「あら。今日は ミカエルさんやシェムハザさんも... 」


「ミソスープ!」


店に入って、沙耶ちゃんが挨拶し終わらない内に

ミカエルが カウンターのゾイを指差して言った。

「はい!」と、ゾイがキッチンに走る。


「ミカエル... 」「他に お客さんいるだろ?」


ミカエルは、オレらを無視して カウンターの真ん中くらいの椅子に座る。

いつもなら、ルカが座るとこだ。


ボティスが、テーブルの椅子に座りながら

水を出してくれる沙耶ちゃんに

「悪いな」と 謝ると

「ううん、いいわ。ミカエルさんは ゾイに気を使わせないようにしてくれてるんじゃないかしら?」と、女の勘らしきものを発揮した。

ルカが “おお... ” って眼で見てやがる。


「いい店だ。居心地がいい」と、白いレンガの店内を見渡して、シェムハザもボティスの向かいに座った。


明るすぎない照明に、観葉植物の緑。

カウンターの手書きのボードには

“夢付きドリンク... 初回500円、二回目から800円

スタンプ10個で 一回無料” の 文字が増えていたが

いつも通りの店ん中に ほっとする。


「ありがとう。やっとあなたに見慣れてきたわ」


沙耶ちゃんが水を出すと、シェムハザが指を鳴らして、沙耶ちゃんの指には 真珠の周りに小さなダイヤが あしらわれた指輪が付いた。


「まあ! また... 」と、沙耶ちゃんが焦っていると

「貰っておけ。シェムハザのご挨拶だ」と

ボティスがピアスをはじく。

オレらは慣れたけど、やっぱりビビるよな。


オレは、カウンターのいつもの席。

一番左に座って、ルカが隣。

ミカエルとオレの間。いつもなら朋樹が座る。


ジェイドはシェムハザの隣だ。

カウンターに向くと、ミカエルの背中が正面に見える席。

朋樹もテーブルに行くだろうと思ったけど、ミカエルの向こう側に座った。

いつもならジェイドの席だ。


「やっぱ落ち着かねぇ」と、ルカと朋樹が場所を入れ換わる。


「朋樹 めんどくせー。オレ へーきなのにさぁ」


ミカエルの向こう側から言うルカに、朋樹がオレの隣から

「うるせぇな。オレは おまえみたいに無神経じゃねぇんだよ」と 言い返しているが、間に挟まったミカエルは大人しい。


沙耶ちゃんから水のグラスを受け取って

「今日、味付きご飯?」と 聞いてみている。

炊き込みご飯やオムライスとかのことのようだ。


「ごめんなさい、今日は味無しご飯よ。

でも、肉じゃがが美味しく出来てるわ。

ゾイの得意料理なの。すぐ持って来るわね」


沙耶ちゃんは ふふ っと笑って、キッチンへ消えた。


「あっ、オレ食ったことあるぜ!

美味いんだよな!」と、ルカが言うと

「ああ。ジェイドん家に持って来たやつか?」と

朋樹が言って、オレも思い出した。

まだボティスが、天にいた頃に食った。


「俺は ない」


テーブルから 眉をしかめたボティスが言うと、キッチンから味噌汁椀持って出てきたゾイが

「何度か作ってるんだけど、来てくれる時と なかなかタイミングが合わなくて... 」と 答え、

“私は いつも通りです” って 顔を作りながら

ミカエルに「どうぞ」と 味噌汁を出した。

いやいや、すげぇ 緊張してんな...

味噌汁の表面は、指の震えで波立ってるしさ。


「うん」と、ミカエルが表面の波を見てると

「ゾイ おまえ、オレにはないのかよ?」と

朋樹が聞く。具は 南瓜とほうれん草と玉ねぎだ。


「日本食は、他の食事と共に 吸い物や味噌汁が出されるだろう?」


不思議そうに シェムハザが言うと

「ミカエルは 洋食メニューの時でも、別に味噌汁を飲むから」と ジェイドが説明して、なんとなく納得していた。


「持って来る」と ゾイが答えると

「いや、泰河が 沙耶ちゃん手伝うから

やっぱり、おまえはコーヒー」と

朋樹にしたら下手くそに ゾイを引き止めた。

まあ、オレは沙耶ちゃん手伝いに行くけどさ。


「ご飯を食べてる間に淹れるのに」

「アイス用で淹れてくれよ。店ん中 暖かいし。

食後にホット飲む」


喋ってんな、朋樹。


「沙耶ちゃん、手伝いに来たぜ」って

端の洗面台で手を洗う。


「ありがとう。もう肉じゃがは温まるわ。

先に、サラダとマリネを運んでくれる?」


大根と水菜と若芽、カリカリに揚げた鶏皮のサラダと、セロリとミニトマトのマリネだ。

キッチンから運んで、カウンターのルカの前に置くと、ルカがテーブルに回す。


「... 二山と三山の向こうの街だったんだ」

「そう。灰色蝗は見つからなかったんだけどな」


朋樹がゾイに、今日の首の説明を始めている。


ミカエルは、味噌汁 食いながら聞いてたけど

「ふらふら歩いて来て、正座してさぁ」と

ルカも話に入った

「独りでに 中身が切れる音が、ビデオ通話でも聞こえたよな」と、朋樹がミカエルに話を振り

「うん。悪魔系の呪術っぽかったな」と

ミカエルも答えて 話し出した。


へぇ、いい感じじゃねぇか... と 思いながら

キッチンに戻ると、沙耶ちゃんが肉じゃがを皿に注ぎ分けてくれてるところだ。


じゃあ 味噌汁 注ぐか って、食器棚から お椀を出してると、沙耶ちゃんに小声で

「ゾイ、どうだった?」と 聞かれた。


「今日の話を聞いててさ、ミカエルも参加しだしてたぜ」


オレも 小声で答えたら

「朋樹くん、ゾイにもミカエルさんにも

分かりやすくアピールしてたものね。

“普通に話せよ” ってことだと思うの」と

沙耶ちゃんが言う。


「えっ、だから下手くそ気味に?」


「そうだと思うわ。

私は よく知らないけど、なんだか二人が ぎこちなくなっちゃったみたいだから... 」


朋樹もやるけど、沙耶ちゃんも すげぇ。

オレは、変だな ってことしか分からんかったぜ。


「お味噌汁も私が注ぐから、肉じゃがを お願い出来る?」と言われて「おう、うん」と運び

カウンターに出すと、ルカが安心したようなツラになっていた。

話している内容は首の断面だったが、ちら っとゾイを見ると、多少 緊張がほぐれたように見える。


オレも少し ほっとしながら 白飯と味噌汁を運ぶと、沙耶ちゃんに礼を言って、カウンターの椅子に戻った。


店内には まだ他にも客がいるので、皆 “いただきます” の代わりに、カウンターのゾイに 片手を上げたり 軽い会釈を送ってから食う。


「いも?」と 箸でじゃがいもを割ったミカエルが、そのまま口に入れて、二、三回 噛むと

ふわっと笑った。美味かったらしい。

ゾイが パッと明るい顔になって、照れて俯いた。

よし。かわいさ復活だ。いじらしい男子だよな。


「ゾイ。城のアリエルや葉月に、この料理を教えに来てくれ」


シェムハザが言うと、ゾイは「うん」と 本当に嬉しそうな顔をした。


「榊も、セロリのマリネを 沙耶夏に習っているよ。蝗取りの合間に。

セロリのスジ抜きに苦戦してるけど」


ボティスが “何?!” って 眼をゾイに向けると

「可愛いじゃないか」と、シェムハザが輝く。

ふん と、鼻 鳴らして照れやがった。


「榊、そんなことするのか...」

「かわいくなったな」


オレと朋樹が話していると

「バラキエルが、マリネが好きだから

榊が作ってるのか?」と、ミカエルが聞く。


「そ」と、ルカが答えると

「ふうん」と、肉じゃがの糸蒟蒻を 箸で持ち上げて 見つめた。


「ミカエルは 何が好きなんだよ?」


朋樹が聞くと、ミカエルが答える前に

ゾイが もじもじする。これは、知ってるな...


けど、ミカエルは「ニクジャガ」って 答えた。

今はじめて食ったくせにさ。

ゾイも “あれ?” ってツラだ。


朋樹が「... そうか」と 普通らしき声で言い

顔を こっち側に向けると、隠すように笑った。


「美味しいもんなー」


ルカが優しい顔になって言うと

「うん」と、糸蒟蒻を食う。


... ん? これは もしや

ボティスが 羨ましかったのか?

だから、ゾイが作れるものを... ?


朋樹が “言えよ” って眼を ゾイに向けると

ゾイは緊張に喉を鳴らした。

オレも隣から、ゾイに頷いてみる。


「... あの、ミカエル」


肉に人参をくるんで食おうとしてたミカエルが

ブロンドの睫毛を上げて、碧眼をゾイに向けた。


「その... 肉じゃが、また 作ります... 」


「エッグタルトも... 」と 添えて言ったゾイは

真っ赤で倒れそうなツラになっていた。

心配したルカが椅子から腰を浮かせ、オレも浮きかけた。


「うん。プリンも好きだぜ?」


「はい、じゃあ、プリンも... 」


「うん」と ミカエルが明るく笑うと、照れて どうしようもなくなったゾイは

「デザート、見てきますね!」と、キッチンに逃げた。


ミカエルは、あれ? 行っちまった って感じで

つまんなそうに サラダの鶏皮 食ってみてる。


もう、なんだ。こそばゆくて しょうがねぇし。

テーブルを振り返ってみると

「悪くない」「なかなかだ」「可愛くて腹立つ」と、小声で言い合い、口元を緩ませて

自分の飯だけを見てた。分かるぜ...


ミカエル以外、ニヤケながら 飯 食い終わって

食器をキッチンに運んでいると

沙耶ちゃんが コーヒーを淹れに出て来た。

ゾイは洗い物して 気を落ち着けるらしい。


もうサイフォンで、ゾイが仕度してくれてたし

他の客も帰るところで 軽くバタバタしたから

「コーヒー、やるよ」って 朋樹がカウンターに入る。

夜の占いの時間が近いので、カウンター前と奥のテーブルに仕切りを出した。


コーヒーが テーブルにもカウンターにも行き渡った時に 占い客が来店して、奥のテーブルに 朋樹がドリンクを持って行く。


テーブルでは、ボティスたちが

「吸血する異教神で、首にするものは... 」と

ぼそぼそ話し合っているけど

ゾイが キッチンから出て来ないせいか、ミカエルは つまらなそうな顔のままだ。


朋樹がキッチンを覗いてみると、ようやく気が落ち着いた様子のゾイが、マーブルケーキの皿を持って出て来た。


「桜と抹茶味だよ」と いうピンクと緑のケーキは

甘過ぎず、モロに日本の春の味という感じだ。

美味いだけじゃなく、毎年咲く河川敷や公園の桜を彷彿とさせた。日差しとかの雰囲気も 一緒に。


こういう感覚の時、仕事とか サンダルフォンとか

オレらが置かれている状況からも 離れた気分になる。ひと息つける感じだ。


「余分にあれば買い取る」と言うシェムハザに

「今日は あまりデザートが出なかったから」と

ゾイが、ワックスペーパーに包んだやつを 一本 持って来て渡している。


顔つきが元に戻ったミカエルが

「いろいろ作れるんだな」と 感心すると

ゾイは「沙耶夏の教え方が上手くて... 」と、謙遜して照れた。


「店にもイシュは来るだろ?

元の姿に戻ったりしてないか?」


ミカエル、気になるんだな。

「全然です、大丈夫です」と ゾイが答えると

「そうか」と 嬉しそうだ。


「海で、ごめんな」


お... ミカエル、それはもう いいんじゃねぇか?

ルカが カップを口に付けたまま静止して

ゾイの表情が緊張していく。


「いえ、あの... 」


「俺、連れときたかったんだ」


え? それ、本人にも言うのか?

朋樹が コーヒーに ちょっと噎せた。


「守護するけど、嫌がることはしない。

大切にする」


「くっ... 」と、ルカが喉から音を洩らす。

すまん、ゾイ。オレはもう そっちに向けん。


ゾイは放心しているのか、言葉も失っている。

朋樹が、フォローに 口を開こうとした時に

「守護だけど、心で触れてると思う。嬉しいから」と、新たな殺し文句を投げやがった。


いや、ただ素直に言ってるだけ っていうのは分かってるけどさ。

もう 椅子を反転させて、テーブルの方に向く。

テーブルの三人は、窓の外に眼を向けていた。

「蝗はどうだ?」「首も通り掛からないね」とか

言ってみているが、ゾイには聞こえてないだろう。


「分かっててもらおうと思ったんだ。

海で 急に帰ったりしたことも、悪いと思った。

例えば、人間なら結び合ったりするけど」


ルカが 遠慮なくコーヒー吹き出しやがった。

かなり噎せて「ん、悪ぃ... 」と、キッチンに布巾取りに行くけど、まだゾイの声はしない。


「そういう心だと思うんだ。お前に対して」


ついに 朋樹も椅子を回した。


「だから、嫌なことはしたくない。

何かの前には、良いかどうか聞くから、気を使わずに 素直に答えて欲しい」


「いいか?」と聞く ミカエルに

「... はい」と 裏返り気味のゾイの声が答えた。




















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