37 泰河


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バスに乗り込み、依頼の大蔵さんの家から

山を半周くらい登り進むと、舗装のない分かれ道が出てくる。


「道を折り返すようになっているね。

向こう側に、この 洋館に続く道を造れば

麓からは近くなるのに」


「向こう側は、向こう側の人の土地なんじゃないか?」


ミカエルと 後ろの座席に座ったジェイドが

言ってきたことに、助手席から 朋樹が返すと

「ああ、そっか。山って私道も多いしね」と

納得した。


両脇に生えている木々が、空を覆うように 枝を伸ばしている その道を進むと

片側が外れた、でかい鉄柵の門が見えてきた。

洋館は この中だ。


敷地周囲の塀も鉄柵。

門の前は、少し広くなっている。

「降りようぜ」と 鉄柵の塀に沿うように

バスを停めた。


「なるほど。“お化け屋敷” だ」


片側が外れた 門の中に入ると、広い前庭があって

煉瓦レンガに蔦が這う二階建ての洋館が建っているが、

窓が割れ、入口の扉は失われている。

入口も 窓の中も、夜の外より暗く見える。


「裏の森には、池もあるぜ。

庭続きみたいな感じでさ、

そっちに肝試しに行くヤツらも 多いんだよな」


「また そういう時期になってくるよな... 」


「ふうん」と 言った ミカエルが

「洋館から行くぜ?」と、歩き出そうとした時に

空が明るくなった。青白い光。


「天空霊だ」「シェムハザだな」


この洋館を中心に、

周囲に天空霊を降ろしたらしい。


「ここから湧き出るヤツらを

閉じ込めるんだろうな」

「麓に出さない方がいいからね」


「ジェイドも、四方位降ろさねぇの?

天空精霊テウルギア」って 聞いたら

「ルカがいないから 手描きになるけど」って

黒柄のナイフ出されて、首を横に振っちまったぜ。


「でも、前庭には 何も居ないぜ?」


洋館に歩きながら、周囲を見渡したミカエルが言う。前庭には、花壇跡や何かの彫像を置いた跡の低い台座があって、あちこちに草むらだ。


「そうだな... 」と 朋樹も首を傾げる。

左眼を片手で覆って、模様の右眼だけで見渡してみたけど、オレにも何も見えなかった。

おかしいな...

いつも、その辺にも 何か居て普通なのにさ。


「新たに集まって来てたゴーストたちも

もう、ここから出た後... だとか?」


そんなこと言うなよ ジェイド...


けど「有り得るよな」と、朋樹も ため息をつく。

「こっち側の森を下って行けば、大蔵さん家の方に出るしな」って、

バスで来た舗装の道とは 逆の方を指で差した。


「でも、洋館には何かある」


ぽっかりと暗い口を開けたように見える 洋館の入口から、ミカエルが中を覗く。

中は暗いが、割れた窓からの月や星明かりで

足元もおぼつかない って程じゃない。


「一階から見るか」と、正面の階段を素通りして

右側の通路に顔を向けた ミカエルが言うと

「じゃあ、子鬼に偵察させるか」と

朋樹が式鬼しき札を出した。


「止せよ。そいつら、像が居たら

取り込まれないのか?」


ミカエルが、ブロンド眉毛を しかめる。


「式鬼が? 無いと思うぜ。単なる使役とは違うからな。オレとの使役契約が解けなけりゃ、

オレの 一部みたいなもんだし」


「ファシエルも?」


「そう。もし像に取り込まれようと

喚べば戻る」


ミカエルが、安心しつつも

「ふうん」と つまらそうな顔になると


「いや、“一部” じゃないんだけどな。

血を分けてるから、めいが絶対に通るだけで。

親子とか兄弟に近いよな。

血で、血に命じる... って感じだ」って

大差ないような言い訳をした。


兄として妬くとこは 通り過ぎたみたいだが

今度は 気ぃ使い出したな...

まぁ、二人を応援してる ってことだろう。


「だからさ、ゾイの守護は もちろん

ミカエルに 頼みてぇんだよ。兄として。

あいつ、天使で 強ぇし

オレらは 守護される立場だからな。

ゾイを護れるのは ミカエルくらいだし」


おっ? 任せたな...


「うん、いいぜ」


ニコっと笑って、機嫌を良くした ミカエルが

「じゃあ、行くぜ?」と 足を踏み出そうとすると

朋樹が式鬼札を飛ばして、子鬼を四体出した。


「だから、なんで出すんだよ?」


再び 不機嫌だ。

「いやいや、ミカエル... 」

「なんでダメなんだよ?」


「ひとつひとつ、部屋を見て回るものなんだろ?

こうやって何人かで、夜の廃墟でゴースト探ししてるとこ、シロウと動画で見たぜ?

それに、相手にシキの気配がバレるし」


肝試しが したかったのか...

“シキの気配がバレる” ってのは、言い訳だな。

「俺は、気配は隠してるから」って 言ってるけど

ミカエルの方が、確実に気配は でかい。


「見て回って、何が出たって

ミカエルは 怖くないだろう?

肝試しは、得体の知れないものへの 恐怖心を

楽しむものなのに」


ジェイドが言ったら

「雰囲気」って、ふいっと 横向くし。


「なら、子鬼は外を回らせるからさ」と

朋樹が 「おまえたちは 近くの森」と

式鬼の子鬼たちを 洋館の外へ出すと

「うん。じゃあ ここから撮る」って

ジーパンからスマホ出した。


「ミカエル?」「なんで?」と 聞くと

四郎のスマホらしい。


「リョウジに “洋館の中を撮って来る” って

約束したらしいんだ。

そうじゃないと、リョウジは友達と

ここに来てみる予定だったみたいだぜ?

昨年までは “中学生だったから 勇気がなかった”」


「マジか... 」

「まあ、そういうことする年頃だよな」

「僕は 今でも行きたいしね」


「だから、それらしいこと言えよ?」


臨場感か...


「じゃあ、オレ撮ってやるよ」って

朋樹がスマホ預かって、入口を入るところから

やり直す。


建物全景と蔦の蔓のアップの後に、入口を映し

正面階段を下から見上げるように撮ると、

踊り場で 一時停止して、白い鳥の式鬼を飛ばし

またスマホカメラを回す。

動画には、カメラを白いものが掠めて見えた。


「“今、何か いなかったか?”」「“マジかよ?”」

「“いや、見えなかったけどな... ”」


よし。こんなもんだろう。

ミカエルも “そんな感じ” と うんうん頷く。


朋樹は、スマホのライトを点けて

足元から撮りだした。


敷かれていた絨毯は、掠れまくっていて

もう何色だったかも 分からなくなっている。

歩く部分や ドアの前などは、下地の木材が見えてるような ところもあった。


「“最初の部屋だ”」


擦れまくった色のドアノブに掛ける手を撮りながら、やたら ゆっくりドアを開ける。

なるべく 軋む音がして欲しいところだ。


最初だけ、ギギ... という音はしたけど

中に 何も居ないことは、全員が分かっている。

中には、ドアのない木製のクローゼットと

倒れた古い木の椅子。床に割れた窓ガラス。

急に スマホを天井に向けたりもしてるけどさ。

朋樹も なるべく、ありがち感を出してぇようだ。


一通り撮ると「“何もないな”」

「“次の部屋に行ってみよう”」と、また廊下に出た。隣の部屋も 次のドアの外れた部屋も

「“何かの気配はするな... ”」とか

「“今、二階で音がしなかったか?”」とか

挟みながら、突き当たりまで来た。


式鬼の 一人が戻って来て、朋樹に古びたボールを渡す。こういうボールって、何なんだろうな?

あと、片足分だけの靴とかさ。

古びてるけど、“何年か前” 程度なんだよな。

動物とか霊獣が、どっかから持って来るんだろうか?


廊下に出て振り返ると、ミカエルが消えて

階段から さっきの古びたボールを転がした。


「“何だ?”」「“ボールか?”」「“なんで... ?”」


階段下まで行って、ボールと階段をうつすと

めちゃくちゃミカエルがいるけど

天使や悪魔、霊獣は、記録には残らない。

「“やっぱり何もいない”」「“でも ボールが... ”」

こんなもんでいいだろう。一度 スマホカメラを停める。


「マジで 何もないな」

「祓っちまった後 ってくらいの感じだもんな」


後は、ダイニングやキッチン、トイレを撮して

階段を昇るシーンを撮る。風呂は二階らしい。

階段の壁には、落書きが多かった。


「動画、あんまり長いと つまんねぇし

後で 編集しねぇとな」


二階の書斎らしき部屋を撮ってから

またカメラを止めた 朋樹が言う。


「そうだね。何もないのに ダラダラ観ないし」


「俺、シーツ被ったら 映ると思うんだ」


「いや ミカエル、止めとけよ。

あんまり わざとらしくなるとさ... 」


風呂場には、シャワーヘッドの無いシャワーホースと、バスタブが設置してあった跡だけだったので、剥がれたタイルを撮っておく。

この風呂んとこって、大抵 二体三体は

霊が居たりするんだけどな...


後は、寝室のみだ。三部屋ある。


一部屋目は、古いベビーベッドの柵があった。

木の柵の下の方には、蔦のような彫刻が施してあって、海外の輸入品っぽい感じがする。

壁の四段の木の棚にも 何も入ってない。


二部屋目も 子供部屋だったようで

小さめの二台の机や ベッドを置いていた跡が

カーペットに残ってた。

その部分だけ 日焼けしていない感じだ。

剥がれかけた壁紙が揺れたけど、風だしな...


三番目の主寝室辺りで、何か欲しいところだ。

主寝室には、スプリングが飛び出したソファーと

壁に 額入りの絵があるけど、肖像画らしき絵の男の顔は、黒いスプレーで塗り消されていた。


天井には、昔から謎の 子供の手形が二つあるが、

半分無くなった窓枠と ガラスの無い片側の枠の向こうには、暗い森の中に 青白い天空霊の明かりが見え隠れし、上には 星空。


「綺麗だね」とか ジェイドが言っちまったので

後の編集で カットする。


“何も居ねぇな... ” と、お互いを見回して

朋樹が 式鬼札を出すと、ミカエルが止めて

火の玉のような 小さな炎を浮かせた。


「そんなこと出来るんだな」って 言っちまって

“おい” って眼で見られた。ここも編集だな...


「“おい、見ろよ!”」「“火の玉?!”」

ミカエルが 炎の動きを止め、オレらに気付いたかのように、ゆっくりと近付かせた。

「“ヤバい、出ようぜ!”」


主寝室を出ると、スマホカメラを停める。


「お前等、なんか 盛り上がりに欠けるよな」


「だって、元々 “出る” って分かってる時から

怖くねぇしさ」

「何度か来たことあるから、慣れてるんだよな」


「ルカが居れば、何も居なくても まだ

無闇に騒ぐ画くらいは 撮れたのに」


ジェイドが言うと「ああ、そうなんだよな... 」と

朋樹が同意する。ルカが居たら

“今、なんで 壁紙揺れたんだよ?!”... とか

“うわっ、手形あるし!”... とか 言ってたんだろうな。 で、オレも便乗して 騒ぐ感じだ。


「騒げよ 泰河。いつも うるさいだろ?

俺が “見ろよ” とか言ったりしても、撮られないんだし」


舌打ちしたそうな雰囲気の ミカエルにも言われたけど「一人だと騒ぎづれぇんだよ」って 答えて

... いや、そもそも 何も起こってない動画を

四郎からリョウジに 観させるべきじゃねぇのか?

と 考え直した。だって、何か起こってたら

“見に行こうぜ!” って なるよな?


それを言おうとしたら、ジェイドの肩から

何かが 跳んだ。シルバー蜘蛛の ジャーダだ。


ジャーダは 床の上で、藍色蝗を捕獲して...


「あ?」「どこから... ?」


「捕らえたぜ」


ジャーダが、蝗を糸で巻く間に

ミカエルは 左腕に巻いた大いなる鎖を

壁の中に伸ばしていた。






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