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「俺も 一度 洞窟教会に戻るが、倉庫に潜入することになったら呼んでくれ」と パイモンが消えた。


「今から どうする?」


朋樹が聞くが、首が すげ替わった吸血首の人は

パイモンの軍が 空から撒く灰色蝗スプレーで緑に発光するらしいから、悪魔たちが探せる。


じゃあ、また尾長探しか 吸血鬼本体探しだ。

こっちの場合は、透過眼鏡と吸血鬼本体遺伝子に 反応するスプレー。


「もう少ししたら、さっきの店も閉店する時間だろう?

働いている者等が出て来るのを、ここで待ってみた方がいい」

「バラける訳にも いかんしな」


シェムハザや ボティスが答え

「そうだな」と アコとミカエル、榊が メニューを見出した。オレも何か食おうかな。


「本体を探すスプレーは、まだ使ったことないね」と、ジェイドが 小さいスプレーボトルを手に持って言う。


本体スプレーや オキシトシンスプレーは、オレらが座る時に ジーパンのポケットから出して、ソファーやテーブルに転がしていた。


「そうだ、さっきのボンデージバーで、岡田ってヤツに案内されてる時に、一応あちこちにスプレー 振ってみたんだよな」と 朋樹が言って、半分くらい中身がなくなったスプレーボトルを ソファーからテーブルに置いた。


シェムハザが

「しかし 何も反応はなかった。今のところは」と

アコからメニューを受け取っている。


「どうやって振ったんだよ?」と 聞くと

「小鬼に持たせた」ようだ。


「他の店の従業員とか客にも掛けてたんだけどな。

本体が、“元々 この国の” っていう推測が気になるんだよな... 」と

朋樹も ウォッカのグラスを空けた。


「料理は適当に取る。飲むものだけ選べ」と シェムハザにメニューを渡されると

「むっ?」「エッグタルトは?」

「俺もチェリーパイ」と うるさくなりかけたが

「それは取るから」と、納得させている。


アコが手を上げて ウエイターを呼び、ミカエルたちが欲しいものを伝えると、ただでさえ怖ぇ顔のボティスが

「この店で 客に勧められるツマミ。人数分」と 圧をかけた。

オレらは大人しく、シェムハザたちと同じワインをボトルで取ることにした。


「しかし、この国の死者 というてものう... 」

「見当つかねぇよな。“人間だった” ってなると

余計に」


榊と朋樹が話しているが、オレもサッパリ思い当たらねぇしさ。


「けどさぁ、術に優れてたってことは、陰陽系とか法師系なんじゃねーの?」


隣でルカが言うが

「法師は何か違わねぇか? 法力ってヤツになるだろ?

護摩の調伏とかでも 木に相手の名前を書くしさ。 個人でも団体でも。

吸血鬼は 灰色蝗の使役と吸血首の誘導だし、呪術が 首と身体の状態だろ?」と 口を挟むと

「じゃあ 陰陽? それか 無名の呪術師?」と 聞いてくる。「さあ... 」って 首 傾げちまった。


「無名ってことは無いぜ。奈落に居たくらいだ。

この国は、天からは注視されてない。

異教の神がいても、自然信仰が根本だ。

偶像崇拝でもないし、異国から入ってきている仏教についても、天と同じに 正しい生き方へと導くものだ。

分かりやすく言えば、モレクのように “叶えてやるから 犠牲を渡せ” と人心を惑わし崇めさせるものじゃない ってことだ。

そういった信仰も根付かない。

なのに、アバドンや その配下の眼に止まる奴だ ってことだからな」


ミカエルの話に、ボティスやシェムハザも頷く。


「何故 聖父は、仏教には触れてこないんだ?

仏像は 偶像であっても、“人間だった仏陀” だからだろうけど。地上に生まれたジェズのように。

弁財天や毘沙門天などの “天部” の神は また違うのだろうけど、ミカエルたちみたいな “御使い” って感じなのか?」


テーブルに届いたワインを皆のグラスに注ぎながら、ジェイドが聞くと

「“多様性” のためだ。

天部に関しては そうなるだろう。仏教の教えを守護し、人間を導く。

“父と天使” のように 同じ括りだからだ」


「人間が暮らす地によって 文化が違う。

魂の成長が見越せる教えなら、父は排除しない。

仏教は、執着を捨てさせ “八正道はっしょうどう” を説くだろ?

カインを別の土地で暮らさせたし、アダムが造った 土の系譜の者達の子孫もいる。

悪い教えでないのなら、父が教えを説くより、その教えの方が魂に届く人間達もいるからな」


「そして、その者等の魂は 死後、天には向かわず、各界に導かれる」... ということらしい。


八正道 というのは、ざっとした説明になるが

正見しょうけん正思惟しょうしゆい正語しょうご正業しょうごう正命しょうみょう正精進しょうしょうじん正念しょうねん正定しょうじょう ... の 八つのことだ。


正見は、正しく見ること。

惑わされず 真実ありのままを見る、ということ。


正思惟は、自分の感情は差っ引いて 正しく考えること。


正語は、嘘や悪口、ねたそねみを口にしない。

正しい言葉で話す。


正業は、正しい行いをする。

他を殺傷したり、他から何かを奪ったり、邪淫... キリスト教で言えば姦淫 を犯さないこと。


正命は、こういった戒律を守って 正しく生きること。


正精進は、間違った目的に向かうことや 努力してるつもりや勘違い ではなく、前を見て 正しく努力すること。


正念は、信念を持って生きること。

欲望ではなく、信念。


これは すごく説明が難しいし、オレの考えは間違っているかもしれねぇけど、生きることを喜べる生き方なんじゃないか... と 思う。


例えば、オレは ばあちゃん子だったんだけど

ばあちゃんは、一緒に暮らす中で、オレに直接 教えを説いた訳じゃない。

でもオレの中には、ばあちゃんが残してくれた何かがある。


きっと、オレが思うよりも ずっと愛してくれていたからだ。

ばあちゃんが生きていた時は そう感じさせない程、ごく自然に。


こうして、誰かに何かを残せるような生き方のことじゃないか?... と、思うんだよな。

ばあちゃんは オレが いい加減でも何でも、諦めずに、愛することをやめないでいてくれた。


死ぬときに、“生まれて 生きて良かった” と 思えるようなもの... と、オレは考えている。

真念 とも 感じる。


正定は、以上のことを実践することだ。

実践することで、進む道... 生きる道は、正しく 確かな道になる。


八、という 数字で思い出したけど、イエスも弟子たちに 話しをしたよな?

山上の垂訓... “八福の教え” だ。


... “こころの貧しい人たちは、幸いである。

天国は 彼らのものであるから” と、いったように

八つのことを弟子たちに話した。


この “こころの貧しい人たち” は、単に こころが狭い とかいう訳ではなく、生きる上で満ち足りることがない という人たちのようだ。


ミカエルが言った、世界の隙間。

そういうところで生きている。


隙間で生きず、満ち足りることが出来ている人なら、天の救い... イエスの教えを 必要としない。

隙間にいるから、救いの手が差し伸べられる。

天やイエスの救い、“天国” は、その人たちのために こころや力をつくす。


こうして、導かれて生きる。自分を諦めずに。

他の七つについては、ここでは割愛するけど

この 八福の教えも、生きるためのものだよな。


深く話して説明してもらえば、どちらも なんとなくは分かるけど、日本で生まれ育ったオレに ピンとくるのは、どっちかといえば 八福の教えではなく 八正道の方だ。

実家は仏教で、仏壇もある。

単純に、オレには仏教の方が身近だからだ。


さっきミカエルが話した 文化の違い というのは

こういうことだろう。

人間が 正しく生きる道を選ぶのであれば、聖父は触れてこない。

モレクのように 子を火に通させて契約を結ぶ神や、生贄を求める悪魔崇拝などでなければ、人間の自由意志を尊重するようだ。


テーブルには、フルーツや生ハム、チーズのオードブル盛り合わせが運ばれてきた。

調理したものじゃねぇよな。無難なやつだし。

いいけどさ。


ボティスが鼻で笑うと

「チキングリルを これからお持ちいたします」と

ウエイターが ガチガチになりながら、取り皿やフォークも置いて行った。


「αίμα って、ギリシャ語なんだろ?

この国のヤツなのにな」


「蝗は、アバドンから与えられているからな」


朋樹にボティスが答えているので、オレも聞いてみる。


「ハイマ って、血液 って意味なんだろ?

吸血もするけどさ、吸血鬼自体に必要なのは赤色髄みたいだし、なんで尾長憑きに その文字が出るんだ? 尾長からは血は取ってねぇしさ」


生命いのちのある場所」と、生ハムを指で取ってつまんだミカエルが さっくり答え

「“魂集め班” ってことだろ?

殺らせる。吸血鬼側から見たマークだ」と アコが補足した。

そうか、向こう側から見たマーク ってことだな。


「死者で、名が残る程の術師は?」


ジェイドが聞くと

「賀茂忠行、安倍晴明、蘆屋道満、果心居士かしんこじ...

役小角えんのおずのや弘法大師は坊さんだしな」と

朋樹は首を傾げた。オレも思い当たらない。


「オレの師匠、蘆屋系の人なんだよな」と 朋樹が言うと「マジで?!」と ルカが反応している。


「いや “法師陰陽師” とは聞いてたけどさぁ、道摩法師って有名じゃね?」


法師陰陽師というのは、奈良とか平安時代の天皇や貴族とかに仕えた 官人陰陽師ではなく、密教の僧侶が陰陽を学んだもの らしい。

安倍晴明は 官人陰陽師だったようだが、蘆屋道満は民間の法師陰陽師だった。


「おう。だいたい、安倍晴明に 術 見破られたり 負けたりするんだよな。

その道摩法師の民間陰陽集団の 一派で、占いより 呪禁じゅごんが主の邪教なんだよ。

世が下っても未だに」


ボティスは悪魔の時の読んだらしく、知っていたようだが、アコが「カッコいいじゃないか!」と

興味を示す。

ミカエルは ふうん って、つまらなそうだ。

術 ニガテだしな。


「それじゃないのか?」と シェムハザが聞くが

「アバドンに乗りそうなイメージは ねぇんだよな... 安倍晴明にも、いつも 一人で挑んでみたいだし」と 朋樹が答えて、オレもつい

「もっと派手に、呪詛掛けで殺りまくったりしそうだよな」って言っちまった。


「死後は それぞれの界へ行ってるんだろうしな。

泰山府君のとこ?」


「いや、そりゃ生死を司る冥府の神の神界だ。

山があるから、そこで繋がってるんだろ。

陰陽道自体、道教と密教とか いろんなものが混ざって出来てるからな」


「ならば、幽世かくりよより 焔摩えんま天の裁きの場に向かわれたやもしれぬのう」


月夜見キミサマに聞いたら 早いのかもなー。

じゃあさぁ、天草四郎は?」


運ばれてきたチキンに添えられた 櫛形レモンを絞りながら、“どう?” って感じで ルカが言う。


「天草四郎って、おまえ」

「術師じゃ... 」


朋樹と否定しかけて、ハッとする。


「“盲目の者を治した” だとか、“海の上を歩いた” っていう逸話はあるじゃん。

後付けらしいけどさぁ」


ルカが また言うと、ミカエルやボティスたちの眼も、オレらや榊に向いた。





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