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そうこうしてる内に、黒蝗が見える人が 二人 一緒に来て、ジェイドと朋樹が朗読台の方へ連れて行く。

この人たちは、モレク儀式の進行役だった人たちだ。

黒蝗に憑かれて 祭壇やモレク像を築き、生贄の動物を屠って、小さな子まで 捧げようとした。


「私共が加護をいただくなど... 」と 言っている間に、露ミカエルが加護を与え

「あなた方が 悔い改められることを、しゅは喜ばれます」と、ジェイドが話し始める。


「聖書には、主の言葉が眠っています。

罪人が悔い改められることを、主は こう例えられました... 」


その話は、聖ルカの書 15章にあるものだ。

“あなたがたのうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする... ” と始まる。


その中の 一匹がいなくなったら、九十九匹を野に残しても 一匹を探し

また、ある人が銀貨十枚を持っていて 一枚を無くしたら、その 一枚が見つかるまで家中を探す。

... オレは、イメージしにくかったので

オレが犬を 十匹 飼っていて、その中の 一匹が行方不明になった と想像した。

九匹を家に留守番させて、一匹を捜しに行く。


そして、一匹の羊や 一枚の銀貨が見つかったら

友人や近所の人たちに “私の羊が見つかりました”

“私の銀貨が見つかったのです”... と 報告し

一緒に喜んでもらう。

... オレが行方不明の犬を見つけて、朋樹たちに

“見つかったぜ!” と 報告したとしたら

“よかったじゃねぇか!” と 一緒に喜んでくれるだろう。


「... “それと同じように、罪人つみびとがひとりでも悔い改めるなら、悔い改めを必要としない 九十九人の正しい人にもまさる大きい喜びが、天にあるだろう” ... とあり、また 神の御使たちの前にも

大きな喜びがあらわれます。

迷われていた あなた方が、こうしてここに いらっしゃったことで、天が 大きな喜びに満ちるのです。罪は 赦されています」


もし 地上で、たった 独りだとして、罪を犯してしまった時。

その罪を悔い改めたら、天だけは喜んでくれる。

迷いや惑いに堕ちても独りじゃないし、その先は もう独りじゃなくなる。

天に喜ばれて、今度は 誰かを喜ぶひとになるからだ。


「... “わたしの肉は まことの食物、

わたしの血は まことの飲み物である”... 」


ジェイドが、ヨハネの6章55節から読み

イエスの血肉を分ける。


「... “わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は

わたしにおり、わたしもまたその人におる”... 」


人間は、霊的存在である天使や悪魔たちと違い

身体... 血肉を伴って生きる。

けれど、肉... パンのみで生きているのではなく

言葉によって生きる。

意思や意識、心... 霊によってだ。


言葉は、誰かに対して発する。

イエスは十字架につけられる日が近くなると

“あなたがたに よくよく言っておく。

互いに愛し合いなさい”... と、何度も言った。

独り生きず 愛して生きろ。私は共にある、と。


「... “生ける父が わたしをつかわされ、

また、わたしが父によって生きているように、

わたしを食べる者も わたしによって生きるであろう”... 」


ジェイドは 二人に、メダイと共に 聖書を渡した。


「愛されて良いのです。

思い悩まれた時は、言葉に すがられてください。

文字に眠る言葉が、あなた方を救います」


長椅子の間の通路を歩き、教会の開かれた扉の前で ジェイドと握手する二人は、来た時とは違う顔をしていた。

仕事が解決した後に、依頼の相手から よく見る表情だ。


“すべて罪を犯す者は 罪の奴隷である” という ヨハネ8章の言葉を思い出す。

ジェイドは 言葉によって赦しに導き、罪をほぐしていく。


二人が教会の石畳を歩き、外門を出ると、長椅子の上で伸びをした露ミカエルが

『とりあえずは終わったな』と、露から抜けた。


ルカの背後に沈んでいた榊が、気を取り直し

「露さん、御苦労にあった」と 抱き上げていると

白い翼を背負ったミカエルが、裏の通用口の方から入って来た。エデンを開いたらしい。

紺と黒のボーダーニットとジーパン。赤ブーツ。

手にオリーブグレーのモッズコート。


「シェムハザ、マシュマロ」と 取り寄せてもらい

オレらも コーヒーやマドレーヌをもらう。

露には白身魚のフリットだ。


「また腹 減ってきたよなー」


ルカが言うと

「おまえ、さっき食って来ただろ」

「僕らは教会にいる間、何も食べてない」と

朋樹とジェイドがムッとする。


「俺も露も食べてなかったぜ?」


「ふむ。ならば、沙耶夏の店は どうであろう?

露さんも共に店に入れる故」


オレらは つい、榊に注目した。


「むっ、何であろう?」


うん... まぁさ、オレらもよく

“ミソスープ行くか?” って ミカエルに聞くしさ

同じことではあるんだよな。

けど、早速か...

榊が さりげなく出来るのかどうかが不安だ。


「うん、ファシエルに会いたい」


コーヒーとマシュマロを手に、ブロンドのくせっ毛の下、同じ色の睫毛の影が下まぶたに掛かるくらいに 碧い眼を細めて笑う。


ボティスが緩んだ口元に コーヒーカップを運び、隣で榊が「なんと、素直であるのう... 」と 軽く頬を染めつつ 感心している。


「だが先に、やはり蝗は見えるが 教会に来なかった者に 加護を与えに行った方がいいだろう」


シェムハザが、昨日の沙耶ちゃんの店の時の顔で

ミカエルに言うと

「でも、“首を見かけても 触れるな” って注意 出来ないぜ?」と マシュマロをコーヒーに入れて浮かべ、マドレーヌを指に取っている。


コーヒーに浮かべるのはホイップクリームが多い気がするけど、マシュマロ入れたコーヒーもあったよな?

確か、メキシコのコーヒーメニューの ひとつだ。

コーヒーとミルクココア半々くらいで淹れて、更にマシュマロを入れる。


気になって、そのことを聞くと、朋樹が “また何の話なんだよ” ってツラして

「モカ・カリエンテ・ジャバネサ ってやつだろ?

沙耶ちゃんに作ってもらったじゃねぇか」と答えた。そういや 甘かったのを思い出した。


ふうん ってツラになったミカエルが、マシュマロ がばがばカップに突っ込んで、シェムハザが

「しかし、蝗が見えるのなら憑かれんようにした方がいいだろう?

黒蝗は囁くだけだが、灰色は実害を及ぼすからな」と 話すのを聞き

「うん、そうかもな。じゃあ行くか」と、一口 コーヒーを飲んだ。


溶けて コーヒーの風味が付いたマシュマロが美味かったらしく、また入れているが

「普通のコーヒーも飲みたい」ようだ。


オレらもマシュマロ入れてみていると

「むっ?」と 榊が何かに気づき

フリット食い終わって、ボティスの肩に移動していた露が、二つ尾を上げて「にゃにゃ」とか

「ひゃひゃ」とか、小声で顎を鳴らす。

窓際で鳥とか見つけた時の あれだ。


「あっ」「これは... 」


空中に顕れた リスやモモンガ程度の大きさのそれは、白馬だった。

黒い縁取りと揚羽模様に、薄く透けた蝶の羽根。

ウスバアゲハの羽根を持つ、手乗りサイズの馬だ。


「ハティが造ったって言ってたよな?!」

「すげぇ!!」


華奢な脚で空中を駆けながら 薄羽を優雅に羽ばたかせる。


「きれいだ」「たてがみと尾は白銀だな」


ミカエルは「あいつ、また何か造ったのかよ?」と 一応 文句は言ってみていたが、蝶馬が ボティスの手のひらの上に降りると、“いいなぁ... ” ってツラだ。


「眼はグリーンだ」


ボティスが間近に観察すると、蝶馬は ボティスの鼻に横面よこつらを付けて甘えた。


「あっ、ちょっと... 」

「ボティス、交代してくれ」


ボティスが 榊の手に蝶馬を乗せ、榊が そっと指で鬣を撫でると、蝶馬は小さくぶるぶると 鼻を鳴らして喜んだ。かわいいな...


シェムハザが、ボティス越しに腕を伸ばし

「ふふ」っと微笑んでいる榊に、手のひらを出す。

蝶馬が 榊の手からシェムハザの手に歩いて移ると

シェムハザの甘い匂いが増した。


「城に連れて帰るか... 」


「いや、待てよ シェムハザ!」

「ハティは、“繁殖する” って言ってたよな?」


蝶馬がジェイドの手のひらに移る。

「君は アンバーと仲良くなれそうだね」と

なにかアピールしてやがる。


でも、手乗り馬って いいよな...  何食うんだろ?

オレさ、ルカとかジェイドが ちょっと羨ましかったんだよな...  朋樹にも式鬼がいるしさ。


「だが そもそも、ハティは何故 これを寄越した?」


また手を伸ばしたボティスに

「順番だろ?」と 朋樹がムッとして言ったが

シェムハザが「そうだな」と、蝶馬を ジェイドの手から自分の手に戻らせた。


「うわっ、なんだよ シェムハザ!」

「幾ら眩しくても、やっていいこと悪いことってあるだろ?!」


ミカエルが「悪魔め!」と悪態をつき

「まったくだよなー」と 同意したルカが

「オレは思念 読むからー」と

シェムハザの手の上の 蝶馬に触れる。


「あれっ?! なんか、洞窟教会が見えるぜ?」


洞窟教会というのは、隠れキリシタンたちが掘った地下教会だ。五山の地下にある。

教会墓地の近くに入口があるようだが、魔人の件の時に オレらが行った時は、シェムハザが洞窟教会の真上に入口を開けてくれた。


「洞窟教会? 何故だ?」


「さぁ... 」


ルカが、また思念を読み

「誰かいるらしいんだよなー。

なぁ、オレらが行けばいいの?」と 蝶馬に聞く。

また新しい思念を読んだようで

「え? 追ってたやつ?」と、眉をしかめた。


昨日 抜けた、濃紺スーツの首のようだが

「オレも視る」と 朋樹が視てみると

「身体があるヤツが、鎖に巻かれて視える」らしく、首が すげ変わっているみたいだ。


「アコもハティも来ないということは、手は離せん ということか?」


ボティスが言うと

「だが、軍の者を寄越すなど 幾らでも手はあるだろう?」と、シェムハザが 首を傾げている。


ルカが 自分の手のひらに移った蝶馬を眼の高さまで上げて、グリーンの眼を見つめた。


「別に、緊迫感とかは感じないぜ」


「次、オレ」と、朋樹が手を出し 蝶馬を乗せた。

「うん。捕まってるとこしか視えねぇし、近くで ハティとアコが普通に話してる」ようだ。


榊が「馬を見せたかったのではなかろうか?」と

言ってみると、ボティスもシェムハザも黙った。

それっぽいな...


朋樹の手のひらの上に移った蝶馬に 手を差し出すと、ようやくオレの手の上に乗った。

グリーンの眼と 眼が合う。かわいいな...

普通の馬より眼が でかい気がする。

羽が繊細だ。気を付けねぇとな。


肩にも乗るかな? と、肩に乗せようとしていたら

ミカエルが「ちょっと貸してみろよ」と 手を出して来た。


「乗せたかったのかよ、ミカエル」

「それは悪魔の馬だぞ。合成獣だ」


「うるさいぜ、お前等」


蝶馬が ミカエルの手のひらに乗ると、ミカエルは パッと明るい笑顔になった... けど、蝶馬の四本の脚が ふるふると震え出した。


「あっ!!」「何っ?!」


ミカエルの手のひらの上で、蝶馬が カッと 光のような炎に包まれちまってる...


「お... 」「マジ... ?」


うお...


炎が消えると、蝶馬は髑髏どくろ馬に変貌し

羽も黒い縁取りと揚羽模様だけを残して、穴が開いた。


「ミカエル、お前は強過ぎるんだ。

これは繊細なようだな」と シェムハザが引き取り

青く小さな炎の形の 自分の魂を飲ましているが

薄羽と鬣と尾が復活したのみで、骨のままだ。


祓魔ジェイドは大丈夫だったのに!

お前等にも俺の加護はあるだろ?!

翼猫とか毒リスは 平気だったんだぜ?!」


「なんだ、それ」と 聞く朋樹に

「ハティのキメラ軍らしいぜ」と 説明する。


「それは、戦闘用の奴等だからだろ?」と

ボティスが長椅子を立って、ショックを受けている ミカエルの近くに移動する。


「... でもほら、生きてるし」

「これはこれで かわいいよな?」

「ふむ。なかなかに愛嬌がある」


手乗りの髑髏馬は、シェムハザの手から 羽ばたいて見せた。羽に骨が ぶら下がって見える飛び方だ。駆けずに ヘロヘロしてるしさ。


カシャ と、オレの手に 力無く降りた髑髏馬を見て

ミカエルは 瞼を赤くした。


「うん、かわいいじゃねぇか」

「クールだよな!」


オレとルカが言うと

「気休めは やめろよ!」と 拗ねて怒る。


ボティスが ミカエルの肩に腕を回すと

ミカエルは髑髏馬に「ごめんな」と言って、涙を拭った。

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