髑髏 5


「ふん、来たか」


ボティスが耳輪を弾く。


此処からは離れた奥の辻より

青白の人魂の火が揺れいでた。


ぞろりとした暗き気配を散し

ガチャリガチャリと 重き足音や

こつりこつりと錫杖を突く音などをさせ

周囲に妖しを従えた人鬼達が 行列を為し

河川敷沿いを歩んで来る。


「このカフェってさぁ... 」

「ふむ。邪避けをし、神隠しをしておる」


儂が答えると、ルカは安心して

林檎パイを食しておるが

「見よ。別の辻からも現れたぞ」と

桃太が指を差す。


そちらの辻からも、まず青白の人魂の火が揺れ

ぺしゃりと 水に何かを落とすような音を立てるものや、通常であれば聞こえぬはずの裸足の足音などをさせ、ぞろりと近付いて来る。


「向こうからもだ」と、朋樹が指差すのは

また違う辻じゃ。


この分であれば、すべての辻よりいでで来ようかと思われたが

「通れる道は決まっているからな。

ここに辿り着くよう、誘導した道は 三本だ」と

シェムハザが言い、ジェイドも頷く。


ならば、これで全ての辻ではあるが

行列をなしておる人鬼の数は 昨夜よりずっと多く

各山や 山の向こう、人里からも湧き出した者等が

どこぞの辻で合流しながら 歩んで参っておるものであろう。


「すげー 数」

「これ、妖物も放っておいていいのか?」


ふむ。その辺りは、どうしたものかのう...


「どうする、シェミー・レッド」


指示を仰がれた隊長のシェムハザは

「控えめな甘さで 品がある」と

林檎パイを食しており

「河川敷に降りるのを待って考えよう。

ディル、紅茶を」と

ポットとカップを取り寄せる。


妖しと言えど、昨夜までとは違い

見た目で “鵺” や “河童” などと、判別 出来る者は

少なくなっておる。くらき何かよ。


「一昨日の夜や昨夜は 素晴らしかったのに。

僕は初めて、小豆研ぎや 一つ目小僧を見た」


ジェイドは残念そうじゃ。

里より、画図百鬼夜行がずひゃっきやこう今昔百鬼拾遺こんじゃくひゃっきしゅういなどを

貸し出すと、大変に喜び

現在の印刷で出ておる画集も購入しておった。


「シェミーとかビリーとかなら

色の名前が 後に付いてもいいけどさぁ

オレら変じゃね?」


「トモキ・ブルーじゃな。締まらねぇ。

ジェイド・ダークレッドも長いし」


「オレは結構 大丈夫だぜ。タイガー・イエロー」


「俺、アコ・パープル」


「いいじゃねぇか!」


ふん。儂は無い故、つまらぬ。


「キッ」というアンバーと儂に

シェムハザが揚げ菓子を取り寄せた。


桃太や浅黄も呼ばれ、バスにて食しておると

ぞろりとした異形の夜行等が

ぞわぞわと河川敷の草原に集まって行く。


「うむ?」

「あれは、ぬらり... 」


浅黄と桃太が駆け寄ろうとバスを降りたが

「ああ、じいちゃんか。しょうがねぇなぁ」と

朋樹が 呪の蔓を伸ばし、ぬらりに巻き付け

夜行から引っ張り出した。


「... ほっ?」


我に返ったようじゃ。


「ぬしら、何じゃその格好は?」


「お前こそ、毎夜 何をしている?」


ボティスのゴオルドの眼に

「ヒョ」と小さく息を吐き

「うん、引かれてしもうておったのう」と

もごもごと答えておる。


「ぬらり。紅茶はどうだ?」と

シェムハザが言い、バスに誘い入れた。

「甘いものは好きか? たまには洋菓子はどうだ?」と、紅茶と揚げ菓子を勧め

ぬらりが 一息つくと

「何故、夜行に引かれる?」と 聞く。


「うむ、気付いたら寄っておるのよ。

今夜こそ、そうならぬよう

相談所に足を向けたが、途中で引かれた」


「昼間 行っておけば良かったんじゃないか?」


「それが、夜行が始まってからというもの

昼日中は 頭に霞がかかったようになるのじゃ。

暗くなると 勝手に脚が向き、夜行に混じっておる」


むう...  妖しにとっては

由々しき問題かも知れぬ。


「何故、山の霊獣等は引かれん?」


「我等は、それなりに修行しておるのだ」

「うむ。人世の経なども読む故

念などに左右されることは、そうない」


ふむ。人神様... 月夜見様きみさまの加護もある故。


ここで口には出すと、また “ケッ” となる故

出しはせぬが

月夜見様きみさまは、あのようであって

我等霊獣、いては 野や人里の獣等にも

愛情が有られる。


幽世かくりよには、月夜見様の白馬の “月影” がおり

毎日のようにブラシをかけられ、蹄を整え

時に柚葉を前に乗せて駆けられる。


人の魂だけでなく、傷付きし野の者の魂も受け入れられ、癒された後に 野に戻されるのじゃ。


しかし、妖しなどは また別であり

現世うつしよの影にあるような者等である。


神に近し質の者もあれば、精に近し者もあり

鬼や ひなたのように、元は人であった者もあれば

付喪のように物から生じたもの、現象から生じた者と、生じ方も様々じゃ。


人神様は、人の神であるので

人の願いを聞き入れ、加護を与えられる。

月夜見様は、獣にも加護を与えられる。

だが、人とも獣とも生らざる者には

人のかたきとなれば、滅することはされても

加護は与えられぬ。届かぬ故。


「形のあやふやな妖怪たちになってしまっているのは、どうしてなのかは解る?」


ジェイドが ぬらりに聞くと

「恐らくは、呼ばれ名も無きような

朧な者等であろうのう」とのことじゃ。


姿や名の判別が付く程の、平たく言うならば

有名な者等ではなく、名すら無きような

あのような あやふやな何かということであろう。


「名のあるような者等は、一度 我に返りし後は

夜行に引かれぬよう、気を引き締めておるようじゃ」


「何故、お前は引かれる?」


ふむ。ぬらりは有名であり

名も知れ渡っておる。


「ぬっ... わからぬ。

だが、よう人の家で 茶を飲んでおるので

人の念に捕らわれたのやもしれぬ」


ふむ。下手をすれば、我等より

人里の多数の者に 近うあるしのう。

儂等が共にある人等は、朋樹やジェイドなど

祓いをする者等であるが

ぬらりの場合は、そのようではない人である故。


「なあ、ちょっとさ... 」


泰河が珈琲のカップを持ったまま

河川敷を見ておる。


辻より湧きいでし者等は、ぞろぞろと集まった後

二手に分かれておった。


人鬼等の二つの塊を中心に、周囲に妖しの者等が

巻いておる。


「なんか、おかしくね?」


塊の中央付近におる者が、隣の者をいだくと

一人になったように見えた。

一回り大きくなった気はする。

それが 二つの塊の中で、一つずつ行われておる。


その者に、また隣の者が しがみ付く。

するとまた、二人が 一人になる。


「これは最終的に、ネフィリムのような

巨人になるのか?」


「いや、形 変わって来てないか?」


人鬼等は、どんどんしがみつき

上に体高が伸びるだけでなく、地面にも伸びた。

黄土のような黄色味のある、長き棒のようなものに伸び、丸き盆の様な物の上にも また棒が...


「骨... ?」


むっ...


「脚の形は、人骨じゃないか?」

「二本の脚の骨?」


大腿骨が伸びきると、腰骨が造られ

二本の脚の骨が繋がる。

足首付近に、まだ続々と人鬼が しがみ付く。


「背骨... 」

「肋骨が背から伸び始めたぞ」


「ぬっ... 」と、桃太が

口を開こうか開く前か迷うておる内に

浅黄が、意を決したように

「これは、がしゃ髑髏どくろでは... ?」と言うた。


「マジでーーーっ?!」

「すっげぇえっ!!」


ルカと泰河じゃ。

「うるせぇ!」と 叱られておる。

おまけに「珈琲!」と言われたが、二人は

「バカ言うなよ、ビリー!」

「おまえ、ガシャドクロだぜ?!」と 動かぬので

シェムハザが取り寄せる。


「すごいじゃないか」


シェムハザとアコと共に、儂もバスを降り

ボティスに指で呼ばれ、隣に参る。


「でも 本によると、がしゃ髑髏は 創作だと... 」と

ちぃと気にかかるといった風に ジェイドが言い

朋樹が「浮世絵師の歌川国芳うたがわくによし

“忠義伝” って本から描いたんだよな」と

がしゃ髑髏らしきものから眼を離さずに答える。


「うむ。山東京伝さんとうきょうでん殿が書かれた読本

善知安方忠義伝うとうやすたかちゅうぎでん” の、源頼信の家老 大宅光国おおやけみつくに

平将門の遺児であり 妖術を操る滝夜叉姫たきやしゃひめとの

対決の場面じゃ。

読本中では、数百の骸骨が戦闘を繰り広げるのであるが

歌川殿は、“相馬の古内裏” という作に

大きな髑髏 一体のみを出現させて描いておる。

これを元に、近世作家の佐藤有文さとうありふみ殿が

“日本妖怪図鑑” に、がしゃ髑髏を登場させた」


ふむ。儂も読んだが

丑三つの刻の頃、ガシャガシャと音を立てて現れる、26尺3寸2分... 10メートル程の人喰い髑髏であり、野垂れ死にした者等の髑髏が集まってなったという。


「それだ」と、アコが指差し

「まんまだな」と、ボティスも

珈琲を飲みつつ頷いた。

創作ということなど気に掛からぬようである。


「何 気にしてんだよ、ジェイド!

いるじゃねーか、普通にぃ」

「そうだよ おまえ、今 見てるだろ?」


普通には おらぬであろうが、見てはおる。


「歌川さんと佐藤さんの情報から生まれたんだ。

それを知ったヤツらが死んで、その念が

他のヤツの念を引っ張ってんだろ」


「ああ、なるほど」

「ほう... そういった原理かもしれんな」


ジェイドが納得するのは 理解 出来たものであるが

桃太は何故であろうか?

儂等は がしゃ髑髏側であるのにのう...


がしゃ髑髏は、もう肩も出来、腕も生え

残るは頭部のみじゃ。


「しかし、“人喰い髑髏” とは。

もし丸飲みならば、飲まれた者は 地面に落ちるだけではないのか?」


シェムハザは楽しそうであるが

「人喰い... 」と、朋樹が呟き

泰河とルカが 大人しゅうなった。


「え? ヤバくね?」

「けど、今まで実害は別に... 」


「髑髏になってから喰う気 だとか?」と

アコが言い

「消化器官はない。地面に落ちるだろう?」と

シェムハザが言うが...


「魂を喰うってことだろ?

落ちるにしても、死体で落ちる」


なあ? とでも言いたげに、ボティスは儂を見下ろすが、それは ならぬのではなかろうか?


がしゃ髑髏は完成し、妖しの者等が

その足首にしがみ付いていくと

がしゃ髑髏の手に、何かが握られていく。


それは黒く艶めき

すらりと真っ直ぐ、天へ伸びていった。


「日本刀?」「黒刃だぜ」

「カッコいい... 」


感心しておる場合ではなかろう。

がしゃ髑髏は、ビュウ と刀を振り下ろした。


地面から片足を上げると、ガシャと音がし

その足が地面に着くと、またガシャリと音がした。


「移動する気か?」

「隊長、どうするのだ?」

「いやしかし、人のいないルートしか通れん。

精霊と霊、結界は完璧だ」


「山は?」


むっ! 夜行が通ったのであれば、山全体には

結界を張っておらぬということであろう。


「よし、やれ」


シェムハザは無茶を言うた。



















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