57


朋樹が男に半式鬼を付けると、榊が 男トランクの神隠しを解いた。


『イゲル』と ボティスが喚び、軍の奴等と 一緒に この場所を見張らせておく。


オレらには、神隠しが掛かったままだ。

神隠しを解いた男は オレらが急に消えたと思い、 

キョロキョロと周囲を見回しているが、オレらの方に向いても 目が合うことはなかった。


けど、目眩めくらましして 姿を見えなくした

イゲルや悪魔の方は見た。

神隠しなら見えないが、悪魔の目眩めくらましなら見えるようだ。


体内の灰色蝗の成虫に含まれる アバドンや、本体が天草四郎だとしたら、その遺伝子が天系のものだから かもしれねぇよな。


トランクを引いて歩く男は ボンデージバーの向かいの道を渡り、クラブ方面へ歩き出した。


この辺りで何かすることが多いんだよな。

単純に、深夜でも そこそこの人通りがあるからだろうけどさ。

オフィス街なんか 平日深夜は無人に近いしな。

住宅街も、尾長を移しまくるには適さない。

あんまり人が歩いてないし、他人とキスなんかしてたら、見掛けた奥様方の ご近所ゴシップになっちまうだろうし。


男は クラブの裏の通りで、ビルとビルの間の細い路地に入り込んだ。


ボティスとミカエルが 路地を覗く。


『どうなんだ?』と、ジェイドが聞くと

『トランクを開けた』

『中身の身体を出している。女だ』ってことだ。


男は、首無しの女の身体を ビルの壁にもたれ掛けさせて座らせたらしい。


『尾長?』

『恐らくな』


それなら これから、その身体の中にいる尾長を移す人を連れて来るはずだ。


またクラブから 女の子を連れ出すのかも... と 思ったが、ボティスとミカエルは 路地の前から動かない。


『男は?』と 聞くと

『身体の前に座った』と 言う。


『前?』

『そうだ。背中をこちらに向け、胡座あぐらをかいている』


何か待っているのか?


『あっ、ちょっと! あれ!』


ルカが 上を見上げている。

同じ方向を見ると、髪の長い女の抜け首が浮遊しているのが見えた。


ボティスとミカエルが オレらの背後を見て、路地の入口から身を引く。


血の匂いに気付いた時、真隣を誰かが通り過ぎた。

枯れ緑色の肌。寸前まで 気配は無かった。

『悪魔だ』と ジェイドが小声で、通り過ぎた男を見て言う。


『悪魔って?』と ルカが聞くと

『吸血だ。匂った』『人間の血の匂い』と ボティスとミカエルが答えている。

たぶん、尾長憑きの人が どこかで吸血されちまってる ってことだ。


とりあえず状況を見守ることにするが、どうなってるんだ?


悪魔が路地に入ると、またボティスとミカエルが

路地を覗く。

浮遊した首も 髪の毛先を揺らしながら路地へ入って行く。


『首が... 』


髪の長い女の抜け首が、男の うなじから吸血舌を刺し入れている。

頭蓋と頭皮の間の膜に溜まった赤色髄を抜いているようだ。

抜け首の女の後頭部が こぶのように膨らむ。


『赤色髄の回収役みたいだな』と、朋樹が 半式鬼を飛ばした。

抜け首は、他の身体に すげ替わるヤツばかりではないらしい。


『悪魔の方は?』


『首無しの身体に吸血舌を入れた。恐らく胸骨』


『産卵か?』

『尾長か? 何を造って産ませる気なんだ?』


『さぁな。すべて回収して、パイモン行きだ』


『悪魔は斬るぜ? 暴れると コトだ』と ミカエルが秤を出して ボティスに示し、ボティスが 秤の片方を押し下げる。


掴んだ剣で、路地から出て来た途端に 枯れ緑色の悪魔の首を落とし、続いて路地から出ようとして立ち止まった 男の額に 秤を消した手のひらを当て、動きを止めた。


髪の長い女の抜け首が、後頭部を膨らませたまま

傾ぎながら浮き上がって行く。


『泰河』と ボティスに呼ばれ、男の後ろに立つと、白い焔の浮き出た右手で後頭部の印を消す。

ぶつぶつと音を立てて首が外れ落ちた。

血が流れ出す様子はなく ホッとしたが、身体の蝗の成虫は出て来ない。


『回収役の女の抜け首は?』

『半式鬼を追う』


『パイモン、ハティ』と 喚び、説明しながら、男と悪魔の首と身体、何かを産み付けられた女の身体を洞窟教会に運んでもらう。


『今 女の抜け首を追えば、吸血鬼本体... シロウに 近付く恐れが高い』


『シロウ? シロウ・アマクサか?』と 聞き返すハティに

『推測では、恐らく』と ボティスが返すと

『場所だけ掴んだら戻れ。慎重に事を進める』と 有無を言わさぬ調子で続けた。


男と悪魔の頭部を拾っている パイモンに

『シロウとは?』と 聞かれている ハティは

『後で説明する』と、悪魔の身体を肩に担ぐ。


ハティが、男の身体も もう片方の肩に担ぐと

『首無しはトランクに詰めて行くか... 』と パイモンが 二つの頭部もトランクの端に入れ、首無しの女の身体を抱え上げた。


『行くぞ』と ミカエルが言い、朋樹が 半式鬼の白い片割れ蝶を飛ばす。


『あ... 』と いう パイモンの声に向くと

『うおっ!!』『ぎゃあああっ!!』


首の断面から、ざわざわと灰色蝗が飛び立った。

十や

二十じゃない。かなりの数だ。


『今、悪魔が産み付けたやつか?』

『知らねぇよ!』『蝗には 触るなよ』

『ルカ!』『地!』


ミカエルが遠かったからか つい隣にいた榊に飛び付いたルカが、ハッとして 飛び立つ蝗を精霊で拘束したが、半分以上は そのまま飛んで行っちまった。


『どうするんだ?』

『拾うのか? 追うのか?』


『いや、追ってくれ』と パイモンが自分の軍を呼んで、蝗を拾わせる。


榊が神隠しを掛けたまま、くらくらと傾ぎ飛ぶ半式鬼の蝶を追う。


蝶が追う女の抜け首は、後頭部の瘤の重みに頭を少し後ろに傾けて ゆっくりと上昇し、ビルの間を移動して行くのが見えた。


『えっ、あの隙間って無理くね?』


半式鬼がいなくても良いような速度だったが、女の首は、ビル同士の細い隙間に入り込んでいく。


『向こう側に抜けるだろ』

『ここの裏側って... 』


地下倉庫ビルの前の 道路に出た。


『とりあえず向こう側に出ようぜ』と、ほとんど男を追って来た道を戻り、やっぱり地下倉庫ビルの前だ。


待機していたシェムハザに、男や悪魔、散らばった蝗のことを話しながら、首を追ってビルの裏側へ回る。


「こちら側には、あの店の者は通り掛かっていない」らしく、今 追っている女の抜け首も シェムハザがいた所からは見えなかったようだ。


裏側... ボンデージバーのビルとの間には、見張っていたイゲルたちがいて

「シイナとココ?だっけ。そう呼び合ってたけど。その二人が、何か揉めながら出て行った」と

肩を竦めた。


痴話喧嘩していたようだが、ボティスが

『シイナ、軟骨ピアスしたショートヘアの方の

尾長を抜かずに見張れ。三人つけろ。

動きがあったら、報告のみ』と めいを出し

『ニナという、胸に花タトゥの女が出るまでは

ここにも三人程 置け』と その場にも見張りを置かせると、イゲル自身は 尾長や吸血探しの軍の統率に戻らせた。


『あの女の抜け首は、さっき男が消えた所から ビルに入るんじゃないか?』


ビルとビルの間を浮遊していた首は ゆらりと上下しながら、手を伸ばせば届きそうな位置まで降りてきた。


今、男から回収した 赤色髄を運んでるんだろうし

地下倉庫に 本体もいる確率が高い。

ただ、このまま乗り込むには準備不足だという気もする。


ミカエルがいれば、大いなる鎖で本体を拘束することは出来ても、首と身体の断面の術、背中の十字架の “分離時は 細胞単位で冬眠状態” を解かれた場合、そのまま細胞が動き出せば、吸血首の人たちは全員 死んでしまう。

成虫の出し方も不明のままだ。


『どうする... ?』


『内部の状態は探っておいた方がいいだろう。

神隠しを掛けたまま、行ける所まで行く』


本来なら少人数で、ミカエルとシェムハザ、ボティス辺りが潜入するのがいいが、吸血悪魔や吸血首、奈落の悪魔や天使が現れた場合、オレらだけでは 対処し切れない。

アバドンは オレ狙いだ。バラけられねぇんだよな...


ドアを隠している術を解かずに入るには、オレらもドアを認識することだ。


例えば 榊の神隠しを見破った場合、神隠しの術を解こうとしなければ、榊には知られずに、榊が隠したものが見える。


これが出来れば、左手首に巻いた尾長蜘蛛があるので、中へ入っても “何かが紛れ込んだ” と バレることもないと思う。

中にいるヤツに目視されるまでは、吸血か尾長憑きが入った と誤魔化せるだろう。


『あの辺りで消えなかったか?』


長い髪を垂らして、傾ぐ首と半式鬼が向かう先は

やはり、男が消えた壁だ。


『捕まえて 引き止めてみよう』と シェムハザが言うと、ルカが地で拘束したが、地面に落ちた。

首だけなら ルカの地の精霊が拘束 出来るようだが『結構 抵抗強い』らしく、多数だと無理だろう。

ルカに 痛みになって返ったり、弾き飛ばされる。


『いや、壁に辿り着かないよう 浮遊させろ。

朋樹』


朋樹が 首に呪の蔓で巻き付けると、ルカが拘束を解く。

首は また後ろに傾いで浮き上がり、地下倉庫ビルの壁に沿って そろそろと移動する。


『あの辺りに ドアがあるはずなんだよな』

『見えるか?』『何も... 』


ミカエルやシェムハザ、榊にも見えないようだ。


『ドアノブとかに触れたらいい ってことだよな?』と ミカエルが言うと『待て』と ボティスが 眉をしかめた。


『首が どうやってドアを開ける?』


オレらは、軽いショックを受けた。

シェムハザすらが 瞼を閉じる。


『そうだ... 』『口か舌で開けるとか?』

『開いてるんじゃないのか?』

『開いてるって、ドアがない ってことかよ?』

『開いているなら、何故 首が すぐに入らん?』


朋樹が 青い蝶の式鬼を飛ばしてみたが、蝶は、朋樹の呪の蔓が巻く女の首の下を ひらひらと羽ばたき、空中で消えた。 ... けど

今、暗く四角い穴が見えた気がする。


左手で左眼を隠し、女の首の場所を凝視すると、やっぱり うっすらと入口のようなものが見える。ドアを取り外したような縦長の長方形だ。


『朋樹。ちょっと 首の人、引いてくれ』


朋樹が女の首の蔓を短めると、首は 壁から少し背後へ引かれている。


壁に近付いてみると、ミカエルが『何か見えるのか?』と オレの隣に来たが

『ミカエル!』と ジェイドが呼ぶ。

女の首が、蔓の間から吸血舌を伸ばし始めていた。


ミカエルが、巻かれた蔓ごと 女の額を押さえるが

『あんまり ぐずぐずしてると、他の吸血が この首を探しに来る 恐れがある』と 長い舌を伸ばす女に『な?』“そうなんだろ?” って風な眼をやった。


『けどさぁ、その首の人、ドアの方に舌 向けてね?』


ルカが言うと、ボティスもミカエルに近付き

『舌の先に 何かあるな』と 観察し、シェムハザが取り寄せたピンセットで、舌の先から何かを摘まんだ。


『卵?』『卵鞘らんしょう?』


ピンセットの先にあるのは、泡が個体化したような物だ。卵鞘に見える。

眼に当てた左手の 尾長のメカ蜘蛛が、少し震えた。

オレの蜘蛛だけじゃなかったらしく、皆、自分の手首に巻いた蜘蛛を意識している。


『フェロモンを分泌してるんじゃないか?』

『それで、隠された入口から入っている ということか?』

『中にいるヤツがフェロモンを感知すれば... ってこと?』


『それなら、本体の遺伝子にも入口は反応する。

フェロモンで “仲間だ” という情報を内部へ送る訳だからな。

術といっても “共通 振り分け” だ。

個人ではなく、“悪魔なら許可” “天使なら許可” と

いった感じだろう。“灰色蝗系” なら入れる』


シェムハザが、カーディガンのポケットから本体遺伝子スプレーを出して 壁に撒くと、ドアのない長方形の闇が顕現した。







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