65


通路を振り向くと、シイナとココだ。

その背後には、目眩めくらまししたイゲルがいる。


ボンデージバーのステージ下から入って来たようで、通路を 真っ直ぐに奥に向かおうとしている。

けろ』と オレらは角まで後退し、二人を通すと、イゲルだけ神隠し内に入れた。


『ボティス、アコ。探したんだぞ。

二人共 捕まらないと困る』


神隠し中だもんな...

『悪い』と ボティスとアコが謝ると、けろっと『うん』と 元に戻り

『シイナたちが動いた って報告が来て。

洞窟教会にも報告に行かせたけど』ってことで

メカ蜘蛛ハングルを着けているイゲルが シイナたちを尾けることにしたようだ。


『シイナって方、店の鍵を持ってるし、防犯カメラや警報器も止めてた』


シイナとココは 通路の途中で立ち止まり、まだ痴話喧嘩中だ。朋樹が霊視し

『ああ。店の店長たぶらかしてるな』と

“あれは するだろ、そのくらい” って風に言う。


『そんなんで、店の鍵とか持たせんのかよ?』と

聞いたルカに

『店長には家族がいる。シイナとのデート場所』と スラスラ答えてて、オレは “お疲れ” って きびすを返しかけた。


「ここ、何なの? どこに行くの?」

「新しく店 出すんだって。援交の。

ココ、まだ 拗ねてるの?」


『あの子たち、店が終わってから ずっと “カラオケ店で 歌わずに話してた” って。

“あのテーブルの女” が どうとか、“ゲイの男” が どうとか。長々 妬き合い』


榊とルカのことか...

シェムハザはもう、話に出せるレベルじゃねぇんだろうな。いろいろ超越してるしさ。


「なんでそんなとこに 連れて来たの?」

「だって、私たち “そういう場所” がないから」


話、妖しくなって来てるよな。

シイナってヤツが そっちに持って行く。


「私も、客 取ろうかと思って」

「なんで?! 男と寝るの?!」


えー...  ココは すげぇ剣幕だ。

店での必死な眼を思い出す。


「ココだって、カレシと住んでるじゃん」


ええー...  全体で無言だ。


「それは、シイナだって大学生の彼女と別れないし、客名義のマンションに住んでるから “誰も上がらせられない” って言うし... 」


『ハイ そこ嘘! 客名義だろうが、女も上がらせられないこととか ねーしぃ』

『ココも半分 分かってて、詰められねぇんだろ。

嫌われたくねぇんだろうし』


退屈気味のルカと朋樹が 実況を始め

『... あの、どうして ココって子も、恋人の男性とは お別れしないのかな?』と、ゾイが 遠慮がちに聞く。

おっ、こういう話に興味 持ってきてんのか?

隣で榊も 同じような疑問顔してるけどさ。


『シイナに妬かれたいし、シイナだけになるのが怖いんだと思うよ。逃げ場が無くなるからね』


ジェイドが説明するが、ゾイは首を傾げた。

『人間は複雑だよな。特に、イ』シャーは と

言い掛けたミカエルは ピタッと言いやめた。

沙耶ちゃんの顔でも 浮かんだんだろう。


ボティスやシェムハザは、面倒くさ過ぎて どうでもいいらしい。

『悪魔は 店内に顕れれば、ステージ下から入れるな』

『そうだ。地上の出入口だけでなく、ステージ下にも見張りを... 』と 話し合い、イゲルに見張りを置かせに行かせた。


「ココも やってよ」

「... どういうこと? “客を取れ” ってこと?」


再び 全体で無言だ。

シイナ、すげぇこと言ってるよな。

“オレが好きなら 援交ウリで稼げ” って言うような

ダメ男みてぇじゃねぇか。


「うん。お金 貯めて、二人の部屋 借りようよ」

「えっ... ? シイナ、本気で言ってる?」


『ハイ解散!』と ルカが締める。

オレも帰りてぇよ。


『こいつ等は、マリヤの所へ行くのか?』


アンジェが 痴話喧嘩なんか意に介さずに言う。


『どうかな... 』

『けど、ココにも 尾長は移してたよな?』

『そりゃ移るだろ。関係性の問題でさ』


『だが この先は マリヤと十字架の広間か、首無しの身体の保管室だ』


『待て。ココからは尾長を消し、ミカエルの加護もある』


あっ そうだ...

じゃあ、なんで 入れてるんだ?


『あの... ココって子、色が...

私の眼が 調子が悪いのかもしれないけど』


ゾイが まばたきしながら、指で瞼に触れた。


『いや... 』


ココの身体は、淡く 緑色に光り出していた。

灰色蝗が体内にいる、ということになる。


『なんで?』『いつ?』


オレとルカが言うと『店を出てからだろ』

『悪魔が産み付けたやつだ』と、ボティスと ミカエルが答えた。


『女の浮遊首が出た時の?』

『首無しの身体から出たやつ? 早くないか?』


ハティとパイモンを喚んで、運んでもらおうとした時に、首無しからザラザラ出て来たやつだ。


「ねえ、早く来てよ」と、シイナが ココの腕に

自分の腕を絡めて連れて行く。


『マリヤのとこ?』

『いや、首が抜けるなら... 』


保管室の方か。


引っ張るように連れて行かれ、シイナを見るココは 嬉しそうな横顔を見せた。

シイナも ココに微笑む。


『どうする?』

『もう、蝗が体内にいる。首が抜ける直前なんだろ』


『頭の印が 見えねーんだけど』と、ルカが眼を凝らす。


『見えない?』『ないのか?』

『うーん... 遠いからかな?』


シイナは通路の奥を左に曲がり、保管室の方に ココを連れて入った。

続いて オレらも入る。


「なに、これ... 」


並んだ首無しの身体を見て、ココは絶句している。そりゃそうだよな...


「模型なんだって。血も出てないでしょ?

オモチャだよ、オモチャ。

一階の店が ホラーショー やるって言ってたでしょ? それの小道具らしいよ」


ココは、恐る恐る 首無しに近付き

「でも、これ... シャツに 少し何かが... 」と 言い

言葉と動きを止めた。


その場に正座すると、シイナが向かいに座り

両手を前に着いて、ココを見つめている。


「ココ」と呼んでいるが、ココの視線と意識は 遠くにあるようだ。


ぷつぷつ と、小さな音が鳴り始めると

「ふふ... 」と ココを見つめたまま シイナが笑い

頬を紅潮させた。眼が潤み出している。


音が重なり、ぶつ ぶち という大きな音が鳴ると

「大好きよ」と、ココにキスをした。

ゴキリ と 骨が鳴り、身体から首が外れた。


浮き出したココの首を見上げ、また「ココ」と 名前を呼ぶと、身体のシャツの下から自分の手を入れ、ココの肌を撫でている。


「見たい?」と浮遊首に聞き、ココの身体を倒すと、シャツと下着をたくし上げて 胸をあらわにさせた。


『ジェイド、朋樹』と、ミカエルが 二人を ゾイと榊の前に立たせて、見えないようにしたが

『あれ、まだ やらせんのかよ?』と ルカがゲンナリした声を出す。オレも きついぜ。


『見ろ』と、ボティスが言った。

見てるじゃねぇか と、言おうとしたが

『悪魔が産卵したからか?』と、隣でシェムハザが眉をしかめた。


身体の下に、血が濡れ広がった。

断面からじゃない。全体からみ出ている。


「ココ?」


シイナは 不思議そうに、自分の近くまで這い広がった血を見た。


『ルカ、印を... 』と、オレが前に踏み出すと

『もう 間に合わない』と アコが止めた。

『中が溶け出してる。あれは内臓なかみの匂いだ』


床に広がっているのは 血だけじゃなく、蕩けた肉片も混ざっていて、ココの横たわった身体は じわじわと沈んでいく。


あの子とは、ちょっと話しただけだけど...

胸に鈍い痛みが拡がる。

右手を上げてみたが、模様が浮き出していない。


「やだ... 」


その剥き出しにされた腹の上に、ココの頭が落ちて弾み、床に転がった。


「汚れちゃう」と、シイナは 立ち上がり

ふと 下を向く。

自分が ココの髪を踏んでいることに気付いた。


「ココ。死んじゃっても、綺麗じゃなかったね」


ブーツの爪先で コツコツと頭を揺り動かすと

上を向いたココの眼が、シイナを捕らえた。


「あ、聞いちゃった?」と 笑う。


言葉 出ねぇ  なんだ? この女


『軍に属していない 下級悪魔に多いタイプだが

こういった人間も 最近は増えたな』と、腕を組んだアンジェが言う。


『人間と呼べるかは疑問だが、一応 地上に生まれて来ている。始末しても?』


ミカエルに聞いているが

『いや。これは 俺の失態だ』と、ココの頭部に 静かに眼を向けている。

守護 出来なかった ってことか?


『ここで動いていたら、マリヤに知れる。

被害が拡大した恐れもあるだろ?』

『もう、蝗に卵を産み付けられていた。

あれは悪魔の遺伝子を含んでいる。

人間の抗体で助かったとは思えん』


ボティスやシェムハザも言うが、ルカも

『やっぱり、印はなかったぜ』と 眉をしかめた。


『助からない、ってことか?』

『今までと違う』


『報せて来る』と、アンジェが踵を返し

『ニナを見つけたら教えてくれ』と アコも通路を戻る。


「前と違うし、役に立たないかもしれないけど」


シイナは ココの髪を掴むと、自分の身体から離すように腕を前に伸ばして持ち、保管室を出た。


『助けようがない って... 』


右手を握る。“何にでも作用する” はずだよな?

けど、さっきは 獣の血が反応しなかった。

だったら 意味があるのかよ?


『今のところの対処は、蝗の駆除を徹底するしかない ということだ』


神隠しから出たボティスが 天の言葉で何かを言い、指笛を吹く。

「奈落の蝗から人間の守護を」と、外の守護天使たちに めいを出したようだ。


ミカエルも神隠しを出て

「俺の命によるものだ」と 言い添えた。


榊が また二人にも神隠しを掛けると

『そんなこと出来るのかよ?』

『なんで今まで... 』って、聞いちまって

『奈落は天に属する。守護天使にアバドンの邪魔をさせると、“守護天使達が反乱を起こした” と捉えられ兼ねん』と シェムハザが説明し

ココの身体を燃やした。骨まで溶けている。


『それを ミカエルのめいにしたなら、反乱と見倣された場合、守護天使たちは咎められることはなくても、ミカエルは大丈夫なのか?』


ジェイドが 心配そうに聞く背後で、ゾイも不安そうだ。


『揉み消す。今回のことも、ベルゼの許可 取る時に、聖子に話して来てあるしな』


『ともかく、ニナを探さねば』と、榊がゾイを 心配そうに見上げる。


朋樹もゾイに視線を向けると ミカエルが気付き、自分のモッズコートの端を引っ張って ゾイに持たせた。もちろんゾイは 頬をピンクに染める。

見てねぇフリするけどさ。

ルカが肩 バチッてはたきやがったから、ケツを軽く蹴っては おいたぜ。


保管室を出て 向こう側の広間の方へ移動し、入口から中を覗く。


『やはり、入れんな』


入口に伸ばしたシェムハザの手は 見えない何かに阻まれて、中には通らなかった。

オレもやってみたが、同じように通らない。

壁とかは感じねぇのに、何に阻まれているのか不思議だ。

ミカエルや榊がやってみても同じだった。


中に、悪魔はいない。

白く薄いカーテンの向こうの十字架と、何人かの人影。

ニナがいるかどうかは 分からない。


『ニナは... 』


ココみたいに なってないよな? と、続けられなかったが

『あの悪魔が産み付けた蝗が 産卵器の身体から出てきた時は、もう捕まっていたんじゃないか?』と ジェイドが言って、そうかもしれない と少しだけ安心する。


「お姉さま... 」


カーテンの向こうからの、シイナの声だ。

さっき ココと話していた時とは、別人に思える。

丁寧で、尊敬しているような口調と声色だ。


「私、あなたのために 何でもします」


ひとりの女の影が、座っているショートヘアの女の影の 頭を撫でた。子供に するように。


「そうしたら、罪は ゆるされますか?」


思わず カッとする。 厚かましくねぇか?


シイナは、他の蝗憑きとは違う。

分かってて やってる。楽しんでやがるんだ。


ココを直接 殺ったのは シイナじゃない。

でも こいつには、他人の生命が軽い。


罪は 赦されるか だって?

だいたい、どのことだ?

ココのことか? 他の人のことか?

人の心で遊ぶことか?


「... “あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする”... 」


マリヤの声だ。

聖ルカの書 15章、百匹の犬と 十枚の銀貨。

その内の 一匹や 一枚、一人の罪人と 九十九人の正しい人の話をそらんじる。


マリヤが朗読を終えると、シイナは

「... はい。いい お話ですね」と 言った。


ほらな。何も届いてない。悔い改めもしない。

理解 出来ねぇんだ。シイナは違うから。

けど たぶん、“違う” ってことも理解わかってない。


「罪は、赦されるでしょうか?」と

マリヤが シイナに問う。


何を返そうかと 言葉を考えているシイナに

マリヤは「いえ、いいのです」と また頭を撫でた。





























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