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「しかし、お前は恐ろしい。

妻が居てくれて良かった。辛うじて理性が勝つ」


ボンデージバーのビルの左向かいにあるカフェバーに入って、周囲の様子を見ながら 再び休憩と話し合いする。

夜だけ 酒も出るカフェだ。

「なんか焦ったし」「いろいろな」

「落ち着こうぜ」と オレらは めずらしく、ハーブ入りの強い酒にした。


ボンデージバーのビルは、かどにあるので

このカフェだと、裏のビルの様子も多少 見える。

... と 言っても、どちらのビルも裏側が見える といった感じだ。


「辛うじて って... まぁ、分からんでもないけど」


朋樹が パイモンに言い、ルカが

「パイモンって、男女おとこおんなどっちもスキの人?」と 聞くと

「いや、残念だが 俺は女性が好みだ」と ダークラムを飲んでいる。


「お前等は目の前で見て、まだシェムハザが分からんのか?」


質問の強さ よな。

オレはボティスに、すんません と謝りそうになったが

「タブーに触れる気になってしまうんだ。

僕らはゾクだから」と、現役神父が言い訳をしている。


けど、キリスト教でも右派だと まだ保守的な観念があるみたいだもんな。

中絶や同性愛、生命観 家族観も、受け止め方が それぞれ違ったりするようだ。

でかい宗教とこって、宗派によって違うだろうしさ。


それでも全体として見ると、昔なら ただただ “悪” として捉えられていた同性愛とか他のことに関しても、変容してきてる気がする。


違う性別で結び合うのは、繁殖のためもあるけど

お互いに与え合って補い合うためなんだろうと思うんだよな。

身体も違うから、内で分泌するものも違う。

“男だ” と 脳でも身体でも認識すると、オレの場合は 自然と異性側の女を意識した。

そして、男だってことに疑問を持ったことがない。


エバが アダムの骨だ というように、もし そういう女に出逢ったら、きっと何をおいても護りたくなるんだろう... と、どこかで確信みたいなものがある。


でも、必要とするものや 心から望むものが、オレとは違う人もいる。

同性に惚れたことがないから、実感 出来る訳じゃねぇけど、惹かれるところが ただ違うだけなんだ っていうのは分かる。

相手を愛して慈しむっていう 心は同じだ。


もし 自分の性別... 男だってことに疑問を持って過ごすとしたら、それは日々つらいんじゃないか と思う。


これは正直、実際はオレにとって想像するのも難しいことだけど、分からんからこそ自分の定規は捨てる。何かを理解しようとする時は、意見は要らねぇし。

もし身近な誰かが そうして悩んでいたら、“仕方ねぇじゃねぇか” とか 分かりきってることは言いたくない。


で、こういう風に考える人の方が 多いんじゃないか と、思うんだよな。

トランスジェンダーって人たちを、そうでない人たちも理解しようと努める。


けど、頭で そう考えてはいても、やっぱり最初は、ゾイに戸惑った。

あの姿の悪魔ゾイに殺られかけた ってのもあるけど、女の子として接しきれなかった。

沙耶ちゃんと一緒に暮らす って聞いた時も、何か複雑だったしさ。


トランスジェンダーって

“trans” が、“横切るとか乗り越える” って意味で

“gender” が “社会的な性別”、で

この 二つを合わせた造語らしいんだよな。

もし オレの中身が、女性でも 中性だとしても

社会的には “男” だ。そういう意味の造語。


オレは なんとなく、この造語に好感がある。

それを表す言葉として しっくりくるし、切なげだけど 綺麗だ。ニナみたいにさ。


だけどこれは、世の中の風潮も関係すると思う。

オレが生まれた時から テレビには、男だけど女の子な人たち が出てたりしてたし、自然と そういう人もいるんだな って思った。


逆に ドキュメンタリー番組とかで、過去に同性愛に抗議する運動 とかやってた映像とか、同性の恋人と歩いていて殺されてしまった人もいた... って いうのを観て、衝撃を受けた。


こういう風に、同性愛は ただ悪だ ってバッサリ切られちまう世相の時なら、受け止め方は どうだっただろう?... と 考えてみる。


オレ自身は、別にオレには関係ねぇし ってスタンスだったかもしれない。

それは 今とは違って、“無関心” って感じだ。


世界ごと、人の心が 変わっていく時っていうのは

たぶん 長い長い時間が掛かるんだと思うんだよな。

きっと、今だから 抵抗なく受け入れられてる ってとこもあると思う。


例えば、モーセが授かった律法が浸透するのも、イエスの律法の完成も、長い長い時間をかけて受け継いで 沁みていく。


そうして、イエスによって原罪はあがなわれた。

持って生まれる性別が無くなる訳じゃねぇけど、男に課された労働や、女に課された出産の痛みの苦しみ、男に従う... ということも、緩和される方向へ 向かっている気がする。


聖書の創世記の頃は長かった寿命が 短くなって、また 延び始めたけど、互いの役割が変わっていけば、不必要なものは 遺伝上、潜性になっていくんじゃないか?


いつか、身体や内側で分泌するものにも 性別で大きな違いが なくなっていったり、男、女、中性、どちらでもない... って 分化して、最終的に性別が ひとつに収束したら、それが いいことなのかどうかは分からない。


「まぁさぁ、シェムハザは 性別とか とっくに超越してるもんなぁ」


「あっ シェムハザは 既に収束してるのか?!」


「... 知らない時は “美しい男” なんだけど、多少 知ると、むしろ性的な眼で見る ってことに違和感があるね」


「そう! だから余計ビビっちまったぜ。

“キスとかすんのか” って... 」


目が開いた気がしたが、オレの “既に収束” 意見は無視された。妄想の延長上だしな。


「お前達は、何を言っているんだ?」


シェムハザが「俺には妻がいるんだぞ?」と ワインを片手に、片腕を広げた。


「夜は、なるだけ妻を 愛... 」

「分かったって 言ってるだろ?」


ボティス、言わせねぇよな。

シェムハザは 笑ってるけどさ。


「... ちなみにさぁ、シェムハザに妻がいなかったら どうなんの?」


ミカエルに寄り気味になった ルカが、パイモンに聞いてみている。

怖いけど 聞きてぇんだな... 分かるぜ。


「当然、芯から 恋に落ちる。

好きにされて生きたくなる に決まっているだろう? この美には 代わりが無いんだからな」


「その場だけじゃねぇんだ... 」

「生涯に関わってくるとは... 」


朋樹もジェイドも そりゃビビるし、オレは喉が鳴っただけで感想が言葉にならん。

ルカは、ミカエルの腕にしがみ付き

「思念わかるのに 聞くからだろ?」と 巻いた腕をぽんぽんされている。恋人っぽいぜ。


「だって、“この思念って... ”って 確認したくなるんだもんよー。

パイモンの思念は、未知なる思念だったしさぁ。

皇帝に “イカれる” のとは、また違うんだぜ?」


そうか、ルカは それで余計に震えるのか...

「試すか?」と 輝かれて、また震えてるけどさ。


「“狂う” のではなく、“恋” だからな。周囲までが落ちる」と ボティスが言うと

黙っていた榊が「おおぉ... 」と感嘆の声を洩らす。さすがに 榊もビビってんな。

アコが「食う?」と、自分が食ってたパフェを 榊に勧めた。


けどさ、じゃあ シイナは今、それに落ちかけてるってことになる。


「ボティス」


イゲルだ。

ルカが ミカエルに貼り付いてることに、軽く眼を剥いた。

左手には尾長蜘蛛バングルを巻いている。


「調べて来たのか?」「少し座れ」と シェムハザとボティスに言われて、アコが後ろの席の椅子を こっちのテーブルに移動させた。


イゲルは、ボティスに用紙を渡すと 椅子に座り

「前の名義は、あのビルの会社じゃないけど

“ネットで見合いの商売してる” っていう、架空会社だった」と報告している。


「架空?」と ボティスが聞く間に、アコがイゲルのスコッチを注文した。


「存在しない会社だ。

会員になった客に プロフィール登録させるだけ。

後は、ネット上で 客任せ。

“相談の受け付けと 見合い場所” って、個人事業主が借りてた ってことになってるけど、その個人事業主は前職が あのビルの会社。

今は 同じ会社に再就職して、アメリカで店舗をみてる」


「倉庫は、あのビルの会社が使っていた ということか?」


用紙を見ながら ボティスが聞くと、イゲルは、ウエイターから グラスを受け取りながら頷き

「女の子に客を取らせてた」と スコッチを飲んだ。


シェムハザが出資する予定のビル 一階のフロアは、元々は 会員制ラウンジだったようだ。

店は表向き関与しないが、女の子が客を誘い、裏のビルの地下へ連れて行く。

店は、女の子から場所代を取る。

大した稼ぎにはならなくても、ラウンジの客が増えて潤う。


「次は、裏のビルのカフェバーで また同じことをやるらしい。

“地下の個室バーで 二人で飲める” という触れ込みで。もう、相当数の女の子が登録してる」


「詳しいね」と ジェイドが言うと、イゲルは

「アメリカに行って、個人事業主だった本人に催眠を掛けて聞いたんだ」と 返した。


「それで、やらせる場所は地下倉庫だけど、定期的に客を取らせる店を変えるし、名義も変える。

調べにくくしてるようだな」


「でも 岡田ってヤツを霊視した時、そんなことは視えなかったぜ」と、朋樹が首を傾げている。


「オカダは、実際に “よく 知らない” んだ。

これをやっている奴は、本部にいる奴等と その店舗の奴等だけだから。

ステージ下の通路ドアの鍵も その店舗にしかなかったみたいだ。

客も、いきなり女の子を買える訳じゃなくて、何度か通って “口外しない” と踏める奴じゃないと地下には行けない。

家庭があったり、程々に社会的地位がある奴だ」


女の子が話して 客の情報を引き出し、会員番号で管理していたようだ。いろいろ考えるよな。


「じゃあさぁ、なんでボンデージバーのステージ下と繋がってんの?」


「女の子が客を連れて、一緒に外を歩いて裏のビルに入ったら 目立つから。

女の子と客は、ラウンジの裏ドアからビルの非常階段を降りて、ボンデージバーの裏ドアから入る。

ボンデージバーのバックルームは ステージ裏に繋がってるから、そこからステージ下に入って、通路を通って、裏のビルの地下倉庫に入る。

帰りも同じ。“秘密厳守” だから客も利用する」


へぇ...  バレづらいかもな。

イゲルも短い時間で、よく調べてきたよな。

耳の上の方に開いた シルバーのプラグピアスの穴見てたら

「タイガだっけ? どうした?」って 言われて

「いや、何でも」と ウォッカを空ける。


「外の様子はどうだ?」と 聞くボティスに

「ケンカは相変わらず。

大学生の方は、尾長憑きを数ヵ所の公園に集めて、アンバーと琉地に抜いてもらってる」と答えて、首のトライバルに 手のひらを当てた。


「吸血首や吸血悪魔は出ないんだよな。

ヴァイラも “まだ見つけてない” って言ってた。

これだけ派手に対処してるから、潜んでるんだろけど。アコ、それ 一口もらえる?」


イゲルは、アコの 生クリームが乗った チョコリキュールのカクテルを飲むと

「あっ、珈琲のと思ったのに」と すぐ返し

「そろそろ戻ろうかな。あいつら、俺がいないと

琉地やアンバーと遊び出したりするんだ。

また報告に来る。何かあったら呼んでくれ」と オレらにも片手を上げて消えた。




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