24


「ミカエル。頼むから、暴走するな」


ボティスが眉をしかめた。


『お前、何のために俺と組んだんだよ?

だいたい、なんでそう後手後手に回るんだ?』


ミカエル、イラついてきてるな...


「犠牲を最小限にするためだろ。

サンダルフォンはアバドン側だってことを忘れてないか?」


『わかってる! 俺がヘマしたってことも!

でも、サンダルフォンもアバドンも 俺の手に余るような奴じゃないぜ』


「キュべレは どうなんだ?」


『だから 目覚める前に、アバドンとサンダルフォンを 何とかすりゃいいだろ?!』


「ミカエル」と、ハティが呼ぶ。


「アバドンは斬首 出来ん。公審までは父が護る。

天でサンダルフォンを討てば、お前は 暫くの間

天に幽閉される。

その後 もし、キュべレが目覚めたとしたら

地上は どうなる?」


ミカエルは 二つ尾をテーブルに打ち付けたけど

また黙った。


「それにだ。俺等が勝手に動いているだけで

サンダルフォンは まだ、俺等を敵視している訳じゃあない。

他神話の神々を潰すために、俺等を 駒として使う予定でいるからな。

だが、お前と手を組んだと はっきり知れたら

途端に敵視するだろう。

俺等が お前と手を組む理由は、抵抗のためだと考える。

そうなれば、駒のはずの泰河が サンダルフォンの脅威に回るからだ。

まずは、お前の幽閉。その後は 使えん駒の殲滅だ。泰河だけ残せばいいからな」


「オレ、サンダルフォン側になんか... 」って

泰河が言うけど

「“使われる” んだよ。お前の意志は関係ない」と

話は切られて、泰河も また黙った。


多少 “使われる” ってことが どんなことか知ってる。 それにすら気付けない ってことも。


だから、冷静に慎重になるべきなんだよな。


「自分を責めるな。お前が頼りだ」


シェムハザが言うと

ミカエルは ふいっと テーブルから降りて

だいぶ崩れた枯れ葉の山の向こうに消えた。

帰りはしないんだ...


ボティスが、まだ狐姿の榊に眼をやると

「ふむ」って、榊がマシュマロの袋を咥えて

アンバーと枯れ葉の方へ行く。

ミカエル、狐好きだもんな。


「お前等は 30分後」って、オレと泰河に言うし

機嫌の直し方は わかってるらしい。


「手がかかるな。子どもみたいだ」


アコ。おまえには言われたくないと思うぜ。


「しかし、感染させられておる者を探して

ウイルスを死滅させれるかどうか、知っておいた方が良かろう? また蚕などにされると思うと... 」


桃太が言うと、ハティが

「現在 パイモンが、ワクチンと治療薬を作ろうと

研究しているが... 」とか言う。

残念そうなのは 気のせいだと思いたいんだぜ。

そういやパイモンて、芸術と科学が得意なんだよな。


「感染した恐れがある人なら... 」って

ジェイドが苦い顔をした。


「セミナーの話を持って来た子の親戚が入信しているようだけど、その子の両親は入信していない」


あっ!


「仁成くんの友達の子?!」


教会にいた子だ。確か、ユースケくん。

ヒロヤくんに勉強みてもらってた子。


「そう。セミナーの誘いは断ったようだけど

繭になった人たちのことを考えると

勧誘される前に、感染させられてるから

もしかしたら... と 思ったんだが」


「連絡は取れるのか?」と 朋樹が聞いて

「仁成くん経由なら、ユースケくんには」って

答えて、メッセージを入れてみる。


まだ深夜じゃないけど、もう割と遅い時間だ。

でもすぐに、メッセージは返って来た。


「“明日 ご両親と教会に来てほしい”、って

伝えてもらってくれ。何時でもいい。

出来れば、親戚の方たちも 一緒に。

“セミナーのことについて話したい” って」


ジェイドに言われた通りにメッセージを入れて

しばらく待つと “夕方 行くそうです” って

返事が返って来た。

夕方は、オレらも教会に降りて

文字が浮くかどうか見てみることにする。


「そろそろさ」って 泰河に言われて、枯れ葉の山の向こうに行くと

アンバーを頭に乗せた榊と露ミカエルが 並んで座って、マシュマロ食ってた。


「よう。もうすぐキャンプファイヤー消して

バンガローに行くぜ」


『セミナーの時、ごめんな』


泰河もオレも ちょっと笑っちまったし。

ミカエルも素直だよな。

天使とか悪魔って、ストレートな気がする。

まあ、知ってるヤツだけの話だし

べリアルとかサリエルは? って 聞かれたら

なんか違うけどさぁ。


「いいよ、あのくらいさ」

「あの蚕の人、助かったじゃん」


「ふむ。儂も そのようにある故

わからぬではない。

ボティスの呪力を失わせた折りの話や

里の結界を破った話をしておった」


ヘヴィだな、おい...

けど、口に出して 話せるようになったってことは

いいことだよな。


「オレも 獣 食っちまったし。

サリエルも噛んだぜ。で、恨まれてるしさ」


顎ヒゲに指やりながら、照れたみてーに言う

話でもねーけどなー。


「オレ、ボティスごとカーリ蹴って 呪われたしさぁ。死にかけたぜー」って

二人の前に、オレらが 胡座かくと

『バカなんだな、お前等も』って 言うけど

二つ尾を嬉しそうに振る。


『俺、天から 地上を見てると

いつも 綺麗だって思うんだ。楽園にいるのに』


露ミカエルは、碧い眼を星空に向けた。

榊も オレらも 星を見上げてみる。


『ちゃんとする。地上を愛しているから』


天使の言葉だ って 感じた。

何かが 胸に沁みる。


ミカエルは、本当に地上を愛してくれてる。

オレらが 泣いたり笑ったりして

好きに生きてる世界を。


『でもな、こうして見ると、天もいいだろ?

サンダルフォンやサリエルみたいのばかりじゃないんだぜ? 信じてほしい』


「おう」

「おまえとかアリエルもいるもんなー」


「ふむ。友になれて 嬉しくある」


榊が言うと、露ミカエルは嬉しそうに

小さく喉を鳴らした。




********




「何故 ゲートを開く?」


ミカエルは、また白い翼 背負って

降りてきちまった。露子 抱っこしてる。


「エデンからならバレないだろ?

マコノムの楽園にも エデンにも、他の天使が立ち入るには、俺の許可がいる。

“これから ちょくちょく 地上の視察に降りる” って 言っても来てるぜ。聖子に。

“オシノビで” って言ったら、“誤魔化しておく” って笑ってたぜ」


「ジェズに?!」

「よく “お忍び” って 言葉 知ってたな」


『感染するかどうか調べる』って、榊たちから

採血した血を持って、ハティが地界へ戻り

シェムハザも 一度、城へ戻った。

白尾も、川の向こうの 自分の結界内へ戻ってる。


オレらは、今は バンガロー。

バンガローは 以前、少人数用のやつしかなかったらしいんだけど、新しく 二戸だけ大人数用の物が建てられてた。まだ新しい木の匂いがする。


「それを言いに、わざわざ第七天アラボトに上がったのか?」


「別に、俺が第七天アラボトに上がるのは 普通のことだし、何も怪しまれてないぜ?

父に用はなくても、聖母や長老たちに呼ばれたりもする。

アリエルは まだ楽園にいるし。

“出てきて構わないわ” って、俺に言って

ラミーと何か話してた」


ラミー。マルコのことだ。

天使の時は、なんとラミエルだったらしい。

ミカエルが使ってるんだけど、魂の匂いをゴマカして、地界と行き来しながら第四天マコノムの楽園にいる。

天では今はラミナエルで “ラミー” だってよー。


「アリエルは、繭のこととか知ってたぜ。

“ラミーに聞いた” って」


「お前が話すべきだったが、説明が下手だからな。マルコに聞いた方が早い。

アリエルは そのためにも楽園に入ったんだろ」


「そうみたいだな。ラミーは、最近も 一度

地界に戻したし。ラファエルが “棘木とげきがいる”

っていうから、取りに行かせたんだ」


なんか、地界にしか生えない木らしい。

「トゲトゲで猛毒」って 笑ってやがるぜ。


でも、ブロンド睫毛の碧眼を ボティスに向けて

「セミナーの時、悪かった」って 謝った。

ボティスは「ふん」て 鼻 鳴らして答えて

「珈琲」って言う。


オレが コーヒー係やってる間に

泰河が、壁にフックを掛ける輪を見つけて

折り畳んであったハンモックも発見した。

アコが、狐姿の榊と浅黄、アンバーを乗せて

ちょっと揺らしてやってる。


「多少 こうして楽園を空けたって、天の時間じゃ ごく短い時間なんだぜ?

しかも サンダルフォンは最近 父の御元で、楽隊に 新曲の指揮を取ってる。

地上時間で、何日も掛かる長い曲。

キュべレの牢から、いろんな奴の眼を反らせたいんだろ」


御元で音楽を奏でるのも、サンダルフォンの仕事らしいもんな。


サンダルフォンは、キュべレが目覚めるまでは

とりあえず 事が露見しないようにする方向らしい。

奈落には、オレらも 天使も立ち入れないし

何も出来ないもんな。


キュべレの牢で眠っているのは キュべレじゃない

... って 騒げないのか を聞いたら

証拠も無く 下手に嫌疑を掛ける訳にはいかないってことだ。

キュべレが外にいる証拠がなければ、牢を開けさせる理由がない。


「ん?」と、まだ狸姿のままの桃太が 窓に近寄り、ハンモックから 榊が飛び降りる。


外から、コオ... っというような音が近付き

ドン!っと 地面が揺れた。これは...

朋樹がドアの方に向かう。


「なんだ?」


ミカエルが 露子を抱いたまま聞いて

「多分、日本神の... 」と、ボティスが

説明しようとしたら、ドアが吹き飛ばされた。


「うわっ!!」

「今、外からも音したよな?」


ドアだけ爆破された感じで、ドアだったものは

木切れになってる。粉々だ。


「須佐様... 」


黒髪のショートへア。耳には翡翠のピアス。

トゲトゲしい感じの奥二重の眼。

幾重かの細い翡翠の数珠。


はだけ気味の白い神御衣かんみそには

血飛沫ちしぶきを浴びていて

右手にある 切っ先の欠けた剣、羽々斬はばきり

血に濡れている。


月夜見の弟神、スサノオ... 建速須佐之男命たけはやすさのおのみことだ。


「どうされました?!」


榊と朋樹が、ドアが無くなった入口から

外に出ようとすると

その目の前... スサノオとの間に、天衣の遺体が

嫌な音を立てて 次々に重なり落ちた。


四人? いや、五人だ。


「小僧。禊げ」


朋樹が大祓を始めると、神御衣や剣の血が

薄れて消えていく。


「須佐様... 」


「お前が殺ったのか?

これ、軍に所属してる奴等だぜ?

サリエルの配下だけど」


榊の後ろに立ったボティスの隣から、ミカエルが覗いて言うと、スサノオは ミカエルを見て、眼に みるみると怒りを浮かべた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る