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「昨日のセミナーだけどな... 」って

疲れた顔で 朋樹が言う。


「動画サイトで配信されてるぜ」


真っ白になったアンバーを 肩に乗せたジェイドも

明るくはないツラで

「“クライシ様” は、ネットの検索ワード 一位だ」って、テーブルにコーヒーを置いた。


今は昼過ぎ。ジェイドん家。


スマホで検索して 動画 観たら

ステージで 二つの繭から羽化するシーンから

ミカエルの登場までが配信されてた。


蚕の人が落ちるとこも、ウスバアゲハの人が翔んでいるとこも。クライシが話すとこも。


ただ、ミカエルは映ってないし、声も録れてない。

エデンのゲートが開いて ミカエルが戻るまでは、画面は真っ白になってた。


動画のコメント欄には

“作り物にしたらレベル高い!” とか

“飛ぶとこ ワイヤー? 見えないよね”

“修正してんだろ” とか、ほとんどは信じてない。

ま、そりゃそーだよな。


「大丈夫じゃねーのー?」

「混乱とかには なりそうにないよな」って

泰河と言ってたら

「どこかで繭が見付からん限りはな」って

ボティスが言った。


「猫たちだけでなく、六山にも通達を出し

繭探しを手伝ってもらっているが

数が多い場合や、屋内の場合だと対処が遅れるからな。見付かる恐れはある」


ああ、そりゃなぁ...


「繭になる前に、見分ける方法ってないのか?」って、泰河が聞いたら

「今 ハティとパイモンが、採取した繭の 一部から

調べている」ってことだ。


「実際に蚕になった者から生体検査した方が早いが、すぐに人に戻さんと 死ぬ恐れがあるからな」


「じゃあさぁ、あのウスバアゲハの人は?」


「クライシの元にいるだろう。広告塔だ。

拐うには準備が要る。

ミカエルは天に戻ったのか?」


「おう」

「さっきなー」


ミカエルは、ついさっきまで 一緒にいた。


カフェから、ボティスに電話したら

『まだ話している。明日 教会』って 切られて

ミカエルは帰る雰囲気なかったし

けど、露子に降りてるから 入れる店も少ねーし。


オレん家 行くか? ってなって

コンビニでいろいろ買い込んで、家に帰ると

ミカエルは『ちょっと待ってろよ』って

露子から抜けると、またエデンのゲート 開きやがって

白い翼 背負って、オレん家の裏庭に降りた。


「これで お前とも遊べるな」って

露子の額にキスして、ソファーに座る。


「露、巫女だけどさ、ミカエルたちから見たら

悪魔なんじゃねーの?」って、泰河が聞いたら

「アリエルが加護を授けてるし、俺等が攻撃する意志がなければ、影響はない」って ことらしい。


「堕天使系より、動物系はデリケートだから

注意は必要になるけどな」って 言うから

「榊は? ボティスの女」って 聞いてみると

「あの狐は 元々 強い上に、耐性つけただろ?

攻撃されなければ心配ないぜ」って言うし

なんか安心した。


それからは、ワイン飲んで

「テレビってやつ観たい」って 言うから

テレビ点けて、観ながら 天の話 聞いたり。

聞かれるまま、オレらに わかる範囲で地上の話したり。


「なあ。お前等って、恋をしたことがあるんだよな? お前って、リラに恋してるんだし」


ミカエルは、膝の露を撫でながら

唐突に言った。


「あ、おう... 」

「うん、まあ... 」


「それって、どういう気分になる?」


これは...  と、泰河と眼を合わせる。


「俺は 父を愛しているし、地上も愛している。

でも、それとは違うんだろ?

シェムハザたちは、人間と恋をして堕ちたし

バラキエルには狐がいる。

ルシフェルの 父に対する想いは違うけど

何か、近いものはある気がするんだよな」


「誰も、好きになったことが ないってこと?」


「恋ってやつはない」


「でもミカエルって、モテるんじゃねーの?」


「ああ、強いから? 憧れってことだろ?」


おお、言い放ちやがった。何も嫌味はないけど。

第三者から見た事実を言ってる って感じ。


「下級天使には、恋するって感情はないぜ。

炎から生み出されるから、生殖しないし」


「じゃあ、知らなくていいんじゃねぇの?」って

それ言ったら話 終わるじゃんってことを

泰河が返す。


「でも、気になるだろ?

バラキエルのあんな表情かお見たことないぜ?

お前も、つらそうなのに幸せそうだし」


“幸せそう” か。


確かに。ここに リラはいないし、痛いとかツライとかは また別として、誰にも恋していない時とは違って、潤いみたいなものはある。

胸の中に何もない って訳じゃない。


それが、熱くなったり冷たくなったり

刺々しくなったり、甘くなったりするっぽい。

たまに、ため息になる。


けど、ムズカシイよなぁ。

オレと泰河に聞くようなことじゃない気するしさぁ。


「じゃあさ、ボティスとかシェムハザに聞いてみたら?」


「もう聞いた。

“知るか” と “内から生じるものだ” っていうのが答えだ」


「おお! それだと思うぜ!

ボティスじゃない方!」

「そ! 心が発生する感じ! 芽吹き的な!」


「芽吹き か... 」


ミカエルは、なんとなくイメージ出来たみたいだ。


「けどそれ、まず “かわいい” って思ってからじゃね?」

「じわじわ そうなってく時もあるしな。

“気づいたら” みたいなやつ」

「おまえ、気づかねーじゃん」

「そう、“わからん” って時もあるしさ... 」


「その “わからん” だって、俺の “わからん” とは

違うんだろ? プリン食いたい」


冷蔵庫から コンビニプリン 三つ出して

テーブルに置く。

露子には、刺身配りした時に買った 猫レトルト。


「うん、自分の気持ちがわからん って感じ。

けど、わからんって時は、恋に落ちちゃいないって気がするぜ。恋にならないで終了の時もある」


恋に落ちる。これほど泰河っぽくない言葉って

他にあんのかよ って思う。


いうかさ、泰河は流されて気づいてないけど

今、オレら

語ってる内容が似合わん過ぎて 気色悪いぜ。

思春期的じゃね?

オレ 語ったことないしさぁ、こういうやつ。


「ミカエルは、“恋知らず” なんだよな。

天使の大半が そうなんだろうけどさ。

でも いつかは、わからねぇじゃねぇか」


「うーん... 」


ミカエルは、ブロンドの眉を ちょっと ひそめて

同じブロンドの睫毛で、一度 まばたきした。

スプーンの上のプリン見つめてて、泰河が ちょっと笑う。


恋に憧れる天使って何だよ?

こいつ、あのミカエルなのに って思ったら

なんか かわいい気がして

「そ。まだ わかんねーじゃん」って

オレも笑った。


それで、明け方まで また話して

オレらが寝てからも、ミカエルは露子 膝に置いて

マシュマロ食いながら DVDとか観ててさぁ。


オレらが起きると、一緒に コーヒー飲んでから

『また来るからな』って、露子にキスして

裏庭のゲートから帰って行った。



「それでさ、憑依か転生かは わかったのか?」


コーヒー飲んで、熱 って顔して 泰河が聞く。


床に座って、テーブルに乗せたアンバーに キューブチーズを剥いてやりながら、ジェイドが朋樹に眼をやる。


「見たところ、憑依だ」と、朋樹が答えるし

「よかったじゃん」って オレが言って

「転生だとキツかったよな。赤ちゃんは殺れねぇしさ。早く剥がさねぇとな」って、泰河がホッとして言うけど

「そう単純じゃないようだがな」と

ボティスが ピアスをはじいた。


「最初に、女の人に抱かれて ステージに出て来た時は、転生だと思ったんだ。

何も憑いてなかったからな。

もしかしたら、赤ちゃんにマイク向けて、録音音声でも流すのか と 思ったしな」


「憑いてなかった って、本当かよ?」


「赤ちゃんは... いや オレは遠かったから よく見えなかったんだけど、シェムハザが言うには、赤ちゃんは寝てたみたいなんだ。

それでな、グレースーツの男がマイクを向けた時に、赤ちゃんに何かが憑いた」


「えっ? じゃあ、普通の憑依って訳じゃないってこと?」

「憑いたり出たりしてる ってことか?」


「そうみたいだな。必要な時だけ憑いてる」


なら、赤ちゃんを連れて来ても

中にいなければ 祓えない ってことか...


「その場合、どうするんだよ?」


「見つけて祓うしかないけど、その方法だよな。

場所に憑いてるんでもないしな。

シェムハザが言うには “急に顕れた” らしいしよ。

ハティとか、シェムハザみたいに」


「蔵石が、魔人まびとから悪魔になった ってこと?」


「そういうことだろ。奈落に落ちたんだしな」


悪魔なら、ジェイドが祓って地界送りにするか

ゾイが滅してしまうか だけど

人に憑いてなければ、それも難しいよな。


「べリアルなら、憑いた時に その身体から出れんように 魂を縛れるが、赤子だと 祓魔の儀式に耐えれるとは思えんからな」


ボティスが コーヒー飲みながら言うと

泰河が嫌な顔をした。


べリアルは、サリエルが 乗っ取った

リラの身体から出られないように 術を掛けたけど

泰河は、そのことを話したがらない。


「無理だろうね。成人だってキツいんだ。

赤ちゃんの身体に クライシを縛るべきじゃない。

何か違う方法を考えないと」


ジェイドが言うと、ボティスが

空のコーヒーカップを オレに出しながら

「そもそも、同じ肉体に魂を 二つ結び付けるだけでも負担になるからな。

下手すると、赤子の魂の方が召される」とか

ダメだろそれ ってことを付け足した。

べリアルは却下だよなぁ。


で、コーヒーお代わりかよ。

仕方なくソファーを立つ。


「ゾイやミカエルなら、赤ちゃんに負担を掛けずに 祓ってしまえるんじゃないのか?」


「憑依された赤子も、悪魔と見なされなければな」


マジか...

そういや、沙耶さんが寄生された時、身籠らせられたかと思って そういう話したよな。

身籠った方も悪魔と見なされる場合がある って。


「幽体で捉えちまうのが 一番いい ってことになるのか?」


「そういうことになるが、憑依していない間

奈落に隠れられてりゃ、それも難しくなるがな」


ハティたちで言えば、地界に戻ってる時に捕まえるってことだもんな... オレらには無理あるよな。

とは言え、ハティでも奈落には入れないし。


「珈琲」

「わかったって、もう!」


カップ持って、キッチンに入ったら

ジェイドのスマホが鳴った。


「竜胆だ」

「ルカの妹だろ? まだ学校じゃないのか?」


何っ?! リン...

なんでオレに かけねーんだよ...


「どうした?」って、ジェイドが 優しげな声で電話に出てる。

なんだよ、いいアニキぶりやがってさぁ。

リンに甘いんだよな、こいつ。


だいたいさぁ、イタリアの男って 女の子に親切過ぎるよなー。まあ、ジェイドは 半分アメリカだし

オレも 半分はイタリアなんだけどー。


「... すぐ行く。僕からも学校に連絡するけど

竜胆からも、“前に学校で祓い仕事した神父が行く” って、伝えといてくれ」


あ? これ...

ボティスが眉をしかめて、泰河と朋樹がソファーから立つ。


ジェイドは、スマホ 仕舞いながら

「竜胆の学校に繭が出た」と

アンバーを肩に乗せて、玄関に向かった。

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