90 泰河


「半裸じゃねーかよ... 」と ルカが言う。

おう。なんとなく、ちくしょう って思うよな。


ジャラジャラと幾重にも重なった 翡翠の数珠が

首に掛かっているが

スサさんは、御神衣かんみその下しか穿いてなかった。

どことなく不機嫌だ。


「何故?」と 聞いた師匠に、朋樹が

「柘榴が妾に」と 短く説明すると

ジェイドが「ああ、そうだったね」と 軽く納得し

榊に腕を つねられた。

ゾイは 聞こえてないフリだ。


「天狗は?」と 聞くスサさんに

「まだだ」と 答えた月夜見キミサマ

「天狗僧が鬼に変じた」と

錫杖を鳴らす鬼たちを指差した。


スサさんは、肩を 羽々斬はばきりの刃で

とんとんと 叩きながら、おもむろに鬼に向かって行く。


薙刀を持った浅黄も戻って来て、幽世の扉を出ると、月夜見に「向こうを」と 命じられ

玄翁やシェムハザたちの元へ走った。


「あのー、月夜見キミサマ」「こっちは... ?」


朋樹とジェイドが聞いてみると

錫杖に払われた 木の根の先にいる鬼の一体に

三ツ又の矛を突き刺して倒し、月夜見が振り向いた。この人、眼に色気あるんだよな。

ルカが「おお?」って 言ってやがる。


「ボティス」


皇帝に呼ばれた ボティスの前に

ゴールドの柄のサーベルが顕れた。


湾曲した長い刃のものが二本、バツを書いたように、交差させて 地面に刺さっている。

柄には、拳を庇うための ナックルガードが付いている。


「えっ? ボティス?」

「嘘だろ?」


イメージねぇよな...


皇帝を振り向いたボティスは

「なんと... 」と、期待で立ち上がる 四郎を見て

ため息をついた。

ソファーの後ろでは、ハティが “お手上げ” 風に

軽く両腕を 広げてたしさ。


ボティスは、サーベルの柄を両手に取った。


「両刀?!」「マジか?!」


榊も「のっ!」と ビビっているが

「うるせぇ」と、不機嫌に答えるので

黙って見学することにする。


錫... と、地面を突いて 前に出た鬼の首の前に

ボティスは、サーベルを交差して出し

両方を外に引き、捻るように首を斬り落とした。


右にいた鬼の腹を突き、振り上げられた錫杖を

柄の拳ガードで受け払い、その肩から腕を落とす。


腕を失った鬼を蹴り飛ばし、腹から抜けたサーベルで、左にいる鬼の 肘から先を落とすと

胸から腹を裂き下ろす。 めちゃくちゃ 強ぇ...


「おまえ、なんで今まで 黙ってたんだよ?!」と 感動の文句を言う ルカには答えず

ボティスは「あ?」と、視線を下に向けて言った。


どろどろと溶け出していた身体の 首や腕の断面から 闇靄が滲み出している。

落とされた首や腕が、闇靄に誘導されるように

地面を ず ず... と 進み

身体の断面に、元通りに ついていく。


「バラキエル!」


翼骨の天使の首を刎ね跳ばしながら、ミカエルが

「斬首して、額の眼を潰せ!」と、今 言った。


「早く言え!」と、少し離れた場所から

半裸スサさんが怒鳴ると

「俺も今 知ったんだから、仕方ないだろ?!」と

怒鳴り返している。

「三回 刎ねた奴もいるんだぜ?!」


「ミカエル... 」

「お疲れ様だよな... 」


「まったく... 」と ボヤいたボティスは

「眼くらい、お前等でやれ」と

交差して刎ねた首を 蹴り飛ばしてきた。

頭のツノあやうく、腕 刺されるとこだったぜ。


月夜見キミサマが 三ツ又の矛で 額の眼を突くと

鬼の頭は、パン! と 破裂し

黒い粘性の液体と 砕けた角が飛び散った。


つい、無言で見つめると

「五行で言うところの比和であるな」と

矛は 地面に突き立てた。闇と闇か...

朋樹に「禊げ」と、大祓詞を読ませる。


「“高天原たかまのはら神留坐かむづまります

すめらむつ 神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ命以みこともちて

八百万やほよろづ神等かみたち神集かむつどへにつどたまひ”... 」


師匠が、背中に赤く輝く翼を開くと

ボティスが斬首しようとしている 鬼の額の眼に

赤い羽根が パシュッと突き刺さった。

羽根と共に、眼球が

ゴールドの炎になって解け消える。


二の山の洋館の池の上で、朋樹の半式鬼が

赤黒い羽根に射られたことを 思い出した。

師匠の技なのか...

師匠を取り込んだ後に残った 気の残滓から

これを 覚えたんだろうな...


それを考えると、鬼の首を叩き斬っているスサさんを見て、ゾッとしちまう。


「朱緒!」と いう、史月の声に振り向くと

朱緒が、鵺に ふり飛ばされたところだった。

シェムハザが救助に向かい、

イゲルが、史月の補佐をしようと

鵺に 地界の鎖を巻きに行く。


浅黄は 大きくジャンプすると、鬼の後ろを取り

薙刀の刃で首を落とし、振り向き様に

他の鬼が振り上げた錫杖を トン と突いて

手から落とさせた。

そのまま その鬼の首を突き、額の眼を突くと

先に落とした首の 額の眼も突く。


浅黄と向き合った時のことを 思い出して

うなじから後頭部が ザワっとした。


鬼の腹を突き、首を刎ね跳ばすボティスを見て

ゾイが、不安そうな榊の 肩を抱く。

翼の赤羽根を飛ばしながら、師匠が

「イスカンダル 双角王ズルカルナイン」と 言った。


「イスカンダルって、アレクサンドロス三世じゃないんですか?」


ジェイドが聞くと「うむ」と、師匠が頷いた。

ギリシアの アレキサンダー王のことらしい。


「なんで、アレクサンドロス王が?」と

朋樹も聞くと

「うむ。イスカンダルは、ヘラクレスやアキレウスの系図の者だが... 」と 説明が始まった。


アレキサンダー... アレクサンドロス三世は

20歳の時に、父王が暗殺されて 王位を継ぎ

32歳で亡くなるまでに、ギリシアから

トルコやエジプト、ペルシア... イランまで

広大な範囲を征服した。


ついでに、“一切の生物は、霊魂を備えている。

霊魂が無いものが 無生物だ”... という思想も説いた

哲学者のアリストテレスが、家庭教師を務めている。


アレクサンドロス三世は、エジプトのパロにもなっているようだが、

パロは、エジプト神話の神の “アメン” という

大気の守護と豊穣の神 の 子... とも 捉えられる。


この神は、太陽神の “ラー” と習合し

“アメン ラー” となった。

エジプト神の主神のような存在らしい。


アメンの神殿で

“お前は、アメンの子である” という

神託も賜っているのだが、

エジプト神話の主神 アメンは

ギリシア神話の主神、ゼウス... 全知全能の神と

同一視する向きがあるので

アレクサンドロス王は、ゼウスの子 ということになる。


そして アメンには、羊のつのが生えている。

なので、アレクサンドロス王の硬貨などにも

羊の角が生えている。

それで、アレクサンドロス三世のことを

アラブやイランで、“イスカンダル 双角王ズルカルナイン” と

呼ぶようなのだが...


「ボティスにも、そういった異名があろう?」


「へっ?」「初耳っす」


ボティスは、また鬼の首を 刎ね跳ばすと

「アレクサンドロスが 王位を継ぎ、征服を始めた時、俺が 計略に加わったからだ」と あっさり言った。


「契約したのか?!」と、ジェイドが焦るが

そうではなく

「気に入ったから守護に着いた」ということらしい。


「アレクサンドロスは、病に臥せるまで

勝ち続けた。

だが、俺が着いていたことを知る者も多く

“二本角の蛇を持っている” と、噂が立っていた」


ボティスが悪魔の時は、二本の角と牙を持つ

黒い大蛇の姿だった。二本角... 双角が被って

ボティスのことを、イスカンダル 双角王ズルカルナインと 呼ぶ場合もあるようだ。


「へぇ、すげぇな... アレクサンドロス王には

アメンの加護と ボティスの加護があったんだな」

「相手の軍勢が4倍や5倍の数でも

一度も負けたことが無かった ようだしね」


右にいた鬼の首を払い斬り、前に出た鬼の腹を突いた ボティスは、鬼の錫杖を持つ腕も落とすと

ふう... と 息をつき、振り向いて サーベルをルカに渡した。

ルカが「重っ!」と 言うので、オレも試しに持ってみたが、刀身が細い割に マジで重い。

サーベルや日本刀って、1kgや2kgくらいだろうと 思ってたのに、5kgや6kgは ありそうだ。

一本を両手で振るのがやっと... という気がする。


「地界の素材だからな」と、ボティスは

榊とゾイの隣に並び、腕を組んだ。


「ボティス?」「まだ鬼は... 」


朋樹やジェイドが聞くと

「俺は、元々そう 体力は無い。

人間になって 余計に落ちた」とか 言う。


「どう すんの?」


サーベルの柄を持ったまま聞いた ルカに

ボティスは「受け取っただろ?」と

眼でサーベルを示し、オレの方も見た。


「いや... 」「そういう訳じゃ... 」


「じゃあ、私が... 」と、ゾイが言い出すので

「いやいや」「それも ちょっとさ」と 止め

また 錫杖を鳴らし、迫る鬼に 向いてみる。


「むっ... 」と、人化けを解いた榊が

オレとルカの間から、黒炎を放射したが

鬼は 何でもないようだ。


口から闇靄を吐き、身体に纏わせる鬼は

両眼は半眼にし、静かな顔をしているが

一本角の下の 額の縦の眼は違った。怒りに満ちている。ヤバい、怖ぇ...


錫杖を振り上げられ、オレも 身を庇おうと

ナックルガードの内側から 左手も添え、

両手に握ったサーベルの刃を 咄嗟に腰の位置くらいまで上げたが、思わず 半歩下がっちまう。

振り下ろされた錫杖で、サーベルの刃が地面に めり込み、錫杖の衝撃がビリビリと手に伝わった。

お...  額の眼と 眼が合う。


「いや、ムリ!」と

ルカが オレの背中のシャツを引き

また振り上げられた錫杖の腕に「風!」と

突風を当て、二人で下がった。


朋樹が白い鳥の式鬼を飛ばしたが、

鬼の腕の皮膚が薄く裂けただけで 切断されず

「だよな... 」と、炎の尾長鳥の式鬼札を出す。


さっき、錫杖で払われたじゃねぇかよ... と 思ったが、式鬼札に ジェイドが聖油で十字を書く。

十字が燃え出した。


「おまえ、何してんだよ?!」と ヤケ気味に

朋樹が式鬼札を飛ばすと、指を離れた式鬼札は

四つの翼を持つ 青い炎の鳥となって

鬼に追突し、胸を溶かして 大穴を開けた。


「おお!!」「すげぇじゃん!!」


火鳥聖油あぶらだから、相生そうせいなのか

式鬼あくまに聖油だから 相剋そうこくなのかは分からないけど

影響は し合ったようだね」


「良し。次」


「あっ... 」


朋樹が式鬼札を出す前に、鬼が前に出る。

結局 月夜見が、矛を 胸に突き立てて倒した。

胸に穴が空いた鬼と、今 倒れた鬼にも

師匠が羽根で 額の眼を突いて 炎に解かしたが

首を落としていないせいか、まだ動いている。


「苦しませるな。情けを」と、師匠に言われたが

サーベルの刃を 鬼の首に当てると

やっぱり躊躇してしまう。

向かって来られるなら、まだしも...


「ナウマク サマンダ ボタナン エンマヤ ソワカ」


しゃがんだルカが、焔摩天に帰依し

鬼の首に当てたサーベルの刃を「地」と

地の精霊で 地面まで下ろして切断した。

「ふむ」と、榊が頷く。

そうだ。オレも里で 修行した。


一度 サーベルを引き

ルカと同じように、焔摩天真言を唱えると

胸に大穴を開け、額にも窪みのような穴が開いて

ただ立ち尽くしている鬼を、一息に斬首する。


角のある首が落ち、身体が倒れた。

サーベルの柄から伝わった 斬首の手応えが残り

指が震えそうになったので、調息で 気を鎮める。


「うむ」と、師匠に頷かれると

胸のつかえに なりそうだった何かが

すう っと、解けた気がした。


「最初から、頭 狙えば いいんだよな」と

ジェイドが 聖油で書いた十字が燃える式鬼札を

朋樹が「行け!」と、飛ばす。

四つの翼を持つ 青い炎の鳥になった式鬼が

鬼の額の眼に 追突し、顎から上を溶かした。


「よし! イケるぜ!」と

朋樹は、式鬼札をジェイドに差し出し

十字を 書いてもらっているが

錫... と 音を鳴らし、前に出る鬼が 前に迫る。


棒で打つのとは 違う。

斬首を... と サーベルを上げようとしたが

また 調息が必要だった。


「貸せ」と、ボティスが オレの手から

サーベルを取り、鬼の錫杖の手を落とすと

続けて 首も刎ね跳ばした。


「なかなか、むずかしいよな... 」と

ルカがサーベルの刃先を、地面に着けて言い

ふうう... と 長く息をついた。

鬼の首をサーベルで打ったが、落とし切れず

風で 刃を押し切ったようだ。


リン... と、れいの音がする。


「おい、あれ... 」


影穴から、ザッ ザッ と 足音を立て

甲冑を着けた武者たちが 行進して来た。



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