犬神 7
「よう、クソ野郎」
大神様が押さえる男を、ボティスが
しゃがみ込んで 見下しておる。
洒落っ気の無い男は、泰河等と同年代に見えるが
実際は もう少し若くあるのかも知れぬ。
シェムハザが儂の肩を抱き
「榊、珈琲でも飲みに行くか?」と言うが
「邪魔せぬ故」と答え、共におることにした。
「胸に穴が空いてるじゃあないか。
セクシーだ。シアンに溶かされたな。
犬の首を刈って、どうやら神を気取っていたようだが、一気に転落する気分はどうだ?」
男は、何が何かわかっておらぬようで
口をパクパクと動かし、眼も
大神様が、男の眼にも
自らの姿が見えるようにされると
男は大変に混乱したようで、散々に首を振り
出せぬ声で叫ぼうとした。
「どうした? 犬は好きだろ?
普通なら見ることすら叶わんオオガミサマだ。
これから お前を、余すこと無く食べられる。
お前が犬にしたように、自分の頸椎が折れる音を聞く。腕や脚の大部分を失った後にだ」
男の眼がボティスに向き、許しを訴えておるが
ボティスは無表情に男を見下ろし
「お前に聞きたいことは 二つだ。
質問の答えのみ、発言を許可する」と言い
異国の言葉で呪を唱えた。
途端に男が「助けて!」と叫び出すと
大神様が、押さえる前足に力を入れられた。
パキリと肋骨が折れる音がし
儂は つい瞼を閉じた。
「さて、まず 一つ目の質問は
「わっ、わから ない」
男は答えて咳き込み、歯を血で染めた。
内蔵の
「解らんだと? 何を言っている?
まあ、お前が死にゃあ済むか」
男は、震え上がって首を横に振った。
... 実際に知らぬのでは なかろうか?
憑いたものは祓えるようではあるが
儂は、解消法など 聞いた事はない。
それがあるのであれば、代々受け継ぐなどするまい。
「これが 本体なんだろ?」
ボティスは、半分溶けた犬の首を
男の目の前に出した。
「ほんとうに、知らな いんだ!」
犬の首から眼を逸らし、ガクガクと震えながら
男は「俺は、俺を
話し出したが、ボティスは
「俺は お前に理由など聞いていない」と
感情の無き ゴオルドの眼で見下ろす。
「お前の人生や都合など、どうでもいいからな。
俺は、
本来ならば、散らかしたオカタヅケは
本人がやるはずだが、お前は これから喰われる。
心優しい俺が 代わりにやってやる と言っている。
もう 一度 言わせたら、今 片腕を失う」
男は、犬の首を ちらと見て
「... 行け!」と ひとこと言うた。
犬の首から、白黒の
大神様が、男の片腕を噛み千切って投げられた。
男は絶叫したが、途中でボティスが声を奪う。
「成る程。“どうせ死ぬなら他人も巻き込もう” と
いう訳か。お前の考えそうなことだ。
“何故俺だけが” と、身勝手な怒りでも感じたんだろ? だが お前だけだ。
何故なら 今、俺が決めたからな。
オカタヅケ
もうひとつには答えろ。いいか?
質問は、この犬の名前だ」
玉の汗を滲ませながら
男は ボティスに眼を上げた。
もう 一度「答えろ」と 命じると
男は「さん」と言うた。
黙って見下ろすボティスに
「数字」と、薄く笑うて言う。
... 三、で あろうか?
ボティスは立ち上がり
「シェムハザ、シアンに さっきの褒美を」と言い
こちらに歩いてくる。
「“
シェムハザが シアンを喚ぶ。
大神様の顔が
********
教会から少し先にある コンビニの店内で
商品の食品などを食べ始めた女が捕まり、暴れておった。
男二人が取り押さえても利かぬ程で、噛まれるなどをし、警察や救急車などを呼んでおる。
「どうする? もう、あちこちに散らばって
人に憑いている。朋樹を待つのか?
得体の知れん獣の憑依など、俺には解けんぞ」
シェムハザが聞くが、ボティスは黙しておる。
須佐様に... と 思うたが、思うだけに留めた。
ボティスに気を
人世の小さきことであり、本来ならば
神主などを頼り、祝詞にて神力のみを借りることで済むものではある故。御手を
人が人にしたことである故。
先程、シェムハザは『ディル、呪籠』と
鳥籠のような物を取り寄せ、犬神を それに入れておったのだが、何かに気付いたようで
「ん?」と、その籠の中を見る。
犬神は、二匹に増えておった。
「増殖するのか?」
「
「死した故、恨みの念ではなかろうか?」
儂が言うと、二人は両側から
間におる儂を見た。
「生きておっても、増殖はしたと思われるが...
あの者は、人を
人は こうして、幾らでもおる故」
二人は儂の頭上にて眼を合わせたが
共に無言じゃ。
近くより、助けを求めるような叫びが聞こえ
声の方を見ると、公園からであるようだった。
「やめて! 助けて!」
女が倒され、上には男が覆い被さり
身を護ろうと前に出した女の腕に、男が喰らい付いておる。
男の後ろから、ボティスが腕を回し
顎を掴んで口を離させ
シェムハザが女を引き摺り出した。
「榊、救急車を」と言いながら
女を抱き上げて 水場へ行き、腕の怪我を水で流す。
ボティスは儂にスマホンを投げ
向かうて来る男の顔を、ブーツの底で蹴った。
儂はオロオロとしながら「119」と言われ
それに掛け、教会近くの公園に怪我人がおると
伝えたが、皆 出払っておるらしく
到着は遅くなる と言われた。
シェムハザが女に「自分で病院に行けるか?」と
聞いておるが、女はまだガタガタと震えておる。
ボティスに蹴られた男は伸びておったが
すぐに気が付き、ぶるぶると首を振ると
また唸りながら ボティスに飛び掛かろうと
身構えておる。
ボティスは足の下に、小さき助力円というものを出し、男が飛び掛かると「ラギュエル」と
助力の天使の名を呼び、男を吹き飛ばした。
「ボティス、あまりやると怪我だけでは済まん」
儂は、シェムハザに女を任され
まだ座り込んで震える 女の背に手を添え
浅黄に連絡し、状況を話したが
相談所の近くにも憑かれた者がおって
今 桃太と、そちらに当たっておるようであった。
「だがどうする? あいつはまだ やる気だ」
再び向かってきた時に、シェムハザが
身を横に払い蹴り、倒れた頭を掴んだが
「術も効かん。眠らんようだ」と ため息をつく。
男が暴れ、手を外れると
また うっかりと ボティスが蹴った。
「頭を蹴るな! これは人間だぞ!」
「噛まれろというのか?」
「鎖は? 拘束すればいいだろう?」
「人間に鎖は使えん!」
男が ふらつきながらも、まだ歯を剥き出して
唸りを上げる。
男の耳から、白黒の斑の小さき鼬が出て跳び去り
儂の隣におる女の耳に入る。あっという間じゃ。
ボティスが「貴様、何しやがった?」と
またもや男を蹴り
シェムハザが「いや、
頼むから もう蹴るな。いずれ死ぬ」と
男の両腕を背中側に回させ、取り押さえた。
ボティスが儂の近くに向かうて来るが
「むっ... 」
儂の隣で、女が愉悦の表情になり
「おなか すいた」と、笑うて儂を見た。
ゾクリとし、思わず人化けを解いて飛びずさり
腕を伸ばした女に黒炎を放射する。
「ギャッ」と 女が怯むが
怒りに唸り、地面に手をついた。
犬じゃ... むうう... 思わず身が縮む。
「榊」と呼ばれ、地を蹴り
ボティスの腕に収まる。
「落ち着け、登ろうとするな」と言われるが
儂は恐ろしくあり、なるべく高き場に登ろうと
薄茶の髪の頭に 両の前足を掛けてしもうた。
「
ボティスが両手で儂を 自らの顔から引き剥がす。
むうう...
「なんだ、この尾は?」
恐ろしさに丸まり、腹に回った 三つ尾を見て
ボティスは ケラケラと笑うておる。
「そっ そのような場合では... 」と
儂が おたおたしておると
「ボティス!」と シェムハザが警戒の声を出す。
女が飛び掛かり、ボティスが片足を上げるが
「ならぬ!」と言うと、蹴らぬであった。
女は、ボティスの脚を掴めず
ブーツに喰らい付く。
「見ろ。ブーツに歯形 付けやがった」
「むう、仕方あるまい。憑かれておる故」
再び女がボティスを捉えようとしたが
ボティスは避け、儂をくるりと回して前を向かせ
「放射」と言うた。
何か疑問を感じながらも、黒炎を放射すると
女は怯み、後退した。
「良し。後で鯵を食わせてやる」と
片腕に抱かれたが、何か納得がいかぬ...
だが、どうすれば良かろうか? と思うた時に
救急車のけたたましき音と、赤い色の灯りが近付いて来た。
公園の入り口に停まり、二人の男が
「通報を受けて来ました」「怪我をした方は」と
走って見に来たが
白黒の斑の鼬が 二人に走り、耳に入った。
どうする、とも聞けぬ。
シェムハザもボティスも無言じゃ。
救急隊員の 二人が 愉悦の表情になった時
怯んでおった女が、飛び掛かる体勢を取る。
界を開くよりない と思うた時に
獣のような何かが公園の外から飛び込んで来て
儂等と女の間に立った。
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