31
「何人いる?」
『208人』
広場まで出ずに、森の木の影から セミナーを見張る。
露ミカエルは 枝に登ってるけど。
朋樹と、姿を見えなくしたシェムハザが 集団の中に紛れてて、スマホに音声を送ってくる。
オレと泰河は 内容 知らねーけど、なんか 策があるみたいなんだよなぁ。
“それも状況次第となる” らしいけどー。
ジェイドは ブロンドで目立つから
ハティやパイモンと、バンガローの中で
何か起こるまで待機してる。
「“皆さん、よく お集まりくださいました”... 」
拡声器で話してるのは、グレースーツの男だ。
前のセミナーでも喋ってたヤツ。
集団と向き合って、前に立っているヤツは 六人いるけど、こないだのセミナーでは見なかったヤツもいるし、あの 闇おばさんと 赤ちゃんも、赤ちゃんを抱いてた女の人もいない。
でも クライシは、誰にでも降りれるんだもんな...
グレースーツは、調子良く喋り続けてる。
話の内容は、こないだのセミナーと同じ。
黙示録の内容に 現実の出来事を重ねてる。
「こないだと 一緒だよな」
「じゃあ、勧誘 ってことー?」
『このまま全員 感染させるのかもな』
「あり得るな。赤子がいないのが気になるが」
そうなんだよな...
大人に降りて話すより、赤ちゃんが話す方が
神秘性はあると思うしさぁ。
黙示録が終わると、レコーダーに録ってある
坊さんとか神父の話を流し出して
相槌打ったり、疑問染みた感想 言ったり。
やっぱり、前のセミナーと同じだ。
キャンプ場の駐車場の方から、バンが乗り入れてきた。
後部のスライドドアが開くと、運転席と助手席から降りた男 二人が、バンの後部入口から 地面にスロープ代わりの板を敷いて、キャスター付きの底板がある鉄柱に付けた繭の枝を 慎重に運び出して来る。
繭の枝は 二本だ。蚕とウスバアゲハ。
前に並んだ内の 一人に、急に顕れた ぼやけた何かが入った。クライシだ。
「どうする?」
「人間に憑依しているからな。
ミカエルじゃ 影響が強すぎる。
中で消滅させると、肉体も持たん」
クライシが憑依した男は、繭のひとつに触れ
拡声器を向けられて話し出す。
「... “こちらの者は、不幸に見舞われる前に
次世界を生きたい と、私に祈った者だ。
今、救いの印を付けた”」
繭が開き出す。ネットの動画で観ていた人が多かったのか、どよめくというよりも歓声に近い声が上がり出した。楽しそうなヤツもいる。
“生で見れた” って感じだ。
スマホで撮影する人も たくさんいる。
「“皆さん!これが、すべての人類に起こることなのです!
新しい身体を得て 順応するのは、全く以て 大変な試練となります!”」
グレースーツが喋りまくる間に
クライシが長い息を吐き、白い糸を吐き出して
人々を感染させていく。
『やっぱり、全部か』
「だが 当初の推測と違い、感染させることは
クライシにしか出来ないようだ。
あいつさえ 殺れば終わる」
でも、数が... 隣で 泰河が喉を鳴らした。
「すぐ消えたけどさ、今、感染した人の口からも
糸が出たように見えたぜ」
「えっ?」
「そうか... ウイルスが進化した恐れがあるな」
人から人に伝染する恐れが出て来た ってこと?
「... “ですが、救いの印があれば、そういった
次世界を生きることが出来るのです!”」
『あいつ等にも 糸は見えてないな』と
露ミカエルが言う。
あいつらって、前に立ってるグレースーツたち?
「ああ。恐らくだが、本当に人類が蝶に進化すると思っている。感染とは解っていない。
ただ、クライシと魔女契約を交わして、自分達が
アルファにするかオメガにするかの決定権を手に入れたことは解っている。
他人の命運を握れることで、“神に選ばれた” と 思っているようだな」
そうだよなぁ。
“のろわれろ” か “光あれ” の 一言で、他人を
蚕か ウスバアゲハにするかを 選べるんだし。
闇おばさんが、人を勧誘する時の顔を思い出した。
断られるまでの表情は 慈悲に満ちてたし、ウスバアゲハの人を増やそうとはしてるんだよな。
「あのさ」と、眉をしかめて 泰河が言う。
「ジャズバーで勧誘してた人さ、公園で 蚕になった人... 」
「話題を出すためと同時に、魔女たちへの見せしめだった可能性もある」と ボティスが続きを言った。
「“決定権は与えるが、勝手なことをすれば お前等も こうなる” と。
“なりたくなきゃ従え” ってことだろう」
そうか... 勧誘を断られたら、のろわれろ って
言うしかないよな。
クライシは、魔人の時から、仲間の魔人にも自分の卵を寄生させて 恐怖支配するようなヤツだった。それは変わってない ってことか。
広場の歓声が大きくなった。
縦半分の椰子の葉状の触覚を持った頭が
二つの繭から出た。
一つは白く、一つは普通の黒い頭髪に肌の色。
「人心というものは、狂信しやすくもあるが
簡単に揺れるものだ。シェムハザ」
人混みの中で、シェムハザが姿を顕した。
朋樹が派手に「えっ!」と言うと
周囲の人の眼が シェムハザに向き
そのまま視線が固定されていく。“クギヅケ” だ。
風に乗って 甘い匂いが漂ってくると、泰河が
「やっぱ怖ぇ... 」って呟いた。うん、震えるぜ。
ボティスが 短い呪文みたいのを言う。
『何したんだ?』って聞く 露ミカエルに
「一時的に憑依された男の声を奪った」と 答えた。
で、「こいつを咥えさせて琉地を入れろ」って
オレに言う。
渡されたのは、朋樹が使う
憑依した男の中に クライシを固定する気らしいけど、人形は何のためだろ?
まあ、わかんねーし、とりあえず琉地を呼んで
和紙の人形を咥えさせると
琉地は 男の口の中へ、白い煙の形になって入っていった。
二つの繭からは、腕と上半身が出てきたところ。
どうするんだよ って思ってたら
クライシが憑依した男の後ろに、黒い牡牛の顔をした魔神が立つ。
先が金になっている、カーブした長い 二本の
グリフォンの翼。ハティだ。
ハティは、魔神姿の時だと 2メートル強はある。
クライシが憑依した男は 170センチくらい。
背後に立っても、頭が全部出るくらい でかい。
軽く翼を広げると、余計に でかく見える。
シェムハザが クギヅケを解いて、甘い匂いが薄まると、拡声器を持ったままだったグレースーツが
「ヒッ」と、喉が詰まるような声を上げた。
その声に気付いた人たちが 前を向き、悲鳴を上げ出した。そりゃ 怖いだろうな...
見た目だけでも ど悪魔だけど、根源的な畏れを刺激される。
オレも 最初にハティに会った時は、マジでヤバいと思ったし。
バンガローの方から、ジェイドが 集団の方へ歩いていく。
「計画は上手くいっているようだな、クライシ」
クライシが憑依した男が、背後を振り向く。
「順調に食料は調達 出来ているようだ。
だがまだ足りん。もっと蝶を増やせ」
皮膜の翼の悪魔たちが降りて来て
鉄柱に付いた枝から、もう全身が出そうな繭を
外して、オレらの前に運んで来た。
「印を出して消せ」と ボティスに言われ
筆で印を出して、泰河が消すと
悪魔たちが姿を見えなくし、二人を
病院へ運ぶ。
広場からは大悲鳴だ。恐怖って 移りやすいよな。
どんどん伝染してるっぽい。
「パニックになってるぜ」
ジェイドが グレースーツの隣に着いて
「悪魔め」と、拡声器に声を拾わせる。
「謎のブロンドヒーローだ」って
ボティスがピアス
こいつ、そーいう映画か何か観たな...
「Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum,
benedicta tu in mulieribus, et benedictus fructus ventris tui Jesus.
Sancta Maria mater Dei, ora pro nobis peccatoribus, nunc, et in hora mortis nostrae.
Amen.」
アヴェ・マリア。魔女契約解除だ。
これで、ここにいる魔女... グレースーツたちは
アルファかオメガにする決定権を失った。
「... エクソシストめ」
「“エクソシスト”?」
「ハティ、日本に居る時は “祓魔” って言うのにな」
『祓魔 って言ったら 分かりづらいから、
分かりやすい単語で言ったんだろ。気が利く』
「ここは退くが、人類を蝶とするのは諦めん。
薄羽で ひらひらと羽ばたきながら 逃げ惑う者を狩り、空中で四肢を引き千切り 落としてやる。
一人、このまま貰うとしよう」
ハティが、親切に説明気味に言うと
シェムハザが朋樹を 背中から羽交い締めにして
黒い翼で飛んだ。また悲鳴が響く。
「琉地を出せ」って ボティスが言う。
「いいのかよ? クライシが逃げるぜ」
「構わん。今 解放すりゃ、ハティたちと退いたように見えるからな」
悪魔の仲間 っていう印象付けか...
琉地を退くと、ボティスが男の声を戻す。
男は、ハティが飛ぶと 腰を地面についた。
広場から逃げようとした人たちの周りに、地面から ドッ と 何か伸びた。... 木の根だ。
ざわざわと生えて、集団の人たちを囲む。
『誰がやってるんだ?』
「
阿鼻叫喚のパニックの中、キャンプ施設の建物の屋上から、姿を見えなくしたシェムハザが
白い天衣のようなものを着て、ふわっとしたシフォンみたいな長い布を両手に持った白尾を 縦抱きにして、ゆっくりと降りて来た。
てことは、朋樹は今、屋上にいるのか。
広場の木の根の中は、まだ大パニックだ。
いまいち気付かれてないっぽいので
「ルカ、風を吹き下ろせ」って言われて
木の根の中に突風を吹き下ろす。
“あれは?” とか “何?” と、不安そうな声が聞こえてきたけど、少しパニックは治まった。
いや、もう声も尽きて 震えてるだけかもだけど。
「白尾には、喋らんでいい と言ってある」
「なんで?」
「丁寧にしか喋らんからだ」
あぁ。皆さんこんにちは とか言いそうだもんな。
「天女様!」
ジェイドが言った。拡声器 使ってやがる。
「どうか 人々を、悪魔クライシの蝶の呪いから
お救いください!」
それ、おまえの仕事じゃね? って ちょっと思う。
だって、エクソシスト って言ってたじゃん。
「風で
あのシフォンの長い布か。芸 細かいよなぁ。
緩い風を吹かせる。
白尾は、白い狐耳の下の
黒い大きな眼で 人々を見渡して微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます