64
瞼を開けると、のんびりと上下する狐火と 作業台の強く白い光。洞窟教会だ。
「... ぜ、思い出すんだ?」
「催眠では無理だ。記憶は削除した」
シェムハザとハティの声だ。
オレ、なんで 寝てるんだ? いつ... ?
「泰河?」と声を掛けられて ガバッと身を起こすと、両隣のベッドに ルカと朋樹が寝ていて、ルカの向こうには ジェイドが転がっている。
これ、首無しの身体が寝てたベッドじゃねぇか...
「もう起きたの?」
声の方... 枕元には ゾイがいた。
「癒しに来たんだよ。
まだ五分くらいしか 眠ってないけど、少し疲れが抜けてない?」
「五分?!」
洞窟教会の出口の方を見る。まだ暗い。
「マジか... 」
八時間くらい しっかり寝た気分だ。
気分だけじゃなく、身体も軽かった。
「元々 体力があると違うんだね。
でも、仕事が落ち着いたら しっかり寝ないと。
今は 食事にしよう。
シェムハザが 取り寄せてくれてるよ」
「そうだ。食事を取ったら出る」と シェムハザが指を鳴らすと、朋樹たちも起き出した。
「うわ やべ!」「寝過ぎた?」と 飛び起きたが
「五分くらい」と ゾイに言われて
「嘘だろ... 」と ぽかんとしてやがる。
同じ反応になるよな、やっぱり。
「おまえ、誰に喚ばれたんだ?」と朋樹が ゾイに聞いているが
「俺が喚んだ」と シェムハザが爽やかに答えた。
「ゾイは、癒しに
「眠らせたのは?」と聞くと、それにもシェムハザが「俺だ」と 輝く。
そんな気もするけど、よく覚えていない。
テーブルには、ベルゼやボティスと榊、パイモンとニルマ、レスタが着いている。
「ミカエルは?」
「天だ。聖子にベルゼのことを話しに行った」
ベルゼが人間に手を下したとして、もし天にバレても 咎められることがないように、話を通しに行ったようだ。
けど、オレらもテーブルに着く時には もうエデンを開いて、翼 背負って戻って来た。
ゾイの隣に座っていたジェイドを無言で退かして
自分が収まっている。
「証文」と、皮紙をベルゼに渡した。
聖子のサイン入りらしく、シェムハザやボティスが “おっ” て顔になった。結構 すげぇものみたいだ。
「ファシエル。癒し、ご苦労だった。
今日、店は?」
「はい。あの、こういった時ですので
沙耶夏に 任せられると... 」
ブイヤベースとかクロワッサン食いながら、“もう帰れ” って言うのかと、ゾイだけでなく オレらも そわそわしたが
「一緒に守護を頼めるか?」と キッシュ食った。
「こいつ等だけじゃない。相手は人間だし」
「はい」と ゾイが答えると、榊がパイモンの腕をつねった。パイモンが 榊の鼻をつまんで返す。
仲良くなったみてぇだな。女の子同士に見えるけどさ。
レスタがゾイに「補強してあるわ」と 尾長蜘蛛バングルを渡すと、ゾイは「ありがとう」と 嬉しそうに巻いた。
「今って、どういう状況なんだ?」
トマト食いながら 朋樹が聞くと
「ついさっきの報告では、首無しや抜け首が森を抜けたところだ」と ボティスが答えた。
あのペースで歩き だもんな...
抜け首も、飛ぶ っていうより 浮遊って感じだし
移動に時間 掛かるよな。
「パニックにならない?」
「うん、そうだよな。
普通の人にも 見えるしさぁ」
ジェイドやルカが聞くと、榊越しに ボティスとパイモンが目を合わせた。
「それが だ。
バスを停めたコンビニの前で、コンビニ客と すれ違っているが、客は無反応だったようだ」
「なんで?」「見えてねぇの?」
「いや、見えているんだ。
報告を受けて 俺もシェムハザと見に行ったが、すれ違っても何も不審に感じていない」と、パイモンが シェムハザに視線を向ける。
「榊の幻惑のようなものだと思うが、普通の人間と すれ違う時と、なんら変わりはない態度だった」
「抜け首に関しても?」
「それには 気付いていない」
すげぇな...
遠隔でも幻惑まで出来る とか、相当の術の腕だ。
「アコはまだ ニナを捜してんのかよ?」
ミカエルが聞くと「戻らんな... 」と ボティスがフォークを止め、アコを喚ぶ。
すぐに赤毛の王子のような ベルゼの副官、アンジェと 一緒に顕れた。
「ボティス、どこを捜しても ニナがいないんだ。
本名は ヤマダ ユーゴ。
店の従業員名簿から、同じ店の従業員の家にも行ってみたし、ニナの実家にも行ったけど... 」
報告しながら クロワッサンを取って、ひとつアンジェに渡している。
ニナの本名は 聞きたくなかった気がするぜ。
「こちらの状況は?」
「さっきイゲルに聞いた」
「アンジェ、軍は?」と ベルゼが聞くと
「地上に出している者等は、現在 イゲルやヴァイラ等と共に、抜け首と首無しの見張り。
すげ替わりを探して 監視。
他の人間に手を出した場合は、俺に報告。
地下倉庫前と シイナという女の方にも、うちからも回している」と さらさら答え
「地界でも 引き続き吸血悪魔を探しているが、全部 地上に出たようだ。
地界では見つかっていない」と付け加えると、ベルゼが頷いた。
「バーゲンティ、あれ」って 生ハム指差して、ハティに取ってもらってるけど、副官のヤツらって、上の命 聞きながら 配下 動かして 自分の仕事もして、大変だよな。
賢くないと務まらない気がする。
上官のハティやボティスも 自ら働くけどさ。
いや トップが出ねぇとならないくらいのヤツらばっかりが相手 ってことか。
オレらの祓い仕事の時は、ボティス 寝てたりするもんな。
「ニナ、まずくないか?」
「隠されてる とかか... ?」
「でも、なんでニナが狙われるんだよ?」と 口を挟んでみると
「理由は分からない。でも、尾長は憑いてたじゃないか」と アコが言う。
「ニナは “ふざけただけ” って言ってたけど、シイナが 目を付けてた ってことだろ?」
「そうだよな」と、朋樹も 眉ねを寄せる。
「ニナとシイナは、そんなに親しそうでもなかったのに、逆に なんでわざわざ ふざけて ニナに尾長を移したんだ?
ニナは自分のことを、“こういう雰囲気だから あまり男に近寄られない” とも言ってた。
尾長を拡大するには適さない気がする」
確かにだ。ニナの舌のピアスを思い出す。
それにニナは、遊ぶようなタイプでもない気がする。
それなら、マリヤ側でニナを操作するため って
ことになる。
「僕らが尾長を消して、
「けど、いつ... 」
「じゃあ、地下倉庫にいる ってこと?」と ルカが眉をしかめる。
「だって、ステージ下から行けるんだし。
オレらが店 出る時、店ん中にいたっけ?」
「どうだったか?」
「シェムハザとパイモンしか見てなかったよな」
「ショーやってたから、フロア暗かったしな... 」
「いた」と、ボティスが答えている。
あのシェムハザとパイモン以外のことも 見てたのか。すげぇ...
「なら、オレらが出てから?」
「そういうことになる」
「だが地下倉庫であったなら、カーテンの向こう側であろうか?」と 榊が首を傾げた。
カーテンの向こうに、人影はあった。
蔦が回った でかい十字架と、マリヤの影と、浮遊する抜け首。他にも何人か。
たぶん すげ替わりの人たちだろうけど、その中にニナも?
「拐われたとしたら、拘束してるか、または... 」
抜け首に?
「いや、ミカエルが加護をつけた」
「蝗の吸血なら?」
待ってくれよ...
「それなら、最初から抜け首にするんじゃないか? 抜け首の条件は HLAの適合だろう?」
ジェイドが言うと、パイモンが
「そうだ。それは、調べた限りでは絶対だった。
無闇に 吸血してる訳じゃない」と頷いている。
つまり、天草四郎と遺伝子情報が似ている人 って
ことになるのか?
でもマリヤは、天草四郎の身体を “造ってる” んだよな? 何か
「とにかく、地下倉庫を見てくる」と アコが言うが
「止せ。単身で行くな」と ボティスが止め
「入口からでないと 入れん。
倉庫内に “顕れる” ということは出来んようだ。
更に 吸血の人間には、目眩ましした悪魔は見える」と、シェムハザも言う。
「でも ニナは?」
「今から出る」と ミカエルが椅子を立った。
「まだ動きは ないだろう?
その ニナという娘も、もう一度 軍に捜させよう」と ベルゼが言うが
「ここで珈琲飲んでても、外で飲んでても同じだろ? こいつ等は 消えて顕れられないんだぜ?」と
返した。
ゾイに「守護を。
「さっきのカフェにいる」と、オレらや ボティスにも言うと、アコに「行こうぜ」と言って ミカエルとアコが消え、アンジェまで消えた。
「ミカエル、翼... 」
出しっぱなしだったよな...
「まあ、姿ごと
ボティスが言うが
「隠して来よう。ミカエルには “お前のために最近 習得した” と説明する」と シェムハザも消える。
「行くか」と ボティスが立ち、オレらも椅子を立った。
********
空は もう、薄明るくなっていた。
「明け方に 街で
ジェイドは 洞窟教会を出る前に、ハティに 着替えて行くように言われ、オレらは
“後で 俺等も行くが” と、パイモンに聖別した血清を入れたケースや注射器、赤ワインを持たされ、バスに積んだ聖水のペットボトルも 一本ずつ ベルトに付けたボトルホルダーに提げて持つ。
「でも、やっぱり似合うね」と、ゾイがジェイドに笑って言っている。
榊と手を繋いで 少し嬉しそうだ。
けど「泰河。私から離れないで」と、真面目に守護もする。
「そんなに狙われてる気もしねぇんだけどな」と
言ってみると
「ミカエルやベルゼが お前の近くを
「そう。油断しちゃダメだよ」と ゾイは真面目に頷いて、オレのモッズコートの端を握った。
パラパラと、霧のような雨が ほんの 一瞬だけ降った。
「晴れてんのにな」
「パイモンの軍だ。灰色蝗スプレー」
そっか。忘れてたぜ...
地下倉庫に行く前に入っていたカフェには ミカエルたちがいなかったので、オレらも地下倉庫へ向かった。
裏の入口には、ボティスやベルゼの軍のヤツらがいて、ミカエルたちは「中へ入って行った」らしい。
「
「そう。悪魔や吸血首の出入りは まだ無い」
ミカエルたちが洞窟教会を出てから、もう 30分くらいは経っている。
「とりあえず行こうぜ」と 朋樹が言い、榊に神隠しをしてもらって、地下倉庫へ入った。
『ここで、吸血の人とか悪魔に鉢合わせたら ヤバいよなー』
地下への階段を降りながら ルカが言うと
『後退するか、口を つぐませるかだな』と ボティスがピアスを
地下倉庫の通路は、灯りが点いていた。
“マリヤ” がいる部屋へ向かうため、角を曲がると
もう ミカエルたちに
榊が神隠し内に招くと、こっちが何か言う前に
ミカエルが『守護か?』と、ムッとする。
ゾイが オレのモッズコートを握っているのが気に入らんらしい。
『何か かわいい感じがする』ようだ。
コート握られたことないんだな...
『はい。異常ありませんでした』
ゾイがキリッと答えている間に、榊が そろそろと
モッズコートから手を離させている。
ミカエルは『うん、よくやった。あとは俺が見る。ファシエルは 榊の守護』つった。
ボティスは好きにさせとくらしく、ゾイに頷く。
『はい』と、ゾイが 榊の肩を抱いた。
『ニナは?』
『それが、奥の部屋に入れないんだ』
カーテンの向こうの気配を読むことも出来ないので、ニナがいるかどうかも分からず
『何がいるのか 分からない』という。
『しかし、軍の者から ニナの報告がない。
それなら ここにいる可能性が高い』
アンジェだ。口を開いて 注目を浴びると、ふいと眼を背ける。人見知り副官か...
『なんとか入る方法を探して、術掛けなどもしていたが、通用しない』
『壁に 穴 開けるか? って話してたんだ』
強引だよな...
「... ねえ、何なの?」
突然、女の声がした。
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