2 息吹 ゾイ (第八日)


私たちが長椅子を立った時に、本山さんに相談事を話していた男の人も 前の方の長椅子を立った。


話を聞いてもらって 助言を受け、一緒に祈ったようで、来た時より明るい顔をしてる。


彼が帰る時に、手を差し出して握手をすると

彼は安堵の表情を浮かべた。


相談の内容は分からないし、彼も 何故 今

自分が安堵したのかは 分からないだろうけど

私は 悪魔の身体でも、中身は天使だから

簡単な癒しを施すことが出来る。


“大丈夫” と、肩の力を抜く程度のことだけれど

出来るだけ人の助けになりたいと思う。


男の人が教会を出ると

「では、本山さんも休憩されてください」って

ジェイドは言って

「もう お昼だね。食事を取りに行こうか?

着替えて来るから... 」と 通路を歩こうとした時に

教会の扉が開いて「神父さま」って、女の人が入ってきた。


まだ、ジェイドたちと同じ年頃に見える その人は

前にも 一度、ここで見たことがあった。


「こんにちは、麻田さん」


私と本山さんは、眼を合わせる。


麻田さん と 呼ばれた彼女は、週に 二~三度は こうして教会にやって来るようで

隙のないお化粧、手入れされた爪をしていて

ジェイドを熱っぽく見上げてる。


「また相談に乗って欲しくって... 」と

ジェイドの胸に片手を添えた。


軽く開いた両手を 肩の位置に上げて

“僕は触れていません” と、彼女に示したジェイドは、「すみません、麻田さん。

今日は、隣の教区の司祭がいらっしゃっていて

これから話し合いがあるんです」と、さらさら嘘をつく。


「ですから、お悩みのご相談でしたら

本山さんに... 」


本山さんは、紳士的に... というか

神父的な 穏やかな眼で、“よろしければ” という風に 会釈したけど、麻田さんは周囲を憚らずに

“あんたじゃないの” というような眼になった。


「私は、ヴィタリーニ神父さまに 相談に乗ってもらいたいんです。信徒なんだし、断られませんよね?」


まだ胸に手を添えたまま、甘い眼で見上げてる。

ジェイドは 微笑んで誤魔化してるけど

なんだかすごい。


「いつだったら、お話 出来ます?」


「なかなか、難しいかもしれないですね。

僕は、協会にいることが多いので... 」


ジェイドが後ろに 一歩 引くと、麻田さんの手が

胸から離れて、麻田さんは拗ねた顔になった。


「せっかく お越しいただきましたが... 」


前に腕を組んだジェイドを見て、怒った顔になってきた麻田さんは

「じゃあ、電話してほしいです。待ってますから」と、踵を返して教会の扉まで行き

返事を待っていたようだけど、皆 無言だったから

そのまま教会を出て行った。


「多いんですよね... 」と、本山さんが ぼやく。

「いえ、タイプはバラバラですけど

ヴィタリーニ神父のファンの方」


「僕は 見るからに “外人ガイジン” ですから

眼に止まるんでしょうね。気の迷いでしょう」


ジェイドにすると、どうでも良い話らしく

よく解らない話の締め括り方をした。

「ちょっと待ってて」と、私に言うと

教会前の左側の通用口から、裏にある自宅に着替えに行った。


「ゾイさんて、スペインの方でしたっけ?」


「あ、はい。そうです。

ジェイドとは、イタリアの神学校で出会って... 」


私は、“スペインで神父だった” ってことになってる。悪魔ゾイと出会ったのがスペインだったってこともあるし、ゾイの顔立ちが そんな感じだから。


「やっぱり、顔立ちが日本人とは違いますよね。

羨ましいです」


そうは言われても、ゾイの顔と 実際のファシエルの顔は違うし、曖昧に微笑む。


「最初は、実は少し 怖い印象があったんですよ。

今のように柔らかい印象じゃなかったんで。

緊張していらっしゃったのかな?」


「うん、そうですね。

初めてのことばかりだったし... 」


「今は、お料理の勉強をされているんですよね?

日本には慣れられました?」


「だいぶ慣れました。元々 興味もあったので

言葉も... 」


本山さんが じっと見るし、話していることに 何か齟齬はなかったかな?って 少しそわそわしてたら

「男性にこう言うと、失礼かもしれないですけど

お綺麗ですよねー」って、感心したように言う。


私は、頬に 多少の熱を帯びたけど

「どうして、失礼なんですか?」と 聞いてみると

「だって、男だったら “カッコイイ” が嬉しいじゃないですか。でも お綺麗なんで」って

真面目な顔で答えたから、何だか笑ってしまった。




********




バスは使うかもしれないから、泰河の車で行け って言うんだ」


ルカや泰河も起きていたらしいけど

どうやら、まだ だらだらしてるようだった。


白いシャツにジーンズ、グレーのチェスターコートを着たジェイドは、雑誌から出て来たみたいに

格好いい。


「普段、沙耶夏さんと お店してるし

余所で 何 食べても、そんなに って感じだろうけど

まだ食べたことのないものってある?」


「うーん... ピザ かなぁ?」


「本当に?」


泰河の車の鍵を開けて、運転席に乗りながら

「カフェにしようか?」って 言うから頷く。


「ピッツァを食べたことないなんて... 」


ジェイドは、信じられない って風。


「まあ、夜 食べるものではあるし

こっちでは、一枚を複数人で分けて食べるようだね。でも僕らからすると、一人で 一枚食べるのが普通なんだよ」


「そっか。イタリアで よく食べられるんだっけ」


どうもまだ、地上のことには疎い。

それで、着いたのは 河川敷に近いカフェだった。


「ここって、ルカが よく来るって お店?」


「そうだよ。他にもピッツァを置いてる店はあるけど、ここが美味しいからね」


お昼時で混んでいたけど、お店の前の駐車場は

一台分 空いてたから、そこに車を入れて

お店に入る。


「あ、ジェイドくん」

「こんにちは」


お店の人は、忙しそうだけど

「お友だち?」と、私のことを聞いて

壁際のテーブルに通してくれる。


「そうだよ。マルゲリータ二枚と 炭酸水、ライムで。食後にエスプレッソダブルもお願いします」


私は、実は このお店に連れて来てもらったのが

嬉しかった。

“河川敷のカフェ” って 何度か聞いたことがあって、なんだか また ジェイドたちと近くなれたように思えたから。


女の子の店員さんが、テーブルに 炭酸水の瓶と

氷とライムが入ったグラスを置いた時に

ジェイドが「ありがとう」って言うと

嬉しそうに「はい」って 照れてた。


その姿もかわいかったし、ジェイドに

「モテるんだね」って 茶化して言うと

「ゾイもモテるんじゃないか?」って

瓶の中身をグラスに注ぐ。


「今、ゾイ “も” って言ったね?」


「ちょっとした言い間違えだよ。

僕らには、ボティスやシェムハザがいるしね」


「そっか... うん。ちょっと見られたり 言い寄られるくらいじゃ、モテるって言わないんだろうね」


「そう。最近、朋樹も認識を新たにしてたよ。

ボティスやシェムハザは、中身からモテるから。

“そこそこ見られることはあるかもしれない” って

素直に言ってたんだけど、ルカや泰河は

“うるせー” って。まあ、それは いいんだけど

本当に、沙耶夏さんの お店では大丈夫なのか?」


沙耶夏の心配じゃなくて、私の心配なんだ。

それを聞いてみると

「沙耶夏さんの周りには、しょっちゅう僕らが

いるからね。ボティスまで “沙耶夏” って呼ぶから

なかなか近寄れないだろう」だって。

「本気じゃないヤツは、そこで引くだろうし。

振り分けられるからね」


「うん... 」


ナイトがいっぱいいるのも 大変だなって思う。


「ゾイは、言い寄られるなら

女の子なんじゃないか? 断れているのか?

慣れないことだろう?」


うん。ゾイの姿の私は、時々 連絡先を聞かれたり

デートに誘われたりすることがある。


鎖骨までの黒髪に、高くシャープな鼻と 横に幅がある瞼の形。

グレーの色の眼は、ファシエルの色だけど。

地上の服は まだ よくわからないけれど、朋樹がくれる服は格好良くて きれいだし、沙耶夏も “おしゃれよね。似合うわ” って言ってくれるから、ゾイは まあまあなんだと思う。


「沙耶夏の恋人だ って説明してるよ。

一緒に暮らしてることもね」


それはそれで、沙耶夏に悪いかもって思うけど

沙耶夏は “構わないわ!” って言ってる。

“ファシエルのあなたも素敵だけれど

ゾイの姿の あなたが恋人だって思われるなんて!”

鼻が高いって言うから、今はそれに甘えてる。


「そうか。それならいいんだけど」


焼きたてのピザが置かれると、ジェイドはピザのカッターを使わずに、ナイフをもらって切って食べてる。


「これ、本当に 一人で 一枚食べるの?」


「そうだよ。サイズは小さめにしたしね」


私は カッターで切って、そのまま 一片を

口に運んだ。おいしい。

トマトソースにバジルが利いてて

チーズもモッツァレラで まださっぱりしてるから

一枚 食べれそうだった。


「それで」


意外と食べるのが早いジェイドが

半分になったピザの向こうから 私を見る。


「どうなのかな、って気になってるんだ」


きっと、ミカエルのこと。


「うん... 」


ピザを運びながら、頬が熱くなった。


「ハティの魔法は効いているようだね」


ハティは、私に “魔法” を掛けた。

元は女型の天使で、男の悪魔の身体を持っているのだけど、私が誰かに恋をしたら

心の方に 身体が準じる、って。


そうして それは本当で、ミカエルに近付き過ぎたりすると、私の姿は ファシエルに戻ってしまう。


だけど、ミカエルに 恋 だなんて...


それは、下級天使だった私にとって

大ゲサではなく、恐れ多いこと。


元々 憧れてはいたけど、天使として

天の英雄である上級天使への憧れだった。

ミカエルに憧れない天使を探す方が 大変かもしれないくらいだし。


同じ下級天使たちと、時々だけ遠くに見たり

“今日はラキアに行くらしいよ” だとか

“肩当てを変えたって聞いた” って、噂を聞いて

何でも勝手に “素敵だ” って思う存在だった。


私が 地上にいるのは、捨てゴマだったからで

たまたま サリエルに地上任務を与えられたけど

ゾイの内に入れられて、使命も全う出来なくて

朋樹の式鬼になったからというだけなんだし。


それで、呪殺のために近付いた相手が

ジェイドたちで、その中にはボティスもいた。

天使バラキエルだったボティスと、ミカエルが

仲が良かったから、たまたま近くで会えた って

いうだけ。


だから恋なんて、とてもとても。

そんな風に見ることすら烏滸おこがましい。


なのに、姿が 元に戻ってしまう。


考えている間に、不安だった 一枚を あっさりと食べてしまって

「何かデザートを取る?」って 聞かれたから

フルーツとジェラートの盛り合わせにした。

大きいお皿だから、二人でつまんで

普通のカップで置かれたエスプレッソを飲む。


私が、考えてたことを話してみると

「いいじゃないか。今は手が届くところに

降りてくるんだから」って、キウイを食べた。


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