記憶操作が終わり

悪魔たちが、カフェやホテルのロビーなど

起こされやすい場所に、寝ている人を運ぶようだ。

天空精霊を解放し、玄翁たちが神隠しに切り替える。

白尾の修復も済んで、河川敷は生き返っていた。


ソファーの前に テーブルが戻されていて

山神たちや、ハティ、シェムハザとボティス、

師匠たちと月夜見とスサさんが テーブルに着き

オレらも着くように言われた。

アコとリフェル、酒呑も着いている。

アンバーと琉地も オレらのテーブルに着く。


ソファーは、さっきのままだ。

皇帝と四郎、ミカエルとゾイ。

四郎の頭にエステル。


鬼や阿修羅の配下たちは、酒がいいらしいので

またワインが取り寄せられたが

オレらにはアイスコーヒーだった。

ストローが無いのは、ぼこぼこ防止だろう。

各テーブルに バルフィの皿も顕れる。


「それぞれ 良くやった。上々だ」


皇帝が言うと、“おおー!!” と

鬼や 阿修羅の配下たちが沸き

うおっ... と ビビる。

天や地界を よく知らない鬼たちにも

“ルシファー” という名前は 知れ渡っている ということもあり、天津甕星でもある。

自分たちのボスが 同じテーブルに着いた ってのも あるんだろう。


「だが、まだ問題が残っている。

知っての通り、新しく生まれたばかりの神が

奈落の主に取られたことだ」


天狗は そもそも、今まで戦っていた 敵の大将だが

疑問の声も上がらず、当然のように 話が受け入れられていく。


「まずは、月夜見キミやスサが タカマガハラに報じ

ミカエルと共に 天に上がり、奈落へ 返還令を出すことになるだろう。

しかしだ。枷が決めた罪には、奈落に拘束権がある。返還される可能性は低い」


だよな。全体的に、空気が乾いて 落ち込んだ。

残念そうに 嘆く声が、あちこちから上がる。

皇帝は、コーヒーを口に運び

ミカエルは ゾイに、皇帝の仕業らしき花バルフィを 渡しているが、四郎が口を開いた。


「ですので、奪還 致します」


再び、空気に 熱気を含まれていく。


「正攻法で 返還請求を進めながら

奪還に動きます。

天狗が戻られた折には、母君の天逆毎姫と共に

国の影界の王として 立たれることでしょう」


また歓声が上がり「俺が行く!」「俺も!」と

志願者が名を上げるが

「それは、テーブルに着いている奴等がやる。

悪魔が奈落に入り込むと、牢に収監されるか

処刑されるからだ」と ミカエルが静めた。

ミカエルにビビって、野次が飛ぶということはない。

自分たちのボスは、テーブルに着いてるしな。


「こちらが奪還に動く間に、向こうも こちらを潰そうと、何らかの手は打ってくる。

多くの場合、奈落の蝗を使っての 侵攻だ。

狙いは、地上の掌握と人間の魂。

この国に限ったことでなく、人間やアヤカシ

地上の者等に被害が出ている。

いずれ、他神界にも被害は及ぶと推測される。

この阻止のため、異教や異国という垣根を越え

地上勢力として 事に当たっている。

皆にも 協力して欲しい」


皇帝やミカエル、日本神や天部神がいる... ということで、でかい話だろうと 予測は着いていたようだが、何すりゃいいか分からないし、戸惑うよな。


「アバドンが蝗を使って 差し向けてくる者等に

対処することだ。今回のような戦闘が主となる」


「おお」「防衛であるな」と、あっさり了解しているが、こうやって トップのヤツらが

“どういう状況で 何をしているか” を

説明するのは 大切だよな。

何も分からずに、ただ命を受けて働くだけだと

疑問が湧いてくるだろうし

同じ勢力だってことで、連帯感も生まれるしさ。


「天狗が取られたように、相手に味方を取られてしまうこともある。

これまでも、浅黄や柘榴が取られた」


ミカエルは、柘榴や霊獣たちとも協力し合い

互いに助け合うことが大切だ ということや、

混乱を防ぐために、月夜見やスサさん、

迦楼羅や阿修羅、酒呑の命によって動くこと、と 丁寧に話した。


取られた浅黄や柘榴が 戻って来ていて

人間だけでなく、妖しも護ったことを知っているので、ミカエルの言葉は すんなり届く。


その後、ハティやシェムハザ、ボティス

四郎が紹介されたが

鬼たちは、ボティスやアコのことは 知っていて

それが 信頼の 一因にもなったようだ。

オレらの紹介は「伴天連と祓い屋だ」という

ボティスの 一言で終わった。


「規模、でかくなっていってるよな」


「鬼たちや 天部神の配下たちまで 巻き込むことになったし、ミャンマーなどの他国にも 被害が出たからね」


けどさ... と、ボティスに連れられて

鬼たちや 阿修羅の配下に挨拶をする 四郎を見て

少し 心配になった。


四郎自身は、地上勢力の 一員として 出来ることがしたい... って 言ってるし

今の世を護りたい とも 思ってくれてる。


蘇りであって、神仏国に生まれたキリシタンだ。

人間と妖し、様々な神々との架け橋にもなる。

でも、今回みたいに 総大将として立たせるのは

オレは 嫌なんだよな...


「そろそろ 明るくなるな」


ミカエルが「一部の建物と公園には残すけど」と

河や街、山から 炙りの光を解除し

地中の霊道の息も解放した。

シェムハザも天空霊を解除する。


空は もう、夜の色が薄まっていた。


真珠色の淡い光が 一斉に大気に融け

地中から 虹色の光が 揺らめき立ち上がる。

青白い光の天空霊たちが 天に昇った。


でかい防護円の中で、神々や鬼たちと共に

その様を見上げ、美しさに 畏れを抱く。

人や動物たち、妖したちも 護った光だ。


光が すべて立ち昇り 融け入ると、空や空気は

夏の 早い朝の色だ。


理想を追っては なりませんか? という

四郎の言葉を思い出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る