40 泰河


「待てよ。壁、違わないか?」


窓も無くなったので、オレと朋樹のスマホで

壁を照らす。


さっきまでいた部屋の壁紙は、古ぼけていたが

薄い緑っぽい色の地に、元は金色だったと思われる ゴシック調の蔦のような模様が入っていて

今いる部屋のように、積んだ四角い石壁じゃなかった。


「地下だろ、これ」


割と高さがある天井には、丸い穴が空いている。

蝗が 一匹落ちてきた。二階から地下へ 移動させられたらしい。意外に 術師だ。


「おい 天逆毎あまのざこ、何のつも... 」


『ギャアアアーーーーッ!!』


朋樹が聞きかけて、眼を閉じ 耳を塞ぐ。

話にならねぇ。声の反響も ひでぇしさ。


「ルカに連絡しとくかな」と

ジェイドがスマホを取ったが、通話も繋がらなかった。


「結界割りだな」


朋樹が 床に手を着いて、呪の蔓を四方に伸ばす。


「いや、別に 出れるぜ?

俺が “閉じ込められる” って状況は あり得ない」


ミカエルが言うには、外側からは神隠しが分からなくても、神隠しの “内側” にいるのなら

結界を破裂させることが出来るらしい。


「ここは、天や奈落じゃない。

地上や地界で、俺を囚えるのはムリなんだよ」


天使避けなどで けることは出来ても

ミカエルを “捕まえる” ということは出来ない。

考えてみれば そうだよな。“神の如き者” だしさ。


「俺ひとりなら、今 ここから出ることも出来るけど、そうしたら お前等が困るだろ?」


「おう」「置いて行くなよ」

「頼む」って 頷く。

天逆毎の癇癪は 相変わらずだしな。


「それに、こいつがアバドンに使われてるなら

俺等を閉じ込めた目的は、泰河だ」


「つまり、相手の罠にハマった のか?」


まだ 呪の蔓を伸ばしながら朋樹が聞くと

「うん」と ミカエルが肯定する。


「しかも、こいつ等が 拐う前に

“泰河の方から来た” ってことだ」


「ダセぇな」「鴨ネギ?」


何か分からないが、一頻ひとしきり笑っちまった。

ミカエルが居るからこその 余裕もあるけど、

鮮やかに ハマっちまった気がするしさ。


「ただ、この アマノザコ姫様は

天や地界のことを よく知らないんだな」


「そうか... ミカエルが 一緒にいるから

アバドンは、泰河を奈落に取れないし

僕らも始末出来ない... って ことか」


「シェムハザの天空霊で 外から見えない... ってのもあるけど、姫様は、この ご様子だからな。

アバドンも 蝗 呑ませて、指令出すのが やっとなんだろ。

この国の魔を統括する奴... っていう 目先は良かったし、まだ見てないけど 魔像も評価してやる。

そして キュベレの目覚めの 魂集めは

他国ですることにしたみたいだな。

こいつ等は、この国と神々を 混乱に落として

俺やバラキエルたちの足止めと、泰河狙いだ。

あわよくば 人間の魂」


ボティスやハティの話 聞いてても、よく思ったけど、軍の上に立つヤツって、見るとこ違うよな。

全体のを見る。

オレらは、いつも画の中にいても

なかなか見えねぇけどさ。


「ハティやベルゼに 他国の対応をさせることで

オレらと割った... って ことにもなるのか?」


『ギャアッ!!キイイイイーーーッ!!』... と

天逆毎が騒ぐ中、朋樹が聞くと

「そう。“力の分散” を 目論んだ」と

ミカエルが頷いた。


「奈落では半信半疑だった アバドンも

四郎の件で はっきり、俺が “ベルゼを使っている”

と 見た。

この件を、アバドンが 天に報告したとしても

俺は咎められることはない。

ベルゼが “ミカエルに捉えられている” って

言ってただろ?

奈落に ベルゼを繋げないのも、

キュベレを隠しているのが 天に露見したら困る

... っていう、アバドンの都合だからな。

アバドンは、多少 天から目立つことになっても

他国で異教徒の魂を狙って、地上おれら側の力を 分散させようと考えたんだろ。

キュベレが立てられない内は、一緒に居られちゃ 敵わないから」


「そして今は、“ボティス達とも割った” って

ことになるのか?」


「そういうこと。結果論だけどな。

俺等が 勝手に割れて来た。

像を使っての混乱には 成功してるな。

“像に取られない奴が偵察に” って、割らせてるから。

まあ 俺が、割った内に入れないし

シェムハザが天空霊を解除しなけりゃ、こいつも

区切りの外には 出れないけどな」


ミカエルは、結界を破裂させれるし

いざとなれば、天逆毎を斬首する気だ。


「でも、姫様が 何するつもりなのか

気になるだろ?

泰河を取るために 閉じ込めるだけなら

さっきの 二階の部屋でいいからな」


「鎖で巻かれて、多少 俺のことが分かったんだろ? このまま俺も “外” から 外させようと考えたのか?」と、ミカエルが聞くと


天逆毎は『キイイイイーーーッ!!』と

癇癪を増した。


ここに 像はなかった。少なくとも洋館内には。

蝗を呑ませたヤツらと 像以外にも

外に何か 仕掛けているようだ。

“外” って いっても、山自体の外だろうけどさ。

対処させないように 閉じ込めたらしい。


オレらからすると

天逆毎を捕らえたことは でかいが、

それも 結果論だ。

ミカエルが居たから、部屋に入る前に

結界の隙間から 鎖で捕まえることが出来た。

オレが先に 部屋に入ってたら、危なかった。


ん... ?


天逆毎は、なんですぐに 逃げなかったんだ?

部屋の外で オレらが、集まって来た他のヤツらに

対処しているうちに。


大祓詞もしてたし、ミカエルが幾ら 気配を隠しても、“なんかヤバいの来た” って 分かると思う。


わざわざ 捕まった... んじゃねぇよな?


その場合なら、オレらの “足止め” ってことか... ?


そう 仮定して考えてみると

ミカエルが居なきゃ、オレらは

“天逆毎を 月夜見キミサマたちに引き渡す” と考える。

日本神は、同じ神を なかなか滅したりしない。

実際、天逆毎も天魔雄神あまのさかをのかみうとまれて

追い払われてるだけだ。

“捕まっても大丈夫” と、タカを括ってたんじゃねぇのか... ?


ミカエルに 肩を貫かれてから、暴れ出した。

斬首する恐れがある ミカエルが居たことは

天逆毎からすると、計算違いだった とか...


そもそも、ミカエルのことを知らないのは

アバドン側から 聞いてないからだろう。

四郎の時の、エマは聞いていた。

“あなたに邪魔をさせぬことも、条件に... ” って

ミカエルに言ってたしな。


なら、アバドンからすると

天逆毎は 捨て駒 ってことか... ?


そう 必要がないのかもだよな。

単純に 蝗配り以外は、見ての通り 使い勝手が悪い。


像に入っている子... 天狗なら、使いようがある。

例え、他の妖しに蝗を呑ませなくても

天魔雄神のように、妖したちを 従わせることが出来るだろう。

何せ、下級天使や迦楼羅、阿修羅の 気の残滓も

吸収している。


像に入ってる天狗は、蝗を呑んでる。

アバドンは 天狗が使えれば、それでいいんじゃねぇか?


像に入っていた天狗に 蝗を呑ませるのが

天逆毎の でかい仕事だった、と すると

天逆毎が ここに居たのは... ?


霊や妖物による異変は、この山に集中していた。

蝗系なら、こうしてオレらが 調査に出向く。


天逆毎が 逃げなかったのは、オレらの眼を洋館に向けさせる オトリじゃねぇのか... ?


「ん?」と、朋樹が 天井の円に眼を向けた。


伸ばしていた呪の蔓の 一本を、穴から戻すと

鏡の破片だ。予想通り、赤で “寸” の文字。


「どこにあったんだ?」と

ジェイドが 蔓から手に取って聞くと

「一階の部屋の隅だな。裏返しになってて

スマホのライトは 反射しなかったんだろ」って

ことだ。


「じゃあ、一階に 何かが封じられてた って

ことかよ?」


退屈そうになってきた ミカエルが

「姫、お前が解いたのか?」と 天逆毎に聞く。

まぁ、話には ならねぇんだけどさ。


「何かするなら、やってみろよ。

でも 鎖は解かないぜ?」


『キィイイーーーッ!!』


地団駄すげぇ。出来ねぇだろうな。

皇帝でも捕らえられる 大いなる鎖だしさ。


「姫様、裸足なのに 痛くないのか?」


オレの手から “圭” の鏡の破片を受け取って

“寸” の破片と見比べていた ジェイドが

天逆毎に 圭の鏡の破片を見せて

「ほら、結い髪も崩れちゃってる」と

また 吼えさせた。


っていうか、姫様って呼ぶのか...

そりゃ、スサさんの娘だ。

“天逆毎姫” だけど、犬猿にしか見えねぇよ。


「感触だけどな、もう 一つ分かったことがある。

あと、イヤな推測も立った」と、朋樹が呪の蔓を戻し出した。

蔓の先には、ジャーダやオレらの蜘蛛もいて

それぞれのシャツに飛び移る。

戻って来る ってことは、なついてんのか?


「姫様の結界は、二階の部屋部分だけだ」


「“姫様の”?」と 聞き返すと

「そう。結界は内側から張ってあった。

蝗を管理するためだろう。

部屋の神隠しは、外側から掛けた感触がある」

とか 返してきた。


「外側? 誰かが 姫様を隠したのか?」


「そういうことになるよな。

掛けたのは、解いたヤツだ」


解いたヤツって...


「白い奴か?」と、ミカエルが言うと

『チガウッ!! ギャッ! ギャアアアッ!!』と

姫様が肯定した。


あれが?


「そんなこと、出来るのか?」


同じように思ったらしい ジェイドが聞くと

「だって、他には居なかっただろ?

あれは神の類だ」と、朋樹は姫様に 眼をやった。

そうか、これも神だしな...


「蝗を “呑んで見せた” ってことか?」


ミカエルが 眉をしかめて言う。


「だとしたら、姫様に近付くためだ。

というか、部屋に入るため」


「隠しておいて?」


「姫様に、部屋の結界を解かせるためだろ。

蝗を呑めば、姫様は “仲間だ” と思う。

神隠しは、隠れてる方からは見えるからな。

姫様からは 俺等が見えてた」


姫様の方の結界を 解除させるためか...


「だけど、大祓で指が... 」


ジェイドに オレも頷くと、ミカエルが

「それも 俺等と姫様を騙すためだろ。な?」と

姫様に『チガウッ!』と 言わせる。


「一階と地下は、あの丸い絨毯で

また 別の術が掛かってる。

びっしり書いてあった大祓詞が 鍵だな。

オレと白いヤツで、鍵を解いちまったんだろう」


これが “イヤな推測” らしく

「やっちまったよな」と、朋樹が ため息をつく。

「今は、結界というか その術の中にいる訳だ」


「鍵を解いた って、どうやって?」


「まず、オレが 大祓を読んだ。

それを 白いヤツが、物理的に作用させた。

絨毯の大祓を 外気に解する。

要は、絨毯をめくりゃあいいんだよ」


大祓が びっしり並んでたのは、絨毯の裏だ。

普通に敷いてあったら、外気に触れねぇしな...


そして、大祓で蓋をしてあったのなら

一階に封じられていたのは、穢れの類だろう。

 

「白いヤツが 部屋に入ったのは、この鏡に封じられてた、何かを解放するためなのか?」


両手に持った 二枚の破片を示して ジェイドが言うと、朋樹は「そう考えられるよな」と

ゲンナリした顔で頷いた。


「姫様も、一階の奴を狙ってたのか?」


『キイイイイーーーッ!!』


首を上下に振ってるけど、違うんだろうな...

けど 姫様、聞いたことには 返事するよな。

逆の言葉や態度だけどさ。


「なら、蝗配りしてただけなのか?」


上下にガクガクと 頭を振りっ放しだ。

それだけじゃねぇらしい。


「他にも何かした?」


『チガウッ!』


青みがかった眼を見開く。鼻息荒いぜ。


「ここに居るように、蝗に指示されたのか?」


『チガウチガウッ! チガウーッ!!』


首を横に振りまくる。


「蝗っていっても、アバドンは

この洋館のことまでは 知らないはずだぜ?」


ミカエルが、ジェイドの指から

“寸” の 赤文字の方の鏡を取って言う。


「そうだよな。大祓で蓋されてたんだしな」


「じゃあ、同じ蝗憑きの指示なんじゃないか?

あの白いヤツも」


天逆毎の姫様を操作するヤツがいる... ってことか。まぁ、操作は 難しくない気がするけどさ。


「とにかく、そいつが誘い出したかったのは

朋樹だった... ってことになるね」


大祓を読ませるため か...


「うん、そうなるな。泰河も付いてきたから

ついでに閉じ込めたのか」


「キレるな、そいつ」と、ミカエルが

朋樹が持つスマホライトの光を 鏡の破片に反射させた。姫様の くしゃくしゃになった結い髪があらわになる。


「姫様に指示出来るのなら、像に入った天狗かな?」


『ギャアアアーーーッ!!

チガウッ!! チガウチガウッ!!』


「そうっぽいな」


「少し静かに」と、ジェイドが 鏡の破片で姫様に

スマホライトの光を反射させると、姫様が消失し

大いなる鎖が 床に落ちる。


ジェイドの手に “封” の文字になった 鏡が残り

床に落ちて跳ねる 藍色の蝗に

シャツから飛んだ オレの蜘蛛が糸を巻いた。


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