36 ルカ


「すげーじゃん、四郎!」


つい頭を撫でたら、四郎は照れくさそうに

「はい、上手くいきました」って

笑顔で オレを見上げる。

... ん? ちょっと 背ぇ伸びたんじゃね?


「うむ。流石である。

蝗は死しておるが、一応 取っておくかのう」


浅黄が 藍色蝗の死骸を摘んで、グラスに入れると

オレに渡して

「猩々は、二階に運んだ方が良かろうか?」って

抱え上げようとするから、シェムハザを喚んだ。

猩々こいつ、オレと同じくらい背ぇあるし

重たそうだしさぁ。


調理台の向こうに シェムハザが立ったから

「これ、運べるぅ?」って 四郎と退いたら、

シェムハザは「赤猿か」って 肩に軽々と抱え上げた。悪魔って 力あるよなー。


キッチンを出ながら、シェムハザが

「しかし、運んで どうするんだ?」って 聞くと

「猩々は人語が話せる故」って 浅黄が答える。

じゃあ、何か聞けるかもしれねーよなぁ。


二階に戻って、床に猩々を寝かせると

「ボティス達が まだだな」って、シェムハザが

様子を見に消えて

「私も見て参ります」と 四郎も消える。


オレと浅黄は、バルコニーの様子を見に行くと

柘榴が心経を読んでいて、弱い念がかたちになったものは、そのまま薄れて消えていってて

琉地とアンバーが、蝗の引き出しに奮闘してた。


「そろそろ 皆、蝗が抜ける故

地の精を退くが良い」


榊に言われて、地の拘束を解くと

「... “菩提薩婆訶ぼじそわか 般若波羅蜜多心経はんにゃはらみつたしんぎょう”」と

柘榴の心経も終わった。


藍色蝗を詰めた瓶を持ったアンバーを 頭に乗せた琉地が、煙になって消えて

バルコニーのオレの隣に 出現したし、

アンバーから 瓶を受け取って

「お疲れぃ! えらいじゃん」って 二人共撫でる。


「あれ?」


バルコニーから 下を見たら、蝗抜きされた霊たちが、ぞろぞろ 歩いたり這ったりして

この家に向かって来てた。


「蝗、抜いたのに」


「いや、元々 持っておった念が 強い者等である故

霊獣などの心経では 晴れぬ」って、柘榴が言うし


「じゃ、このまま幽世かくりよ送り?」って 聞いたら


「素直に向かわぬであろうのう。

執念によって、現世うつしよにしがみついておる故。

しかも これらは、どうやら人に害を為したことがあるようじゃの。幽世の扉は見えまい」

... だしさぁ。


「けど、入って来るぜ?」


説得も効くとも思えねーし

そしたら、シェムハザたちが 契約するか、

四郎が 大日如来に帰依させるか

悪魔として祓って 地界に送ることになる。


「うむ。強制的に “しまい” を 気付かせるかの。

浅黄、榊」


柘榴に頷いた浅黄と榊が、バルコニーから降りて

浅黄が薙刀で 霊たちを打ち払い始めた。

人化けを解いた榊は、黒炎で霊の身体を焼く。


六十六部の僧が造った 異形を思う。

こうして 打ち払われるうちに

自分が 何人もの人だった... と いうことを

異形は思い出してた。


薙刀で打たれて すぐに

自分を取り戻して 戸惑っている霊もいれば、

黒炎に焼かれても『どうして 私だけが... 』

『悔しい... 』『呪ってやる... 』って 霊もいる。

打たれ焼かれることで、ますます 怒りを増す霊も。きっと、自分が誰だったかも 覚えてない。


「浅黄、榊。離れよ。

送れる者等は、幽世へ送るが良い」


人化けして、緋地に花模様の着物に 金の帯、

結い上げた髪に 六本の簪を差した 界の番人の姿になった榊が、幽世の扉を バルコニー下の地面に移動させ、浅黄と扉の左右に立つと

「ゆくが良い」と、霊たちを誘導する。


まだ怒りまくったまま 残っている霊たちが

下から オレを見上げる。... これ、狙われてね?


考えたら ここにいる “人間” って オレだけだし、

霊たちは、すげぇ 恨みの表情ツラしてるしさぁ...


「では、つか」


柘榴が言った時に、雷が 霊のひとりを射った。


「えっ?」


カッ と 空中が白く光って

ドン!と ひどい音が 地面を揺らす。

窓ガラスが ビリビリと震えた。


三度 四度と、連続で 光り鳴り響いて

射たれた霊たちは、地面に倒れた。

霊が倒れる って何だよ...


「神鳴り とは、よう言うたものよの。

見よ。美しく 畏ろしくある」


また立て続けに 雷が落ちる。

あんまりビビって、もう騒げねーし

バルコニーからも 動けねーし...


ただ、柘榴の雷は

自然現象の雷とは違う っぽくて

地面には損傷がない。対象だけを射つらしい。


射たれても立ち上がって、まだ睨む霊がいると

また容赦無く 雷が脳天を射つ。 怖ぇ...


そのうちに 霊たちは、自分を取り戻すどころか、

何にこだわって怒っていたのかも 分からなくなってきたようで、倒れたり座ったりしたまま 泣き出した。


死んじまった挙げ句に、これ ってさぁ...

六部僧の時もだったけど

森まで白くしながら 落ちる音に

なんか こっちが、泣きたくなるんだぜ。


「死して尚、妄執を抱くなど

何と浅ましいことか。そのようなものは 叶わぬ。

解らぬでも、幾度でも 射ってくれようぞ」


また白く光る音と響きに、霊たちは泣きながら

這って逃げ出した。這う霊を また雷が射つ。

“たのむ” って、祈ることしか出来ない。何かに。

あの時と 同じに。


『... もう、良いのです』


背後に、誰かがいる。


振り向くと、オレの影の中に 煙が凝って

朧に光る 白い人になった。


白い人は、オレの隣を通り過ぎると

バルコニーの下に居て、座り込んだ霊の背に

『もう 良いのです』と、手のひらを当てた。


白い人が 男のかたちになる。

土の地面に落ちた 眼鏡がぎった。地下教会...

富士夫 だ。


『悔しかったですね』『わかりますよ』と

また 誰かが通り過ぎる。


『苦しみは 終わったのです』

『いきましょう』


白い人たちは、霊たちの背に手を当てると

片手を取って 立たせ、寄り添いながら 扉へ導く。


葵と菜々の両親、矢上妙子、胡蝶...

名前を 知らない人たちも


扉の向こうに、月夜見が立った。


「良い。参れ」


柚葉ちゃんも 顔を覗かせて

「月様が戻られましたよ」と、霊たちに微笑む。


白い人たちに導かれて、霊たちが扉の中に入ると

白い人たちは 煙になって消えて、扉が閉じた。




********




「まったく! 頭に皿など!」

「“カッパ” など、本当に存在するとは... 」

「面白かったじゃないか」


ボティスたちは、水浸しになって戻って来て

シェムハザお取り寄せの服に着替えなから

カッカしてやがってた。


四階では、カッパ二体が 水鉄砲戦争をしていたらしく、ボティスたちも撃ちまくり、そこらじゅう水浸しにしたようだ。


「地界の鎖に巻かれると

背の甲羅を脱いで 逃れたのです」


「背の甲羅を、脱いで... と?」


榊が繰り返したけど、四郎は「はい」って頷く。


「その後は、こちら側との 撃ち合いになりました。シェムハザが水鉄砲を取り寄せまして... 」


結局、“蝗は 抜かねば” ってなって

甲羅を取り上げた後に、また鎖で巻いて

四郎が心経で 吐かせたらしいけど

カッパたちは 鎖が解けた後、甲羅を奪い返すと

アコから シルバー蜘蛛は受け取って

『ケッ』 『勝負は預けてやる』って

四階から飛び降りて 帰って行ったらしい。


「この山の川で 暮らしているようですよ」

「今度、武装して行ってみよう」


四郎とアコは 楽しかったみたいだ。

柘榴は「そのようなものが おったとはのう」って

今 知ったっぽいけど。


「派手に やっていたようだな」


タオルで髪を拭きながら「ディル」と

コーヒーを取り寄せてくれた シェムハザが

柘榴に言って

「打ち払い 焼こうが、残った者があってのう... 」って、説明が始まったけど

オレは なんか、ぼんやりしちまってた。

あの 白い人たちのことで、胸がいっぱいになってて。


あの人たちは、精霊のかたちで出た。

オレの影から 煙に凝って。

前に海で、矢上妙子を喚んだ時みたいに。


でも、風や地、琉地みたいな “精霊” って気がしない。

“想い” とか “電気信号” とか そういう説明は

ヒポナや朋樹に聞いたし

界を重ねる... とかも 聞いて、なんとなく

“電気” って 精霊に、人の想いが 界を越えて移って

その人の象になるんだろうなって 考えはしたけど

オレ、そーいう “原理” とか “正体” とか

別に どーでもいいんだよな。


いつも 助けてもらってる って印象がある。

洞窟教会の 田口恵志郎って霊にも。

オレが その人たちに、何かした訳じゃないし。

普段だって、その人たちのことは 忘れなくても

日々 その人たちのために祈ったり... とかも

してねーのにさぁ。


なんか、悪い気がする。

助けてもらったり、とか することが。


「しかし、相手が “手助けしたい” と思って

出て来ているのでは ないかな... ?」


「うん...  けどさぁ

そんなに話したことも ないような人まで... 」


ん? って、ソファーから

声がした 隣の床に眼を向けると

赤い毛むくじゃらが、座って こっち向いてて

「酒はあるかな?」って 聞いた。軽くビビるぜ。


「猩々」「起きられたのですね」


浅黄と四郎が声を掛けると

「ここは どこかな?」って 赤色の顔で聞く。

ナイフやフォーク 飛ばしてきたって思えねーくらい 穏やかだし。


「そういや、これは何だ?」


ボティスが言っても

「種は “猩々” であるが、何... かな?」って

自分で首を傾げてるし。

柘榴が「元は 大陸より... 」って 説明してる。


「ふむ。して、名は?」


榊が聞いたら「トビトよ」って 答えた。


シェムハザが 白ワインを取り寄せて渡すと

「おや、これは異国の」って 喜んでる。


「トビト。俺は、シェムハザという。

何故、ここにいるか は... ?」


ツマミに生ハムと、オレらにクッキー

アンバーにクリームチーズを取り寄せて

シェムハザが 聞いてみたら

「酒を頂戴しようと、時々 人間の家に上がる」って、ワインを飲んで 頷いた。


「それで 居るのだろうな」


「そうだろうけどさぁ... 」

「ここに来るまでの事を 聞いてるんだ。

蝗... 使役虫を憑かされてたんだぞ」


オレとアコが言ったら

トビトは「うぬ?」って 考えて

「うむ。山向こうの人里で、一升 酒を貰い

“次は こちらで” と、この山の森を抜けておった」

って、思い出しながら 話し出した。


山の裏っかわには 鬼里があったし

山頂付近は蛇里で、通り抜けられねーから

フラフラと迂回する。


「すると、廃墟染みた 無人の洋館で

獣顔の女神にょしん厄獣やくじゅうを産んでいた」


... “産んでいた” ?

獣顔の女神 は、天逆毎アマノザコ だよな?


「何?」

「その “厄獣” というのは?」


「うん、一つ眼の青毛の猿よ。

だが、胸から下はない。

頭に首、肩から両腕のみであり

青い顔面以外は、青毛に覆われておったが

鏡影きょうけいに似た印象であったな」


鏡影... シイナのところに出たヤツだ。

人の記憶を読んで、ココやリラ

いろんな人の顔になったけど

実際の姿は、ザンバラ髪に青い顔。

両眼を閉じると、額の 一つ眼を開いてた。


「恐らく、鏡影を飲んで

青毛猿を産み出しておる と見えた」


ワインを ぐいっと飲んで

トビトは、自分の話しに頷きながら

生ハムを食ってみて、また頷いた。


「口から無数に産むと、顔と腕だけの青毛猿たちは、それぞれに藍の蝗を呑んで 一つ眼を開き

地中に潜って行った」


「“無数に”?」「“地中に潜った” と?」


ボティスと柘榴に頷いたトビトは

もう 半分くらい、白ワインを空けてる。


取り寄せた赤ワインを トビトに渡しながら

「蝗は、そこに居たのか?」って

シェムハザが聞くと

「藍色のものが無数に」って 答えながら

赤ワインの瓶を見て 嬉しそうに笑って

「俺も、跳んできた蝗を 呑んでみたものよ。

気付くと、ここに居ったな」と

手にある白ワインを ぐいっと飲んだ。















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