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「“白い”っ ?! 何がだよ?! 顔かよ?!」

「うるせぇ って言ってんだろ!」


イライラしやがってるボティスに 鼻 はじかれて

痛ぇし! ちきしょう!


「顔だ。顔が白い... 」「ちゃんと 口はある」


泰河と朋樹が ちょっと笑って、ジェイドは

「頑張れ、アンバー!」って 指 組んでやがる。

シェムハザが「可愛い... 」って ぼそっと言った。

うわ、くそ! 見たいぜー!!


ボティスが無言で、くるっと かまくらの入口を こっちに向けた。良し、なかなかだ!

肘掛けから ボティスの肩に腕 掛けて、寄りかかって 中を覗く。


あっ! 白い...


アンバーは 繭から頭だけ出し、瞼は閉じたままで

いやいやするように ひらひら耳を振ってる。

出ようとしてるんだな...  かわいい...


「ボティス、お前... 」


泰河と朋樹は、オレらの後ろに移動したけど

シェムハザが静かに凄んだ。


「ルカ、ライブ映像を 榊に送れ」


「あっ、そーじゃん! 榊、見たいよな!」


スマホを出すと、シェムハザは ますますムッとしたけど、“榊” って言われたら 何も言えねーし。


『むっ!』


スマホの向こうで、榊は切れ長の眼を見開いた。


『もう、そのように... 』


浅黄にスマホを持たせたまま、口元を緋色の着物で覆って、じっと見ている。


「片手が出たぞ」「手の形は 一緒だ」

「翼が引っ掛かっているんじゃないのか?」


ジェイドが 手を伸ばし掛けたけど

『むっ、こらえよ。見守るが良い』って

榊に言われて、また指 組んでる。


「あっ!」


突然 つるり と、アンバーが繭から出た。

うん、生まれた感ある。全身 真っ白。


『おおお... 』


泣いてるぜ 榊。


「タオルを」「何をしている?」

「タオルなんかねぇし!」

「ディル! 清潔なタオルを!」


シェムハザの手に乗ったタオルを、ジェイドが 猫かまくらの前に敷くと、アンバーは瞼を開いた。

眼は 琥珀のままだ。

ジェイドを見ると、嬉しそうに「キッ」って言った。 なんだよ、なんか泣きそうなんだけど...


這うように、よたよたタオルの上に来て座ると

濡れた身体を猫みたいにグルーミングしてる。


「乾かしてる」「うん、乾かしてるな」


眼にアンバーを映したまま、ジェイドが背凭れに

背をつけた。安堵の顔してやがるし。


「な、頭から背中に うっすら毛が生えてねぇ?」


まだ乗り出して見ていた 泰河が言うと

『むっ、見せよ!』って、榊が画面一杯になった。浅黄、かわいそうだよなぁ。


「本当だ!」『かわいくある!』

たてがみみたいな毛が、頭から皮膜の翼の間に 一直線に生えてるし! よく見ると、身体も顔も短い毛が生えてるんだぜ!


ふう、と 軽い息をついたシェムハザが.猫かまくらをテーブルから降ろして コーヒーを取り寄せてくれた。

もう アンバーは どこからでも見えるし、泰河と朋樹も ソファーの向かいに移動してる。


「いつまで 腕を掛けている?」


あっ、肩に寄りかかりっぱなしだったぜ。

至近距離にゴールドの眼がある。

油断したのか、急に リラが灰になった日の夜を

思い出した。この眼を見たことも。


ボティスは無言で、また オレの鼻 弾いたけど

たぶん、顔つきは変わってたと思う。


「痛ぇし」って言ったら、逆に オレの肩に腕かけやがる。ボティスは スマホを取ると、榊に

「明日は、お前がアンバーをみとけ」って言って

『ふむ!』って、喜ばせた。


アンバーは、すっかり乾くと

背中の皮膜の翼を広げて、はたはた動かした。


「おいで」って、麗しい笑顔で呼ぶジェイドの手に、やっぱり よれよれと飛んで着地する。


「アンバー、よく無事で... 」


額にキスしてやがるぜ。


「空腹なんじゃないか?」って、シェムハザが

クリームチーズのフリットとか 生クリームたっぷりのカップを取り寄せると、アンバーは やっぱり顔をうずめた。


「で、何か変わったのか?

ひらひら耳も丸い腹も そのままだ」

「色だろ。激しく変わっている」

「毛も生えたじゃねーか」

「そう! ふわふわしているんだ!」


... うん! 無事だったし、いいんじゃね?


喚び忘れてたハティを喚ぶと、真顔で無言だぜ。

オレが ソファー譲ったら、座って

ボティスとシェムハザに 圧 加えてやがる。

オレ、黙っとこ。


で、“繭を出たら喚べ” って言ってた パイモンも喚ぶ。


「シェアアオ... 」

「パイモン」「吠えるな」


「おお、白くなったな!」って ゴキゲンだけど

防音措置とった方がいいよなぁ。


「それで、色とたてがみ以外に変化はないのか?」


まだフリット食ってるアンバーを 両手に乗せて

パイモンが聞く。


「まだ何もわからないんだ」と、ジェイドが答え

「飲み物は?」と 朋樹が聞くと

「今度は、お前が飲みたいものを」と、朋樹に

笑顔で、深いブラウンの眼を向けた。

男だけど 美人だよなぁ。吠えるけどさぁ。


「うん? どこか行きたいのか?」


パイモンの両手の上で、くるっと方向転換した

アンバーは、一度 テーブルに降りて

猫背気味に ぽちぽち歩き、床に置いた 猫かまくらに入って行った。


かまくらから 繭を引っ張り出して、重そうに持って よれよれ飛んでる。軽いと思うけど。

ジェイドの膝に着地すると、繭を触り出した。


「糸を挽く気か? もう お前が出た後だ。

糸口はれているだろう?」と、パイモンが

朋樹から ウォッカのグラスを受け取りながら言ってる。


一口 飲んで「美味い。どこのだ?」と 朋樹に聞いて、「ウクライナ」と朋樹が答えると

「覚えておこう。お前も飲め」と、また明るく笑った。


「吠えずに 女なら、引く手 数多あまただろうに... 」

「ああ、まったくだ」

みんな思うことは同じみたいだよなぁ。

惜しいぜ、パイモン。


アンバーは 真剣だ。

自分が出た繭の出口の穴を伸ばして、ジェイドの膝に繭を置いたまま、よれよれとキッチンの方へ飛んでいった。


ジェイドと オレが追うと、まだ新品の深鍋を棚から取り出そうとした。重いから ジェイドが取る。

パスタくらい作れるようにしとこう と、ジェイドが買ったものだ。


「これは本当に、糸を紡ごうとしているようだ」


インプって、糸 紡ぐの得意らしいんだよな。


鍋に沸かした湯に、繭を突っ込んで

蓋をして寝かせてる間に、人肌より温か目の湯を

ボウルに用意する。


箸で取った、ふやけた繭を入れると

アンバーが両手で たふたふ触って

「キッ」と、繭を取り出した。


「あれ?」


繭には、うっすらと色がついているけど

何色か 上手く形容できない。

いろいろな薄い色が混ざっているように見える。


「糸車がいるな。ディル、小さめのものを」


糸車 取り寄せやがった...  やたら小さいけど。

木製の車輪みたいなものが付いてて、テーブルに置くタイプの物みたいだ。


ボウルに張り替えた ぬるま湯に繭を入れて

アンバーとテーブルに設置された糸車の前に行くと、アンバーは 繭から糸を引き出して 糸車に通し、糸を紡ぎ出した。


「すげぇな... 」「職人芸だ」


糸は、ごく薄く色付いていて

赤からオレンジ、黄色、黄緑、緑、水色、藍、紫、赤... と、七色糸だ。


「素晴らしい」


ハティだぜ。めずらしくね?

アンバーの仕事にも 糸にも感心してやがる。


「すっかり糸になったら、もう 一度 煮るんだ。

糊の成分を落としきらないと、糸が固くなる」


ウォッカを飲みながら パイモンが言う。


手際よく糸を紡ぎ終えたアンバーに

「シェムハザ、褒美に甘いリキュールを」と

また明るく笑った。


糸車から外した糸を 湯に浸す作業は、当然のようにオレと泰河が命じられた。

ジェイドに手を洗われたアンバーは、テーブルで バニラアイスにチョコリキュールがかかったデザートを スプーンでもらいながら、ちっこい鉤爪の手で 額を拭くようなしぐさをしている。

生意気だぜー。


「繭といえば、つい先程の話だが... 」って

シェムハザが パイモンに、公園での話をする。


「早速、奈落から ってことか。オメガとはな。

そのクライシという者だが、魔人だったのか?」


「そうだ。蟲 吐いて、寄生もさせやがる」


「赤子に憑依するとは。卑劣だ。

奈落からは 他には?」


「まだ情報はない」


「そうか。まあ、下手に動くと 事を大きくするからな。目立たずに始末していくことだ」


「なんで?」って、オレが聞いたら

「アバドン絡みだからだ」って

ぺしっと簡単に返された。


「アバドンは 天から、眠ったキュべレを預かっているが、まだ動きようは決めていない。

父のめいが下らなければ、目覚めたキュべレに従うこととなる。

奈落から、クライシ含む幾らかのいなごを排出したのは、天に向けてキュべレを受け取ったという

サインでもあるが、蝗等に地上の様子を伺わせるためでもある。

派手に蝗をやると、アバドンに はっきりと “敵対するもの” と 見なされるだろう」


そうか。キュべレのことは、サンダルフォンがやってることたから、聖父のめいは下らない。

アバドンは、キュべレを “底無し淵の王” として 立てて従う。


もし、イナゴ... クライシや、奈落から這い出した

他のヤツらを 派手にやっちまったとして

やったのがオレらなら、泰河やボティスを

ハティやシェムハザなら、皇帝を

アバドンが敵だと見なす ってことか...


いずれ そうなるにしても、キュべレが起きる前から敵対するのは避けたいよな。

狙われることになる ってことだしさぁ。


アバドンが まだ、クライシに オレらを殺れとか、

泰河を手に落とせとか めいを出してないから

クライシは オレらに ちょっかい出してこないのかもな。


ただ、サンダルフォンは、泰河を何かに利用したいんだから、キュべレが目覚めても その辺は考慮するはずだよな。

泰河が危なければ 擁護する と思う。


じゃあ、地上掌握って何だ?


人間なんか、力で捩じ伏せれば 簡単に掌握 出来る。

アバドンと皇帝に、潰し合いさせたって、地上掌握には繋がらない。


そもそも、サンダルフォンは

ハティは使いたがってるけど、皇帝には出てきて欲しくない ってふしがある。


なら、泰河と、ハティと地界の軍と ボティスに統率させた 守護天使の軍、キュべレとアバドンを使って、何に敵対するんだ?


「なあ、サンダルフォンの地上掌握ってさ... 」と

聞きながら、朋樹が眼に止まった。


オレを見て、パイモンが

「“気付き” だな。そう。視野を外へ拡げろ」って

言う。


敵対するものは、きっと 天使や悪魔じゃない。

そうだ... これは “黙示録” なんだ。

印があれば、救われる。


「地上に於ける 異教徒や異教の神の排除... ?」


「よく出来た!」と、パイモンが笑い

「まだ推測上ではあるが」と、ハティが頷いた。



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