沙耶ちゃんの店で、“余って困ってたから” と

シュークリームあるだけ出してもらい、

オレら3個ずつ、ミカエルは5個食って

コーヒーの お代わりももらうと

露も連れて、ルカの家に帰った。


「ミカエル、すぐ降りるって言ってたよな」

「うん、エデンからな」


なので、沙耶ちゃんが

“明日のだった” ロールケーキ 一本と

“ボティスさんに” セロリのマリネ。

ぶーぶー言ったオレらにも、鶏の唐揚げ持たせてくれた。露には、茹でたササミをほぐしたやつ。


「今日も天に帰らねぇっぽいよな」

「こっちから喚ばなかったの、拗ねてたしなー」


言ってる内に、まだミントの匂いがする裏庭に

エデンのアーチが開く。


庭の窓のサッシ開けて上がってきて

「ラファエルに、骨の話して来たぜ」って

ソファーに座って、露を膝に乗せた。


オレらも向かいに座って

「なんて言ってた?」って聞くと

「驚いてたけど、“どこの骨かも調べてみるし

目覚めに関係するかどうかも調べる” って

医学系の石板読み出したから、任せてきた」ってことだ。


玄関が開く音がして、ボティスが入って来た。


オレらを見て「居たのか... 」って

指でピアスをはじく。


皇帝とのチェスで、だいぶ疲れてんな。

一人で ゆっくりする予定が

オレらだけでなく、ミカエルもいた ってことなんだろうな。


そんなこと大して気にしないミカエルは

「バラキエル、座れよ」って

自分の隣を示しているが

ボティスは「ワイン」って、オレらを立たせて

ミカエルの向かいに座った。

一人になれなかった状況に諦めはしたらしい。


「チェスしたのかよ?」


突っかかるよな、ミカエル。

ボティスは、人間になったのに

自分より皇帝と遊ぶのが気に入らんっぽい。


キッチンでワインのコルク抜きながら

ルカが ちょっと笑う。


「した。負けた」


「お前、負けないだろ?」


「負けんと、“もう一回” と言い出す。

接戦の末 負けた」

  

「相変わらずかよ。俺、露に降りて

お前の狐に会って来たぜ。榊」


ボティスが “聞かせてみろ” って眼を

ミカエルに向けて、ミカエルの膝から露を呼ぶ。


ワインを二人に注いで、露にはササミと水を出すと、オレとルカは なんとなくキッチンに戻って

直火のポットでコーヒー淹れながら

さっきのゾイのことを、小声で話し出した。


「あれってさ、やっぱり

恋 っぽく見えなかったか?」


オレから切り出してみる。


「そうなんだよな...

そしたらさぁ、禁断のコイになる訳じゃん?」


「そう、そこだ。

けどミカエルは、男は対象じゃない」


「泰河、おまえは?」

「対象じゃない」

「だよな。オレもなんだよなぁ」


多少 反れたが、これは ルカとオレだと

しょっちゅうだ。


「ま、オレら関係ねぇけど... 」


けど...


なんか言いづらくて黙ったら

ルカが言っちまった。


「ゾイがさぁ、なんか

かわいく見えたんだけどー... 」


そう。と、ルカに指差して

同意を示す。


「やっぱり、おまえも?!」

「そうなんだよ! けど、なんていうかさ... 」

「女の子に見えた」


... それだ。

女の子が、好きな人に照れたりするの見て

かわいい って思う感じだ。


なんとなくスッキリして、直火ポットの火を止める。もうちょっと置いてからカップに移すか。


「あれってさぁ、中身のファシエル部分?」


「いや、いつもファシエルではあるんだろ。

ツラとか身体がゾイだから

かわいいと思ったことは なかったけどさ」


「なんかさ」

「おう」


わかるぜ。応援したくなる。ゾイを。

かわいかったから って だけじゃないんだよな。

なんか、こう...


「ハツコイ?」


「バカッ! ルカおまえ!

口に出すなよ、そんなこと!」


「あっ、悪ぃ!」「やめろよマジで!」とか

焦りながら、コーヒーをカップに移してたら

「セロリ」

「ロールケーキと珈琲」って言われて

仕方なくコーヒーは、ミカエルに献上する。


セロリを皿に移して、ルカがロールケーキ切って

持って行ってみたら

榊の話から、カジノのじいちゃんに聞いた話に

移ってた。

バラでいるとさ、こうやって何度も同じ話するのが 大変なんだよな。


ボティスはシェムハザに聞いてたみたいだし

ジニーのことも知ってたけど

ミカエルと「会合の参加者の把握が必要」とか

「カジノのオーナーと 議員希望の奴から

出来るだけ辿る」とか 話してるし

オレらは、キッチンで唐揚げつまみながら

直火ポット 洗って、またコーヒーを淹れる。


「唐揚げにコーヒーじゃさぁ」って

ルカが冷蔵庫から炭酸水の瓶 出して

一本をオレに渡した。


「けど、“ハツコイは実らない” ってさぁ」

「その単語 出すなっつってんだろ!

赤面するじゃねぇか、うっすら!」


なのに、この話題から離れられねぇ。


「ん、マジで悪ぃ!

でもさぁ、ミカエルって 恋したことない っていうけど、モテんじゃねぇのかな?」


「“強いから憧れられる” って言ってたよな」


もちろん、それもあると思う。

男だって憧れるだろう。最強天使だもんな。


でも そういうんじゃなくて、例えば 普段 天で

ミカエルと世間話するような上級天使とかなら

ミカエルに恋したりするんじゃないか、と...


「けどさぁ、天使のアリエルは

ミカエルが めんどくさそうだったよなー」


「あっ、そうだな。

カッコいいし好きだけど、恋愛対象じゃない って

やつかもしれんよな」


「いやでも、幾らかは恋愛対象として

スキになるんじゃね?」


「でも、謙遜しちまうんじゃねぇの?

“ミカエル” っていう存在が でか過ぎるしさ」


サイフォンのコーヒーが上がる前に

唐揚げはなくなった。

沙耶ちゃんの唐揚げは、下味に醤油と酒、

すり下ろしの玉ねぎ、にんにくと生姜を少し。

あと、教えてくれねぇスパイス。すげぇ美味い。


「... ちょくちょくさ

露ミカエルを、沙耶ちゃんの店に

連れて行ってみねぇか?」


コーヒーを注ぎ分けてると、炭酸水飲み干した

ルカが、ロールケーキを また切りながら

「うん。ミカエルが来た時に

ゾイ喚んでみる とかな。仕事外で」とも

提案してきた。


ゾイ本人には何も触れず、しばらくそうして様子を見てみよう... ってことに落ち着き

ロールケーキとコーヒー持って テーブルに移動する。


ルカが「おまえ、詰めろよ!」と

ボティスに言い放って

「うるせぇ」って言われながら、隣に座り

オレは ミカエルの隣に座る。


「ん? なんだよ、その優しい顔」


どうやら、オレは ミカエルに

自然と優しい表情を向けていたようだ。危ねぇ。


「ルカ。お前、手ぇ見せてみろ」


ミカエルが、リラの骨の話もしたみたいだ。


ボティスが ルカの手を取って

リラの骨が溶けた手のひらを見つめている。


「ラファエルは、何と言っていた?」


「“どこの骨か調べてみる” って」


ルカの手のひらに、ボティスが ラテン語か何かの

呪を唱えると、骨が溶けた部分が小さく発光した。

それから ルカの手首を持って、手のひらを身体側に向けさせた。


「あっ!」


上から覗いたら、ルカのシャツ越しに

小さく光ってる箇所がある。


「左の第四肋骨の肋軟骨ろくなんこつだな。ちょっと来い」


真ん中よりちょっと左、胸の位置くらいだ。

ボティスは、ルカを床に座らせると

手のひらの小さい光を、ルカの胸の光に合わせて当てさせた。


「... っ!」


ルカが、胸を押さえたまま

前に のめり、そのまま横に倒れた。


「ルカ!」

「おいバラキエル、何した?!」


オレもミカエルも焦って、ルカの近くへ行って

傍に しゃがむ。


「術だ」


「見りゃわかんだよ!」


ルカは、額から汗を噴き出させて

「ぐっ... 」と、痛そうに胸のシャツを掴むように

押さえている。


ミカエルが ルカの背に手を添え

片翼でルカの胴体を包むように被せた。

痛みが少しマシになったようだ。


また「くっ」と、息を飲むように止めると

ようやく痛みが止んだようで

ふう... っと、長く息を吐いて脱力した。


「ボティス...  てめー... 」


大丈夫そうだ。


ミカエルが翼を背に畳むと、ルカは横になったまま、手のひらを開ける。

そこには、白い欠片があった。


ミカエルが指に取って

「骨だ、でも お前の!」と

ブロンド睫毛の碧眼を見開いている。


「リラの骨が入ったんだろ?

余分な分を取り出した。交換だ」


「えっ! じゃ、これ ルカの骨?!」


「そうだ。ラファエルに渡しとけ」


「すぐ戻って来るからな!」と

ミカエルが、エデンのアーチへ階段を駆け上がる。


「リラの骨は、手のひらにある訳じゃあない。

お前の第四肋骨の助軟骨の 一部だ」


ボティスが言うと、半身を起こしたルカは

また胸に手を当てた。大切そうに。

なんか、涙 滲む。オレが。


エデンのアーチの向こうには

星絵の善悪の木の下に、星絵のリラとルカが座り

オレが描いた下手くそな琉地が走っていた。





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