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「日本の宗教戦争の先導者じゃないのか?」と

ジェイドが オレらに聞く。


「僕は、この国のキリシタン弾圧についての本を

いくつか読んだから、その概要は知っているが

シロウについての本は、まだ読んでないんだ。

でも、“島原の乱は彼が率いたもの” という 一文は読んだことがある」


「儂も聞いた話であるが、先導者 というかのう...

伴天連バテレンの教えのもとにあった者ではあるが... 」

「周囲が 天草四郎を “総大将に立てた” って感じだと思うんだよな」


オレ、この辺りの本は読んでるんだよな。

朋樹は 宗教的な視点で読んだようだが、オレは単純に、“天草四郎ってカッコいい” って思ったからだ。

戦国武将みたいに歴史上の人物のひとり って捉え方で。ルカも興味を持った時期があるらしい。


天草四郎時貞は、1637年10月に勃発した “島原の乱” で 一揆側の総大将だったが、当時はまだ 16歳か17歳の子供だった。

歴史上のことなので、年齢等は諸説ある。


その頃は、徳川幕府による キリシタン弾圧が行われていて、キリシタンたちは 厳しい迫害にあっていた。

ただ この頃は、天草や島原の信徒たちも すでにキリスト教を棄教し、“異教徒” となっていたようだ。


悪天候が続き 台風などによって 農作物は不作。

飢饉に陥っていた。

それでも農民たちには、重い年貢が課せられる。


上納しなければ、みのを着せられ 縄で両手を後ろに縛られて、簑に火を点けられた。

この “簑踊り” で焼死する人もいた... とあった。

女の人の場合は、裸にされて両足を縛られて逆さに吊るされるし、他のやり方でも侮辱される。

自殺しなければ、このまま餓死するか立ち上がるか...

そういう状況だったようだ。


けど この時、農民たちが 大官のところへ押し掛けて言ったのは、年貢のことではなく

“自分たちは切支丹キリシタンに立ち返る” ということだったらしい。


農民たちが、年貢等に対する 一揆を行う場合

一揆に参加しない周辺の村に火を点ける... ということは あったようだが

この 一揆では違ったようで、蜂起した人たちは、周辺の人々や村に “切支丹に立ち返れ” と迫った。


そして 一揆勢は、異教である寺社への放火し、

僧侶、神官の殺害を繰り返す。

次々と 棄教していた周辺の村の人々を立ち返らせ、キリシタンにならない村民の家には火を点けている。

それが過熱すると、通り掛かっただけの旅人まで殺害する といった風に。


最終的に 一揆勢は、島原の原城に籠城して 幕府側と対立する。

一揆勢 三万七千人に対し、幕府方は 十二万五千人が陸や海から城を包囲した。

籠城した期間は、読むものによって差異があるが

三ヵ月から 四ヵ月程に及んだ。


城内の天草四郎は、長い髪を後ろに 一つで括り、前髪を垂らして、歯にお歯黒、額に十字架を貼る... という姿で 天主様に祈っていた という。


この姿に関しては後世の創作の恐れもあるが、四郎の首級検分で 母親に首を見せた時

“化粧を落とした首の顔を見て 母親が取り乱した”

という説もあるので、肌に白粉おしろいなどを塗っていたのかもしれない。


城内にあった武器は、鉄砲が五百丁以上に砲弾。

これ等を使って抵抗していたようだ。


この時期、ポルトガルがオランダと争っていた。

どちらも日本との貿易を独占しようという目論見も背景にあり、一揆勢のキリシタン側が協力を要請していたのは カトリックのポルトガル。

幕府側が協力を要請したのは、プロテスタントのオランダだった。


ポルトガルと同じ “南蛮国” の オランダの船が、海から原城に砲撃した。

もし、遠目に見える南蛮船を ポルトガルの船だと勘違いしていたら、籠城していた信徒たちのショックは計り知れない。

そういった心理的動揺を誘うものでもあったのだろう。


一揆側に、“必ず援助に向かう” と約束したポルトガルからの援軍は、到着しなかった。

当時の船の推進力は 風だったために、冬は 長崎から船を進めることができても、逆方向からは 春以降まで進めて来れなかった。

... この頃、ポルトガルの宣教師たちは、日本から追い出され始めていたので、援助を出す気はなかったのかもしれないが。


城から投降した者もいたが、城内の食糧や武器が尽き、最後は幕府側に攻めとられて落城した。

天草四郎は

“今 ともに籠城している者は、来世でも友になる” という 言葉を残したようだ。


亡くなる時、傍に女性がいたようだが、これは 有家ありえ監物けんもつ という 事実上の 一揆側総大将の娘で、天草四郎の妻だという説がある。

尾張徳川家の覚書に 有家監物のことが “四郎 しゅうと” と 書かれてあったからだ。


首謀者たちの首は さらされることになり、立てた棒に刺したものもあった というが、天草四郎の首は見せしめの意味もあり、長崎出島のポルトガル商館前に晒された。


後に鎖国に踏み切った日本は、ポルトガルを排除し、出島でのオランダとの通商は許可している。


だが、キリシタン弾圧は各地で行われていた。

棄教を迫られた信徒たちは、殉教を選ぶが 棄教するかのどちらかで、こんな風に立ち向かおうとはしていない。

天主デウス様や天国パライソを信じ、静かに亡くなっていった。

オレらは それに、少しだけ触れたことがある。


「何故、そこの信徒たちだけが反発を?」


取り皿のチキンのフォークを止めたまま、また ジェイドが聞く。


朋樹と眼を合ったが

「予言のせいだと思うぜ」と 答えると

「“予言” ?」と、ますます身を乗り出した。

ボティスやシェムハザも “話してみろ” って眼だ。


「島原の乱の 25年とか 26年前に、イエズス会のママコスっていう神父が 追放されてるんだけどさ、その時に予言を残したんだ」


その予言書には、25年後に 必ず “善人”が生まれ、

その者は 習わなくても字が読める... つまり、神童のような子だ ということだった。


益田 四郎時貞... 後の 天草 四郎時貞は、裕福な庄屋の生まれで、頭脳明晰な子だったようだ。

そしてキリシタンだった。

洗礼名は “ジェロニモ” だったようだが、島原の乱の時は “フランシスコ”。

幼い頃から聖書を そらんじることが出来、周囲を驚かせていた。


予言から 26年後に、飢饉と 厳しい年貢の取り立てや拷問。人々の心は疲弊していく。


“この悪天候は、天主デウス様の審判ではないか?

我々が 一度 棄教し、異教徒ゼンチョとなったからでは?”


この頃、益田四郎は 人々に聖書の講釈をし、キリスト教への改宗を勧めていた。

そして、盲目の人の視力を戻し、海の上を歩く という奇跡も行ったという。


人々は、予言にある “善人”とは、この益田四郎であり、四郎は “天人” なのだ... と信じた。


そして、ママコス神父の予言には

“天にも印が顕れ、人々の頭には 十字架くるすが立ち

御国パライソが近付く” ... と。


「人々の頭に “十字架”?」

「審判 ってことか?」


テーブルに届いたエッグタルトを 口に運ぼうとした ミカエルと、クリームチーズが乗ったキウイを食おうとしていた ボティスが言った。


「飢饉や 年貢の取り立てにて、餓死や拷問死する者等も おったのでは、“この世の終末” のように感じておったのでは なかろうか?」


グラスのシャンパンゼリーを見つめながら 榊が言うことに

「悪天候も続いたみてーだもんなぁ。

一度 棄教しちまったから、“天主デウス様の審判が始まった” って考えたのかもだよな。

“こんな思いをしてるのは自分たちのせいだ” とかさぁ、つらい目に合うことに納得 出来る理由が

何か 欲しかったのかもだし」と、ルカも頷く。


「“黙示録が始まった” と思った ってことか?」と

アコが チェリーパイを飲み込んで言うと、朋樹が

「ちょうど 予言の年に飢饉で、神童のような天草四郎が キリシタンだったから... ってのも あると思うんだよな」と、少し 切なそうに答えた。


「一揆勢が 籠城までにやってたことも、異教徒や 異教施設の撲滅だしさ。

籠城中に、幕府側が 城に矢文を放って

“なんで反抗するんだ?” って 聞いた時、一揆勢の返事は、“宗門... 信仰を認めてくれ” だったらしいんだよな」


切支丹キリシタンに戻れば、天主デウス様の審判によって救われる。

きっと異教徒ゼンチョのいない天国パライソとなる”

そう考える程、つらい思いをしていたのだろう。


「それだろう。吸血鬼は シロウだ。

または それに類する者。一揆勢の誰かだろう」


一口大のオレンジをつまみながら シェムハザが言ったが、オレは認めたくなかった。

天草四郎、好きなんだよな...

それに、純粋で かわいそうな人だとも思うしさ。


「それであれば、アバドンが目を付けたことにも

納得 出来る」

「“異教徒の殲滅” だしな。殉教している」


「カトリック教会には、“殉教” とは認められてないけどな」と、朋樹が残念そうな顔をする。


「全く、地上は面倒だからな」

「俺が認める」


シェムハザとボティスは “相変わらず” という

顔になった。


「だが、術師ではなかろう?」と 榊が言うと

「だから、アバドンが魔女契約したんだ」と アコが答えた。


「聖子の再降臨は、父だけが成す。

シロウは、救い主じゃなかった」と ミカエルが ぽつりと言う。


キリシタンたちが棄教した後に改宗するのは 仏教だった。生贄契約の神じゃない。

天は、見守るスタンスを取る。

重い年貢や拷問、それに対する 一揆も、人間同士で やったことだ。


それに、ママコス神父は “善人が現れる” と予言したが、“現れたら蜂起せよ” とは言っていない。


幕府は この 一揆ののちに、鎖国に踏み切った。


もし、天草四郎を 一揆の総大将ではなく、神父のような信仰の導き手としていたら、耐え忍ぶ人々の心の拠り所になっていただろうし、弾圧は過熱していかずに 緩和されていったかもしれない。


その人たちの置かれた立場を想像したら、とても 耐え忍べたものじゃない... っていうのも分かるけどさ。


「でもまだ子供だったんだぜ?」

「カリスマ性が あったらしいしさ。

それで、使われちまっただけだと思うんだよな」


ルカもオレも つい援護しちまうし、朋樹も

「天草四郎は、天からしたって異教徒じゃねぇだろ?」と ミカエルに言う。


「うん。最期まで、父や俺等を信じたんだな」と

ミカエルは 頷いた。


「吸血鬼本体が シロウと仮定して話すが、今は アバドンに使われている という訳だ」


「あれで 一応、天使だからな。

しかし、子供を騙すことなど 御手の物だ」


ボティスやシェムハザが言い

「首と身体を分けても、まだ誰も死なせてない」と、アコが言う。

“吸血鬼自身が直接 手を下していない”、という意味だろうけど...


ミカエルが斬首した悪魔たちや ソカリのことがよぎったのは、たぶんオレだけじゃないけど

ボティスもアコも 顔には出さない。


「ならさぁ、吸血鬼が本当に天草四郎だった場合って、見つけたら どうするんだよ?」


ルカが聞くと、ミカエルが

「アバドンとの魔女契約を解いて、第三天シェハキム、聖人の領地に上げる」と答えた。


嬉しくなって ミカエルを見ると

「本人が “来世の友” に会いたいのなら、陰府ハデスへ行くことになるけどな。

共に眠るか、共に転生するか だ」と 微笑っている。


「だけど、アバドンは何故、奈落から シロウを出したんだと思う?

今の話を聞いていると、彼は敬虔な信徒であっても、異教徒の殲滅などを好むタイプではない気がする。キュベレの魂集めには適していない」


ジェイドが、ミカエルやボティスたちに聞くと

「アバドンの考えそうな事を推測すると だ」と 断り

「まず、弾圧時に “戦って” 殉教した程の者だ。

周囲に 総大将として立たせられたのであっても

“争うべきではない” と反抗せずに、実際に立っている。まだ子供だ。周囲の影響を受けるからな。

頼まれて 無下に断れる者でもないのだろう。

だが、“来世で” という籠城時の言葉を取ると、最後まで信仰を捨てなかった ということや、誠実で優しい者だった ということも分かる。

そういった真っ直ぐな者を操作するのは、容易たやすいことだ」と、ボティスが話し


「“天主デウス様の審判の時が来た” と、天使アバドンが言う。

“籠城時は 成し得なかったことを、今 成すのです”

と命じ、再び 表に立たせる。

地上を “天国パライソ” にするために。

調べなくても分かるが、吸血首も尾長憑きも信徒ではない。

天主デウス様のために働くのです” と言えば

シロウは、真っ直ぐに従うだろう。

裏切る可能性がある異教神や悪魔を使うより、ずっと信頼 出来る」と シェムハザが引き取って、先を説明した。


「でも多分、シロウは迷ってるんだ。

だから規模は拡大させても、尾長を もっと凶悪化させる だとかの直接的な手には出てないし、長く監視していたのに 泰河も拐えていない。

言い方を変えれば、やり方がぬるい。

もう、弾圧の世は過ぎた。

異教徒であっても、人同士を争わせたくないんだ。

“互いに愛せ” と言った 天人ゼズの教えに反するから」と、ミカエルが言う。


天主デウス様のために働くべきだが、本当なら

人に死んで欲しくないんだろうな。


けど本当に 吸血鬼は、天草四郎なのか... ?


「店が終わったみたいだぞ」と、アコが ガラスの向こうを見て言った。

左向かいのビルから、店にいた客が なだれ出て来たようだ。何人かは見た顔だった。


「女の子たちは?」

「まだだ。着替えとかあるんだろ」


「店の裏にも 人がいる」


ボンデージバーのビルと、地下倉庫のビルの間に

男がいた。


「あの人、緑に... 」


男は、ぼんやりと緑の光を帯びて見えた。

身体が すげ替わった吸血首だ。

店から女の子が出て来るのを 待っているのか?

男は 地下倉庫のビルに近づくと、そのまま 消えた。
















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