91 泰河


「冗談だろ?」


甲冑を付け、ぞろぞろと出て来る歩兵の後に

弓を持ち、矢筒を背負った騎兵が出て来た。

馬の額にも 縦の眼が開いている。


「第三陣か」


ルカからも サーベルを受け取ったボティスが

両方の刃を交差させ、鬼の首を落として言った。


周りを見ると、猛攻を続けるスサさんとミカエル

人に近付こうとする鬼を打つ 浅黄のおかげで

翼骨の天使や鬼は、半数くらいが倒れ、

史月や朱緒のおかげで、鵺も あと二頭だ。

何とか イケそうだったのに、三陣がいるとは...


「もう、影穴 塞がね?」と

ルカが言うが

「そうすると 天狗が出て来ぬであろう。

影界は、いわば “裏” なのだ。

六山には 散々に結界を敷き、ミカエルやシェムハザも 措置を講じた。

天狗が、六山内の影に居ることは 確かであるからな」と、月夜見キミサマが返す。


「けど、全然 出て来ねーじゃん」


「こっちの戦力を削ごうとしてるんだろ?

どっちにしろ、三眼は 天狗の使い共だ。

街で 暴れられても困る」


「まぁ、街よりは マシだけどよ... 」と

朋樹が答えていると

プォー... と、和笛と法螺貝の間のような音が 近付き、皇帝たちのソファーの前に 矢が落ちた。


多分、開戦の合図につかわれた 鏑矢かぶらやだ。


「ほう... 」


ソファーで脚を組む皇帝は

「ハゲニト。よく見せろ。猫」と 命じ、

フランキーが テーブルからソファーに飛び乗ると

ハティは、テーブルや椅子に 息を吹き

ソファーの背後に移動させた。


カシャカシャ という、小さな音が重なる。

音は、武者たちの方からだ。


鬼や天使たちの背後に並んだ 武者たちは

中央に 二十程の騎兵、

左右と その背後に、何十人もの歩兵で

騎兵を含む前列が、矢筒から 矢を取り出し

弓の弦につがえようとしている音だった。


どうする? とも、もう言えず

ただ 血の気が引く。矢が降ってくるのか... ?


小癪こしゃくな。白尾」と、月夜見が呼ぶが

白尾が根を突き出させるより早く

矢は、弓を離れた。


空を走る矢を見て、ああ... と、一瞬 諦めたが

すぐに “ヤバい!” に 変わる。


榊が、ゴオォー... と 放出する黒炎に

ジェイドが 聖油の小瓶を投げると、黒炎は

カッと 空中で弾け、黒い無数の火球となって

ところ構わず降り注ぐ。

近くにも 一つ落ち、地面に弾けて 穴を開けた。

あっぶねぇ...

「何だよ?!」と、ミカエルの声がする。


「ジェイド、おまえさぁっ!」

「実験すんな!」


「でも、矢は消えたじゃないか。

“黒炎弾” になった」


「消えたけどよ、コントロールは よ」

「暇な時に試しとけ。今じゃあない」と

朋樹やボティスにも言われ、ジェイドは

仕事することが少ないから、今 暇だったのに」と

肩をすくめているが、また 弓の弦が鳴る音がした。


「根を... 」と、白尾の声。

矢は 根を高く越え、急降下してくる。


榊が また黒炎を吐こうと 口を開くと

ザッ と 空気が動き、矢が 逆風に撥ね飛ばされて

白尾の根の壁に 当たって落ちた。


皇帝の隣に立っていた四郎が

片手に、天鵞絨ビロードのマントの端を持っている。

風を起こしたらしい。


さんみげる、須佐之男尊。史月、兄様方も

皆、一度 退かれて下さい。

浅黄、シェムハザ等も、人々を こちらに。

場を整えましょう」


四郎に言われ、アコが「歩け」と 人々を誘導し

ソファーの後ろにある 端のテーブルの近くに集め、浅黄とシェムハザが、怪我をした悪魔を連れて来る。

狼姿の史月と朱緒も戻り、イゲルと八の軍の悪魔たちが、ミカエルと空から降りた。

肩に 羽々斬の棟を載せたスサさんも戻ると

四郎が、前に出た。


さんみげる、シェムハザ。

各々おのおの、炎をお願い致します」と、二人に頼み

右手に持ったマントの端を、左肩の肩当てに添える。


鬼や翼骨の天使、鵺の遺体に

ミカエルの聖火と、シェムハザの青い炎が点き

遺体を溶かしながら、青い炎を 聖火が飲み込もうとせめぐ。

まだ残る鬼が、錫杖で地面を突いたが

遺体を焼く炎は消えなかった。


「榊、黒炎を。ルカ、旋風つむじかぜをひとつ」


榊が黒炎を吐き、ルカが風の精霊を呼んで

「巻け」と 命じると

「ジェイド、聖油を」と、四郎が言う。


「おいおい」「四郎、見てただろ?」と

朋樹と止めたが

ジェイドは、聖油の小瓶を黒炎に投げた。


黒炎が弾けた時に、四郎が左肩に添えたマントの手を 右に流し、ルカの風の竜巻を 風で押す。


竜巻は 走りながら、鬼や天使を弾き飛ばし

鬩ぐ 聖火と青い炎に、黒い火球を弾き入れる。

火球が弾けると同時に、炎も遺体も消失し

オレらと、鬼や天使、武者の間が 広く空いた。


「おお... 」「なんと... 」


ソファーの後ろで、玄翁や真白爺が感嘆し

「うむ。これは、大変 優れた術師よ」と

桃太が 銀縁眼鏡を、くいっと上げた。


「桃?」と、朋樹が呼ぶと

「うむ。今、幽世の扉から参った」と

小指を見せ、扉の中に続く きらきらした糸を見せる。


扉から、ぴょこっと顔を出した

オカッパ頭の柚葉ちゃんが

「では、桃太さん。糸は回収しますよー」と

桃太の指から解けた糸を くるくると指に巻くと

榊とオレらに手を振り、扉の向こうに戻った。

師匠のオカッパとは、何か違うよな。

師匠は、かわいくは ねぇしさ。


錫... と 錫杖が鳴り、前に向く。

カシャカシャと 矢を番える音が し出した。

鬼と天使は減ったけど、武者は増えた。


影穴からは、蝗が這い出していて

また、人間に付く恐れがある。

天空精霊テウルギアは使えない。


「なあ、距離は空いたけどさ... 」と

矢が放たれるのを気にしながら 言ってみると

「えっ? 誰?」と、ルカが

まだ幽世の扉を見ながら言った。


ぬっ と、顔を見せたのは

やたらに派手な赤いヤツだった。


ウェーブ... というか、うねりのある長く赤い髪。

白い肌が際立つ。かなりの美形だが、中性感は無く 男らしい感じだ。


緋色と白の市松模様の地に、金の毘沙門亀甲と

獅子巴紋様が入った、能装束のような狩衣。

腰に 白い陶器の瓢箪を提げている。

何故か 両耳に、幾つかのリングピアス。

首に 榊のような紅いラインが入っていて

頭には、耳の上から生えた 長い二本の角...


「のっ!」と 榊が言う。


「ふうん、派手だな」「カブキか?」と

ミカエルや皇帝も 注目しているが

赤い鬼は、ボティスを見て

「おお、蛇鬼!」と、嬉しそうに笑い

スサさんに「外道丸」と 呼ばれ

表情を引き締めた。


「外道丸?」と、朋樹が聞き返す。

それ って...


「まさか、酒呑しゅてん童子?」


ジェイドが大胆に聞くと、四郎も涼やかな眼を剥いた。


「ぎゃあ!! 嘘だろ?!」

天狗側あっちじゃないんすか?!」


ルカとオレが騒ぐと、酒呑童子の眼が向いた。

おっ...  と、黙ったが

「伴天連や祓い屋であるな?

俺は、至極 まともに過ごしておる」と

眉間に軽く シワを寄せる。


「あっ、うん... 」「おう... 」


「おい、桃... 」「二山の鬼里って... 」と

朋樹やジェイドも 質問し出していたが

錫... と 錫杖が鳴り、矢が放たれた。


四郎が マントを翻し、風で 矢を吹き返すと

「榊、ジェイド。お願い致します」と

二人に 黒炎弾を頼み、榊の黒炎に

ジェイドが 聖油の小瓶を投げ入れる。


黒炎が弾け、火球になった時に

シェムハザが指を鳴らし、鬼や天使、武者たちがいる場所に 火球を降らせた。


「命中させるのは 難しいようだな。暴れ弾だ」と

シェムハザは言っているが、

こっちに降ってこねぇだけでも ありがたいぜ。


何体かの 頭部や肩などが溶かされ

整列を乱された鬼や天使、武者たちが

ドヴェーシャ』と 声を上げた。


影穴から、また人影が覗く。


鬼だ。額の 髪の生え際から二本の角。

青白い肌に 黒い腰巻き。

一本角に 赤い肌。二本角に 赤い肌...

続々と出て来る。第四陣か...


「あれ? あいつ... 」と、ルカが指を差した。


ザンバラの黒髪に、二本の長い角。

真っ黒い肌に 赤い腰巻き。法螺貝を持っている。

口には、下から生えた牙が二本...


黒風くろかぜだ」


二山の洋館で、カーペット引きをしていた鬼だ。

酒呑を見つけると、他の鬼たちを引き連れて

こっちへ向かってくる。


「あの鬼たちは こっち側なんすか?!」と

スサさんに聞くと「鬼里の鬼等よ」と 頷いた。


まだ ぞろぞろと、影穴から鬼が続き

最後に、中性感ある 美形の鬼が出てきた。

白地に 白金の飛雲文様の着物と

紺地に 銀糸の毘沙門亀甲文様の袴を穿き、

鎖骨の位置で切り揃えた黒髪、二本角。

この鬼もピアス。


和のゾイっぽい雰囲気だが、白い陶器の瓢箪から

恐らく酒 を煽っていた 酒呑童子が

「茨木」と 呼ぶ。


「茨木童子?!」

「すげぇ!!」


オレらは つい興奮したが

酒呑童子に 笑顔で片手を上げて応えた 美形鬼は

スサさんを見つけると、やっぱり 顔を引き締めた。


「鬼共」


スサさんが言うと、酒呑童子と茨木童子が

スサさんの前に 片膝を着いた。

他の鬼たちも それに倣い、

酒呑と茨木の背後に集まって 片膝を着く。


「討つべきは 三眼の者等よ。

首を落とし、額の眼を潰せ」


酒呑や茨木が頷き、立ち上がった。

鬼や天使、武者たちの方に向き

オレらより 少し前に出ると、

他の鬼たちも、二人の左右に並び出す。


「... 酒呑童子って、ヤマタノオロチの息子だよな?」

八岐ヤマタは、スサさんに 退治されてて

生贄だった 奇稲田姫くしなだひめは、スサさんが娶ってる」

「けど 酒呑童子って、スサさんの配下 っぽくね?」

「父親の八岐大蛇の話は 聞いているだろうし

“敵わない” と 分かってるからじゃないのか?」


「柘榴は、八岐の遠縁よ」


おっ。かなり小声だったのに、スサさんに聞こえてたぜ。... って いうか


「柘榴が ヤマタの?!」「マジすか?!」


スサさんは 普通に頷いたが、なら 柘榴は

酒呑童子とも 親類なのか...

スサさんが 柘榴を妾にしたから

酒呑童子は、スサさんの親類 とも言える。

ヤマタノオロチもだけどさ。


「ミカエル、翼骨の天使たちは

鬼に影響しないのか?」


心配そうに ジェイドが聞いたが

「イゲルたちは大丈夫だったぜ?」と

ミカエルが答え

「失敗作だ。誰も父には なれん」と

エステルを手のひらに載せた 皇帝も言う。

まぁ...


「天使は、一体だけ 残せないか?」


河辺に移動させた人たちを、イゲルたちに任せて

近くに来たアコが言ったが

「何故?」と、皇帝に聞かれて黙った。

そうだ。皇帝は、四郎の時に

奈落の天使たちに、悪魔たちが やられたことを

知らねぇんだよな...


「だいたい、何故また 奈落の天使がいる?」


揺すってくるしさ。

オレらは 黙っといた方がいい。


「知るかよ。それを聞くために

“一体残せないか?”って ことなんだろ?

奈落で泰河を見てから、狙って来てるしな」


ミカエルが返し、ハティは

「失った翼の骨が生えた... という変成も

パイモンと調べたい」と

自分の手に エステルを呼んで言う。

皇帝は、それには「ふん... 」と 納得した。

ハティたち、いろいろ造ってるもんな。


錫... と 錫杖が鳴り

飛んで来た矢を、四郎が風で払う。


「今の内に、残す天使ものは除いておけ」と

スサさんに言われ

皇帝が「どれにする?」と、アコに聞いたが

「じゃあ、あのブラウンの髪の奴だな。

あいつが 他の天使を動かしてる」と

ミカエルが答えた。


「うん、それがいいかも」と アコが同意すると

「捕えろ」と、皇帝が ミカエルに言った。


ムッとしたミカエルは

「大いなる鎖を使ったら、天狗に使えなくなるだろ?」と 返したが

地界の黒い鎖では、天使の拘束は難しいらしく

結局、皇帝が 上向きの手のひらを 軽く上げ

地面から赤黒い鎖を伸ばして、天使を拘束する。


皇帝が、招くように四本の指を立てると

鎖に巻かれた天使が消え、皇帝のソファーの前に顕れた。


拘束された天使は、右の翼骨が折り取られていた。

ミカエルだけでなく、皇帝まで居たのを知り

諦めの表情になっているが

「閉じれるようだな。下級の者ではない」と

皇帝が、ソファーの背後へ移動させる。

記憶や思考を 読ませないようにすることが出来る... という ことだろう。


「恩寵は抜けん。封じるが。名を聞いておけ」と 言われ、ボティスが天使に近付いた。

この時点で、うわぁ... って なっちまうぜ。

尋問だ。


「では、良いな?」と、確認する スサさんに

「いいぜ」「やれ」と ミカエルと皇帝が答え

四郎も「はい」と 頷く。


「働け」と、スサさんが鬼たちに言い

黒風が 法螺貝を吹いた。


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