ジニーが言うには

骨は絨毯の上で、砂粒の大きさから

ゆっくりと大きくなっていったらしかった。

最近、大きくならなくなった と。


大きいっていっても、縦1センチ、横5ミリくらいだ。形は牙っぽかった。

店にいる人間は、誰も骨に気付かなかったし

掃除の人たちが掃除機を掛けてもなくならない。


ジニーは、一度持って帰って、じいちゃんにも見せてみたけど、じいちゃんにも見えなかったし

骨は翌日、店に戻ってた。


以上が、露ミカエルの通訳だ。


「そっか。見張り、ありがとな」

「おう、えらいじゃねぇか」


無表情に座っているように見えるけど

オレとルカが代わる代わる撫でると

ジニーは眼を閉じ、ぐるぐる言って

“いい顔” して見せた。


『うん、気付いてえらかったな』って言う

露ミカエルにも、ごち っと頭突きする。


「ここのオーナーのじいちゃんがさぁ

何か話あるみたいなんだけどー... 」


フロアを見ると、じいちゃんも

議員になりたいおっさんも消えていた。


「あれ?」

「店、出たのかな?」


ほけっと話してたら、猫耳が来て

「ご案内いたします」って言うから

露ミカエルとジニー抱いて 付いて行く。


通されたのは、カジノのバックルームで

ロッカーの並ぶ着替えのための部屋の隣に

パソコンデスクと、テーブルと椅子が何脚かっていう事務室のような部屋だ。

すげぇ簡素な そこに、和服のじいちゃんがいる。


「どうぞ、座られてください」と

ジニーに手を伸ばす じいちゃんに

ジニーを渡すと、また いい顔して見せた。


猫耳がシャンパンを三つ置いて

フロアへ出て行く。


じいちゃんに、手で “どうぞ” と示されて

シャンパンに口を付けるけど、なんか緊張する。


「藤島さんは、帰られましたが... 」


藤島さんというのは、議員になりたいおっさんのようだ。次の衆議院選挙に出馬する。

じいちゃんは、シェムハザの取り計らいで

その おっさんと会食したことがあるらしい。


で、シェムハザもカジノに出資して

議員になりたいおっさんの口座を、フランスで

支度金入りで 作った、と...

もう抜けられねぇな。なんか怖ぇ。


「... おかしな会合に誘われたと

相談されましてね」


「おかしな会合?」

「どんなやつなんすか?」


これは... と、話を聞いてみると

議員のおっさんは、知り合いの建築会社社長から話がきたらしい。

各界に権威がある者ばかりが呼ばれ

互いに知り合うための会合らしい、と。

それを断ると、また別の食品会社社長から

同じ内容で誘われた。


「それが、秘密裏に森の中で行われると。

“どうにも宗教のような印象がある” と

話されましたが

それが二日前、わたくしにも同様の誘いが

ありましてね。

誘って来たのは、別の店のオーナーですが... 」


議員おっさんは、じいちゃんにも誘いがないかの確認がてら、どうやら じいちゃんを通して

シェムハザの耳に入れたかったようだった。

なんか、会合が怪しい気がしたから。

カジノ以外はクリーンでいたいようだ。


議員おっさんは、シェムハザが悪魔だと知ってる。召喚屋の客だしさ。

でも、召喚屋に連絡を入れるのはどうか?


契約の時に、目溢ししろと言われた

カジノのオーナーにも引き合わされた。

アメリカのイタリアンマフィアと繋がりのある

オーナーも誘われているのではないか?


電話などの通信記録を残す訳にはいかない。

パソコンの電話はよくわからない。

『何かあったら、“シェムハザ” と呼べ』と

言われているが、とても呼べない。

ピアスの男には もう会いたくない...


それでカジノに来てみて、自分の名前を伝えて

“オーナーを” と、呼んだらしい。

議員になりたいおっさん、胃が痛いだろうな。


「ヴィタリーニ家の方々や、あなたも

シェムハザさんやルチーニさんと

お知り合いでしたね?

それで是非、お二方に伝えていただこうと思いまして。

ルチーニさんに連絡いたしましたが

電話には出られないので... 」


ああ、普段スマホ持ってないもんな。

「すみません」と、ルカがメモ借りて

「今後はこちらに」と 自分の番号を渡す。


「会合は、来週末に行われるようですが

私は返事を濁しております。

代理人の参加は出来ないようですし

この歳で 山中の森へ行くなど、と」


来週末か...


「こういった情報を、何故シェムハザさんに... と

不思議ではあるのですが」


まあ、そうだよな。


「宗教儀式を疑われていらっしゃるのではないですか? ジェイド... 僕達と一緒に来た

ヴィタリーニの外人のほうは、神父なので

そっちに話が通るように、シェムハザの耳に入れたかったんだと思いますよ」


じいちゃんは、ああなるほど って感じで

膝のジニーを撫でている。


「その会合の場所って、聞いてます?」


「いえ、森の中としか聞いていません。

詳しい場所は、参加を決めた方だけに伝えられるようです。

藤島さんも、再度お断りしたようですから

詳しい場所はわかりませんね」


「わかりました。伝えておきます。

お話いただき、ありがとうございました」と

ルカが 露ミカエルを抱いて椅子を立つので

それにならう。


「会合には、出席されなくていいと思います」

「また お店にお邪魔します」と、挨拶し

ジニーを撫でて、カジノを出た。




********




「何でもいいのね?」


「うん、何か出来るものでー」

「ごめんな、沙耶ちゃん」


カジノを出て、路地でシェムハザ呼んで

じいちゃんに聞いたことを話すと

シェムハザは『モレクだろうな』と

難しい顔をして

『ボティス等にも話しておく』と 消えた。

まだチェスが終わらないようだ。


これは、取り寄せは期待出来ない。

腹減ったけど、そろそろ外は寒いし

オレらは、沙耶ちゃんの店に来てみた。


時間的にはもう、営業時間ギリギリだけど

奥のテーブルにはまだ、コーヒー飲んでる客が

一組いた。


ルカとカウンターに並んで座って

露ミカエルは、カウンターの上。


『先に珈琲飲む』って言われて

ゾイが、カウンターの中で「はい」って答えて

俯き気味にサイフォンをセットしてる。

ミカエルに緊張してるんだろうな。


「あのさぁ、後でハティに聞くと思うんだけど

祭壇トフェトが出来たらしくてさぁ」


「で、さっきカジノに行ったんだ。

噂話集めしに。そしたらさ... 」


ゾイからコーヒー受け取りながら

さっきの話してたら、沙耶ちゃんが

サラダと、デミグラスソースがかかったヒレカツ

あと白飯と野菜の味噌汁を出してくれた。


「味噌汁出るんだ」

「榊ちゃんが好きだから、始めたの」


沙耶ちゃん、榊に甘いよな。

榊のみメニューにアジの一夜干しもあるし。


露ミカエルの前にも 同じように出されるが

『なんだ? これ』と、味噌汁の匂いを

ふんふん嗅ぐ。


「ミソスープ」って ルカが言って

スプーンで 一口飲ませてみると

『ふうん、変わった味だな』と言ったが

気に入ったらしい。


「オレ、飯食いたいんだけどー」


そうなんだよな。けど、露ミカエルは

放っとくと怒るしさ。


「そうね。ゾイ、手伝って差し上げて」


沙耶ちゃんは、残ってた 一組の会計の対応をし

コーヒーカップを下げに行った。


「あ、じゃあ... 」


カウンター越しに、ゾイがヒレカツにナイフを

入れようとするけど

『それは、フォークに刺すだけでいいぜ』とか

言われてる。

げしっと噛みついてるけど、食いづらそうだ。


『噛みづらいな。猫向きじゃない』


カツは そうだよな。普通、揚げ物は食わねぇし。


「じゃあ、何か別のものを... 」と

ゾイがキッチンに向かう。


「ゾイさぁ、なんか大人しくねー?」

「緊張してんだろ。ミカエル付きで来ると

ゾイに悪いよな」


もう、店は閉店するようで

沙耶ちゃんが閉店の札を掛けに行って

カーテンを閉めていると

『やっぱり食いたいから降りる』と

露の眼が新緑色になった。


すぐに 店の奥に薄い光の球が弾け

アーチから階段が伸びた。エデンのゲートだ。


「えっ、何?!」


「あ、ごめん。沙耶ちゃん」

「うん、大丈夫だから」


背に白い翼を背負った、くせっ毛ブロンドの

ミカエルが、膝丈の天衣で降りて来る。


「まあ...  ミカエルさん、ね?」


初めてミカエルの天使姿を見る沙耶ちゃんは

霊視では視ているからか、余裕はあるが

ミカエルの神々しさには、ちょっと圧倒されている。うっすら光ってるしさ。


「そう。露にも何か出してくれよ」


カウンターの露を抱っこして

ミカエルは、ルカの隣に座った。


「ええ、そうね。お魚を茹でて... 」


ぼーっとしてしまっていた沙耶ちゃんは

ゾイがキッチンに入っていくと、ハッとして

「ゾイ、私がやるわ」と キッチンに向かう。


「よし、これで噛めるな」


ヒレカツ食うために エデン開くって すげぇよな。

「美味い。でも、ライスって味がない」って

ブロンドの眉ひそめてるし。


ゾイが、茹でた白身魚を露の前に置く。


ちらっとミカエルを見て、頬が赤くなった。

オレとルカは、思わず眼を合わせた。

これは...


もう食い終わったし、ゾイが下げた食器持って

またキッチンに戻ってから

「見た?」「見た」って 小声で話す。


「あれって、憧れ?」

「いや、照れ方がさ... 」

「けどさぁ、こいつ “ミカエル” だぜ?」

「芸能人とかに憧れる心情?」

「うーん... やっぱ表情がなぁ... 」

「女子的、だったよな」


「何 話してんだよ?」


白飯に文句言いつつも、完食したミカエルが

オレらの話に入ろうとする。


「や、別に... 」って、違う話しようとしたら

「なあ、ミカエルってさぁ

コイの対象って、女の子希望?」とか聞く。


「当たり前だろ。イシャーイシュ肋骨あばらぼねなんだぜ」


う...  聖書の話か。


「そうだけど、好きになったのがさ

もし同性だった場合は?」


「そんなこと起こらないだろ。ケーキ食いたい」


「じゃあさぁ、男に好きって言われたら... 」


シュークリームの皿持ったゾイが

キッチンから出て来て、ルカが ぴたっと

口を止める。


「お前等、何言ってるんだよ、さっきから。

なんで男に限定するんだ?」


ブロンド睫毛の碧眼をオレらに向けるけど

ゾイの前で言うんじゃねぇ! と

「いや、単なる仮定の話!」

「そ! 皇帝が あまりに濃厚に、ジェイドを見つめるからさぁ... 」とか、オレらにしたら

上手いこと ゴマカした。






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