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地下倉庫のビルは、ボンデージバーのビルの裏手に位置する。


二階には 飲食店が幾つか入っていて、三階と四階はボウリング、五階はカラオケ。


一階は プールバーだったが閉店し、ボンデージバーのグループが 一階と地下を買い取り、女の子が客を取って地下へ連れて行く 援交出会い的カフェバー にする予定なので、今は空いている。


「しかし、大胆であることよのう... 」


ビルの表側に回り、シェムハザが鍵を外すと、人避けをして中に入った。

内装などには まだ手がつけられてなく、八台のビリヤード台が並び、奥の壁にダーツが並ぶ。

あとは、バーカウンターと幾つかのテーブル。


地下と同様、改装準備は始めているようなので

電気や水道は 通してあった。


「真下に本体がいるんだからね」

「まあ、動きとかは 分かりやすいけどな」


けど、なんか 落ち着かねぇよな...


シェムハザが指を鳴らして、埃っぽいテーブルや椅子をキレイにし、コーヒーを取り寄せてくれる。


「ここさぁ、二階から上は 今日も普通に営業するんだよな?」

「だろうな。カラオケなんか 24時間営業だから 今もやってるし、5時まではボウリングもやってただろ?」

「二階に ファミレスも入ってるしね」


アコが ビリヤード台の 一台に、バスから運んできた 聖別した血清のケースや赤ワインの瓶を並べていると、ボティスの配下が早速 尾長憑きを連れて来たので、オレとルカで尾長を消す。


「離せ! 殺すぞ!」と、暴れようとしているが

悪魔は力が強い。

尾長憑きの場合、全然 押さえ切れているのに

「落ち着きましょう」と、ジェイドがオキシトシンスプレーを噴射する。やりたいみてぇだな。


シャツ捲って、ルカが出した緑文字を消すと

また悪魔が「さっきの場所に戻るか?」と 親切に

連れて出たが、今度は立て続けに 三人来た。

一人は女だったので ジェイドに回す。

その間に 女が二人だ。


「もう、幻惑する故」と 榊が女 二人をオレらの方に連れて来た。

ジェイドはまだ、さっきの人に祈ってるしさ。

時間 掛かるんだよな。ミカエルが人を押さえてて

悪魔は、シェムハザが敷いた防護円内だ。

あぶねぇもんな。


「多いな」と 朋樹もスプレーすると、怒鳴ってるヤツが大人しくなる。

オキシトシンって 効くよな...


「元々の尾長憑きに命じて、一気に動かしてるんだろ。そいつ等は 体内に尾長がいてもめいが届かず、これまで大人しくしてた ってことだ」


ボティスに そう言われて よく見てみると、連れて来られた人たちの内の 三人は部屋着だ。

まだ早朝だってこともあって、女も化粧していない。

でも、悪魔たちも尾長探ししてたのに、クラブや大学から だいぶ拡がってたんだな。


「早朝で これだと、先が思いやられるな」

「琉地とアンバーも頑張ってくれてるのにな」


アコが ビリヤードの玉を持って来て、ボティスとシェムハザと「術は無し」って、壁に掛けられたキューを選びに行った。


三人だし、たぶん 15個の玉を使ってやるカットボールだ。

ボティスが1~5、シェムハザが6~10... と自分の玉を決め、相手の玉をポケットする。

最後まで自分の玉が残ってたヤツの勝ち。


「いいよなー」と ルカが言うのに同意していると

「手が空いたら、お前等も やりゃあいいだろ?」と 言われて、朋樹が玉を取りに行こうとしたが

「俺は働いてるんだぜ?」と ミカエルに拗ねられ

「悪い」と、スプレーを手に取った。


けど「ファシエル、やったことある?」って聞いてみてるしさ。

ゾイはないようだが、ミカエルは自分の城に台があるらしい。小さくいろいろやってるよな。


「教えようか? 退屈だろう?」と、トランクを持った パイモンが登場した。

見た目、白衣を着た美人女医さんだ。


ミカエルが、ふざけんな って眼を向けながら

「お前、何しに来たんだよ?」と 聞くと

「移動して来たに決まっているだろう?

本体の真上で 尾長消しという、ナメたことをやると言うから」と、白衣のポケットに入れていた片手を出して 広げて見せ、ボティスと目を合わせて笑った。


赤ワインや血清が並べられたビリヤード台の上でトランクを開き、新たな血清の保管ケースや注射器などの器具、黒いケースを並べ

「もうひとつ分かったことがある」と、生きた灰色蝗が入った瓶を取り出すと

「悪魔が産卵し、首無しから出てきたものだ」と

蓋を開け、瓶から出した。


「おい... 」「パイモン... 」


けど 灰色蝗は、ビリヤード台から床に跳んでも そのままぴょんぴょん跳ね続け、誰にも止まろうとしない。


「お?」「なんで?」


「蜘蛛バングルを着けているからだ。

同じ遺伝子を持つ者には付こうとしない。

“仲間” への攻撃は避ける。考えれば当然だな」


「じゃあ、防げるのか?」と ジェイドが聞くと

「こういった形でならな。身に付けていれば」と

黒いケースの蓋を開けたが、なんか ごちゃごちゃしたものが入っている。

見に行ってみると、1センチくらいのシルバーの蜘蛛だった。何百単位で 大量にあるけどさ...


「バングルを作った時の尾長蜘蛛が 地界の蜘蛛と交配し、産卵した」


「ベビーたちかよ」と、ルカもケースを覗き

「けど、生身部分 無くね?」と 言うと

「ハーゲンティが表面を錬金したが、生きている」と パイモンが 一匹、自分の白衣に付けた。


「どうやって付いてるんだ?」

「糸を出して、小さな巣を白衣に張っている」


へぇ...


「更に」と ルカに灰色蝗の拘束を頼み、捕まえて白衣に近付けると、白衣の蜘蛛が 灰色蝗に飛び付いた。


「えっ?」「捕食するのか?」


灰色蝗は、シルバー蜘蛛の糸に白銀に巻かれて 中身を吸い喰われたようだ。

糸の中でカラカラになって崩れた。すげぇ...


「そう。虫しか喰わないから、害虫対策に売り出すことも検討している。

お前達の召喚屋ホームページに広告を出して」


ちゃっかり ビジネスもか...


でも、これでかなり被害が抑えられるだろう。

ココの最期を思い出してしまう。


「これを上空から撒くが、ハーゲンティが “サヤカやアカリ、リンドウにも渡すように” と」と、パイモンが こっちに向いて笑い

「マジか!」「ありがとうな」と ルカと言う。


よかった。どんな人も犠牲にはなって欲しくねぇけど、アカリに “外に出るな” って連絡 入れようかと思ってたんだよな。

沙耶ちゃんにも、店は休んで欲しかったし。

仕事中も心配しないで大丈夫そうだ。


ゾイも ほっとしたような顔を見せ、アコが

「渡してくる」と シルバー蜘蛛を 一掴み持って消えた。


「イゲル」と、ボティスが喚び

「手分けして広範囲に撒け」と、シルバー蜘蛛の黒いケースを持たせている。


「洞窟教会は?」と、シェムハザが パイモンの手に コーヒーを取り寄せた。


「レスタとニルマが待機しているが、病院が開き次第に患者を人間の医療機関へ移す手続きを頼む。全員 異常はない。

ここで 新たな首と身体を繋いで戻したら、また向こうに送る」と ゾイの隣に座った。

わざとやってるな。

二人とも 実際の性別と逆に見える。


「ベルゼも虫撒きに出て、ハーゲンティは地下倉庫を見に行った。もうすぐ上がって来る。

俺も見て来たが、奥のカーテンの部屋には入れないな」


「ひとつ離れて座れよ」


ミカエルが ブロンドの眉をしかめて言うと、パイモンは

「話しがしたいだけだ。俺は見た目が これだし

ゾイがイシャーに戻ることはないだろう」と肩を竦めた。

ゾイが緊張気味なので「オレ、暇だしな」と 朋樹が向かいに座りに行った。


「地上や身体には慣れたのか?

サリエルのことや、朋樹のシキだという話は聞いているが、下級天使だったのだろう?

第三天シェハキム、北の領地だったな?」


「はい、そうです。

地上や身体にも慣れてきました」


パイモンとゾイが話しする間にも、また尾長憑きが連れて来られたが、高校生の女の子だった。

ルカは落ち込むし、これは幻惑でも無理だ。

ジェイドとミカエルに回す。


次に来た男 二人に、榊が「ふむ」と スプレーし

「はい、腹」と ルカが文字を出して オレが消した。


「北なら、仕事は つらかっただろう?」


パイモンが ゾイに聞いていると

「それ、どんな仕事?」と 朋樹が口を挟んだ。


「罪人の罪の浄化の手助けをする。

荒涼とした大地に炎の河が流れていて、殺風景なくせに 怖い場所だ」


「うん、そうですね。寂しい場所です。

でも 天にいる時は、気づいていませんでした。

与えられた持ち場と仕事でしたので。

第二天ラキアの街へ行くのは好きだったのに、第三天シェハキム北との “違い” を考えなかったんです」


パイモンが頷く。

天使は 自分の仕事に不満とか感じねぇみたいだ。

今 聞いた 第三天シェハキム北って、地獄みたいなイメージだしさ。

ゾイ、そんなところで仕事してたのか...


第三天シェハキム北の配属は、生まれた時の魂の性質によって、慈悲深い者等が選ばれる。

人間の罪に触れなくてはならないからだ」


ゾイは言葉を返せないでいるが、パイモンは優しく笑った。


けど、そうなのか...

沙耶ちゃんや朋樹が霊視で視たり、ルカが痛んだりしちまうような、目を背けたくようなものに

ずっと触れてきたんだな。


「地上に堕ちると、人毒に染まってくるものだが

お前は歪んでいない。悪魔の身体にあってもだ。

あの、睫毛までもブロンドの 天使然とした天使は、お前の清らかさにも惹かれたのだろう」


ゾイは、顔を真っ赤にし

「いえ... あの、沙耶夏が優しいからです」と もぞもぞ答えている。榊が

「これしきの距離であれば、幻惑は掛けられる故」と、朋樹の隣に座りに行った。


「それを保てるのは 勿論 周囲の愛を受けているという影響もあるだろうが、お前自身の他者に対する温もりが深いからだ」


「ふむ。だが、他の者のことばかり考えておるのじゃ。儂は いささか心配にもなる程よ。

このように、魔の者の別性である身となっておるのは、儂等の諸々に巻き込まれてしもうたためにある。ゾイが 自ら望んだ事ではなかろう。

しかし、“守護に適するため、この身で良い” と」


「榊、私は本当に... 」


ゾイは言い止めたけど、沙耶ちゃんや榊を護りたいんだろうな。オレらのことも。

けど 女型天使だったのに、真逆の 男型悪魔の身体になったことも、ゾイが望んだことじゃねぇもんな。望んで女になった ニナとは違う。


パイモンが「シェムハザ」と 呼ぶと、シェムハザは 青白い粉の瓶を吹いて、指を鳴らした。


「ん? お前 今、何か 術掛けたな?」と、ミカエルが シェムハザを振り向いている。


パイモンたちのテーブルの下に 青白い魔法円が描かれ、二重円の中の文字が周囲に浮いた。

防護円とは 少し違うな...


「簡易的な天使避けだ」と 輝くと、ミカエルが

「何のつもりだよ?」と シェムハザに詰め寄り

「落ち着け」と、ボティスにキューを渡された。


『あの くせっ毛は、勿論 知っているだろうが、

天の “楽園の支配者” だ』と パイモンが話し出したが、ミカエルにだけ それが聞こえないようだ。


『天の軍を率いる 軍部のトップだが、ミカエルがいなければ天は成り立たない。

ミカエルが支配することで、楽園は “楽園” となる。

楽園にミカエルを置いた のではなく、第四天マコノム、天の中心に ミカエルを置いたことにより、そこが 楽園となった。

斬首の天使ミカエルは その役割とは相反し、誰より愛情深い者だからだ。

これが ミカエルの、“神の如き者” の由縁だ』


ゾイが顔を上げ、パイモンに向けると、パイモンは 微笑んで頷いた。

ゾイは中性感があるから、たまに女の子に見えるが、初めて パイモンが男っぽく見えた。

表情 かもしれん。


『ミカエルは、おごることも 偉ぶることもない。

“ミカエル” として存在し、他の者に安定を与え、

他を守護する という役割を果たす。

支配する ということは、責任を負う ということだ。

だが、父が 全てに備えたように、“こころ” というものは ミカエルにもある。

それのみが ミカエル自身を “個” とするものだ。

天のため、地上のため、何かや誰かのために存在するミカエル ではなく、ただの個人ひとり


「“ミカエル” じゃなくて “俺” ってこと!」と、筆 持ったルカが、尾長憑きの おっさんに

「何言ってるんだ クソガキが!」と どやされたが

ジェイドがスプレーを噴射した。


『ミカエルは 相手の眼を見ると、その性質や心根を知る。

断っておくが 術ではない。術は最悪だからな。

そうした者だということだ。

能力でもない。知ってしまう。

そこで、お前の 清らかさについての話となるが

“清らかさ” というものは、“汚れていない” ということではない。自らの内に育むものだ。

失われたと思っても、そうじゃない。

奥深くに眠らせてしまっているだけだ』


汚れを凌駕するのが、清らかさ ってことか?

それなら、汚れは 穢れとして残らない。


そして、汚れを無効化してしまうような清らかさ

光のようなものは、誰の中からも失われず、育むことが出来る... という、話のようだ。


『また “汚す” という行為や、それによる穢れも

何かや誰かから 受けるものではなく

“汚れされた” と、自らが それを自身に刻む。

受け取り側の問題だということだ。

お前が穢れず 清らかであるのは、相手の罪を享受し赦すからだ。罪を罪で なくしてしまう。

よって、自らの内だけでなく、他者や相手の内にも それを目覚めさせる』


『“汝の敵を愛せ?”』と、朋樹が聞くと

『そうだ』と、パイモンが 頷く。


いや、相手の罪を 受け入れて赦す って

ほとんど、聖子じゃねぇのか?

罪に罰ではなく、罪に赦し。


『すべてが、精神に於いて そうであることが理想であり、そうなれば いずれ罪は消滅するが、それまでに “敵を愛する” という 善良なる魂が失われてしまう。秩序立たない』


“天使と人間” じゃなく、“人間と人間” の場合、

分かりやすく “殺人の罪” に 例えると、罪を受け入れてばかりいたら 受け入れ側が殺されていくばかりで、殺人の罪を犯す側が 赦しに気付かない限りは、罪人だけが蔓延していくことになる。


『そこで ミカエルが父に代わり、罪に罰を与える。これは “役割” であり、罪ではない。

赦す者等の守護のため、果たさなければならない使命だ。

だが、ミカエルにも こころがある。

その役割... “ミカエル” であることに、“赦し” を求めることは 自然なことだろう?

愛情深い者であるから特に。父の “許可” とは違う。

ミカエルは 他者から望まれ 与えるばかりで、自らが何かを望んだことがなかった』


ゾイは、迷ったように

『清らかでなど ないです』と 言ったが

『いや、清らかだ。天使のまま』と 急に朋樹が断言し、ジェイドの眼が向いた。


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