うたかた 5


「どうする?」

「召喚だろ。出るまでやろうぜ」

「式占はどうなんだよ?」

「何も出ねぇんだよ。式鬼も何も見つけて来んぜ。ゾイは ハティが使う って言うしよ」


昼の間は、ソファーで丸まる。

皆、変わらず探し続けておるが

ちぃと 落ち着きを取り戻したように思える。


「サリエルは?」

「わからねぇ。探しちゃいるようだが

先にボティスだろ」

「次は殺ろうぜ。キュべレなんか知らねぇよ」

「ピストルの死神を呼べれば... 」


儂は、話に入れなんだ。

まだ 普通に話せぬ。


「白身のムニエルだ」


シェムハザが隣に座っており、ムニエルとやらを

ナイフで 一口大に分ける。


「夜は チキンにしてみよう。

野菜は温野菜からにする」


甲斐甲斐しくあるのう...

妻は、気にせぬのであろうか?


もそもそとムニエルを食しながら

それとなく聞いてみると

「アリエルは、早く お前のために

マドレーヌを焼きたい と言っている。

たくさん食べれるよう 元気になれ、と」などと

言う。


「ボティスが恋をして纏まった と話すと

“なんてこと!” と喜んでいた。

ボティスが戻るまで、なるべくお前を支えてほしい、と。 妻は、ボティスのことも勿論だが

お前の心配をしている。

これがフランスならば、妻が お前から離れなかっただろう」


儂と 会うたこともなかろうに...


だが 嬉しくもあり、シェムハザの妻なる者の話を聞くと いつも、信頼や尊重というものは

こういったものであるのであろうと思う。

城主の妃など、並大抵ではなかろうに。

すばらしき女子おなごであるのう。


そのようなことを申してみると

「ボティスやハティにも、それぞれ城もあり

軍があるだろう?」と、キョトンとされ

ハッとする。


「だが、気にすることではない。

関係というものは、築いていくものだ。

アリエルには、俺や ボティスもだが

葉月や葵、菜々も、お前の話をした。

単純に お前を気に入っているんだ。

会いたがっている。

ジェイド達のことも、家族だと言っていたくらいだからな。受け入れるタイプでもある」


食後の珈琲などを取り寄せると、泰河等にも飲ませ、また泰河等がバタバタと外へ出ると

「今日は これを観よう」と

平たいケエスを開き、自らセットする。


「ディル、ココアとクッキー。“ハート” だ」と

また取り寄せた物をテーブルに置いた。


「これは、ボティスと観た。

最初に観た時は、“なんだ この男は?” という

多少 呆気に取られた印象だった。ダメ過ぎる。

だが その日に もう 一度観て、翌日また観た。

そして今でも たまに観る。

俺も あいつも、何度も観ているものだ」


スクリーンに映ったのは

大変に洒落ておる男であった。


なんというのであろう...

儂は 洋装は解らぬが

服と自分の身体を分かっておるという感触じゃ。

身体と衣類の完璧な隙間。


水着や服を買うた際、皆で

『腕ダメじゃね?』『日本体型用だからな』

『そうだ。何故こう曖昧に作ってある?』などと

話しておったのは、これであったか。


「この映画を観て、赤いブーツとレザージャケットを やたらに買った。まだスーツだったボティスもだ。戻って来たら聞いてみるといい。

“いつか天使に出会えば着る” と笑っていた」


このような良い男の 何が駄目であろうかと

スクリーンの文字を追う。

水の色のワンピースの女子おなごも大変にキュウトじゃ。つんとした顔であるのに、柔らかくある。


ふむ...


観ておると すぐに、言うておることは

成る程 となったが

また あれよ。くすぐるものじゃ。


“生きられない” と 泣いておる。


何故、いとおしくなど なろうか?


「どんな男でも、弱い部分はあるものだ」


この者が そのようなことを申すとは...


「だがいつか、天使レイラに出会う」


スクリーンの中の天使は

“あなたは世界一 優しい人で、ハンサムよ” と

ビリーに言う。


“聞いてくれ、女の子に出会ったんだ。

彼女は俺のことを愛してくれている... ”


「すると、男は こうなるものだ。

“レイラを見つけた。狐だ。いい女だ”」


「儂は、レイラのようになど... 」


スクリーンの中のレイラは、すっぽりと

ビリーを包み込んでおるように思えた。


儂は このようになど、一度もしておらぬ。

されておったのではないかと そう思う。


「だが、あいつもビリーじゃない。

“夕日が美しいと思った。この俺がだ”」


シェムハザは、大きく厚く

不格好ともいえるハートのクッキーを

儂に噛らせた。

狐であるので 横噛りにし、幾らか割れ

欠片が床に落ちた。


なんであろう。噛み砕くと甘い粉となり

なかなか飲み込めぬ。

胸が いっぱいにあることが 原因やもしれぬ。


「ココアを飲むといい。冷めているが」と

カップを、儂の前足の間に挟ませる。

ココアも大変に甘かった。痺れる程に。


「俺は腹を立てている。

あいつが ここにいないからだ」


お前を置いて、と シェムハザは言うが

「ボティスが悪い訳ではなかろう?」と 返すと

「いいや。女が泣く時は 男が悪い。

理由など関係あるものか」と 答えた。


「そして、あいつは言っていた。

“俺は いつか、ココアとクッキーを食べる” と。

榊。お前を口説き落とせたら、二人で

... という意味だ」


む? と、シェムハザを見る。


「罪に対しての罰だ。戻ったら話してやってくれ。俺と浮気してやった と」と

シェムハザは、快活にハハハと笑い

割れたクッキーを噛った。




********




「それで、ボートに のったの?」


「ふむ... 」


月明かりの浜にて、波打ち際に前足を浸ける。

サマアドレスの裾が 波に揺れる。


こいびとの話を、と せがまれ

ふたりでボートに乗った際の話をしておる。


ルカに抱き上げられてからのこと。

『ボート』と、ふいと歩いて行ってしもうた

ボティスに付いて行くと

『今度は来たのか』と、ふん と鼻を鳴らした。


『乗るから出せ』と

店の者に、海にボートを出させ

『乗れ』と 儂が乗せた後に、自分も乗った。


『... “今度は” とは?』と

黙ってボートを漕ぐボティスに問うてみると

『夜中は来なかっただろ?

朋樹とルカが来やがった。

鯵を食わせようと、釣りに出た時』などと言う。


暫し、呆気に取られる。

天照様のことを、美人か? などと聞いて...

『儂は、泣いておったのじゃ... 』

それで『散歩』と言われ、誰が行こうか?

だいたい、儂に言うておらなかったではないか。


『知っている。見たからな』


ならば、と言うのは抑えたものの

『妬いたんだろ?』などと言われ

カッとするやら、恥ずかしいやら

唸ることしか出来ぬであった。


ボティスは オールを外し、ボートの中に横にした。

気付くと、かなり沖におった。


『ふん』と、横を向き

『否定はしなくなったか』とピアスを弾く。

引きちぎりたくはあった。


『だが、俺も妬いた』と、儂に向き直る。

何故このようであろうか?

これではもう、引きちぎれぬではないか。


『月詠とはどうだ?』


『何がじゃ? 言うたように

酌などさせられ 説教を賜った。須佐様は... 』


『お前の気持ちを聞いている。

まあ この聞き方では、どうせ お前は解らん。

恐ろしく鈍いからな』


ぬうう...


『男として見ているか、つまりだ。

月詠クソガキが好きで 寝たいのか?、と 俺は聞いている』


『そのようなこと有るわけがなかろう!

儂は仕えておるのじゃ!

死した儂を、現世に戻された。

情けなどを掛けられた恩がある故... 』


『それは お前が “美しいから” だろ?

温情だけだと思っているのか? それはそれは。

死んだ者を地上に戻すなど、どれだけ大変なことだと思っている? 下心なしになどやらん。

あいつらまで面倒なこと始めやがって。

とにかくだ。月詠クソガキは、お前を無理に戻してでも

傍に置きたかったということだ』


『知らぬ! 儂が好いておるのは お前である故

月詠尊の御心などまで... 』


むっ


今、何を 言うた... ?

ボティスも ぽかんとし、暫し黙る。


『もう 一度 言ってみろ』

『何っ?』


だがまことに、信じられん という顔じゃ


『つ 月詠尊の御心などまで... 』

『ふざけるな。その前だ』


ぬう... ふざけるな とは。

そのように言われて、好いておるとなど

誰が言おうか? ふいと顔を背ける。

そのように待っても、儂は言わぬ。


『俺を好きだと言ったか?』


顔が燃える。

しっかり聞いておるではないか!


『もう 一度 聞くが、俺を』

『言うた! 今 気付いた故!』


キッとして見ると、“おっ” といったような顔をしておる。意外 などと思うたようだが

『だが もう言わぬ!』と鼻息も荒く言うと

『俺も お前が好きだ』と、また儂の顔を燃やす。


『まったく跳ねっ返りだ。敵わんな お前は』

などと言い、ボートに櫂を付けると

『挫かれる前に戻るか』と 憎まれ口まで叩き

櫂を漕ぎ出した。







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