41 泰河


「おい... 」「鏡が... 」


“封” の 赤文字の鏡は、丸い形になり

周りに ぐるりと、赤い縁までが付いている。

破片の全部が戻ったようだ。

  

「姫様を、封じちまったのか?」


左腕を伸ばして、艶のないゴールドの鎖を 巻き付かせながら ミカエルが言うと、朋樹が

「多分な... 」と ジェイドから鏡を受け取った。


床の上で、藍色蝗を糸に巻き

中身を吸い喰った蜘蛛が、オレのシャツに戻る。


「どうやって封じたんだ?」

「対象を、破片で 合わせ鏡にして挟む... ってことしか してねぇよな?」


ジェイドやオレも聞くと

「鏡に、誰かの術力みたいなものは

残ってなかったからな。

術掛けして 鏡に封じるんじゃなく

鏡自体が 自動で “封じちまう物” なのかもな」と

鏡の裏も観察しながら 朋樹が言う。

裏は黒く、何もない。


「鏡自体? 呪物だってことかよ?」


ミカエルの言葉で、オレは

迦楼羅にもらった 徳利を思い出した。

酒や水が湧く って言ってたよな。

あれの 封じ版 ってことだろう。

ん? 徳利も 普段も持ってた方がいいのか?


「そう思うぜ。オレも初めて見た」


姫様も 一応、神ランクだ。

あんな簡単に 神を封じちまうんだから

すげぇ鏡だよな。しかも、鎖や蝗は外れた。


「じゃあ、元は 何が封じられてたんだ... ?」


「さぁな... 鏡に封じた上に、大祓で蓋をしてた。

穢れ神か 厄神か... 」


それが 出ちまったんだよな...

大騒ぎしてた姫様も封じられ、静かになったせいもあるが、オレらも暗くなる。


「ふうん。それならもう、ここには用事 無いな。

封じられてたモノが 何なのか

姫様も 知らないみたいだったし

外で、天空霊の区切りの内側を調べて... 」


突然、ミカエルが 大いなる鎖を上に伸ばした。


天井の丸穴から

あの白い骨皮が 顔を見せている。


鎖は、そいつを通過した。


「ダメだ。捕らえられない」


ミカエルは、そいつの元に移動せずに 鎖を巻き戻した。多分 オレがいるからだ。

朋樹が 呪の赤蔓を伸ばしながら、半式鬼を飛ばす。


穴から覗く 骨皮の削げた顔が変化し出した。

顔に肉が付き出し、生気が宿る。

気管の軟骨や 頸骨が浮き出していた首も

皮膚の中で 骨が筋肉に覆われていく。


白い肌に 黒い草書体のような文字が浮き上がってきた。左側、頭部から 瞼や頬を通り 首の下へ、

右側には、首の方から 耳の横を抜けて頭部へと

文字が浮き出していく。


連なった黒い文字の あちらこちらが脈動するように、赤く光っては 黒く戻る。


あいつが、封じられてたモノを 吸収したのか... ?


朋樹の赤蔓が、そいつに巻き付けずに

天井を這う。


天井の丸穴が、三日月形に欠けるように閉じられていく。あの絨毯だ。

大祓の整列した文字が、上から下へと びっしり

光り 書かれると、ふう っと それが消え

天井は 石壁になった。


「... これは、僕らを封じた ってことなのか?」


天井を見上げたまま ジェイドが言う。


「いや、鏡だ。姫様が入ったから、それだろ」


大祓詞だもんな...

天使や人間は 封じられねぇんじゃねぇかと思う。

 

「とりあえず、封は開くぜ?」


「大祓で開けるぜ」と 朋樹が言うが

「時間 掛かるだろ?」と、ミカエルが つるぎで天井を突いた。


剣の先に、円形に大祓の漢文が 浮き出して消えると、虹のようなやわらかな光が 部屋を覆う。


「ほら、開いたぜ?」


虹の光が 空気に解け消えると、地下室の端に

立て掛けられた梯子のような 狭い階段が現れた。

天井の隅の 四角い跳ね扉に続いている。


「今ので?」


「うん、開いただろ? 出るぜ?」


いいよな、天使って。

朋樹は、くやしさを通り越したのか

“やってられんぜ” って ツラになって

梯子っぽい階段を 昇り出した。


「扉、開かねぇんだけど」

「鍵が掛かってるんじゃないのか?」


「じゃあ、開けてやるよ」と、ミカエルが消えて

すぐに、梯子階段にいる朋樹の上の 跳ね扉が開いた。


「うん。小さいかんぬきみたいな鍵だった」


そう言ったミカエルは、もうオレの隣にいた。

守護に余念がない。

けど こういう仕事って、普通なら

ミカエルみてぇな大物が やることじゃねぇよな?

なんか、悪ぃ気もするんだよな。


「何だよ、泰河。早く昇れよ」


「おう... 」


「別に俺は、お前だけ守護してるんじゃないぜ?

早く慣れろよ?」と、ミカエルは

前にゾイが、モッズコートの裾を持ったように

オレのシャツの裾を持って 狭い梯子階段を昇る。


「くっつき過ぎだろ」って 言いながら

遠慮すると、余計に気ぃ使わせるよな... って

少し反省した。


「一階も普通だ」


大祓詞の擦れた丸い絨毯は

二階から、一階の部屋の中心に移動していた。

さっき、絨毯で蓋されたもんな。

隅に ブリキのバケツが転がっている。

部屋には 窓もドアもあるし、天井に穴は無い。


「一応... 」と、朋樹が 床に手を着けて

呪の蔓を伸ばし、室内をチェックする。

あの骨皮だったヤツが、神隠しして居ないかどうかを 確かめるようだ。


「おまえ、そんなこと出来たんだな」って

言ってみたら

「こないだ 里で影修行した時に

玄翁に コツを教えてもらってな」って 返ってきたけど、解説 聞いても、どうせ解らねぇから、

それを分かっている朋樹も、それ以上は 言わなかった。


「居ねぇな... 」と、朋樹が蔓を戻していると

子鬼の式鬼が報告に来た。

子鬼の話って、朋樹にしか聞こえねぇんだよな。


「... そうか」と、子鬼の頭を撫でた朋樹は

「さっきのヤツ、池を抜けて 森に出たらしい。

そこからは、神隠ししたようだ」と

やっぱりだが、残念な報告だったようだ。


「半式鬼を付けただろう?」と言う ジェイドに 頷いて

「札で喚ぶまで、おまえらは遊んでていいぜ。

いたずら厳禁」と、仕事から 子鬼を解放した。

式鬼に優しくなったみてぇだ。

多分、ゾイの影響だろう。


「朋樹、鏡は?」


まだ オレのシャツの裾を持ったままのミカエルが

くせっ毛の下の ブロンド眉毛をしかめた。


「えっ?」


右手に、ライトを点けたスマホ。

鏡は 左手に持っていたはずだ。

けどさっき、左手を床に着けて 蔓を出してた気がする...  オレとジェイドも 眼を合わせる。


「オレ、持って 上がったよな?」


「持ってた」と、ジェイドが頷く。

「僕は 階段を昇りながら、朋樹が持つ 鏡を見て

“姫様は この中で暴れてるんだろうか?”... と

考えたから、確かだ」


シャツが軽くなったと思った時

部屋の隅の 跳ね扉の下から、ミカエルの声が

「あるぜ?」と 言った。


跳ね扉から覗くと、地下室の中心で

ミカエルが “封” の 丸鏡を持っている。

鏡だけ 地下に戻ってしまったらしい。


ミカエルが隣に出現したが、手に鏡は無い。

からの自分の手を見て、ムッとしたツラになる。


「どういうことなんだよ?

俺は、結界は破ったぜ?」


「そう、だから オレらは出れてるけど

鏡は出れない、って ことらしいな」


大祓の封が、鏡に封じられた姫様に作用している

... ということだろう。


「おかしいだろ? 絨毯の結界ごと破ったのに

鏡も出れるはずだぜ?」


「他に何か 制約があるんだと思うぜ。

そうじゃなかったら、さっきの白いヤツも

大祓の絨毯で閉じずに、さっさと 洋館から出てたはずだしな」


「そうか。あの白いヤツには

鏡に封じてたものが 吸収されてた。

魔像と同じように、大祓の結界の中に 一人居なければ、一人 出られないんじゃないのか?

元々 封じられていた 一階から出られなかったから、地下に僕らごと 鏡を封じたんだ。

鏡は縛るためのものなんだろうね。鎖のように。

正しくは、僕らや鏡だけじゃなく

“地下の空間を封じた” ってことだろう」


朋樹やジェイドの説明を聞いて、ミカエルは

「面倒くさい」と 二人に やつあたりした。


「じゃあ、姫様は 置いて行くのか?」


「置いて行っても 差し支えないんじゃねぇの?

あの調子じゃ、“はい” か “いいえ” は 分かっても

“話をさせる” ってことは出来なさそうだしさ」


オレが言うと「蝗も出たしな」と

朋樹も同意したが

「誰かに出されたら、また悪用されるぜ?」と

ミカエルは 反対する。


「確かに そういう危険性はあるかもしれないけど

例え 洋館を壊したって、鏡は運べないんじゃないのか? 地下に 大祓の封をされてるから。

封を解かないとムリだろう?」


ジェイドが 跳ね扉から、鏡を覗き

「確かに、姫様は寂しいかもしれないね」と

余計なことを 付け加えた。


「そうだろ? 姫様は 悪いことをしても、自分で

よく分かってないからな。保護する必要がある」


「ミカエル、肩 突いてたじゃねぇか」

「保護する って、天に連れて行けねぇだろ?

月夜見命キミサマには、“都合が悪ければ おまえたちが押さえろ” って 言われてるしよ」


「肩を突く前に 予告しただろ?

姫様が姿を現せば 突かなかったぜ?

天には入れない。姫様は悪魔だからな。

繋ぐなら 奈落になる」


全然 ダメじゃねぇか。

敵に 武器返して どうするんだよ。


オレらが黙ると、ミカエルは

「だから、この国の天界じゃなく

スサに 渡せばいいだろ? 娘なんだし」と

提案してきた。


「高天原じゃなくて、スサさんに?」


「鏡も絨毯も、人間の術だろ?

術式が面倒でも、この国の神なら解ける。

スサは、天界にいる訳じゃないんだろ?

海底に居る って聞いたぜ?

姫様も海底に城を持てばいい。

“九天の王” にした アマノサカヲみたいに

居場所を与えれば、多少 落ち着くかもしれないし

スサの目が届くところに居れば、そうそう こんな風に、利用されることは 無くなるだろ?」


「うん... 」「まぁ... 」


そもそも 天逆毎は、邪神や魔縁の類... だというのは、ミカエルも分かってるんだよな。


姫様は、あの感じだ。

アバドンじゃなくても 簡単に利用されるだろうし

自分からも、悪いこと... オレら人間には都合の悪い話に 乗るだろう。そういう存在の神だから。


厄介なのは、その都度 姫様を止める ということより、姫様は 天狗... 魔物を産める ってことだ。

生まれた天狗たちは、人間に害を為す。


でも ミカエルは単純に、よく分かってなさそうな姫様が、何か 可哀想になったんだろう。

すぐ同情しちまうしな。


「スサさんにゆだねるとしても、月夜見命キミサマに報告しねぇと... 」


朋樹が、首に掛けた革紐の先の 白い勾玉を出して

けまくもしこき 月夜見大神つきよみのおおかみ

この神籬ひもろぎ天降あもりませと かしこみ恐みもまをす」と

降来要請する。


三秒後くらいに、オレと朋樹の間に

バカでかく白い 光の矢が ドン! っと 落ちて

月夜見キミサマになった。



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