********




「ミカエル。朗読台で仰向けは ちょっと... 」

『何だよ? どこで転がろうと俺の勝手だろ?』


翌日。久々にミカエルが露に降りている。


蝗が見える人たち... クライシの被害者や モレクの儀式を執り仕切った人たちに、教会で加護を与えるためだ。


昨日は あれから、沙耶ちゃんの店の占い客が帰り

『あら、ゾイ。真っ赤よ。

天使さんでも熱が出たりするのかしら?』と

ゾイの額に触れた沙耶ちゃんが、ついうっかり軽く、ゾイを視てしまい

『まあ!』 と、ミカエルの方に向くと、自分の状況に気付いたゾイは、顔を両手で覆った。


『あの、ゾイ?

キッチンで、ココアを飲みましょうか... ?』


『じゃ、オレら 片付けしとくよ!』

『掃除と閉店札だな?』


『うん、お願いね』と、沙耶ちゃんに誘導されて

ゾイがキッチンに向かうと

オレらがバタバタ片付け始める中、ボティスが

『先に出る』と、ミカエルを呼ぶ。


ミカエルは、ゾイが嫌がったのかと気にしたようだが、沙耶ちゃんが うふふ って顔をして

『とっても照れているの』と、くちびるの動きだけで伝えると、カウンターの椅子を立ちながら

『俺、また来るし、お前のことも喚ぶと思う。

いいか?』と聞いた。


ゾイは、顔から両手は外せなかったが

『... はい』と、なんとか答え

よかった ってツラになったミカエルの肩を シェムハザが抱いて、店の外に連れて行った。


ジェイドの家に戻り、シェムハザお取り寄せの

コーヒーを飲みながら、なんとかニヤつきを抑え

気を取り直すと、ボティスがアコを喚ぶ。


『人数 多いな』と アコがソファーに座り

オレらは全員 床だ。


『まだハティと首を追っているんだ。

今のところ、人を襲ったりはしてない。

何かを探すように ふらふら漂って、移動を続けてる。灰色蝗も 他の首も、見つかったっていう報告はない』


六山内ろくざんないは?』


『昼間は、人化けした狐達と 二山の蛇達。

浅黄と榊が仕切ってる。

夜間は、人化け狸達と 五山の野犬達。

桃太がみてて、猫達は好きな時間にパトロール。

うちの軍は、イゲルの八の軍だ。

本部はキャンプ場。白尾の山に置いた』


『良し』


ボティスが誉めると、アコは嬉しそうに笑って

『じゃあ、また報告に来る』と、ソファーを立つ。


『待てよ、アコ』


ミカエルが引き止めると

『なんだ? オニギリか何か欲しいのか?』と

アコは、立ったまま聞いた。


『お前、ルシフェルとも遊んだりしてるのかよ?』


まただ...  アコは悪魔なのにさ。

ミカエルもアコを気に入ってるんだよな。


『うん。地界で喚ばれた時。

首の尾行が終わったら、また買い物に行こう。

ミカエルプリントのシャツを探しに』


『うん、いいぜ』


あっさりミカエルの機嫌を直して、オレらにも片手を上げると、シェムハザお取り寄せマドレーヌを持って アコは仕事に消えた。


ボティスとシェムハザが オレの車で里に出掛け、

残ったオレらは、ミカエルも 一緒に 二階の客間で だらだらすることにした。


二組しかなかった布団は、四組になっていたが

五人だと狭い。横並びだしさ。ミカエル真ん中。


寝室班と分かれるか? という話も出たが

『ボティスが戻ってきたら 床に転がされるんだ』という情報が 家主のジェイドから入ったので、大人しく窮屈に寝ることにした。

吸血の件が終わるまでは 纏まっとく生活だし、明日からは召喚部屋だな...


『なぁ、ミカエルさぁ... 』


気になっていたが、触れられなかった話題を

ルカが 優しい顔で切り出す。


『なんかもう、全部 言ってたよなぁ。

オレ、嬉しくてさぁ』


『全部 って?』


きょとんとしたミカエルは

『ああ、ファシエルに?』と、普通に答えた。


『そう。素晴らしいことだけど、これからは ゾイだけの時に言った方がいいかもしれない』


ジェイドが言うと

『なんで?』と、不思議そうな顔をする。


『秘さなきゃならないことじゃないだろ?

あいつは堕天扱いだけど、守護対象の人間じゃないし、禁は犯してないぜ?』


『いや、周りに人がいたらさ、ゾイが照れるじゃねぇか』


オレも言ってみると

『二人なら照れないのか?』と 聞かれて

『照れるだろうな』って 答えちまった。


何なんだよ ってブロンド眉しかめるミカエルに、どう言えば伝わるかを ちょっとだけ考えたけど、天使は人間と根本の何かが違う気がする。

“愛している” “護る”... が 常態だしな...

悪魔なら、人間の面倒くさいところが すんなり解るんだけどさ。


オレじゃ無理だろうし、黙ってる朋樹に 顔を向けてみる。

なんだよ? って 眼で見返しやがったけど

『... オレは、ヒスイと 二人だけで

時間や話を共有するのが好きだけどな』と言った。


『ボティスと榊 見たって、あいつらだけの空気みたいなものがあるだろ?

二人で心を話しているからだ』


オレもルカも うんうん頷く。

別に、さっきみたいに公然と言ってくれても嬉しいことだし、いいんだけどさ

たぶんゾイは、ボティスが言ったように恥ずかしさで死ぬし、多少はオレも死ぬ。


『でも別に、あいつは俺の恋人や妻じゃないぜ?

結び合ってないし』


ミカエル、自分が好きなだけだ って思ってるからな...

けど、ゾイの気持ちをバラす訳にもいかず

全員 言葉を飲んで堪える。


『いやその、結び合ってる ってさぁ、どうしたら分かるんだよ?

やる やらねー じゃねーんだろ?

やったことはある って言ってたしさぁ』


『俺も分からないけど、心を結び合う。

そして心のように 身体も結び合う ってことだろ?

元の肋骨あばらぼねのように、一体となるってこと。

お前は人間だし、リラといたのに、なんで分からないんだよ?』


ルカは自滅した。


『山では、分かってるみたいに言ってただろ?

リシュキョウだ... とか。胸に骨があるのにな』と

トドメまで刺されやがった。


『そうなんだよなぁ...

こないださぁ、海で 精霊のリラに会えて、やっと少し わかった気がしてさぁ... 』


おう。今 話してて オレも思ったけど

愛について深く知ってるのは、やっぱりミカエルの方なんだよな。

好きな子となら違うんだぜ... とか、先輩面して恥ずかしいぜ。

いや そりゃ、違うは違うんだけどさ、ミカエルが言ってることは もっと深い。


『けどそんなの、長い時間かけて そうなってくもんなんじゃねぇのか?

ゆっくり結び合って、骨になっていくんだろ?』


少しムッとした顔で 朋樹が言う。

ルカとリラは、共有時間が限られてたからな。


『うん、そうだな』


ルカが『翼?』と、隣に寝そべるミカエルを見る。

見えない片翼を ルカにかけたようだ。


『お前とリラの時間は 終わってないんだぜ?』


ルカは うつ伏せのまま頷いて、そのまま枕に顔を埋めた。


『今、結び合っていない と思っても... 』と

ジェイドが、ルカの向こう側から言う。


『いつか 結び合うひとなのかもしれないし

ゾイは、何でも 人前だと照れるタイプだ。

恥ずかしがりなんだと思う。

ミサでの聖書の朗読を頼んでみても、とても緊張して読んでいたからね。

だから 心の話は、やっぱり二人の時に話した方が

いいかもしれない』


ジェイドの話で、ゾイの性格が恥ずかしがりだと

理解したミカエルは

『じゃあ そうする。恥ずかしいと困るだろうし』と、沙耶ちゃんの店にいた時の顔で笑った。



そのまま、何か いい気分で寝て

朝、客間のドアを開けたのは 榊だった。

露を抱き、頭にアンバーを乗せて。


そういや 昨日アンバーは、いつの間にかいなくなってたな... と、ジェイドに聞くと

沙耶ちゃんの店に着いた時、遊びに行ってくるサインを出して里に出掛けたようだ。


「サイン?」


「僕の顎の下に、頭のたてがみを 二度ぶつける」


かわいいじゃねぇか。


榊は、さっきボティスと 里から降りて来たらしく

『シェムハザが朝食などを食すよう申しておる。

蝗が見える人等に、加護を与えるのであろう?』と ミカエルに言う。


『そうだ。見える奴等に連絡 取れよ?』


また眠りをしたミカエルは、見えない翼で伸びをし、隣に起き上がったオレやルカを よろけさせた。


飯もらって、順にシャワーの間に

蝗が見える人たちにメッセージを入れる。

普段は仕事柄、曜日の感覚はないけど、今日が土曜だということもあって、連絡が取れた ほとんどの人が 午後から夕方までには教会に来れるようだ。


オレもリョウジという、高校生の子に連絡してみると『はい! 行きます!』と喜んでいて

近い内に、またシュリと飯でも連れて行ってやろうか と考えた。


午後から教会に移る時、ミカエルが露に

『いいか?』と 聞いて降りた。

翼は隠していても、何か神々しいブロンド青年が

加護を与え回るのは どうかと思うしな。

教会で祈る人たちに加護を与えるのは、普通ならしゅのイエスや聖父なんだろうしさ。


ボティスとシェムハザは、教会の本棚から本を出して、後ろの方の長椅子で読んでいて

ルカと榊は、開いた教会の扉の前の 短い石段に座り、二人で話している。たぶん リラの話だろう。


朋樹とジェイドとオレは、長椅子の前の方で

蝗が見える人リストをチェックをし

「福音は読んだ方がいいかな?」

「でも、ほとんどの人が信徒じゃないしな」

「けど 来てもらっといて、何もせずに

“加護が与えられました” って言ってもな... 」と

話し会っていると、退屈した露ミカエルが

朗読台で 仰向けに転がり出して、だれてきたところだ。


ジェイドに抱き上げられると

『何だよ、仰向けになりたいのに!

地上じゃ 翼が邪魔で なれないんだからな!』と

神父服スータンの肩に登り、頭の上にいるアンバーに

猫パンチを繰り出している。

翼、服もベッドも通り抜けてるじゃねぇか。


「キッ?!」


アンバーが怯えると「ダメだろ」と

朋樹が青い式鬼蝶を飛ばし、露ミカエルに纏わり付かせた。もちろん追う。


『やめろよ!』


露ミカエルが朋樹に跳び掛かった時に

「蝗のひとー」と、ルカが 女の人を連れて来た。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る