32


だらだらしてると、外は すぐ暗くなる。

ミカエルのメカドラゴンプラモデルに 朋樹が接着剤を塗って 組み立てている間に、もう 19時だ。


「そろそろ行くか?」

「榊 拾って行かないと」


「沙耶さんたちが来る時は?」と、ルカが聞くと

シェムハザが車で迎えに行くというので、オレの車の鍵を渡しておく。


ぞろぞろ召喚部屋を出て、駐車場へ向かう時に

「もう 夜でも、上着いらねぇ日もあるよな」とか

「そろそろ桜の時期だ」とか 話しながら歩いていると「ボティス!」と、アコが立った。


「女が見つかった」


「えっ?」「ショートヘアの軟骨ピアス?」


オレらが聞くと、首を横に振り

「濃紺スーツを吸血した女だと思う」と言い

「二山と三山の裏にある街で、ヴァイラが捕らえた。

女は、すげ替える前の自分の首無しの身体を 正座の形で自宅の浴槽内に置いていて、連れ込んだ男の口を 首の断面の胸骨部に付けさせてた」と

ボティスに報告している。


二山と三山の裏は、オレらが最近 行った街だ。

アイス食って、濃紺スーツの人の首が 抜けるのを見た。


「“断面に 口”?」

「尾長蝗か... ?」


産卵器になった首無しの身体で孵るのは、吸血蝗じゃなくて、尾長蝗なのか?


「けど、首無しの身体の鳩尾みぞおちには、印はなかったんだぜ」


ルカが言うと、ボティスが

「首が抜けたばかりの身体には、卵がなかったからだろ?

抜けた首が 次の身体に首をすげ替え、身体を得てから、大脳辺縁系にある卵が 胸骨の骨髄腔に落ちるからな」と、簡単に言った。


「じゃあ、産卵器の身体の卵は?」


「背中に付く灰色蝗か、抜け首で身体を手に入れたの奴等が、首無しの身体の胸骨内に 直接 産みつけると考えられる」


「脳に付いた卵を?」と 聞くと、シェムハザが

「蝗の “成虫” なら、卵を産める。

灰色蝗自体は勿論だが

抜け首になり、身体を手に入れた者達は、その胸骨で孵卵させることにより 体内に成虫もいる」と 説明した。あ、そうか...


田口という役人の霊が 首を斬り落とした時に落ちた、灰色蝗の死骸を思い出す。

あれが 体内で産卵した卵を、首無し身体の胸骨に産みつける ってことか...


「浴槽に正座をしていた身体に、衣類は?」


ボティスが聞くと、アコが

「着てた。コートや靴まで。

だから 首抜けした場所は、外なんだろうと思う。

その後、他の身体を手に入れてから

自分の 首無しの身体を回収したみたいだ」と 答えた。


濃紺スーツの人の首が、他の身体を手に入れた時のことを思い出した。

ミリタリージャケットの人の身体に付いたばかりの時に、ハティとアコが 洞窟教会に運び込んだ。


最初は、ぼんやりしてたんだよな。

何言われてるかも 分かってなかったみたいだったけど、段々 意識がハッキリしてきたようで

時間が経つと、質問に答えられるようになった。


今 話してる 首が すげ替った女の人も、意識がハッキリしてから、自分の身体を 自宅の風呂に運び込んだってことだろう。

吸血首の身体付きは 力が強い。

濃紺スーツの首の人も、地界の鎖を解いたくらいだしな。


「その女の 現在の身体から抜けた首も どこかにいる ってことだよな... 」


「そうなんだろうけど...

ギリシャ鼻の人の身体も、首が抜けたまま リビングにあった。

やっぱり 室内に隠されると、探すのは大変になるね。

腐敗しないから臭わないし、近隣にも怪しまれない」


朋樹もジェイドも、うんざりした顔だ。


「そう。首無し身体を探す場合は、生体を探すんじゃなくて 物体を探すようなものだ。

何の反応もないものを探すから」と、アコが肩を竦めた。


「身体付きの抜け首にしても、動いて話せるのに

生体反応はない。こっちは、“動く物” 探しだ」


「首が すげ替った者もか?」と ボティスが確認すると、アコは頷き

「動いていても、中の細胞は休止したままか、最低限の器官だけを動かしているかだ。

配下達には “二人分の魂の匂いがあるものを探せ” と命じてる。

だけど、魂の匂いはしないんだ。死んでないのに。血流の音も微かだ」と 両手を軽く広げる。


「ヴァイラが、吸血女を見つけたのも

ヴァイラの配下の奴等が、灰色蝗が肩に付いた男の方を見つけたからだ。

この時点で、ヴァイラは俺を喚んだ。

蝗が付いた男が フラフラ歩いて行くのをけたら

道端に吸血女がいて、男を自宅のマンションの部屋に招き入れた。

うちの配下が、海で手首を噛まれただろ?

だから少し距離を取って、透過スクリーンで観察していると、女が男を 浴室に連れて行って

男は自分から、首の断面の胸骨に 口を付けた」


女の自宅だと分かったのは、女が鍵を持っていたことや、室内にあったスマホの写真の中に その室内で撮った写真がたくさんあったことで、浴室の身体も スマホの本人の写真の身体の特徴と比較したらしい。


男の方は 簡単に眠らせて担げたが、女の方は まず地界の鎖で巻き、更に 大型の防呪トランクに入れて、ヴァイラの配下が 洞窟教会に運ばせたようだ。


「この感じだとさぁ、吸血首も尾長蝗も もう かなり拡がってるってことだよな?」と ルカが言うと

「そういった予測は していたからな」と、シェムハザが 背中を軽く叩いている。


そうなんだよな。予測はしてたんだけどさ。

感覚的に、ちょっと遠かった。

拡大してる ってところが。

今は それを、実感してきたところだ。


ミカエルが「でも、一人は見つかったな」と 言い

「クラブに行く前に、そっちを何とかする。

先に洞窟教会だ。シェムハザ、先に行っとけよ」と、駐車場のバスに歩き出した。




********




洞窟教会に降りると、レスタとニルマは、作業台にシャーレや試験管を並べて 何か調べていたが、パイモンとハティは 防呪トランクを開き、鎖に巻かれた女を調べていた。

シェムハザは 手袋を着けて、寝かされた男の喉に内視鏡を入れている。


「首を診せてくれ、暴れるな。

元に戻りたくないのか?」


パイモンが女に言っているが、女は鼻面にシワを寄せ、ほぼ唸っている。

身体に巻かれた鎖を ガチャガチャと鳴らし、鎖が解けかけると、ハティが手を握って巻き直す。


「鎖、解けよ」


ミカエルが、割りと とんでもないことを言った。


「暴れるし、吸血舌も出す」


腕を組むパイモンが言い

「大いなる鎖で巻けば、お前やジェイド以外は

触れられぬようになる」と ハティも言うが

「俺が押さえる」と ミカエルが女に近づき、女の額に片手の手のひらを当てた。


女は ぴたりと唸り止めたが、口を開く。

「閉じろ」と、アコが命じる。


「なんで?」と オレが聞くと、ハティたちは 何か思い出したような顔になって

「ミカエルは、女の “人間の細胞” を押し止めている。人間に危機が迫っている時、守護のために

一時的に動かんようにする。

混乱し、思わぬ行動を取ることもあるからだ」と 答えた。


「だが、守護と術にけた天使であれば

触れずに それが出来る」


ボティスが補足すると、ムッとしたミカエルは

眼を細めて 振り向いた。


「しかし 通常なら、何らかが憑依しているなど

人間のみの身体でないのなら、これは使えん。

“人間に脅威を与える側” と見なされるからだ。

この場合も それに当てはまるが、ミカエルは

蝗と分けて、人の細胞だけを押さえたということだ」


シェムハザが補足すると、ミカエルは「そう」と 女に向き直り

「頭部は蝗の影響の方が強い。

たぶん長く持たないから、早く調べろよ」と

パイモンやハティに言う。


「お前、こんなこと出来たのか?」

「斬首のみではないようだ」


パイモンとハティが言うと

「量るぜ? お前等」と、ミカエルは左手に秤を出して見せたが

「人間の守護には長けてるからな」と

ボティスがフォローする。

「秤は仕舞え、ミカエル。安々と出すな」


「ボティス、お前

ミカエルが これを出来ると知っていたのか?

こいつは 守護より戦闘特化だろう?」


まだパイモンが聞く。

ちょっと悔しそうにも見えるし、もしかすると パイモンは 天使の時に出来なかったのかもな...


「だが、守護にも長けている。

禁を犯す すれすれの手出しも幾らかしていた。

俺には、守護天使から報告が入るからな」


ボティスが言って

「地上では、ミカエルに守護を祈る人が多いしね」と、ジェイドも ぽろっと口に出すと

パイモンは、つまらなそうに ミカエルの得意顔を見てから、女に眼を移した。


「肌の質感や色が、微かに違う。

ルカ、印を出しておいてくれ。朋樹、霊視を」


パイモンとハティが目視で調べ

ボティスが透過スクリーンで 首の繋ぎ部分や

頭部、胸部の中を見ている。

シェムハザが指を鳴らして、女の衣類の上を取ると、ルカが背後に回ったので、オレらも ついて行く。


「髪、頼む」と ルカに言われて、ジェイドが女の髪を 両手に纏めて上げる。

朋樹は女の前に回って、霊視を始めた。


印は、後頭部に丸、背中の肩甲骨同士を繋いで うなじから腰までの十字。全部 灰色。

報告すると、パイモンに

「男の方も 印だけ出しておいてくれ。

まだ消さなくていい。首無しの身体の方も」と言われ、ベッドに寝かされた男の方に行った。


ごろ っと転がして横向きにすると、背中側のジャケットとシャツを たくし上げ、背中や頭部をルカが見たが、何もなかったようで、仰向けに戻して観察する。


「やっぱり、額とかには 何もねーんだよな」


シャツを上げると、鳩尾の上の方を筆でなぞり

“αίμα”... ハイマだったっけ? の 緑文字を出した。

男の口は 開口器で開かれ、内視鏡の黒い管が喉を通っている。

“眠らせる” って、麻酔くらいの威力なのか...


「蝗は、産卵器になった身体の胸骨内で孵り

成虫が移ったようだ」と

オレらの方にきた シェムハザが言った。


「見ろ。蝗は まだ小さく、はねがない。

ん? だが さっきより少し大きくなったな...

尾の方を見てみよう」


内視鏡を少し奥に入れる。

その映像は、ベッドの隣に浮いたスクリーンに

映し出されている。

オレら、別に見なくていいんだけど

シェムハザは、パイモン程でなくてもイキイキして見えるし、なんとなく それは言いづらかった。


「うん、尾も さっきより伸びている。

もう 20センチ以上は あるだろう。

成長しきるまで、大して時間は掛からんようだ。

他の者に移るために、頭部が落ちる様子も観察したいが... 」


いや、ダメだろ それは。


「クラブで 人に蝗を移してる子がいたら

透過眼鏡で見えるんじゃないか?」


ジェイドが言うと

「そうだな。こうして 口内から見るように ハッキリとは、透過スクリーンでも見えないのだが

昨日は、移すのを未然に防いでしまったからな。

今日は 観察してみることにしよう。

いや 防ぐが、“すでに 移している途中” を探す」


本当かよ? 移してる途中状態になるまで

気付かねぇフリしそうだよな...


「このサイズであっても、フェロモンは放出している恐れはある。周囲の組織採取や採血をしておこう」と シェムハザが輝くと、レスタが 人の手やら何かやらから 作ったであろう器具で採取し始めた。


「それでは、産卵器となった身体の印を出そう」


シェムハザが指を鳴らし、別のベッドに横たわる

首無しの身体の衣類を外す。

ベージュのコートに 黒のジャケット、白シャツ。

ベージュの下着。着けたままの下は、黒いパンツにベージュのパンプス。

仕事の行き帰りの途中で、首が抜けたのかもな。


うつ伏せの背中を、ルカが筆でなぞり

十字を出した。灰色だ。


「用済ではない ということだな

だがスクリーンでは、何かあることしか分からない」と シェムハザが、胸骨内の影を指差す。


「パイモン、どうする?」と 聞くと、まだ女の観察を続けているパイモンが

「中も診ておいてくれ」と 返してきた。


シェムハザが呪文で 胸骨に穴を開け

内視鏡を差し込む。


「成る程、用済ではないようだな」


「おぉ... 」「隙間なく って感じだ... 」


中には 首無し蝗が居て、蝗の周囲... 胸骨の骨髄腔は、蝗の尾でギッシリだった。


「やはり 男に移ったのは、この尾長蝗の頭部だということになるな。

男の蝗の体液と、この蝗の体液を比較すれば分かるだろう」


ニルマが蝗の体液を、採血管に採ってから

「もう消しちまおうぜ」と、右手を出すと

パイモンに「止せ、泰河!

蝗と 骨髄腔内の組織採取をし、蝗の頭が再生する様子を観察する!」と 止められた。

またニルマが組織やら何やらを採る。


「尾長蝗を消すのは簡単なことだ。

泰河が印に触れるか、琉地とアンバーに引き出してもらえば消える。

その身体の首は、この女だ。

首と身体を繋ぎ直す方法は まだ見つかっていない。

尾長蝗の観察をするには、その身体が打ってつけだろう?」


確かにそうだよな。

尾長蝗に憑かれた男を ここに送っても、蝗の体液と組織採取とかをしたら、琉地とアンバーが蝗を出して、連れて来た人は解放するんだし。


「ん? 蝗の成虫と卵の影響が強くなってきたぜ?

そろそろ暴れるかもな」


女も開口器で口を開かれて 調べられていたが、舌が伸びてきていた。

アコが「舌を戻せ」と めいじても 半端にしか戻らねぇしさ。

ただ、ミカエルには 舌を近づけられないようだ。

腕に舌が近寄ると 反発に合い、舌が下がる。


ハティが地界の鎖を伸ばして、女に巻き出すと

ミカエルが女の額から手を離した。


「もう、断面辺りも 組織とかは採りまくっただろ? 断面の画像もある」


もう 印を消せ、って風に ミカエルが言うと

「大いなる鎖は?」と

パイモンが粘ってみている。


「今 巻いたって、ここには置いて行かないぜ?

吸血鬼本体が出たら どうするんだよ?」


ミカエルも、もう “吸血鬼” って呼び出したな。


こればかりに 掛かり付けになる訳にもいかん」


ハティが言うと、パイモンは諦めたようで

「泰河、頼む」と オレが呼ばれる。


「じゃあ... 」と、後頭部に手を伸ばすと

女の正面にいるミカエルやボティスが

「あ... 」と イヤそうな顔をした。


前の方で、何かが跳んだ。


「灰色蝗だ... 」


ルカたちが前に見に行き「うわ... 」と 身体が後ろに引いた。蝗は次々に出て来る。


「憑かれんが、触るなよ。吸血の恐れはある。

泰河、印を消せ」


ボティスに言われ、印を消す前に斜め後ろから 女の顔を覗き見て

「おぁ... 」と、見たことを かなり後悔する。

鼻の穴や 口の舌の間から、蝗が這い出していた。


すぐに印に触れると、蝗の排出も止まる。

舌が でろりと出たようだ。


「シェムハザ、トレイを!」と パイモンが言うと

シェムハザが指を鳴らし、パイモンの手に ガラストレイが顕れた。

女の伸びた舌の下に当てがう。


出てきたのは、濃紺スーツの人の頭部と同じく

赤色髄や卵鞘らんしょうに包まれた卵だったが

「あ... 」と、朋樹が呟き

ルカやジェイドも表情を止める。


ぶつぶつぶつ... っと、音が重なり響いて

女の首が 身体から落ちた。






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