ナポリを見てから死ね! 3


公園を出ると、気分を紛らわせてから帰ろうと

またバールに寄る。

この辺りって、夜は そのくらいしかないんだよな。コンビニも見掛けない。


「あれが、オモ・ネロだとしても

オレが式鬼で撃退するから、心配すんなよ」


... と、言ってみても、怖いよな。

小さい頃 見たヤツを見る とか

そいつが、昔見たそのまま だとか。


怖いと思って見た記憶は、改編されてる場合が多い。特に小さい頃だと、イメージも付与される。


でもヒスイは、大人になった今 見て

あいつだ って言った。似てる、とかじゃなくて

そのままだと。


ちょうど、その話をしてたからだろうと思ったが

歩き方を見てから言ったんだよな。


さっき公園では、オレが ゴミ捨てに行った時

急に 前に現れたらしい。

影に気付いたら、もう立っていた と。


公園の奥にいたのか と思ったが

それにしても、近づくのはわかるはずだ。

オレらが座ってたベンチは、公園を少し奥に入ったとこにあるけど、前は開けているし

入り口も奥の方も見える。

外灯も多いから、公園に暗い場所はない。


「最初は、ただ驚いたの。“どこから来たの?” って。“遊びに行かないか?” って言ってきたわ。

“いいえ、一人じゃないの。彼といるのよ” って

断りながら、どこかで見たことがある って思ったの」


すぐに、山で会ったヤツだと思わなかったのは

小さい頃に 山で見た時は、怖くて

なるべく見ないようにしていたらしい。

横顔は見たようだが、後は後ろ姿を見て

木の影で泣きながら震えていたようだ。


「山で、ジェイドが

“離れて行ってる。今だ!” って 手を引かれて

走る時に、振り向いてしまって

オモ・ネロが 歩いていく後ろ姿を見たのよ。

同じ歩き方だったわ。つまり... 」


また怯え出したから「見たよ」と答えて

先を言わせないようにした。


容姿の改編はまだしも、子供の時は

歩き方まで 自分の想像で作らない気がする。


「子供の時、山で見てから

今までは ずっと見てなかった?

つまり、再会したのは さっきだけか?」


「ええ。間には 一度もなかったわ。

ねぇ、あなたが言う “シキ” って何なの?」


そうか、見せたことがない。必要がなかった。


ジャケットのポケットから、小さい札 出して

息を吹くと、それは青い蝶になる。

ひらひらと翔び、ヒスイの胸に融けた。


「素敵だわ」


ヒスイは胸に手を当てて笑顔になった。

シェムハザのことを綺麗だと言った時の眼だ。

うん。何かに納得する。


落ち着いたようなので「帰るか」と バールを出て

「そうだ。式鬼には ゾイもいる」と ゾイを喚ぶ。


「朋樹。何かあった?

まだ沙耶夏の店の 開店準備中なんだけど」


何もなさそうなのに喚びつけたのか? って

言いたげに出現したが、ヒスイを認めると

「こんばんは、はじめまして」と 笑顔になった。


「イタリアに恋人がいる って 話は聞いてた。

ジェイドの妹だね? 綺麗なひと」


ヒスイも挨拶するけど、ゾイを じっと見る。


「中身は天使なんだ。身体は悪魔」


「男性、よね?」


そうなんだよな。

見た目は細身の男だ。額や頬の形も肩幅も。

鎖骨にかかる黒髪は、最近 軽く巻いてウェーブがかっているが、沙耶ちゃんの仕業らしい。

背も オレよりちょっとある。


ゾイは、グレーの眼をオレに向けた後に

ヒスイに向けて

「中身は女型の天使だよ」と答えた。


「あなたの式鬼って、どういうことなの?」


ヒスイは 上瞼の両端と下瞼を チェリーの色に縁取った眼を少し細くしかめて、オレを見る。


「式鬼契約した」


わからないよな。狡い答え方だ。


「仕事仲間だよ」と

ゾイが オレをフォローする。


「私は、この身体の悪魔を使って

朋樹たちを呪殺させようとした。天使のめいでね。

悪魔の魂が死神に獲られて、私の魂と この身体が

結び付いた。

本当なら、始末されても おかしくなかった。

朋樹に救われたんだよ」


ゾイが説明するのを聞いていて

オレは また恥ずかしくなった。

違う。天使の式鬼が欲しかっただけだ。

救ってなんかない。結果的にそうなっただけだ。


「天使の命令で、呪殺?」


ヒスイは それにも驚いたようだが

「“助けてやるから” って言って、彼女を利用してるってことなの?」と、確認する。


「う ん、そうなるよな... 」


チェリーが縁取る亜麻色の眼が、オレを蔑む。

やばい。何が やばいかって、オレは 今になって

自分がゾイにしてることに気付いた ってことだ。


「違うよ」


ゾイは 両手を広げて言った。


「私は、自分で考えることをして生きてる。

選んで ここにいるんだよ。

仕事の時に、上司の命を聞くのは普通のこと。

普段は 沙耶夏の店でアルバイトしてるし

ハティと本を読んで学習してる。

とても充実してるよ。しあわせだってわかる」


ヒスイは、少し眼を緩めたが

オレはダメだ。益々 恥ずかしい。


「衣類だって、朋樹がくれたものだよ。

この靴なんて新品だった。

“気に入らなかったのに買った” って。

気に入らないものなんて買わないのに」


これは、違う恥ずかしい って感じだ。


「いや、買ったけど気に入らなかった... 」と

もごもご言い返す。


「... 優しいのね」


今度は、変な感じの褒め方だ。

“ふうん。女性よね、この人” っていうような

含みがある。


利用もダメ、親切にしてもダメ。

どうすりゃいいんだよ?


「もしかして、私の中身が女性だから

何か気にしてる?」


ゾイ...  逆撫さかなでしそうなことはやめてくれ...


「私は普段、沙耶夏と暮らしてる。

部屋は、沙耶夏の弟の部屋を借りてる。

ついでに言えば、朋樹は素敵だけど 好みじゃない」


なんだろう。自分の式鬼にバッサリやられてる。


「これまで、誰かを好ましく思ったこともない。

私は下級天使だったしね。そういう考えに

... 考えというのは おかしい表現だけど

とにかく、そういう気持ちに及んだことはない。

人間とは造りが違うからね。

今もそう。みんな大好きだけど」


ヒスイは落ち着いてきた。


「誰も、あなたに失礼な態度を取ってない?

ジェイドはどう?」


「取ってないよ。沙耶夏がさせないし。

ジェイドとは沙耶夏の店で、福音の言葉について

話し合ったりする。

もっと教会に来るように言われてるよ。

ジェイドは素敵だ」


お? と、つい見ると

「だから、そうじゃないよ。

ハティもボティスも榊も素敵だ」と言う。

泰河とルカは出ねぇな。


「性別のことで混乱させてしまっているようだし

私自身も最初は違いに戸惑った。

だけど、身体にも順応し始めてる。

どちらでもあるし、どちらでもない。

天使でも悪魔でもない。一人のひと って感じ」


ヒスイは ゾイが式鬼だということについて

多少は納得したように見える。


「そう、だから もし何かあったら

“ゾイ” と呼んでくれたらいい。

沙耶夏も榊も護る。ヒスイも護る」


そうそう、と オレも頷くと

「だけど、あなただって女性よ。

あなたを護る人はいるの?」と 聞き出した。


「こいつ、強いぜ」


「うん。上級天使以外は心配いらない。

正直なことを言えば、朋樹より強い」


ゾイと眼を合わせると、ハティみたいに軽く両腕上げて、肩 竦めやがった。ヤロウ...


「だけど 危険な時に、同じ女性を喚ぶなんて... 」と、まだ何か しっくりきてない ヒスイに

「どちらでもない。

だいたい、私が女性に見える?」と

何故か ヒスイの手首を取って、ぐいっと強く引っ張った。


「おい!」


ゾイは、よろけたヒスイを支えて

ヒスイの背中から、両肩と腰に自分の腕を巻いて

抱き締める... というか、拘束した。


「私は、ヒスイ程 細くない。力もある。

腕を抜けられないよね?」


「ゾイ、放せ!」


耳元で話しやがって!


ゾイは “わかってる” って眼を オレに向けて

もう 一度「抜けられないよね?」と

ヒスイに聞いた。


ヒスイが、ぎこちなく頷くと

「面倒な事は考えないでいい。

護るのは好き。私は元天使だから。

危険を感じたらすぐ喚ぶこと。小さくても。

わかった?」と、確認する。


また頷くと「じゃあ、返してあげる」と

腕を解き、オレに笑って消えた。




********




「今日は、驚くことばかりだったわ... 」

「だろうな」


シャワー浴びて、ヒスイの部屋だ。


オレンジフレーバーの水飲みながら

ベッドに胡座かいて、並んで話す。


しかし、ゾイ。あいつ...

油断ならんよな。沙耶ちゃんは大丈夫なのか?


「ゾイは、本当に どちらでもないのね。

腕を回されてわかったわ」


「えっ? なんで?」


的には、ヒスイが他の男に

後ろから抱き締められている という

胸クソ悪い画でしかなかった。


「そうね、どうしてかしら?

腕の形や 背中に当たる胸は、男の人なの。

だけど、やっぱり男の人じゃないの。

しっかりと女の子でもないんだけど」


「へぇ... 不思議だな、なんか」


「あなたも ゾイを抱き締めてみたら わかるわ」


「いや、気持ち悪いこと言うなよ... 」


もういい。脱がせにかかる。

オレが腕を回したいのはゾイじゃない。


シェムハザやゾイには、ヒスイのことを

単純に紹介したかったけど

何かの危険から護るためにも、やっぱり会わせるべきだ。それが今日だっただけ。


シェムハザへの反応は仕方ない。

冷静になって考えれば、ヒスイの反応は

下手すると薄い方だ。ホッとする。

オラウータンだしよ。


でも、ゾイ。... どっちでもない?

オレは男にしか見えなかった。


「急ね」

「悪いか?」

「あなたは脱がないの?」


... 一方的に 下着剥ぐのもな。

シャツ脱ぐ。


「また妬いたの?」

「そうだよ。意外と妬くよな。初めて知ったぜ」

「怒ったままなの?」

「おまえが脱げば 機嫌 直るぜ」


ちょっと笑われて、つられて笑う。


「あなたは素敵よ」

「そう? 終わった後にも言わせるよ。

覚えとけよ」


部屋着の下脱ぎながら言うと

「いつも思ってるわ」って

サイドテーブルから 水 取って飲み出した。


電気 消して、ヒスイの手から

水の瓶をサイドテーブルに戻すと

壁に凭れて、膝にヒスイを乗せる。


半分 開けたままのカーテンの向こうの街灯が

白い肌を浮き立たせる。


「あなたに妬かれたの、初めてだわ」


背中に手を回して下着落としても、まだ

「私だって、いつも心配なのよ。

あなたは とても... 」と、くちびるを動かす。


見てるのもいい。頭では そう思う。


「おまえ、まだ喋る?」


でも こうして、塞ぐのもいい。












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