63


荒い息をする男は、蝗の死骸を吐き出し終わると

そのまま腰を落とし、ジェイドを見上げた。


「大丈夫ですか?」と 聞かれて

「はい。多分... 」と 答えているが

「でも 眩暈めまいが... 」と、ブルーシートに転んだ。


パイモンが瞳孔や脈を確認し

「今のところ 心配はない」と 笑うと

「よくやった。お前の案で救えたんだぜ?」と

笑顔で ジェイドを誉めたミカエルが、男を抱えて 洞窟教会へ運ぶ。


「良し」と、ボティスにも誉められ

「助かったぜ!」と 眼鏡の朋樹に背中を叩かれて

ジェイドも笑った。

「素晴らしい。さすがルシファーの手付きだ」と

言う ベルゼには、真顔 向けてるけどさ。


「うん、皆 戻せるしさぁ」

「よかったよな!」


オレとルカも明るい気分になって 洞窟教会に戻ろうとしたら、笑顔のパイモンに空き瓶とピンセットを渡された。


「蝗の採取を頼む」


今、吐き出されたやつか...


「うん... 」「わかった... 」と、オレらが 拾う間は

ハティが守護に付き添う。


「蝗って、まだ何か調べんのかよ?」

「調べてぇだけじゃねぇの?

“田口が出した蝗との違い” とかさ」


「そういった違いを比べることは、非常に大切なことだ」と ハティが言って

蝗瓶 持って立ち上がった オレを呼んだ。


漆黒の髪の下の、同じ色の眼に 視線が囚われ

脳まで見透かされている気分になる。


ふ と視線を外すと、オレの額に それを向け

「額の刻印はあるな。

ミカエルといることが多い。薄れては困る」と、赤い肌の人差し指で額に触れている。

チリ と、頭の中のどこかに 音の気配がした。


「ハティ、オレはぁ?

ミカエルの男役なんだけどー」と ルカが言うと

おざなりな感じで「大丈夫だ」と触れた。


ルカが「うわ、適当じゃね?」とか言うのを聞きながら 洞窟教会に降りていると、壁に沿った階段を降りきる前に

「お前達が考える以上に、我は お前達を気に掛けているつもりだが」と ハティが肩を竦めた。


レスタは、オレらを見て “地上の息子達?” って

聞いてたもんな。ちょっと嬉しくなる。

ルカも思い出したみたいで「うん、まあな」と

ハティに笑った。


洞窟教会の 一角は、榊の幻惑で すっかり病室化していた。

ベッドに横になっている人たちの全員が点滴されていて、榊はナース姿だった。なんか面白おもしれぇ。


パイモンが白衣を着て、状態を診ながら 名前や年齢を聞いている。女医さんに見えるな。

榊が隣で、体温を計ったりメモ取ったりだ。


レスタとニルマが、採血した血液を調べたようで

「尾長憑きだった者たちは、このまま地上の病院へ 移しても差し障りはない」ってことだ。


「胸骨から骨髄が採取された状態 というだけだ。

数時間は観察するが、貧血や血圧も気になる程じゃない。一、二週間もあれば 回復するだろう」


「朝になったら、病院長に話に行くか」


「成虫を出した者たちは?」

「問題はないが、まだ血清は要る」


「他の抜け首と身体は?」

「成虫を出した者を もう少し観察して、異常が出なければ、また繋いで血清投与する」

「まだ 頭部や身体が揃っていない者もいるが... 」


作業台のところで ニルマやシェムハザたちが話しているのを聞きながら、なんとなく、まだ首が繋がっていない人たちのベッドに近付いてみると

「もうすぐ朝だね。一日が長い」と、ジェイドが隣に来た。


「そうだな。

ここに来て、バーに行って、地下倉庫に行って... だもんな」


けど、吸血鬼本体... “マリヤ” に辿り着いて、地下倉庫から出た悪魔や抜け首の動きは阻止 出来たし、悪魔も人も元に戻せた。


「地下倉庫に 本体がいたのに、あのままにしておいて良かったのか?」


テーブルで、ベルゼやミカエルといる 朋樹やルカの方に眼を向けて言うと

「乗り込んでしまって、一斉に 断面の術を解かれたら困るから... ってことだったじゃないか」と ジェイドが肩を竦めている。


「あっ、そうだよな...

最近さ、オレ、他にも何か忘れてる気がするんだよな」


「明け方だしね。無理もないよ。

そろそろ 一度 仮眠に帰ることになるかな?

とりあえず、コーヒーを飲もう。

シェムハザが また取り寄せてくれたんだ... 」


ジェイドは、そう言いながら表情を変え、オレの腕を引き

「ミカエル! ボティス!」と テーブルや作業台の方に言って、一歩 後ろに引いた。

左手のメカ蜘蛛が震えている。


ベッドの上に、首無しの身体たちが起き上がり出していた。


「ジェイド、泰河。下がれ」


ミカエルに言われ、テーブルの方へ後退あとずさりする。


オレらの前に ミカエルとベルゼ、ハティが立ち

オレとジェイドは、朋樹とルカに

「邪魔になるかも」と 更に後ろに引かれる。


「どうなっているんだ?」


白衣のパイモンが、幻惑病室から ミカエルたちに近寄る。


病室のベッドの人たちは、ボティスとシェムハザが 術を掛けて眠らせていき、そのまま守護するように前に立つ。


「蜘蛛が反応していた」

「“マリヤ” から、何かの命が出ている」


「機能は?」と、パイモンがベッドに近寄ろうとすると、隣に ミカエルも立った。


パイモンが、ベッドに座った首無しの手首を取って脈を確かめ、心臓の位置にも手を宛てている。


「止まったままだ」と言ったパイモンの首を、首無しの右手が掴んだ。

見ただけで分かるが、力が強い。パイモンの首が潰れそうだ。

ミカエルが その手首を掴んで外そうとするが、すぐには外れず、天の言葉で何かを言った。


カッ と ミカエルの手が光り、首無しの手は外れたが、その手からも腰を着いたパイモンの首からも 煙が上がり、シェムハザがパイモンに 青い炎の魂を飲ませた。


パイモンは「シェムハザ、すまない」と 言った後

少し迷ったように「ミカエル、礼を言う」と ぼそっと言えた。こんな時に顔が緩んじまった。


「うん、いいぜ」と 背中を向けたままパイモンに答えたミカエルは、首無しの身体の胸に手を宛ててみているが、首無しは ミカエルに押さえられたままベッドから両足を降ろした。


「ミカエル、退け。

天のことで押さえると 多分 死ぬ。

身体を動かしているのは、人間そいつの細胞じゃない。

マリヤの術だ」


ボティスが言うと ミカエルは手を離し、オレらの前に移動した。


そうだよな

尾長の孵卵器だった人... 成虫が体内にいない人も

起き上がっている。


でも、さっき首を繋いだ人たちは起き上がっていないところをみると、マリヤの術は 断面の効力が生きている人に 作用するようだ。

まだ繋がっていない人や、他の抜け首と すげ替わっている人。

やっぱり、うなじと背中の十字が その術だ ってことだ。

オレが 背中の十字... 術ごと消した人は起き上がらない。


「どうする?」と、ミカエルが言うと

「監視を」と ハティが答えた。

「術が効くものを 一斉に起こしたということは、何かを始めようとしている ということだろう。

集まるならば、都合は良い」


「今 これ等を止めることは、殺すことになる。

人間はヤワだから。

他の者に危害を加えた時に考えることになるが、もし抜け首にされても、こうして対処は出来る」と、ベルゼが言う。


首無しの身体や、まだ見つかっていない抜け首や

首が すげ替わっている人たちが、外で他の人間に 危害を加えた時に、そこで始末するのか、見過ごして 後で対処するか... 後で対処 が 一番いい気はする。

けど、さっきパイモンは 首を潰されかけた。

もし 人間に、それをしたら...


首無し達は 地面に立ち上がり、足を踏み出し始めた。

朋樹が 半式鬼を飛ばし、ボティスやパイモンが

イゲルやヴァイラを喚び、見張りの指示を出す。


「ミカエル。

この首無し達 及び 抜け首等は、“異教徒” とは言い切れない」


ベルゼが ミカエルに向いて言った。


「信徒でなくとも、“マリヤ” に 下った者等だ。

“マリヤ” や “シロウ” は、信徒だろう?」


「でも、こいつ等に殺らせる訳には... 」


ミカエルは、オレらの前で片腕を広げた。


「アバドンは何故、“シロウ” を 選んだか」と

ハティが問うように言う。


ジェイドが、ミカエルの背中を見ながら

「ミカエルを 出させないためだ」と 答えた。

ハティが頷く。


「守護するべき人間や “信徒” を斬れば、それは お前の罪となる。幽閉はまぬがれん。

更に、我等も封じられた」


「なんで? どういうことだよ... ?」


ルカが ハティに聞く。

首無し達は 洞窟教会の出口に向かい、歩を進めている。異様な光景だ。


「“悪魔は、人間を傷付けてはならない”」と ミカエルが答える。

「“契約は、合意の上でのみ成立する”」


... そうか。首が すげ替わっていたら、契約が結べない。

魂は 頭部に付随するとしても、身体は別人だ。

頭部のみ でも、身体のみ でも ダメなんだ。


そして、“元に戻れる” ということは、頭部と身体が離れていても人間だということ。


「契約外に 人間に手をかければ処刑。

または天に裁かれた後、奈落に繋がれる」


どうすりゃいいんだ?

人間が人間に傷付けられたり殺されるのを、ただ 見てるのか?


「儂等であれば... 」と 榊が言うと、シェムハザが

「人神の神使が 何を言う?」と 黙らせた。


「俺がいるだろ?」と、ボティスが言う。

「“人間” とも、“天使や悪魔” とも 言い切れん」


「止せ。死神が派遣される」


ミカエルが 抑えた声で答え

「お前は “信徒” のはずだ」と ハティが言った。

人間になってから洗礼した、ということもあるが

天使から堕天使系悪魔、人間になって天に上がり

再び 堕天した。

ボティスは どっちにしろ、天の法の下にある。


洞窟教会の壁に沿った階段を 首無したちが上っていく。ベッドから 抜け首が浮き上がった。


「私に 任せて貰おう」


ベルゼが ミカエルに向いて言った。

ベルゼは、人間と契約しない。

“時期” が来れば、疫病で魂を奪う。


「許可を」


眼を閉じたままの抜け首が ゆらゆらと上下しながら、洞窟教会の出口へ向かう。


ミカエルは「その時に出す」と ベルゼに答え、

オレらを振り向いた。


「泰河、ピストル」


「えっ?」


天に返せ ってことか?


「この件が終わったら返す。俺に預けろ。

今回は必要ない。相手は “人間” だから」


「人間なら、死神は 降りないんじゃねぇのか?

天使や悪魔専門の死神だって... 」


「天使や悪魔が獲れるなら、人間も獲れる。

成虫を体内に持った すげ替わりもいるからな。

間違いがあったら困る」


ゆらゆらと上下する抜け首が、ミカエルの後ろを 通り過ぎて行く。


「ミカエルが持っていても、ピストルの死神は降りないのか?」と、半式鬼を飛ばしながら 朋樹が心配そうに聞いた。


「そうだよな。

死神が降りて撃ったら、ミカエルのせいに ならねーの?」


ルカも言うが

「俺には何も降りれないんだよ。例え聖子でも」と 答え、オレに手のひらを出す。


「泰河、預けておけ」と

シェムハザが 近くに来た。グリーンの明るい眼。


「死神は、俺か お前でなければ降りん。

ミカエルなら 何も心配は要らん」


ジーパンのベルトに付けた仕事道具入れから ピストルを抜いて ミカエルに渡すと

急に、“まいか” と動いた 誰かの口を思い出す。


「シェムハザ」と、すぐ近くにいるのに 朋樹が呼び、オレは意識を途切れさせた。


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