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「広場からは見えない方がいいよな?」

「そりゃあね。“秘密の会合” だろうから」


夕方の早い時間だが、もうすぐ外は暗くなる。


山頂のモレク像の広場には まだ誰もいなかったが、アコが言っていたように 焚き火缶やブルーシートが準備されていた。


「アケビ取った場所なら、少し拓けてたぜ。

モレク像の裏側だ」


「おっ、裏側の方が都合いいよなー」

「そうだな。山頂に続く道も 逆っ側だもんな」


朋樹が広場に式鬼を仕掛けると、ミカエルについて行き、モレク像の裏側に回った。

森に入り込むと、山頂から 少し下る。


すぐに、木々の間に テント 二つを置けそうな場所があった。

アコを呼んで テントを受け取り、早速 二つとも広げてみたが、今のような まだ暗くない時間でも、広場からは テントは見えない。


「夜は焚き火缶も置けそうだね」と

ジェイドが周囲を見渡して

「うん、そうだな。煙は風で流すしさぁ」と

ルカがテントの 一つに入ってみている。


オレも入ってみたが、思ってたより広い。

寝袋で寝るなら 二人だろうけど、座って話すなら

四人はいけそうだ。


「もう少し下の方の道路沿いに、小さいコンビニがあるぞ」


「アコ... 」

「なんで言わないんだよ... 」


そっちにバス停めて、森を登ったら良かったんじゃないか? と、思って言うと

土砂崩れを防ぐ工事のために 道路の 一部が通行止めになっているらしく、貸し別荘の方からだと

一度 麓まで下りて、回って来ないとならないらしい。


「ここからだと、まっすぐ下るだけだ。

すぐに外灯とコンビニの明かりが見える。

トイレとかは助かるだろ?」


「うん、確かに」「出来るよな、アコ」


褒めると「そうだろ?」と アコは嬉しそうだ。


「そうだ、肉まん買いに行くぜ?

食ってみたかったんだ」と

ツナギのフードを被ってみたミカエルが言う。


シェムハザ、ミカエルの分も用意してたんだよな。

何かの時は エデン移動して天衣だろうけど、自分の分が無かったら拗ねてただろうし、いつもながらに シェムハザも出来る。


「うん、行くか」と、アコがミカエルに答えた。


「アコって、ミカエルに焼かれないよな」


朋樹が不思議そうに聞く。そうだよな。

服の買い物行く時も、煙ひとつ上げなかったし。


「ああ。こいつと、シェムハザとハーゲンティと

キミには、俺が焼かないように許可を出した。

いちいち気を使うのが面倒くさいからな」


キミって、月夜見キミサマか...

悪魔に加護は与えられないけど、焼かないようには出来るらしい。

考えてみりゃ、マルコは天にいるしな。


「他の天使の接触にも有効なのか?」


ジェイドが聞くと

「攻撃されなきゃな」ってことだ。

「俺の許可だからな。天使が近くにいるとか

接触くらいなら大丈夫だ。父は無理」


「皇帝とかベルゼは?」と聞いてみると

「あいつらには、許可を出すことが許可されない。奈落に繋がれたことがある奴は無理だし

元異教の神も無理」らしい。


「肉まん以外に何かいるか?」って聞くアコに

「適当に」って返すと、ミカエルと 二人で

森を下って行った。


「オレらも、儀式時間前には トイレ済ました方がいいよな」とか話して

ルカが 気まぐれに「琉ー地ー」って呼ぶと

ジェイドもアンバーを喚ぶ。


琉地はボールを咥えていた。

今 フランスは明け方だから、史月の五山にいたんだろう。


少し遅れて顕れたアンバーは、里にいたようだ。

頭には季節外れのシロツメ草の花輪が乗せられている。


よれよれ飛んでいるアンバーは

「キッ」と、ジェイドの片手に着地して

両手に掴んだ何かを差し出した。


蝗だ。グレーの...


「アンバー、これは どこで取ったの?」


ルカが アンバーの花輪を 一度 外して

頭に手を置き、思念を読む。


「ここに来る途中、何か気になったみたいで

どこかの大通りの交差点に寄ってる。

... 蝗の声が聞こえたっぽい」


「なんで アンバーに、蝗の声が聞こえたり

見えたりするんだ?」


琉地のボール投げながら聞くと、ルカは

「... 昨日、浅黄と榊と 一緒に

肉と 海の魚を買いに、山を降りたらしい。

浅黄が捕まえた黒蝗を 食っちまってる。

見えなかったけど、匂いがしたみたいだな」と

答えた。食ったのか、アンバー...


「アンバー、何でも食べてはいけない」と

ジェイドが教えているが、蜥蜴とかげとか鳥とかも

虫食うしな。さっきオレも食ったしさ。


今日のグレー蝗が、何を言っていたのかは

上手く聞き取れなかったようだ。


ジェイドは

「でも、これを食べなかったのは えらかったね。上手に捕まえてる」と アンバーを褒め、

ミカエルがいない内に パイモンを呼ぶと、経緯いきさつを話して、グレーの蝗を渡した。


「黒くないけど、モレクの蝗?」


「それは調べてみないと解らないが... 」


パイモンは、手の中の蝗を じっと見て

「傷付けたり 痛い検査は、絶対にしないから

今度 アンバーを調べさせてくれ」と

貸し別荘に戻って行った。


ミカエルとアコが、コンビニの袋 提げて戻って来て、オレらとアンバーにも肉まんを配る。


「琉地」と、ミカエルは嬉しそうだ。

「お前、食わないもんな」と 言いながら座って

琉地に片腕を掛け、肉まんを食っている。


今の蝗の話をしていると、鍋と紙コップと 大量のおにぎりを持ったゾイが顕れた。


「オニギリは好きだ」と アコが喜ぶ。

ゾイは、袋から お玉を出して

「注いだら配って」と、朋樹に味噌汁の紙コップを渡した。朋樹には普通なんだよな。


「ゾイも 蝗 見れた方が良くね?

榊たちとか、六山の霊獣達もさぁ」


ルカが言うと「そうだね」と ジェイドが答えた。

「駆除 出来る人が 多い方がいいし、情報も集まりやすくなる」


「俺からパイモンに言ってみる」と アコが言うが

そうするなら、相当数の蝗 捕まえないとだよな。


「お前、それ配って 一緒に食ったら

サヤカのとこへ戻れよ。食う間は 隣に来い」と

ミカエルが ゾイに言った。真面目な顔だ。


「はい」って 素直に答えるゾイ見て

オレとルカは優しくなったが

朋樹は 急につまらねぇ ってツラしてやがる。


「儀式参加者の説得はいいのか?」と

おにぎりのラップを剥きながらジェイドが聞くと

「守護天使達や悪魔達が 頑張ってるようだけど

参加を迷ってる気配は 届かないんだ」と

ゾイが自分の分まで味噌汁を注ぎ終えて言った。


「ここまで来てる人は、もう参加を迷ってないってことか... 」


「そわそわしてる気配があるよ。

天使や悪魔の囁きも、届かないみたいだ」


ミカエルとジェイドの間にゾイが収まり

照れながら 味噌汁を飲んでいる。

こうして見ると、ヤロウが並んでるだけなんだよな。

ゾイは やや中性感あるけど、見た目は やっぱりヤロウだ。


あの並びは 顔付きも派手だが、二人ブロンドだし

アコまで入れて見ると、日本観光に来た外国人のヤロウ共だな。おにぎり食ってやがる。

ハンバーガー程 似合わねぇ気がする。

いやどれも、ハンバーガーとかピザってツラじゃねぇな...


「おまえ、何か考えてんだろ?」


朋樹に言われて、顎ヒゲの指に気付いた。

「バーガーとピザだ」と 答えて無視される。

慣れてるしな。


また熱い味噌汁 啜って、おにぎり食ってみたら

中身は梅だった。種が抜いてある。

梅って、なかなか自分で選んで買わないんだよな。こうやって食うと美味いんだけどさ。


ミカエルも 二個目で梅が当たって

「何だよ これ?!」って 騒いでやがる。

「僕は慣れた」「うん、俺も」と

ジェイドとアコは平気らしい。


「冬の夜なんて、人間には寒いのに

それでも外に集まる程、会合に魅力があるんだね」と、ゾイが両手に持ったカップから上がる

湯気を見て、独り言みたいに言った。


「モレク崇拝だって 知らないからだろうけど

こうして、わざわざ山まで来るなんて。

社会的地位がある人と たくさん知り合えるからなのかな?」


「乱交に興味ある奴もいるんだろ」


ポロッとアコが溢しやがった。

ゾイは「ランコウ?」と聞き返している。


朋樹が「いやっ、何でもねぇぜ」と焦って言うと

「魔女のサバトのように?」と、普通だ。


「あ、そうか。モレクは、バアルとして崇拝されていた時は、配偶神のアシュタロテと共に、多産の神としても崇拝されてたんだった。

生まれた子を捨てる場所があって、拾って育てる役割の人達もいたんだったね?」


ジェイドに確認して、ジェイドも

「そうだったようだね」と 普通に答えているが

ゾイは何か、現実感のない話し方だ。

ルカが 軽いショックを受けている。


「見たことあるのか?」と、ミカエルが聞くと

「実際にはないです。地上の学習の時に知りました」ってことらしい。


下級天使だったんだもんな...

学習していて、それが何かの知識はあっても

ゾイ自身には無関係で、遠いことなんだろうな。

人間や悪魔がすること って感じだろう。


「今後 同じような崇拝が起こる可能性があるなら、見て知っておくことも必要なのかも... 」


「いや、必要ない」


朋樹が口を開きかけた時に、ミカエルが きっぱり言った。


「地上に於ける天使の 主たる仕事は、人間の守護だ。

お前は、こいつ等やバラキエルの守護だろ?

天使や悪魔相手に関しても、俺が居れば 問題ない。異教の神の場合、そいつ自体に出来ることもない。儀式を見る必要はない」


「はい」


まだフード被ったままのミカエルに、ゾイは素直に返事したけど、今、ミカエルさ

ゾイ自身もわかってること並べただけ だよな。


「でも、実際に見て知ってた方が

どんな儀式崇拝なのかが 肌で分かるし

人間にも説明しやすくなるんじゃないのか?

“堕落” も わかるだろ?」


悪魔らしからぬことを アコが言うと

「いや。本当なら 今、守護天使にさせていることも 間違ってる。

囁きは、自由意思を操作するからな。

守護の範囲を越えてるだろ?

モレク崇拝だけでなく、キュべレのことが絡んでるから、囁かせてるだけだ。

ファシエルも 堕天扱いとはいえ、こいつ等以外の人間に 関わる必要もないんだぜ?

とにかく、儀式は見る必要はない」と

尤もであろうことを言って、また 見るな と言った。


「ゾイに 見せたくないだけ?」


アコが指摘すると

「ん... ?」と ミカエルは考え出したが

「うん。下級天使は、人間の欲や感情に惑いやすいからな」と、恋心じゃないやつ

上級天使として、下級天使が心配だから っていう

答えを出してきた。本気で言ってるな...

それはそれで、朋樹が引っ掛かる顔をする。

最近、朋樹も顔に出るよな。


「ん?」


朋樹が山頂の方に眼を向ける。

式鬼が報せに来たらしい。


山頂のモレク像の広場から、人の声がし始めた。

もう暗くはなっていたが、まだ儀式時間じゃない。


アコが姿を消して見に行き、すぐに戻った。


「ビニールの白い屋根だけのテントを立て始めてる。酒も運び込んでたぞ」


儀式準備か。


「ボティスたちに報せて来る」と アコが消え

「オレらもトイレとか済ませとく?」と

ルカが立ち上がった。

「そうだな」と、オレらも立つ。


「お前は戻れ」


ミカエルが ゾイに言うと

「はい」と、ゾイは片付けを始めたので

「ゾイ、ありがとうな」「美味しかったよ」

「沙耶ちゃんにも お礼言っておいて」と

オレらも片付けを手伝う。


「うん。じゃあ、充分に気をつけてね。

沙耶夏と待ってる。 あの... ミカエルも」


勇気を出した風に付け加えたゾイに

「うん」と、ミカエルは答え

「お前を頼りにしてない訳じゃないぜ?」と

めずらしく気を使った。


「上手く説明 出来ないけど、たぶん

お前がイシャーだから っていうのもあるんだ。

俺が護ってやるって言っただろ? それは心もだ」


「はい」と、真っ赤になったゾイが消える。

オレは、もうどうにも顔が熱くなったので

目の前にいたジェイドの腕を固めた。

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