「飲んだら、飯を食いに行く」と

ボティスが カップの半端なコーヒーを示す。


「おう」


最近、ほぼジェイドの家に泊まってたから

食材も何も ねーしよー。


「飯 食ったら、教会に行くのかよ?」


泰河が まだ機嫌 悪そうに聞く。

朋樹とケンカになったんだよなぁ...


「仕方ないだろ?」


ボティスが カップ空けたけど

「珈琲」って、またオレにカップを渡す。

泰河に気を使ったのか、単純な おかわりかは

わからんところ。ま、淹れるけど。


泰河の腹が鳴ってるし、棚に まだあった

ビスコッティ取って、封 開けて皿に出してる。

いつもコーヒーに浸けないで食うんだよな。



... キュべレは、アバドンの奈落に

迎え入れられたんじゃないか? って

おそろしい予測を、シェムハザが立てた。


『だとしたら、キュべレが目覚めるまでは

アバドンが庇護をする。

奈落を出ないばかりか、誰も近付けないだろう』


目覚めた後は、アバドンはキュべレに仕える。

“底なしの淵” に。そして 終末が...


ミカエルまで無言だった。

確かな証拠がなければ、ミカエルであっても

奈落を侵せないみたいだ。


誰が、エデンのゲートを開いたか。


『多分、ウリエルだろ』と ボティスが言った。


『海で サリエルを回収してから、エデンに潜んでやがったんだろ。

リラの身体を乗っ取って、また 二人に分かれ

泰河を手に落とそうと、リラをエサにしやがった。まんまと乗ったが、ウリエルは

それも サンダルフォンの計算の内とは

気づいてなかったんだろ』


あの時まで、エデンはミカエルの管轄じゃなかった。他の天使が管理していたようだけど

エデンに入るのが人間ではなく、天使だと

そう注意は払われてなかったようだ。


ウリエルやサリエルは、サンダルフォンに

泳がされていた。

“キュべレを目覚めさせる” という部分で

同じ方向を向いていたから。


サンダルフォンの思うように、二人は勝手に動いていた。

キュべレが目覚めた後は、キュべレを起こした罪で、二人は堕天となる可能性もある。


今回も、サンダルフォンがやろうとしていたこと

... 泰河をエデンに誘い入れ、実を食べるという

罪を犯させることを、ウリエルとサリエルが

勝手にやってくれた って訳だ。泰河狙いで。


『ザドキエルは、あまり長く

天を離れない方が いいんじゃないか?』


シェムハザが言うと

『サンダルフォンの元に戻れ。

召喚に応じられなければ、ミカエルやアリエルと

話して、情報を流せよ』と ボティスも言って


ザドキエルは またオレに

『すまなかった』と言ったけど

『もういいし』としか、答えられなかった。


好きになったのは、オレの勝手だし

ザドキエルは なんとかオレらに

サンダルフォンの思惑に 巻き込まれてる って

知らせたかっただけだしな。


それで、ミカエルとザドキエルは

エデンから 天に帰ったんだけど...


『おまえ なんで、何でも食うんだよ?』


ジェイドの家に戻ってから

朋樹がイライラしながら 泰河に言った。


『エデンに誘い込まれたのは、しょうがねぇけど

禁じられた実を食わなきゃ、罪にならなかったんだろ? それが 一つ星の鍵だったんだしよ』


そんなこと言ったってよー... って

全員 思ったけど、宥める前に泰河が

『うるせぇな。実際その場に いたんでもねぇのに

後で文句だけ言いやがって。

正論 並べりゃ えらいと思うんじゃねぇよ』って

言い返した。


泰河は泰河で、キュべレを出しちまったって

また 責任も感じてるけど

サンダルフォンにしてやられた ってのに

イラついてたみたいで、めずらしく


は 食うようになってんだよ!

オレじゃないヤツなら、林檎 食って地上に帰るだけだ。ミカエルに聞きゃいいだろ?!

デーツ食ったら死ぬけどよ!

知らんくせ言うなよ、正論でもねぇよな!』って

朋樹に怒鳴り散らした。


『それでも、“禁じられた実” だぜ?

普通、食う前に躊躇するだろ。

どうせ何も考えずに、アホヅラで食ったんだろ?』


ジェイドとオレが『朋樹... 』って 止める前に

泰河が 朋樹に掴みかかって

そっからは、テーブルのワインやらグラスやらが

盛大に散乱した。


シェムハザとボティスは『やらせとけ』って

キッチンに移動して、まだ話してて

どっちかが 骨折ったりとかする前に

オレとジェイドで取り押さえる。


『オレまだ、リラが心配なんだけどっ!』


本心だけど、ずるいとこで出して

二人を冷静にさせて、謝らせて 掃除もさせた。


掃除してやがんの見てたら、だんだん

くそ 言いたくなかったぜ... って 腹立ってきたんだけど、ジェイドに教会に引っ張ってかれて

『彼女のために祈る』って

神父の顔で 言いやがってさぁ。


祈る背中 見て、ちょっと泣けた。

まだ どうしようもねーし。


それで、一日 経ってもまだ

泰河と朋樹が、ちょっとしたことで

『あ?』『何だよ?』ってなるから

ボティスが『面倒臭い』って

一回 離すって、泰河とオレ連れて出て

オレん家に帰ったってとこ。


まとまってた方が、何かと都合もいいだろ?

バラでいて、対応 出来ない奴に会ったらどうする? 特に相手が悪魔や天使の場合、お前等だけじゃ 何も出来んからな」


そうなんだよなぁ。

ジェイドは もちろん、今や朋樹も ゾイがいるし

悪魔だけじゃなく 下級天使にも対応 出来る。


「おまえがいるじゃねぇか」


「下級天使相手に、いちいちミカエルは喚べん。

ハティやシェムハザの苦労も考えろ」


護られる立場だろ? ってこと言われると

オレらはキツい。泰河もムッとはしても

もう何も言えなくなった。


コーヒーの お代わりを オレから受け取りながら

ボティスが

「長く不仲でいても良いことはないだろ?

気持ちに隙を作るな。そういうとこに

つけ込むような奴等が相手だからな」って、泰河に言う。


おっ、めずらしくビスコッティ

指に取ってやがるし。


ボティスって、怒っても30分くらいで

元に戻るもんなー。

けどこれでも、悪魔とか天使にしたら

喜怒哀楽でかい方だと思う。人間だけどさぁ。


「しかし、鍵が地上だったとは言え

エデンとはな」


泰河と自分のカップにも お代わり注いで

ソファーに座りながら

「それさぁ、本当に 泰河を見つけてから

練られた計画なんだろうなって思ったぜー」って

オレも話に加わる。


エデンで罪を犯すには、無花果いちじくを食べることだ。


生身で入れなければ、林檎は林檎のままで

無花果にはならない。

精霊で入ったオレが 林檎を手に取っても

それは、林檎のまま ってことだ。


べリアルがゲートを開いた時

ボティスが『無駄だ』って言っても

朋樹は入ろうとした。本当に無理だったけど。

人間は、身体付きじゃ入れないみたいだ。


エデンの記憶も、オレには朧気おぼろげにしかない。

自分が精霊になった ってのも初めてだったけど

なにか、とても きれいな場所に リラがいた って

ことしか 思い出せない。


精霊で抱き締めたリラは、リラだったけど

身体がなかったからなのか

心を直接 抱き締めている っていう感じだった。


腕の中で、温かくなって

満たされていくのが わかる。


ルカくん て、呼んだ言葉に

全部が入ってた。


ボティスが天にいた時

こんな風に 榊を抱き締めたのか... って思うと

最近 榊が落ち着いてきたのも、どうしてなのか

オレにはわかる。

包まれるって、どんなことなのか わかるから。


ボティス自身も抱っこしたかったんだろうけど

榊を安心させたかったんだろうな。

“大丈夫だ” ってさ。


別に、そんな相手いなくたって

時々 触れられることは、必要なんじゃないか って思うし。身体でも こころでも。


ビスコッティを軽くコーヒーに浸して食ってる

ボティスを、ほけーっと見てたら

「なんだ?」って、ゴールドの眼をしかめた。


「おまえ、カッコいいよな」


「そうだな」


五秒後くらいに

「わかった。朋樹とは仲直りするよ」と

ため息ついた泰河が カップ片付けて、家を出た。




********




「ほら、また鼻までチーズが付いてる...

焦って食べなくても まだまだあるよ」


カフェで飯食って、教会の裏のジェイドの家に着くと、ジェイドがアンバーにとろけていた。

クリームチーズのフリットを食わせている。

フリットとか面倒くさいもん、普段 作らねぇのに

アンバーには違うよなぁ。


「やあ、座れよ。コーヒーを淹れてくれ」


「飲んで来たし!

おまえ、今 “座れよ” つったじゃねーかよ」


「僕は寝起きに飲んで、それきりだから」


知らねーし。


「朋樹は?」と、ボティスがソファーに座り

アンバーの蝙蝠こうもりみたいな翼を指につまんで広げてる。


「本屋に行った。ハティが 一緒だ」


ふうん。なら心配ないな。


「おまえは 一人?」と 泰河もソファーに座ると

ジェイドは 蕩けた顔を少し上げて

「シェムハザが教会のミサを見学してるんだ」って答えた。


ミサって... おまえ司祭じゃねぇのかよ?

とうとうミサまで助祭の本山くんに任せてるらしい。


「本山さんに任せたのは、今回だけだ。

“やってみたいんです” って言うから」


言い訳を付け足すと、まだアンバーの翼を

開いたり閉じたりしてるボティスに

「もうせ」って言って

「アンバー、痛くなかったか?

そうか、おまえはなんて可愛いんだろう」と

テーブルからそっと手のひらに乗せる。

もうダメだ こいつ。骨抜きになってやがる。


「何か飲み物。珈琲以外」って

ボティスが あくびしてたら、玄関が開く音がした。朋樹が帰って来たっぽい。

先にハティが顕れたから、結局ソファー降りて

キッチンに飲み物 取りに行く。

冷蔵庫には炭酸水しかないから、これにした。


買った本は地界に送ったみたいだけど

「大変、有意義だった」と、機嫌良く

ジェイドに絵本を渡した。アンバーにらしい。


「アンバー、絵本だ! 初めてもらうね。

チーズを食べたら読んであげよう。

ハティ、ありがとう!」


ふうん。オレも琉地に読んでやろうかな。

あいつ、噛み破って遊びそうだけど。


本 抱えて入って来た朋樹が、泰河に

「よう」って言って、泰河も「おう」って言う。

一見 普段通りだけど、まだ気まずいっぽい。


「教会、ミサだったから

教会に置く本は玄関先に置いたぜ」って

ジェイドに言いながら

「おまえには これ。ハティと選んだんだ」と

泰河に雑誌を渡す。


「おまえ、これ... 」


雑誌と 泰河の ぽかんとした顔 見て、爆笑した。


「ブロンド美女の写真集だ」って

ハティは澄ましてやがるけど、エロ本じゃねーか! しかも、カモン て感じの。

遅れて泰河も笑う。


「おまえ... しかも高いだろ、これ系」


ボティスが 泰河から取って、ペラペラめく

隣から ジェイドがページを覗いて

「アンバー、これも女性だよ。だけど

沙耶さんや榊とは違う。これ見よがしだね。

君とは違う小悪魔なんだ」と説明して

あまりのポーズがあったのか

「見ろ」と、指差すボティスと笑っている。


オレも見に行こうかとしたら

「珈琲を」と、ハティがオレを止め

隣に座る泰河の胸にも、手の甲を軽く当て

“反応するな” と示した。


開けっぱなしのリビングのドアから顔を覗かせたのは、なんと榊だ。

ハティが指を動かすと、眼では見えるのに

榊の気配だけが消える。


榊は スタスタ入って来て、まだページを捲って

笑っているボティスの背後に立って

「ほう... 」って言った。


















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