29


「マシュマロ!」

「おう」


女を運んだミカエルは、バス移動のオレらより先に 洞窟教会に着いていた。


洞窟教会には、ハティとパイモン、レスタとニルマ。首 二つ、身体 三つ。


解剖台のライトや、薬品棚、作業テーブル以外に細いベッドが 増え、クラブとコンビニ前から連れて来た 女 二人と 男 一人が寝かされている。


ミカエルにマシュマロの袋を渡すと

「疲れてるだろう? 休憩してからにするといい」と、パイモンに言われ、買って来た物を 袋からガーデンテーブルに出す。


カップのコーヒーは飲みながら帰って来たが、今は缶ボトルだ。

座りに来たハティが眉をしかめ、中身を錬金して変えた。

オレらは とりあえず、おにぎりやらサンドイッチやらを腹に入れる。沙耶ちゃんの飯 食いてぇ。


「ハティ、吸血するヤツで 奈落にいたヤツ って

どんなヤツなんだ?」


朋樹が聞くと

「全ての把握は... 」と、ハティが また眉をしかめた。


「罪人は 天からの移送もあるが、それ等は 悪魔であっても 異教神であっても強大な者等だ。

だが アバドンはアバドンで配下を使い、罪人を捕らえ、奈落の牢に繋ぐ。

これは 奈落のあるじとしてだ。天に報じる必要はない」


いろいろいる ってことか...


「しかし そういった場合であっても、モレクのように 強大かつ名の知れた者であれば、身体までは牢から出さん。幽体のみだ。

牢から出したと 天が知るところとなれば、天に咎められるのは アバドンとなるからだ」


「身体ごと出てるヤツの方が マシってことかぁ」


「今回のヤツは?」


サンドイッチ二個と唐揚げ食って、あくびしながら聞いてみると

「名の知れた者では無かろうが、厄介だ」と 残念な答えだ。


「吸血が役割でない蝗が出たというのも気に掛かるところではあるが、灰色蝗に数人 吸血させただけで、これ程の事態を起こしている。

ほんの半月程度の間に」


「そうなんだよな。首が抜けてからが早い。

しかも、吸血鬼本人の影 見えねぇし」

「人同士に争わせるから、アシが付きづらいしね」


そいつは 吸血する蝗を撒いただけだもんな...

海の首や、濃紺スーツの人を吸血した女、ギリシャ鼻の男も見つかってない。

吸血するヤツは、最低でも 三人 野放しだ。


「でも、オレらを見張っちゃいるんだよな?

モレク儀式の山方面とか 海に来てたんだろ?」


「誰にも そいつの気配が分からないのも

気持ち悪ぃよな」


「けどさぁ、オレらが行く先々で 何かすんのって、なんでなんだよ?

バレないように動くんなら、別の場所でやりゃあいいじゃん。オレらを からかってんのかよ?」


ルカも あくびしながら言うと

「見張りもせねばならん としても、その者自身に 血液や赤色髄が必要なのでは?」と ハティが自問するように言った。


「あっ、だって 吸血鬼だもんな! バンパイア!」

「影がないんだよな。鏡にも映らねぇしさ」

「退治方は、斬首か 心臓に杭、焼き尽くすかだ」

「日光で灰になる は?

そいつ本体は出て来てねーんだしさぁ」


眠たい頭でオレらが話してると、ミカエルは “ふうん” ってツラだが、ハティは無言になった。


「血液等の摂取が頻繁に必要 だということか?

それなら、首が すげ替わっている者を泳がせれば、血液等を必要とする本体に辿り着くと思うが...  ただ、被害は増えるだろうな」


パイモンがハティに言う。

オレらの方は見ねぇな。


「それでも、他所よそでやれば良くないか?

僕が吸血鬼なら そうする」


食パンの袋を開けて、パンにチーズやハムを載せ出すジェイドに、朋樹が

「焼いた方が美味いよな」と言いながら、同じように 一枚 取って載せ出すと、ハティが 人差し指を軽く上に上げてパンを焼いてくれている。

オレとルカも載せて ハティに差し出す。


「泰河を狙ったものなら?」


オレらのパンも焼きながらハティが言う。

ルカが ミカエルに取られながら

「じゃあ、アバドンが狙ってる... ってこと?」と

また袋からパンを取った。


「アバドンは、奈落で泰河を見ている。

何らかの混血であることは分かっただろう」


モレクの身体を取りに行った時だ。


「クライシが 泰河のことを話したってことは?」


「それなら、もっと周到に動く。

アバドンは、獣の存在は知らん。

クライシも狙ってはいたが、よくは知らんものと見受ける。

奈落に皇帝と赴いたことで、アバドンは 泰河に混ざっているものに “何かしらの価値がある” と踏んだ と考えられる」


「周囲で混乱を招いて、奪取しようとしてる ってことか?」


「何かに囚われていれば 隙が出来るものだ。

こちらの隙を伺っているものと思われるが、ミカエルがいる。上手くいかんのだろう」


ハティが話すのを聞いて、ミカエルがパン食いながら

「恋人のフリは、お前にした方が良いかな?」と

オレを見て言うが

「いやオレ、ちゃんと 一緒にいるからさ」と、そっと反らしておいた。


「泰河を狙いつつ、骨髄集めと魂集めか...

無名でも、やるよな そいつ」


「単純に、我等が知らぬ者 という恐れもあるが

仕事が出来る者は、無名でいることが多い」


ハティが言うことに、意外ってツラしてたら

「軍単位ではない者だということだ。

単体で仕事をする奴だな。

自分のこと以外は考えなくていい。

地上で言えば、殺し屋のようなものだ。

素性を知られると、動きづらくなるだろう?」と

パイモンが言い

「ルカ、そろそろ 見てみてくれ」と、コンビニ前にいた男の衣類を 術で脱がせた。


椅子を立ったルカが

「それ、シェムハザじゃなくても出来るんだ」と

男の方に近づくと

「さっき習った。検査の時に便利だからな」と

パイモンが 答えている。


「ミカエルも似たようなこと出来るよな?」


朋樹が不思議そうに聞く。

ミカエルは 術が苦手だって聞いたしな。


「戦闘の時に、トーガや脛当てを手で着けるのが手間だし、怪我とかした奴の治療のために甲冑や天衣を外す必要もあるからな。

でかい戦闘になると、誰でも出来た方がいいから

マスターしたんだ。

治療するのは俺じゃないけど」と、つまらなそうに答えた。

パイモンは 聞くだけで出来たみたいだもんな。


男の近くに着いたルカが、すぐに

「胸の下だ。鳩尾みぞおちにかかるくらいんとこ」と 言って、筆を取り出したので、オレらも見に行く。


「胸骨の底の位置だな。卵が孵化する部分だ」


胸の下辺りの、肋骨が合わさっている部分だ。

普通なら女の子でも 服に隠れる。


ルカが筆で出した模様は、“αίμα” だった。

横2センチくらいで、緑色の 文字? か?

さっぱりだったが、ハティが

「ハイマ。血液のことだ」と説明する。

それでも へぇ... って感じだったけど、パイモンが

「ギリシア語だ。現在の読みは エマ」と捕捉してくれた。


「じゃ、あとは 泰河」と ルカが引き、パイモンが

「ちょっと待て」と ラテックス手袋の手で 男の口を開け、術で ライト代わりの白く小さな強い光の球を出して、喉の奥を観察している。


「うん、このままやってくれ」と 言うので、腕に白い焔の模様を浮かせた右の指で ハイマという文字に触れる。

ジッ というような 焦げ音を立てて、緑の文字が消えた。


「... 蝗も消えた」


パイモンが 美人顔をしかめて、責めるような眼をオレに向ける。


「だって、文字に触ったしさ」


「タグチのように、外に出せるんじゃないのか?

消失したら 調べられないだろう?」


「けど、この人からは 蝗は消えたじゃん」


パイモンの後ろから言うルカにも振り向き、冷ややかなブラウンの眼を向けている。

調べたくて しょうがないんだな...


「まだ 二人いるし、ボティスやシェムハザからも 蝗憑きの人は 送られてくるだろう?」


ジェイドも言ってみているが

「一匹 二匹で、充分な検査が出来ると思っているのか?」という具合だ。


「いやでも、蝗は消して、この人たちは帰した方がいいんじゃないか?」


控え目に進言した朋樹にも「わかっている」と 同様の眼だ。ニルマとレスタが口元で笑う。


「こいつ、天にいる頃から

ケンサとかハツメイとかばっかりなんだぜ?

変態なんだよ」


またマシュマロ食い出しているミカエルを パイモンが睨む。良くねぇな。

「ミカエル... 」「止せって... 」と ジェイドと朋樹が止めているが

「琉地とアンバーは?」と ハティに言われ

「あっ、そうだな!」と、どっちも呼ぶことになった。


「アンバー、蝗なんだ。糸はある?」


ジェイドが言うと、一度 消えたアンバーが、1メートルくらいの細い七色糸を持って また顕れ、糸の端を琉地に咥えさせた。

アンバーと琉地は モレクの件で、儀式の人に憑いた蝗を 体内から取り出した。


「コヨーテは精霊か?」


パイモンの興味が琉地に向いたが、琉地は白い煙になって、ベッドに眠らされた女に入って行く。


「そうだ、ジェイド。

この機会に、アンバーを調べさせてくれないか?

お前が立ち会ってもいい」


ブラウンの眼を輝かせ始めたパイモンの隣に

琉地が姿を顕し、アンバーが糸を引く。


「蝗を取り出せるのか? 素晴らしい... 」


パイモンが 笑顔を向けたが、よれよれ羽ばたいて 女の胸の上辺りに浮いているアンバーは、糸を抜き取るのを躊躇している。


「どうした? 抜けないのか?」


ルカが「ちょっとごめん」と、パイモンとアンバーの間から手を伸ばし、アンバーの額に手を置いた。


「... うーん、ビビってるな。

普通の灰色蝗じゃねぇみたいだぜ?」


「普通のじゃない?」「形がか?」


「いや、まだ出してないから分かんねーだろうけど、手応えが重いっぽい」


パイモンやハティの後に、オレも女の喉を覗いてみたが、灰色の蝗の顔があった。

頭部の上の方に、横に付いた黒い眼。

すぐ上の触覚。下の方にある口を動かしている。

やっぱり、生きてるんだな...


「アンバー、引いてみてくれ。

ニルマ、トレイを」


ニルマが渡したトレイを、女の口元に当てがいながら、パイモンが また笑顔で言った。

「座るといい」と、トレイじゃない方の手で

アンバーの鉤の尾の尻を支える。


アンバーが、そろそろと慎重に糸を引く。

蝗の顔が 女の口から外に出たが...


「あっ!」「なんで?」


外に出た先から消えていく。


糸は まだある見える部分にズレていくが

そのままアンバーが糸を引くと

「うわ... 」と、ルカが うんざりしたツラになる。


口から外に出ると消えてはいく それは、蝗は 後ろあしはなく、細く長い蛇のような尾が ぞろりと 50センチくらい続いているものだった。

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