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「どういうことだ? 仮死ということか?
それとも 不朽体か?」
不朽体というのは、亡くなっても腐敗しない身体のことだ。
どこかから血が流れ続けていて、死後、聖人認定される要素でもある。
ボティスが聞くと、パイモンは
「仮死と言えば仮死だな。
生命活動が “一時停止” した状態、という感じだ」と、ボティスを見上げて答えた。
「前の被害者の身体も、地界の俺の研究所で血液や組織を採取し、検査や観察を続けている。
採取した組織片を培養してみると、細胞が生えた」
「何?」
シェムハザが聞き返すと
「身体を離れた組織は、シャーレの培地の中で仮死から覚めた。
生えてきた細胞は 新しい培地に入れて、また恒温器で培養してみてる」と 楽しそうな顔になって
「ああ、そうだ」と、またボティスを見上げた。
「被害者に吸血された 見張り、お前の軍の者だか
今のところは問題は見られない。
まだ暫くは、観察は続けることになるが」
「そうか」と、ボティスは短く答えたけど
少し安心したようだった。
「ただ、前の被害者の胃には
吸血したはずの 悪魔の血液は残っていなかった。
吸血した後、大した時間も置かずに 首が抜けたのなら、胃壁に吸収されたにしても 早過ぎる気がする。抜けた首が啜っていったのかもな」
何か、とんでもないこと話してる気がするが
よく理解 出来ん。
『泰河』と 朋樹の声に呼ばれて気付くと
いつの間にか スマホのカメラを下に向けていた。
「悪ぃ」と、パイモン達の方に向け直す。
『... “胃に残っていない” ということは、前の被害者の身体を解剖したのか?』
ルカの方のスマホから、ジェイドの声が聞くと
振り向いたパイモンが
「いや。切り刻まなくても 皮膚の上からの触診で、ある程度のことは分かる。
悪魔の血液なら匂うしな。
今回は、喉から内視鏡を入れたけど」と 答えている。
悪魔って 耳いいよな...
「これも、
シェムハザが聞くと、パイモンは向き直って
「恐らく」と 頷いた。
「首の断面が同じだ。
頸動脈、頸静脈、椎間動脈等、各血管の内には血栓が造られながら切断され、首回りの筋肉の
最初から この形だったみたいだろう?」
血が滲んだ襟の中を 笑顔で指差しながら説明してやがるぜ。
パイモンは どう見ても 男声の美女なのに、残念だよな。男って時点で もう残念なんだけどさ。
『泰河、襟ん中 映せよ』
朋樹に言われて ギョッとする。
「えぇ... おまえ... 」
ビデオ通話の画面には、ミカエルが映って
『行けよ。俺も見とく』って 言う。
「ミカエル、来りゃいいだろ?」
『
「いや、わかった」と、ボティスとパイモンの方に行く。
ミカエル、すぐパイモンに突っ掛かるんだよな...
こないだ蝗キャラメル食ったとこだし、もう少し会わせない方がいいだろう。
ボティスと しゃがんでるパイモンの間から、スマホのカメラを向ける。
「泰河、見に来たのか? ルカは どうだ?」
笑顔のパイモンに「いや、オレは... 」って愛想笑いして返していると、ルカが
「オレはいいしー。見ても分かんねーしさぁ」と
遠慮なく断りやがった。
「うぉ... 」と 眼ぇ閉じる。
見ねぇどこ って思ったのに、つい見ちまった...
胸骨の先の部分に、鎖骨らしき骨の端が 二つ。
左右に細い何本かのチューブ... いや、血管だとしたら、太いのか? 赤黒い何かが詰まってる。
周囲の筋肉らしきとこは、なんか 千切れたとか
切断された風じゃなく見えた。
形が、断面じゃなくて 丸いんだよな...
一瞬だったのに焼き付いちまった気がするぜ。
「この身体も地界で調べる」と、パイモンが 自分の軍のヤツを 二人喚んで、正座で座ってる身体を運ばせた。
時間的に まだなのかもしれないけど、両脇から担がれた身体は硬直してない。だらりとしている。
「また何か分かったら報せる。
ハーゲンティと頭部が戻ったら、研究室に持って来るように 伝えてくれ。
最初の頭部も、発見次第に頼む」と
片手を上げたパイモンは、機嫌良く消えた。
男の身体が座っていた周辺を見てみたけど、気になるものは何もない。
ビルとビルの間から 道路の方に出ながら
「海の 最初の被害者も、ああやって首が抜けたってことなのか?」と 聞いてみると
ボティスもシェムハザも
「恐らく」「断面も同じらしいからな」と答え
ボティスがアコを喚んで、今の話をしている。
「... じゃあ、自分で身体から抜けて、自分の意志で飛んで行った ってことなのか?」
アコも驚いて聞き返してるけど、無理ないよな。
「そうだ。首はハティが追っている。
まだ観察中だろうけどな」
「海の方の首捜しも、方針 変えないとな。
“首を切断して持ってる誰か” を捜してたから」
肩を竦めたアコは
「海の街にいる軍の奴等に話して来る。
あと 灰色蝗は、まだ見つかってない。
海に行った後、ハティと合流する。
シェムハザと居てくれ」と、消えた。
オレ等とミカエルだけじゃ、術 頼りねぇしな。
「さて、収穫はあったな。戻るか。
最初の大通りの交差点前にいる」と
シェムハザが消えたので、朋樹やジェイドにも伝えて、駐車場に停めた
バスに乗り込んで、オレが運転、ルカが助手席だ。
「しかしさぁ、首が抜けるって何だよ... 」
「な。もう得体知れんよな。
何のために抜けるんだろうな?」
オレらが まだビビりながら話していると、後部座席に足組んだボティスが
「増殖のためとも考えられる」と
ピアスを
「... は?」「増殖?」
助手席からルカが身体ごと振り返り、オレは車内ミラー越しに眼を向ける。
「アンバーが、灰色の蝗を持って来たのは
モレクの件の時だ」
「うん」「そうだな」
「海の方で、灰色蝗に吸血された奴には 最近 会ったというのに、もう首が抜けている。
吸血後に首が抜けるまでは、そう時間が掛からんとみえる」
「あっ... 」「いや、やめろって... 」
ボティスの誘導で、イヤな想像が浮かぶ。
オレらが、モレクの件で山にいた時
誰かが この辺りで灰色蝗に吸血されていたなら
その人は、オレらが海に行く前か 行ってる間に
すでに 首が抜けてるんじゃないか? って...
その場合なら、さっき抜けた濃紺スーツの人は
また別の被害者ってことになる。
最近、灰色蝗に吸血された ってことだ。
「吸血動物や虫が、他の動物や人間から吸血する場合、血液が固まらんよう、先に溶解液を注入する場合が多い。
お前等に身近な例で言えば、蚊などもそうだな。
吸血前に注入された液によって、赤みや腫れ、痒み、場合によっては痛みなどを生じる」
けど、灰色蝗は見てない。
吸血して飛び立ったのかもしれねぇけど、さっきの人には付いてなかったしな。
「また吸血動物は、ウイルスや菌を媒介することもある。
ウイルスや菌を持った者から吸血した虫や動物が、次の者を吸血することによって... 」
「ボティス、待てよー... 」
前に向き直ったルカが背凭れに身体を預け、うんざりしたツラになったが、オレも もれなく似たようなツラだ。
ボティスが言ってるのは、抜けた首が他の人から吸血して、抜け首を増やしているんじゃないか?... ってことだろう。
「ウイルスや菌などではない としてもだ。
灰色蝗だけでなく、抜けた首からも吸血される可能性が高い」
首が? って思うけど、さっきの濃紺スーツは
自分の身体から 何か啜ってたもんな...
「ああーっ!!」
「なんだよルカ!!」「うるせぇな」
また いきなり叫びやがって と、思っていると
ルカは、ハッとしたツラのまま オレに向いて
「... じゃ、吸血鬼?」と 聞いた。
オレもハッとしながら、信号停車する。
「吸血鬼... って、おまえ... 」
ヤバい。ちょっと口元 緩む。
左手の中指の背は すでに、顎ヒゲにあった。
ボティスが鼻を鳴らし
「吸血する動物や虫以外の存在と考えれば、そうとも言える」と 肯定すると
「マジで?!」「ヤバくね?!」と、一気に色めき立っちまう。
「そうだ、地界には いねーのかよ?」
「バンパイア」
オレとルカが振り向くと、ボティスは信号を指差して、オレに「あっ、ヤベ」とバスを出させ
「人間の生き血を好むものは多いが、増殖はしない。近世の創作の様な奴は知らん」と 答えた。
「なんだよー。バンパイア伯爵みてぇのって いねーのかよー。昼間は棺で寝てくれよー」
「ニンニクと十字架がダメなんだよな。
コウモリに化けて飛ぶしさ」
確か、人間が吸血鬼に噛まれると、一度 死んで 吸血鬼になって甦るんだよな。
ん? ってことは、元々は人間か...
まぁ、他の国や神話にも吸血悪魔やモンスターみたいのも いろいろいるけど、映画や本のイメージの バンパイア伯爵に絞る。
ちなみに、伯爵 っていうのは貴族階級の称号だが
今、バンパイアの後に付けてるのは、マントの立て襟の勝手なイメージだ。
ドラキュラ伯爵とも混ざってしまっている。
実際は、仮死状態で埋められた人が、墓穴の棺の中で甦ったりして出来た伝承 らしいんだけどさ。
甦って吸血鬼になりそうだ... と 遺族が怯えて、遺体の首を落としたり、心臓を抜いたり、歩けないように足首を切り離してから埋葬することもあったようだ。
「串刺し公やら 生き血風呂の女もいただろ?
そっちの方が よっぽど... 」
「うわ、やめてくれ。それ、実在した人間だろ?
マジで やべーし」
「オレら、人間相手の仕事じゃねぇしさ。
バンパイア伯爵の話だ」
「居ても 地上棲みだろ?」
おっ。ボティスが否定しない。
車内ミラーで ちらっと見ると
「知らんからといって、いないとは限らんだろ?
現に俺はいるからな」と 軽く両手を開く。
「うん、そうだよな!」
「でかい伝承にもなってるもんな!」
「今回の灰色蝗の被害者が、お前等の言う吸血鬼になると仮定したとしてだ。
その “バンパイア伯爵” の 始末方法を言ってみろ」
「首を身体から切り離す!」
「心臓に杭を打ち込む!」
「そうか。どちらを選ぶ?」
あっ...
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