92 泰河


法螺貝のの間に 錫杖が鳴り

射られた矢を、四郎が 風で払う。


酒呑しゅてんたちが、前に歩を踏み出すと

榊が黒炎を吐き、ジェイドが聖油を投げて弾けさせ、シェムハザが指を鳴らして 相手に降らせた。


朋樹の式鬼札にも ジェイドが聖油で十字を書き

四翼の青い炎の鳥を、中央の騎兵に投げ込むと

三眼の馬がいななき暴れ、この機に 馬を崩そうと

史月が 酒呑たちを飛び越えて走る。


相手側からは、ザッ ザッ と 歩兵が歩み出て来た。


史月が 馬に突っ込んで、二頭を弾き飛ばし

三頭目の首に 喰らい付いて振り回すと

また法螺貝が鳴り、刀を抜いた酒呑たちが

“おおおーっ!!” と 怒号のようなときの声を上げて走る。

錫杖が鳴ると、相手側の歩兵たちも

槍や刀を手に走り

ぶつかった場所で 斬り合いが始まった。


突き出した槍を掴まれ、振り飛ばされる歩兵がいれば、合わせた刀を叩き飛ばされ、首も刎ね飛ばされる歩兵もいる。

馬上から槍で突こうとした騎兵も、槍を掴まれ

そのまま大きく 振り飛ばされた。


全員が、黒風のように動ける訳ではないが

鬼たちは 動体視力が違う。天使や悪魔並だろう。


天狗側のヤツらは、力は多少 強くても

鬼たち程じゃない。

見たところ、特化しているのは しぶとさだ。

念から生まれただけあって、首を失っても立っているし、胸に穴が開こうと 腹の中身が出ようと

向かって行く。

額の眼を突くまでは、再生しちまうしな。


歩兵が両手に構えた刀を、右手の刀で叩き飛ばした 酒呑は、左手で歩兵の頭を握り潰した。

茨木は、斬首した首を 一ヵ所に投げ

額の眼は、他の鬼が 拾った槍で突いている。


「合戦だな。だが、少し休憩しろ」と

シェムハザが アイスコーヒーを渡してくれた。


スサさんや月夜見は、ワインを飲みながら

ソファーの隣で 戦況を見ていて、

ミカエルに呼ばれたゾイと 玄翁たちは

ソファーの後ろに移動した テーブルのところにいる。

四郎は また、膝に露を載せた 皇帝の隣に座らされ

師匠は「バルフィ」と、配り回っていた。


「名を言え。俺の用は それだけだ」


ボティスは、テーブルの 一つに腰掛け

自分に 向き合うように置いた椅子に

赤黒い鎖を巻かれた天使を 座らせていた。

ボティスが座るテーブルには、浅黄と桃太、

アコ、榊がいる。


「“ボティス”」と、天使が答えると

「俺は、お前を知らんが

お前は俺を知っているようだな。光栄だ。

だが俺は今、見ての通り人間だ。

悪魔の時のように、“読み” が 出来ん。

まぁ 出来ようと、皇帝相手に閉じれるのであれば

悪魔の俺にも、お前を読むのは難しかっただろう。 そういった場合に、だ。

俺が “どういう手段を取るのか” ということも

知っているのか?」... と、喋りまくっている。


「拷問 まがいの尋問」


額に開いた縦の眼だけを ボティスにやり

興味無さげに答える 天使を見て

ルカが「こいつ、何か 余裕じゃね?」と

小声で オレに言う。


「自分が天使だから、人間や悪魔に やられねぇと 思ってるんじゃねぇか?」と 答えていると

「ミカエル、つるぎ」と、ボティスが言った。


天使の頬が 微かに引きる。

天の剣なら、天使も斬首 出来るもんな。


アイスコーヒーを片手に、近くに来たミカエルが

「名前くらい、言っちまった方が

苦痛は 少なくて済むぜ?」と、天使に言って

テーブルにコーヒーを置くと

ボティスに 剣を渡した。

それを見て、天使は “信じられない” という眼になった。

ミカエルが 拷問を許す... とは、考えなかったのかもしれない。


「自分の姿を見てみろ。何になった?」と

ボティスが笑う。

鴉天狗と混ざって 額に眼が開き、翼骨が生えた。

天から見れば、悪魔だ。


「奈落配属、アバドンの副官でも

奈落の各軍の指揮官でもない。

でも、アバドンから 直接 命を受ける程度の立場ではある。天に戻って 調べりゃ分かるけどな。

俺の記憶から、ザドキエルが調べるけど」


ミカエルが立っている位置は

テーブルに腰掛けたボティスの隣だが

榊からは、天使が見えなくなったはずだ。

朋樹とジェイドが「桃、酒呑って 二山? 」

「榊も知ってたのか?」と、話を聞き出した。


「名前は?」と、ボティスが聞く。


黙っている天使の肩を、剣で突いた。

「ぐっ... 」と 呻いた天使に

「額の眼を潰すまでは、消滅しねぇんだろ?」と 聞き、剣をじる。

痛ぇよな... 見ててキツイぜ。


けど 名前を言えば、皇帝に恩寵を封じられる。

恩寵を封じるのに 名前が必要... ということだろう。そうでなければ、聞く必要は無い。

ミカエルが天で調べれば、本当に分かると思う。

質問に答えさせるのは、屈服させるためだ。


「... 奈落の天使 でもさぁ

天の天使のことは、知ってるんだろ?」


ルカが 天使の隣から、ミカエルを指して

「この天使も、もちろん知ってるよな?」と

聞く。


ボティスが また剣を捻じると

「... ミカエルだ。知らない者など居ない」と

苦痛に喘ぎながら 答えた。


「奈落って、天の 一部なんだろ?」


ルカが ミカエルに言う。

そうか... ミカエルは、アバドンより上位だ。

ミカエルのめいなら、聞くんじゃないか?


「もう、関係ねぇんだよ。

こいつ等は、アバドンの実験に使われた “失敗作”だ。奈落にも戻れん。

アバドンに与えられた使命は、憑いた奴の身体を乗っ取り、“新しい能力を手に入れる” だろ?」


「そんな使命... 」と、つい口を挟むと

「奈落じゃ まかり通るんだよ。

こいつ等にも翼はなく、悪魔はアバドンにイジられて、虫頭だ」と、ボティスが鼻で笑った。


「天使で いたいか?」


ミカエルが聞くと、天使は 俯いた。


「もう、天配属の天使達とは 違う。

奈落で 翼が落ちて... 」


「いや。同じ炎から 生まれた天使だ。

堕天とは違う。翼はラファエルが再生出来る。

恩寵を封じさせて、ここで消滅したことにしろ。

拷問は 俺がさせない。こちらに転べ」


ボティスが 剣を引く。


ミカエルが「名前は?」と 聞くと

「リフエル」と、三眼で ミカエルを見た。


皇帝ルシファー


剣を ミカエルに返したボティスが呼ぶと

皇帝は、振り向かずに 手だけを動かして

天使を 自分の前に、鎖ごと移動させた。


「“リフエル” だ」


皇帝は、膝の露を抱いて 立ち上がると

リフエルの背中に、右手を潜らせた。


心臓を掴まれた リフエルが「う... ぐ... っ」と

呻きを上げ、両手の指や 膝を震えさせている。

ミカエルが リフエルの前に立ち

額に手を当てて 癒やす。


「ミカエル。甘いな、お前は。

リフエル、顔を見せろ」


「誰でもかよ... 」と、ルカが ぼやくが

「いや、“苦痛の顔のみ誰でも” だ」と

ボティスに答えられ、聞かなきゃ良かった... と

いう顔になった。同感だぜ。


リフエルは、涙を流していた。

そんなにキツイのか...


皇帝は、ふふ... って表情かおになったが

皇帝ルシファー。シロウも見ている」と ハティに言われ

背中に翼を開くと、血の色になった右手を抜いた。全くわきまえない って訳じゃねぇんだよな。


「あれ? ミカエルの時、もっと長かったよな?」

「うん。翼も全部 開いた気ぃするし」


こそこそ ルカと話していたら

「恩寵による」と、露越しに 皇帝が振り向いちまって「おおっ!」「そうなんすね!」と

笑顔で 退くことにする。


鎖を解かれたリフエルに、ミカエルが加護を与え

肩にクロスを付けると

リフエルは、また涙を流した。


「アコ、拷問厳禁」と

ミカエルが リフエルを渡すと、アコは

「うん、分かった。

でも、知ってることは 話してもらうぞ」と

テーブルの 一つに、リフエルと 一緒に着き

「残念だけど、仲間のことは諦めろ。

お前も ここで消滅した。

だから、これから “リフェル” って 呼ぶ」と

多少、リフエルを キョトンとさせている。


ハティがゾイを呼んで、アコと同じテーブルに着き、シェムハザが ワインを取り寄せる。

これから、奈落の話を聞くようだ。


その隣のテーブルでは、玄翁たち山神に 師匠が混じり、史月の活躍を見守っている。

酒呑たち鬼と史月は、もう 相手の半数を倒していた。鬼たちには まだ怪我人も出ていない。

すげぇよな。天狗に操られなくて良かったぜ。


ハティが 皇帝の背後から移動したので

ボティスが、四郎の隣に座った。


「四郎さぁ、なんで 皇帝が隣に座らせてんの?」


山神テーブルから、バルフィ摘みながら

ルカが言うと「大将席だからだろ」と

ゾイの方を気にしながら、ミカエルが答えた。


ゾイは、自分と似たような立場になった

リフエル... もうリフェルなのか? を

気に掛けているようだ。

リフェル、男型だもんな。

気付いたハティの口元が、少し笑っている。


ゾイと握手をした リフェルの方が

手首のミカエルのクロスに気付くと

“えっ?” という顔で ミカエルを見た。

“そうだぜ” って風に、ミカエルが頷く。

リフェルも頷くと、ミカエルは機嫌が良くなって

また ハティの口元が笑った。

オレもルカも 笑っちまってるけどさ。


でも、手首のクロスが “所有” って意味だと

知ってるんなら

リフェルは結構、上級の天使だってことだ。


「大将席って、ミカエルじゃねーの?」と

聞いたルカに

「大将が シロウ。ルシフェルが寛いでたソファーを、大将席にしたんだろ? “合戦” だから」と

明るい顔のまま、ミカエルが答える。

皇帝は、大将として座っている訳じゃない って

ことらしい。


「大将首を獲りゃ勝ち なんだろ?

シロウは、アバドンには獲れない。

天にも 地界にも無理。正式な預言者だから」


そういうことか...

合戦の勝ちけだけなら、敗けねぇんだ。


けど「天狗には?」と、気になって聞くと

「させないだろ?」と 返された。


「ルシフェルが 守護に着いてる。

月夜見キミが、まだ 扉を開けているのは

いざって時は、シロウを隠すためだ。

必要があれば、俺も エデン開くしな」


四郎は 蘇りだから、どっちにも入れるんだもんな...  安全だと分かって 安心した。

しかし 皇帝が守護 って、豪華だよな。


「クロスする点でもある。地上勢力の象徴」


「そっかぁ。ミカエルも皇帝も居て、

月夜見キミサマたちも 師匠も、霊獣たちも居るもんなぁ」


天と地界、この国の神と 覚者の教えを護る神、

霊獣たちと ルカの精霊。人と神、生と死。

蘇った四郎は、地上で 一つになることの象徴だ。


「その天狗とやらは、いつ来る?」


ソファーから振り向いた皇帝が

眠気を誘う声で言う。


「さぁな。でも さっき会ったばっかりだろ?

魔像を出たのが初めてだから、何か 手間取ってんだろ」


「それに、これだけ集まってるとこに出るのは

自殺行為でも あるんじゃないすか?」と

言ってみると

「それなら、暫く出ない というのか?」と

ムッとされた。やべ...

軽く息を吸って、アイスコーヒーのストローを

口にしようとしたので、先にボティスが

皇帝ルシファー」と、ぼこぼこを 牽制する。


牽制された皇帝は、余計 ムスっとして

「他の魔の者等を 閉じ込めて

ずっと 街を炙り続けるというのか?」と

抗議した。確かに、それもどうか とは思う。


「なら、どうするんだよ?

お前が 影穴に入って探すのか?」


ミカエルも ムッとして返すと

皇帝は、封鏡を 取り出して「釣る」と 言った。




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