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「なんで?!」

目眩めくらましや神隠しのようなことがしてあるんだろ?

あそこにも地下に繋がるドアがある ということだ」


「じゃあ、今の男は地下倉庫に?」

「だろうな」


「半式鬼付けりゃ良かったぜ」と、朋樹が舌を鳴らす。


「だが、入りっぱなしということはない。

腕の尾長蜘蛛も、何も察知していなかった。

何か 個人的な指令を受けて入った ということだ。

じきに出て来る」


「待つか?」

「それしかないだろうな」


吸血首の 一人は見つかった ということだ。


地下倉庫への入口は、今 男が入ったビル裏と、

地下倉庫ビル正面... ボンデージバーのステージ下だ。


「どこから出るかは 分からんよな」


カフェバーの会計を済ませると、シェムハザとアコが 地下倉庫ビルの表、ボティスと榊、朋樹とジェイドが ボンデージバーと地下倉庫のビルの裏で出て来る女の子からは見えないよう 神隠しをし、

オレとルカ、ミカエルが、ボンデージバーのビルの表で待つことにした。


向かいのビルの前で 立ち話風にしているが、平日の深夜帯だし、誤魔化さなくてもいいくらい 人が通らない。


ビルの裏側から着替えた女の子たちが ちらほら出て来て、ビルの横の道を前後に抜けて行くが、シイナや ニナやココも まだ見掛けていない。


「吸血首の男が出て来たら、まず頭部の印を出して消す。身体と分けてから 洞窟教会へ運ぶ」


暴れると困るしな。強ぇしさ。


「けどさぁ、教会内で印 消さなくても大丈夫なんかな?

分離する断面の術が切れたり とかないよな?」


ルカが言っているのは、洞窟教会でなら 術を解くことにも制約が掛かって、断面の術が保たれたんじゃないか?... って ことだ。

頭部や身体が冬眠のような状態になって停止し

死なないでいる ということ。


「それなら、俺が触れるか ジェイドが祈っても、同じように 制約 出来るはずだぜ?

でも、ミリタリージャケットの男の首と身体は、パイモンたちが分離状態で出しても変化は無かっただろ?

泰河が頭部の印を消して、身体と分離するのも大丈夫だと思うぜ。

獣の血の力は、天側から認識されない。

アバドンの契約魔術にも認識されない ってことだ」


分からん。

獣は何にでも作用する ってことに関わる気はするけど、サッパリだぜ。ルカも「ふうん... 」だ。


吸血首の男が オレらがいる方から出てくれば、印を出して消すまで ミカエルが押さえられるけど、他から出て来る場合だと、オレらが駆け付けるまでは、アコの地界の鎖や朋樹の呪蔓で堪えることになる。


ミカエルが移動して 押さえれば早いが

「泰河が 拐われる恐れがある」と、ミカエルとバラけるのは禁止だ。


「オレらはオレらで、ハティとかパイモン喚んだら いいんじゃね?」と ルカが言うが


「シロウは、アバドンと契約してるんだぜ?

悪魔術じゃなくて天魔術を使う と言っただろ?

下手すると、祓いが出来る恐れもある」らしい。


天草四郎だったら、聖書を そらんじれるんだもんな。

殉教した信徒だし、天使アバドンと魔女契約だ。

悪魔に対応 出来るかもしれない。


「それって、かなり強いんじゃねーの?」


「うん。海の首を地界に潜り込ませて ソカリを連れ出したのも、吸血悪魔を増やしているのも、自分に従わせる自信が あるからだろうな」


マジか...


「じゃ、ゾイ参戦は?」


そう聞いてみたオレを、ミカエルは

“何 言ってるんだよ?” みたいな眼で見て

「沙耶夏や朱里の守護だ。ルカの妹の様子もみてるはずだぜ? あとは馬の世話」とか言った。


「けどゾイは、朋樹の式鬼だしさ」

「本人は オレらの仲間として仕事したいんだぜ?

“ミカエルにはぶかれてる” って思うかもだし」


ゾイは、オレらに頼られたいんだよな。

今は沙耶ちゃんと居て、地上に居場所はあるけど

オレらと仕事することで、余計に “自分は必要だ” って思えるんじゃないか と思うし、ミカエルに “使える” って思われたいんじゃないか って気がする。


「お前等の守護として喚ぶことはあるかもしれないけど、あいつは元々 戦闘型じゃないだろ?」


「でも、触れただけで 下級天使を滅するし」

「実際 強いよな。オレらより全然」


「そのことも あるからだ。

“触れただけで滅する” なんてことが出来る天使はいない。目立たせない方がいい」


ミカエルはゾイを 心配してるんだな。

で、「下級天使に限らないかもしれないだろ?

ファシエルが もし、相手を滅する意志で触れば、霊や悪魔も滅するかもしれない。

派手にやれば、天は 大変な脅威として見倣すことになる」と聞いて、オレらも心配になった。

そうか... 今まで “天使に対応” してもらおうと思ってたから、他のものがどうなるかは 分からねぇよな。


「サンダルフォンは、知ってると思うぜ。

海で見たはずだし」


ルカが言っているのは、夏の海でのことだ。

ボティスが天に取られた時。

ゾイは、地上に降りた下級天使たちの相当数を滅した。


あの時は、ボティスを取るために サンダルフォンも降りた。


「知っていても、ファシエルは堕天扱いだ。

サンダルフォンが 天に上げることは出来ない。

でもアバドンなら、奈落に引き込むことが出来る。“天使殺しの罪” と、牢にも繋げるだろ?

奈落にいるアバドン配下の 堕ちかけた下級天使や悪魔より、全然 強いからな」


「アバドンが ゾイも狙うかも ってこと?」

「けど、朋樹の式鬼契約があるぜ」


ミカエルは、“だから何だよ” って眼を向けたが

「朋樹が呼べば、どこにいても戻って来る。

契約の拘束力っていうやつ」と、簡単な説明をした。


式鬼の契約方は幾つかあるようだが、朋樹の場合は 自分の血を与えて、自分の 一部として所有する。


魔女契約とは違うんだよな。

魔女契約は、魔術を使えるようになるために

人間側から贄と引き換えに 悪魔と契約するけど

式鬼は、使役契約だ。

朋樹の方が 一方的に式鬼を使う。


「奈落でも?」

「たぶん。一時的に拘束されたとしても

朋樹が呼べば、牢からでも戻る。

式鬼を他の陰陽の術師に取られたとしても、取り戻せると思うぜ。術力あるしさ」


朋樹は術力あるから、式鬼が捕まったことは

今まで 一度もねぇけどさ。相手が捕らえ切れない。

なんせ 陰陽神だけでなく、日本神の加護もある。


「天は?」と、ルカが聞く。


「いやだから、入れねぇんだろ?」


この辺は ややこしいとこ なんだよな。

オレは、天に 紛れ込んじまったことあるけど

普通は入れない。

奈落には オレだけじゃなく、ルカたちも入れたから、ゾイも入れると...  あれ?


「マルコは? 天に入れてるよな?

皇帝も乗り込むことがあるんだろ?」


ふと気づいて、ミカエルに聞いてみると

「上級だった奴は、天に自分の恩寵があるから

入れるんだ」らしい。


「ゾイも 身体ん中にあるじゃん」


「だから、天にないだろ?」


ルカは、“そっか” ってツラだ。


「恩寵が天に保管された堕天使が、天に入ると

恩寵が反応するんだ。

ラミー... マルコシアスの恩寵は、堕天した時から 半身のレミーの体内にあるから、天にはラミーの存在がバレない。

ラミーは、半身のレミーと同体だと誤魔化して

楽園に入れてるんだ」


「サリエルとウリエルは?」


「元々同体でも、それぞれ別。

“サリエルの恩寵” と “ウリエルの恩寵”。

どっちも堕天してないから。

サリエルとウリエルが同体になっても、一人の中に 二人いる ってなる」


ラミー... マルコシアスの恩寵は、天の保管場所に存在しない ってことか。

半身のレミーって天使の中にあるから。


「じゃあ そのレミーには、マルコが天にいるって バレてんの?」


「そう。ラミーがサンダルフォンに使われてたっていう書状を父に提出した時

レミーも第七天アラボトに付き合わせたんだ。

レミーは、堕天使マルコシアスであっても 自分の半身を

サンダルフォンが無断で使ったことに怒ってた。

だから、俺が “天に入れる” と言ったら

“俺が誤魔化す”って、協力してる」


「下級悪魔を天に潜り込ませるのは?

たまに ボティスたちがやってたよな?」


「それは、地上からじゃない。

天と地界を繋ぐ扉がある。

そこを、上級の術使いは “下級天使が通る” と ニセ恩寵で誤魔化せちまうし、“地界からの使者だ” って 大した用でもない書状 出して、堂々と入っちまう奴もいる」


「いいのかよ、それで」


「良くはないけど。

ただ、天では 下級悪魔は全くの無力だ。

各天の重要部にも入れないから、いちいち捕らえずに追い出してる。

捕らえまくると、ルシフェルやベリアルに文句を言わせる機会を作っちまうし

天からも 地界に潜り込ませることがあるから」


ミカエルは、天で下級悪魔に会ったことはないらしい。下級悪魔が入り込めるようなところに ミカエルは いないから。


「で、今回 ゾイは?」


「必要な時なら 喚ぶ。

俺に そんな時はないけど」


ミカエルは、仕事外でしか ゾイを喚びたくないようだ。つまり デートにしか誘いたくない。

上官と見られない努力だな。ルカの顔が優しいぜ。


「分かった。オレらが喚ぶからさ」

「そ。“助けてー” って ... ん?」


ルカのスマホが鳴った。ジェイドから着信だ。

取り出して応答していると、アコが顕れて

「裏だ」と 言う。


今、オレらが居るビルの表側は、アコが そのまま見張るらしい。

シイナたちが出て来ないことが気になるから。

シェムハザも地下倉庫ビルの表側にいる。


「行こうぜ」


ビルの裏に回ると 無人だったが、忽然と榊が顕れた。そうだった、神隠しだ。


『こちらに』と オレらに許可を出すと、朋樹の呪の赤蔓に捕らえられた男が、ボティスやジェイドを前に おどおどしているように見えた。


20代半ばくらい。グレーのコートにジーパン。

隣には、でかいトランクが置いてある。

首無しの身体が入っているのかもしれない。


どこかで見たトランクだ と思っている間に、ルカが 男の後頭部から印を出していて

『泰河、男の後ろに立っておけ』と ボティスに言われて、男の背後に回る。


『お前のボスは誰だ?』


まだ吸血の舌を出していない男に ボティスが質問をする。


『分からない。この身体のことも... 』


『では何故、ここにいる? トランクの中身は?』


『これを運び出さないと ならないからだ。

導かれる場所まで』


吸血首の人たちは、ただ操られてるだけなんだよな。自分で意図して行動している訳じゃない。

トランクの中身が身体なら、尾長を広めるためだろう。


『お前等のような者等は、お前が知っているだけで、他に何人いる?』


『五人... いや、六人』


増えてないか?


この辺りの身体付きは、五人だったはずだ。

榊が 断面の匂いで見つけたのは、身体五体だった。

この人を抜いて六人なら、二人増えてる。

その分の抜け首もいる。

海の町や 六山向こうの街の吸血が、入って来たのかもしれないが...


『どうする?』と、ジェイドが ボティスやミカエルに聞くけど、

どうする って、印 消すんだろ?


この人の元々の身体は、洞窟教会にあるかもしれない。

パイモンたちに遺伝子検査してもらえば それが判るし、“用済” でなくても、成虫がいない身体なら、そのまま繋いで戻せる。


『この人が向かう場所に行けば、他の吸血首がいるかもしれねぇし

尾長が移るのを 未然に防げる』と 朋樹が聞いて

あ、そうか ってなった。


ここで印を消せば

この人と トランクの中身だけだ。


『... 死なせて くれないか?』


目の前の男が言った時

一拍 大きく鼓動が跳ねた。


なんだ? その言葉は知ってる

濃紺のパーカーの身体が、椅子に座っていて...


『人の血を飲んだんだ』


『泰河』と 呼ぶ榊が、オレの隣にいて オレを見上げる。

切れ長の眼を見た時に、視界が ずれた気がした。


『いや、戻れる』と 朋樹が 男に言うが、男は

『人間じゃなくなったんだ。

俺は、親と暮らしてた。付き合ってる子もいた。

もし... 』と、声を途切れさせた。


『導きに従い、トランクを運べ』と ボティスが言う。

『その後は、元の身体に戻るまで 意識を失い

眠りにつく』


『だけど、いつまた 血を吸うかは... 』


『いや、僕らが させない。絶対に止める。

信じて欲しい。一人でも多く救いたいんだ』


ジェイドの言葉に、ミカエルが頷くと

朋樹が 呪の赤蔓を解いた。















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