53 泰河


四郎は 美術室で、前から三列目の

窓際の席に座っていた。

出席番号順らしく、リョウジは廊下側に近い席だ。


色についての授業のようで、単語帳のような

小さな 色見本カードが配られた。

何十色という色のカードを、扇形に ずらしてみて

四郎は “わぁ... ” という顔で 見惚れている。


オレとルカは、廊下から見ていたが

狐榊は、四郎の机に 両前足を掛け

四郎が 水色のシャープペンを走らせて

ノートに並べていく文字を 見ているようだ。

ミカエルは、教室の机の間を歩き回って

居眠りし出した子の鼻を、軽くつまんでみていた。


時々リョウジが、四郎の方を見ている。

気にしてくれてるみたいだな。


ルカが、ノートを取る四郎の横顔を スマホで撮って、ジェイドに送ると、すぐに

“うん、いい写真だ。頑張ってるね。

安心したけど、今度は おまえたちが留守番しろよ” と 返ってきた。


『楽しそうで 良かったよなぁ』

『おう。安心したよな』


四郎は 本当に、“学ぶのが楽しい” って感じがした。勝手に参観を楽しんだオレらは

またチャイムが鳴ると、生徒の移動が始まる前に

校庭の藤棚付近に移動する。


『あっ、ファシエル!』


校門の前に、トートバッグを持ったゾイがいた。

四郎にデザートを渡しに来たようだ。


オレらに神隠しをしたまま、狐榊が駆けて行き

ゾイの前で 神隠しを解いた。

「榊!」と、ゾイは驚いているが

なんか 嬉しそうだ。


榊がオレらの方を 前足で指し、ゾイにも神隠しを掛けた。

ミカエルが ゾイを呼ぶと、やっぱり照れて

『はい』と、もじもじしながら返事をする。


『そうだ。放課後にデザート持って行く って

言ってたもんなぁ』

『今日さ、モレクの山に行くんだよ。寺の跡』


像の元の姿の調査に... という 話をすると

『うん、何か分かるといいね。

急に ずいぶん静かになったし... 』と

ゾイも 妙だ と、気になっているらしい。


『山に着いたら、エステルを喚ぶかも。

広い場所を 飛ばせてやりたいし

山に咲いてる野花を 食べさせてみたいんだ』


ミカエルが言うと、ゾイは『はい』と 笑って

『お店で、切り花の紫陽花を食べて

今は 沙耶夏の頭の上で、お昼寝してます』と

報告している。


『夜 戻ったら、散歩する?』


『はい... 』


デートに誘われると、また ほっぺたが染まった。

相変わらずだよな。


校舎から、四郎が出て来た。

リョウジが「じゃ、着替えて来る!」と 手を振り

カバンやリュックを持って、別の方向へ走って行く。部活の部室へ 着替えに行くようだ。


他の友達とも、少し話して 手を振ると

四郎は、校門の方へ向かったので

榊が 神隠しを掛けて呼んだ。


さんみげる! 兄様方、榊とゾイも!』


『よう』『おつかれさーん』


四郎は、オレらを見て 驚いてもいたが

ホッとした顔になった。

上手くやってはいても、緊張していたらしい。


『学校、楽しそうだったな』


ミカエルが言うと

『見ておられたのですか?!』と ビビっていたが

『うん、ちょっとだけ』

『シェムハザは昼まで。榊は 一日中』と 教えて

『おお、それは... 』と、割と引かせた。


『いや、ちぃとだけの つもりであったのだが... 』

『気になるじゃん、やっぱりさぁ。

まだ現代慣れもしてねーのに、学校とか... 』


『はい。驚きましたが、嬉しくもあります』と

狐榊の頭を撫でる。


『四郎』と、ゾイが トートバッグを渡すと

『ゾイ、弁当も本当にありがとうございます。

大変 美味しく、皆に羨ましいと言われたのです』と、キラキラした眼で ゾイに礼を言った。


『うん、良かった。明日は和食だよ。

お弁当箱、持って帰るね』


『はい』と、保冷バッグ入りの弁当箱を渡し

『嬉しいです。明日も楽しみです』と

また ゾイを見上げた。

『うん』と 笑った ゾイだけでなく

ミカエルまで 嬉しそうだ。

オレ 高校ん時、母ちゃんに 弁当の礼とか

言ったことなかった気がする...  反省するぜ。


『今日さ、今から 山に行くんだけど

その前に、幅跳びだけ やっとこうと思ってさ』


『山に?』と 聞くので、説明していると

リョウジが走って来た。


神隠しに入れると『泰河くん?!』と

やっぱりビビっていたが、すぐ嬉しそうになって

オレも つい、ヘッドロックしちまったぜ。


『痛い! 痛いですって!』

『おう』


リョウジにも、幅跳び練習の説明をすると

『じゃあ、部活前に おれが教えます!』と

黒い ダンス部ティーシャツの 胸を張る。


『涼二、デザートをいただいて... 』

『うん。サンドイッチと、ロールケーキだよ』


『やったぁ! ありがとうございます!

四郎、いただく前に練習しよう!

ジャージある? 着替えて着替えて!』


『えっ? うん... 』


藤棚の下で、四郎を さくさく着替えさせると

リョウジは『行ってきまーす!』と

四郎を連れて、グラウンドの方へ走って行く。

榊が『むっ』と 焦って、二人の神隠しを解いた。

元気だよな。


『私も そろそろ、お店に戻るね』


『うん、また夜に』


ミカエルに答えられて

ゾイは『はい』と、照れながら消えた。


榊が『オーレなどが飲みたくある』と 言うので

校門を出て すぐの自販に、ルカと買いに行く。


『リョウジくんさぁ、おまえに会えて

はしゃいでたな』


『うん?』


やたら元気だったけど、はしゃいでたのか...


自販に千円札入れて、カフェオレのボタンを

三連続で押し、オレに 缶を取らせながら

『かわいいよな』と、ルカが笑う。

なんか、こういうのも 久々だよな。


『おう』


オレ、下に兄弟は いねぇけど

歳が離れた弟がいたら、こんな感じなんかな?


朋樹やジェイドみたいに 勉強も出来ねぇし

誇れるものも 何もねぇけど

リョウジに何かあったら、助けになりたい。

頼れるようになれたら... と 思う。


リョウジが オレを、兄ちゃんみたいに思ってくれることが、オレが誇れること って 気がする。

誰かが、兄貴みたいに 思ってくれるなんてさ。


こういうのは、今まで知らなかった 新しい気持ちで、リョウジと関わることで 生まれた心だ。

多分まだ こんな風に、知らない気持ちが

たくさんあるんだろう。


オレらも カフェオレ買って、藤棚の下に戻り

一つの缶の蓋を開けて、狐榊の前足に挟ませる。

『ふむ』って 飲んでるけど、鼻 長ぇのに 器用だよな。ミカエルも『ふうん... 』と、感心したように見ている。


四郎とリョウジが 戻って来るのが見えた。

どっちも笑っていて、楽しそうだ。


『むっ』


「リョウジー」「四郎」と、他の子たちも

それぞれの部活シャツで、四郎たちに寄って来た。


『儂等は、邪魔になるのでは なかろうか?』

『うん。シロウが 気を使うかもな』


“待たせてる” って 思わせても悪ぃし

まだ開けてなかった カフェオレの缶を

デザートの トートバッグの隣に置く。

“ジェイドん家で” と 四郎にメッセージを入れて

リョウジにも “またな” と 入れると

先に 校門を出ることにした。




********




尾刀ビトウくーん」「よう、久しぶり」


ジェイドの家に戻ると

もうハティは、地界へ戻っていた。


自転車で 四郎が帰って来ると

ジェイドのバスとオレの車の 二台で出て、

一の山を越え、モレク儀式の山に着いた。

途中 渋滞にハマり、もう19時を越えたが

外はまだ 全然明るい。


寺の跡地の調査だけで 帰る予定だが

四郎の体力測定の練習が済んだら、宿題させて

飯も済ませよう って ことになって

ルカと、貸し別荘が空いてるかを 聞きに来た。


「おお、氷咲くん、梶谷くん!」


オレンジ系ブラウンに髪を染めた 尾刀くんは

多分、27のオレらと 似たような歳だ。

オレらは、“ビトウくん” と 呼んでいるが

実際は “オガタくん”。


「こないだ連絡くれた時の、頂上の寺の跡のことなんだけど、ひい爺ちゃんか、ひいひい爺ちゃんが、子供の時に無くなったらしくて

知ってる人も、なかなか見つからなくてね... 」


「うん、そうだよなぁ。ずいぶん昔だしさぁ」

「いいよいいよ。ありがとうな」


「うん、ごめんね。まだ探してみるけど... 」


尾刀くんは、情報提供出来ないのが 残念そうで

跡地のことを 軽く聞いちまって、悪い気がした。


「尾刀くん、マジで気にしないで!

自分らで やらねーとダメなことだし。

オレら、オカ研だしさぁ」


「そう。調査に来たから大丈夫。

それで 貸し別荘が空いてたら、一泊借りたいんだけど、空いてる?」


「うん、全然 空いてるよー。

先月なんか、誰も借りなかったからね」


あはは って、笑って 鍵出してるけど

経営は大丈夫なんだろうか?


「ロッジは 結構、借りられるし

暖かい時期は、貸しテントも出るんだけどねー」


考えたら、貸し別荘より ロッジやテントの方が

キャンプ って感じするもんな。


「あっ、掃除や換気はしてるんだけど

まだベッドのシーツ、付けてないんだよね。

各部屋のクローゼットに 置いてあるんだけど... 」


「こっちで付けとくから いいよ」

「おう、予約もしねぇで来ちまったしさ」


「わぁ、ありがとう。ごめんね」と

申し訳なさげに言う 尾刀くんに、ルカが 前料金を払う間、オレは カップの自販で ピーチソーダを買い、尾刀くんに差し入れて、管理棟を出た。


駐車場へ戻ると、ドアを開いた バスの後部座席には、榊とボティスしか居なかった。

「どうだ?」と 聞くので

「借りれたぜ」と、貸し別荘の鍵を見せる。


朋樹とジェイド、シェムハザとミカエルは

四郎を連れて、もう キャンプ場の広い場所で

体力測定の練習をしているらしい。


「マジかよー... 」

「ボール投げ、まだ 教えてねぇだろうな?」


ぶつぶつ言いながら、キャンプ場へ向かうと

「そうそう」「上手いじゃねぇか」とか 言っている、ジェイドと朋樹の声が聞こえてきた。


外は、ようやく暗くなってきたが

どの人影が 誰なのかが、灯りなしでも分かる。

鉄棒があるってことは、懸垂は もうやったな...


「位置に着いて...  用意... 」


ヤロウ、50メートル走だ。

シェムハザが、パン! と 乾いた音がする

スタートのピストルを鳴らした。


「むっ!」「おっ、速ぇじゃん!」


「6.7秒」と ボティスが言う。

そんな細かく測れるのか...

けど多分、高校生男子の平均には達してる。

確かオレも そんなもんだったけど

四郎は、芝生で 普通のスニーカー

ジーパンでだもんな。

意外だ。何となく、そんな速くないんじゃないかと思ってたぜ。


「ふむ、なかなかである」


ふんふん頷く榊に、ルカが

「狐って、どのくらい?」と 聞くと

ボティスが「種にもよるが、4秒かからんだろ」と 答えた。

「ふむ。露さん等と同等程度よ」って 言ってるけど、速ぇよな... 50km/h くらいか。


くろうなってきたのう」と

榊が、薄く開いた くちびるから

赤オレンジの狐火を、幾つか出して浮かべる。


それに気付いたミカエルが、人差し指を動かして

狐火を招いた。


ふわふわと 上下に揺れる狐火が

誘われて ミカエルたちの方へ向かう。


「あれ?」


今 何か、いなかったか?


オレらと、ミカエルたちの間くらい。

地面の方だ。蛇... ?


「どーしたんだよ?」と オレに顔を向けるルカに

「今さ、地面に... 」と、その方向を指し示すと

ビュウウッ と そいつが伸び上がった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る