57 ルカ


貸し別荘に戻ると、シェムハザに

天使避けと天空霊を 解除してもらう。

開いたサッシの向こうで、宿題を終えていた四郎とジェイドが 優雅に庭風呂に入っていて

シェムハザと榊は 花札してたらしく

榊が 札を纏めて仕舞ってる。


「いいよな、おまえらさぁ」

「おまえたちも 入ってから、帰れば

いいじゃないか」


ジェイドが言うと「そうだな」と

泰河が さっさとシャワーへ行った。


「像の見当は着いたのか?」


シェムハザが、コーヒーを取り寄せながら聞き

泰河が テーブルに置いた紙袋から

バルフィを摘む。


「着いた。准胝じゅんてい観音」

「元ドゥルガー」


ボティスに付け足した ミカエルの方に

明るいグリーンの眼を向けて

“ふふ” って 乾いた感じで、鼻で笑ってるし。


「まさかだとは思うが... 」


「な訳 ないだろ?」「喚ばん」


ホッとしたらしいシェムハザは、頬にかかった

小麦色の髪を耳にかけた。

モミアゲすら美しいって、なんなんだろ。


「しかし 准胝観音としても、菩薩様などが

夜叉羅刹のために 降りられようか?」


榊が首を傾げると

「迦楼羅が 話を通そうとしているが... 」と

ボティスが説明を始めてて

オレはジェイドに「ルカ、水」とか 言われて

青い瓶の オレンジフレーバーの水を持って

庭に降りた。


ジェイドと四郎には、朋樹が話してたけど

四郎にも水を渡すと「ありがとうございます」って、ニコっと笑ってる。

長い髪は、トップで丸く纏められてて

シェムハザが 術で やったらしい。


「風呂、気持ち良さそうじゃん」


水飲んで「はい」って また笑って返事した四郎は

「このような有事で ありますが... 」って

今度は 少し 、顔を曇らせてる。


「柘榴は 大丈夫だって。強ぇしさぁ」

「おう。像の中でも、雷 落としてるかも知れんぜ」


朋樹も言ったら、四郎は ちょっと笑った。

ジェイドが 朋樹の方に向けた 眼を緩めてる。

朋樹、人に気ぃ使えるよーに なってきたよなぁ...

会った時と ちょっと変わった気ぃする。


「で、さっき そこで、天狗僧の団体霊が出たんだけど、れいみたいな音で 呼ばれてたみたいでさぁ」


「天狗僧で御座いますか?」

「呼ばれてた?」


眼と手足が無かったことから

廃仏毀釈より前の僧なんじゃないか?... って

推測した話をしてたら

腰にタオル巻いただけの泰河が来て

庭に降りて、そのまま風呂に入った。


じゃ、オレも シャワー行ってこーかなって 思ったら、朋樹が先に行くしよー。


「その僧たちは?」

「朋樹と泰河が送ったぜ」


「古き僧 たちとは、何処いずこから... ?」と

四郎が、眉間に軽くシワを寄せて聞く。


四郎自身は、眠っていたようで

原城で斬られてから 蘇るまでの記憶は 無いらしいし、他の死者のことも 気になるんだろーな...


「どうだろうな?

現世に迷ってたのかもしれねぇし

狭間とか、魔道にいたのかもしれねぇよな」


「だけど、前に十字架が立った時は... 」


ジェイドが言ってるのは、

田口 恵志郎が目覚めた時のことの話だ。

地下教会や 洞窟教会を見つけた時のこと。


「おう、霊たちは眠ってたらしいよな」


十字架の件は、オレらとは 別に

泰河と朋樹も仕事してたんだよな。


ふと、黙示録の 20章12節からを思い出す。


... “また、死んでいた者が、

大いなる者も 小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。

かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。

これは いのちの書であった。

死人は そのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

海は その中にいる死人を出し、

死も黄泉も その中にいる死人を出し、

そして、おのおの そのしわざに応じて、

さばきを受けた”...


キリシタンを 弾圧した人も された人も

本当なら、最後の審判の 公審判まで

眠ってたのかもしれない。

その時に目覚めたら、四郎や 田口さんは

罪人とされたんだろうか... ?

公審判で、死人の罪を量る天使は

ミカエルだといわれてる。


「“れいで”... とは

天狗魔像に 呼ばれておったのでしょうか?」


あっ、そうだ。

僧を呼んでた 鈴の話もしてたんだった。


「麓とか、人がいる場所に 誘おうとしてたのかもな。鈴を鳴らしたヤツは、天狗かもしれねぇし

天狗が使ってる 別のヤツかもしれねぇけど」


「人の霊魂あにまを狙うたものでしょうか... ?」


「うん、アバドンの蝗 呑んでるし。

そうだと思うぜ」


「向こうから、動き出してる気がするけど... 」と

ジェイドが 水 飲んで、瓶とは逆の手で 物憂げに

アッシュブロンドの前髪を かき上げた。


「範囲が、な... 」


泰河が ため息で、ふう っと 湯気を吹いた。

うん。仕事場所の範囲、広い気するよなぁ...


「こっち側を バラけさせようとも してるんだろうけど」


「でもさぁ、あっちこっちで やられたら

多少 バラけるしかねーよなぁ」


「バラけたら、対応出来ることも減るけどな」


朋樹が戻って来た。青い水の瓶 二本持って。

一本を 泰河に渡してやってる。


「バラけて行動は しないぜ?

“フリ” は するかもしれないけど」って

ミカエルが 顔を覗かせた。


「泰河 狙って来るからな。言っただろ?

俺が 何かで出る時は、お前等は 纏まって

シェムハザの天空霊と天使避けの中」


話しながら、服 脱ぎ出してるし。

やっぱり入るらしい。


「そうだけどさぁ... 」

「“フリ” って? バラバラに 人が襲われたら、

どうするつもりなんだ?」


「“バラけたフリ”。

お前等、心経とか ダラニ、無理なんだろ?

バラける意味 あるのかよ?

ポルターガイストの家と、洋館の距離でバラけても、スサ 狙って来たんだぜ?」


う...  オレもジェイドも 黙っちまうし。


「四郎は? 学校があるだろ?」と

泰河が聞くと

「シロウには、聖子の加護がある。預言者だからな。天使や悪魔が 手を出すのはムリ」らしい。

かなり安全なんだ。安心したぜ。


ざぶ って 風呂に入ったミカエルに、朋樹が

「シャワーは?」って 聞いたら

「外分泌は無いんだよ。天使だから 汚れも付かないし」って 言った。

汗 かかねーって、すげー。うらやましいぜ。


「じゃ、なんで しょっちゅう

シャワーとか 風呂すんの?」


「気持ちいいからだろ? 眠りと同じだぜ?

とにかく、あちこちで 何か仕掛けて来たら

“バラけさせようとしてる” って 事だからな。

ハティたちとも バラけさせられただろ?

忘れるなよ」


「だから、実際に人が襲われたら

どうするんだ?」

鏡影きょうけい虚霧うつきりも まずいよな。自死に誘うし」


「自死などにいざなわれましても、周囲の人々が

止められるでしょう?」


“えっ?” って、驚いた顔になった 四郎が

話していたジェイドや朋樹に 眼を向けて聞く。

泰河は、湯面の湯気に 視線を移した。


「止める人もいる。でも、傍観する人も多い」

「何故... ?」


「さぁな...

面倒に関わりたくない、とか

知らない人だから、とか。

自分と他人を 分け過ぎてるところも

あるんだろうな」


死にたいヤツは死ねばいい とか、平気で言ったり

動画撮り出すヤツも いるもんな。

そういう時、どういうツラしてんのか

自分で分かってねーんだろうけど。


四郎には、見て欲しくない。

傷つくだろうし、現代の人間として 恥ずかしい。

でも いつか、スマホの記事だとか

または 実際に、見てしまう可能性は高い。


ショックを受けている四郎に、ジェイドが

「だけど、身を挺して 人を救う人もいるし

困っている人に 手を差し伸べる人もいる」と

眼を見て話す。


「そういう 温かな人の事こそ、目や耳に入ってきづらいんだよ。

誰かに手を差し伸べることは、人前だけでする訳じゃないからね。

“祈ることも 善行も、隠れてしなさい” と

ジェズも教えただろう?

“良いことをしている” と、他の人に見せるために しているんじゃないから。

ネットのニュースを見ると、現場周囲にいた人々の反応を知って、哀しくなることも多いけど、

哀しいことだから、皆で考えて、そういうことは 無くしていけるように、ニュースになるんだ」


ミカエルも頷いたけど、それには 何も言わなかった。地上に降りて、いろいろ見ただろうしな...

守護する側の天使は、同じ人間同士で 見るより

人間のそういうところを 見るのは つらいよな。


四郎が ジェイドに頷いたので

気を取り直すかのように、仕事の話を続ける。


「経やダラニを唱えられる 霊獣たちに

祓いの協力を 要請する。オサクラスになるけど。

霊獣には、天使おれの加護は与えられないから

ひとりひとりに、バラキエルが 守護天使を守護に着ける。

月夜見キミの 姉神と父神が、日照の祓いと禊雨」


アマテラスさんとイザナギさんには

高天原から 祓いやってもらうのか...


「えっ、動いてもらえるのか?」って

朋樹が ビビって聞く。


「俺等が出てる間に、幽世カクリヨの扉が開いて

月夜見キミが言ってたらしいぜ。

原因に、姫様が絡んでるからだろ」


そっか。天逆毎アマノザコは スサさんの娘だもんなー。


「ミャンマーの方も収束してきてるし

解決したら、迦楼羅ガルダ阿修羅アスラも来るだろ」


「確かにさ、憑依なら

ルカの筆とオレの手で 消した方が早いもんな。

朋樹の炎の式鬼と、榊の黒炎を 風で巻くにも

ルカが いた方がいいしさ」


「僕は?」と、ジェイドが

めずらしく むくれた風に聞くと

「お前は 天空精霊テウルギア」って ミカエルが答えた。


「奈落の悪魔や天使が出てくることも 考えられるんだぜ? 円は、広範囲に 幾つも敷くからな。

泰河が居て、獣を神と見做せば

あとは、俺かルシフェルの どっちかが居れば

精霊の使役が出来る。目標だけ 分解するからな」


「目標って、魔像も?」


「いや、物質は どうだろうな... ?

天使や悪魔は、霊的存在だから無くせるけど。

試すにも、柘榴を救出してからになる。

霊獣たちも危険だから、分解するにも

細かく 目的を指さないとならない。

“キョウケイのみ” とか “惑い僧のみ” とか」


なんか、怖ぇよなぁ。

間違って 霊獣もやられちまったらさぁ。


「“奈落の使いの殲滅” は?」


ジェイドが言うと、ミカエルは “えらい” って

褒める顔して「うん、それがいいかもな」って

ジェイドに頷いた。


奈落の使い... 奈落の天使や悪魔と

蝗入りのヤツかぁ。


「ずっと それでやれば良かったんじゃねぇの?」


泰河が 眉をひそめると

「今まで、蝗は 人間に憑いてたじゃねぇか」って

水飲みながら、朋樹が答えた。


泰河は、ハッとしてるけど

こいつさぁ、見た目の割に のんびりしてるっていうか、なんていうか...


「今回のものには、そういった恐れは 無いのでしょうか?」


「今のところは 無いみたいだけど

万がイチ... って こともある。

霊獣たちには、シルバー蜘蛛が付いてるから

蝗は 入ってないけど

天空精霊 四方位の範囲内に、人間が居たら

分解は使わない。

精霊は 強力な分、限定的な使用にはなるよな」


「そうだね。いつも通り

守護してもらうだけでも 助かるけど」


ジェイドが、風呂から立ち上がる。


「えっ、おまえ 上がんの?」


「いい加減 のぼせる。四郎、もう暑いだろう?

アイスを取り寄せてもらおう」とか言うし。

「はい」って 四郎も上がるしさぁ。


「ルカ お前、さっさとシャワーして来いよ」


ミカエルが 不機嫌気味に言うけど

リビングからは シェムハザが

「今 シャワーは、ボティスが使っている」って

アイスを 取り寄せ出してる。


「ミカエル、なんかさ... 」と 聞きかけた泰河に

「風呂上がったら、早速 円敷きに行くぜ?

こっち側の山から」と ムッとした顔を向けた。


「あれ? ゾイとナミビアに 行... 」

「だから 今日は行けないだろ?!」


それで 拗ねてんのかぁ...

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