砂糖水 5


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花火が終わり、綿菓子の袋など持ったまま

二山へ移動した。


昼間 降りたような

管理の甘いマンションとやらの屋上から

また鴉天狗となったボティスが飛んだので

あっという間に着いたものだが。


「相変わらず派手だ」


二山、鬼里は 城壁の中に柳の木。

幾つかのくるわがあり

中央には本丸である黄金御殿がある。


儂の手を引き、スタスタと歩くボティスが

御殿の引き戸をカラカラと開けると

静々と幾人かの女が現れ

「御待ちしておりました」と 頭を下げる。


白き肩まで出た女達は、変わらず匂い立つような

色香があったが、幾分 緊張しているようにも見えた。


鬼女姿の 生霊であるのか死霊であるのか

わからぬものなどが出るのであるなら

それも仕方あるまい。


だだっ広い座敷に着くと

浅黄や桃太も もうり、柘榴様の御姿もあった。

膝に ひなたを乗せておられる。

女達の緊張は、柘榴様のせいでもあるやもしれぬ。


「おお、榊。祭りなどに行っておったようじゃのう。ハイカラな浴衣であるな。似合うておる。

これは、異国の... 」と

柘榴様が、ボティスに眼を向ける。


「柘榴、ボティスじゃ」と

酒を呑みながら酒呑が言うと

柘榴様とボティスが握手し

「有事の際に見掛けはしたが、良い男じゃのう。

のう、榊よ」と、美しき顔で 儂に ニマリとされた。


だが すぐに顔付きを戻された柘榴様は

「客人が参られたというのに、仕度が遅うあるのう。先程もであった。浅黄と桃太も待たせよって」と 女等に視線だけを動かして見る。


「申し訳ございません... 」


柘榴様は厳しくある故、恐ろしくあろうのう...

皆 青くなっておる。

障子が空くと、女が 儂とボティスの前に膳を運び

また別の女が杯を渡し、酌をする。


ボティスは、注がれた 一杯だけを飲むと

「アコ」と 自分の軍の副官などを呼び

「ワイン。ケースで」と、木箱などを運ばせ

「チェスは?」というアコに

「今度。ルカの家に持って来い」と言って

手を振り、帰らせた。


「悪いが、俺は酌は要らん」と、柘榴様に断り

木箱から葡萄酒を 一本 抜き

酌の女が下がると、儂の膳を隣に付け

また座布団ごと 自分の隣に引く。

やはり茨木が笑う。むう。


「それでだ。俺は 特に何もするつもりはない。

この国のものは独特だ。

話を聞く限り、出来ることもないだろう。

約束したから来ただけだ。

見学に回るが、鬼女とやらは いつ出る?」


葡萄酒の栓を弾いて開け、一口 飲み

「浅黄」と手招きして 近くに呼ぶと

「桃太、お前も飲め」と指など差した。


「夜半じゃ。こことは別の 女のくるわよ。

寝所に出るのであるが、狙うた女に憑くと

胸の上に正座し、怨み言など言うようじゃ」


酒呑が言うと、柘榴様が

「実際に見たがのう。心経で追い払えはしても

翌夜には、また来る故。

女を皆、憑き殺すつもりであるものかのう」と

酌の女に葡萄酒を注がせながら

「のう」と、その女を ちらと見る。


さばけるのか?」と、ボティスが桃太に聞く。


「見てみぬことには何とも... 」と

桃太が答えるが、柘榴様の手に余るものじゃ。


儂や浅黄は、まず無理であり

今回のものは、ここの女を狙う故

酒呑か茨木に原因があるのではなかろうかと

ちぃと思う。


「だが、見たところでは

生霊か死霊かの別も判然とせぬ。

何故、御息所のように出るかも わからぬのじゃ」


柘榴様は、膝の上の ひなたにも

「のう」と微笑まれ

「祭りは楽しくあったようじゃの」と

ひなたの坊っちゃん刈りの頭を撫でられる。


ふむ。柘榴様が ひなたまで追い出したのは

祭りに行かせたく有られたようじゃ。


ひなたは、綿菓子なども食したようではあるが

儂が綿菓子の袋を手に 手招きすると

にこっと笑うて、たた と寄って来た。

ボティスが手を伸ばし、自分の胡座の膝に

ひなたを乗せる。


綿の菓子とは...  空の雲の如きにあるが

これもまた ため息の出るようなものよ。

手に取ることなど叶わぬものを 指先に取り

口に入れると すうと溶ける。

あとにザラメの味と匂いを残して。


ひなたが振り向き、千切った綿菓子を

ボティスの口にも入れると

「甘い。これも夏の味だ」と笑うた。


ボティスは浅黄に向くと、葡萄酒の瓶を渡し

「今回は多分、お前も出来ることはない」と言い

「狙われる女には、何か特徴はあるのか?」と

酒呑や茨木に聞く。


「うん?」と、酒呑は思い当たらぬようだが

「特徴という程ではないが... 」と

茨木が葡萄酒を注がせながら、口を開いた。


「俺がたわむれに、“次は お前にしようか?” と

言うた者が死したがのう」


そのように言うて、杯を口に運んでおるが

まさに それが原因ではなかろうか... ?

柘榴様すら口が開いておられる。


「おお、ならば 茨木が源氏であるのう。

お前が喰う前に、鬼女が憑いたか。

女を抱くのが我慢ならぬであったのだろう」と

他人事となった酒呑は ハッハと笑い

明るい顔をしておるが

柘榴様はキリとした視線を茨木に送られ

「何故それを早うに言わぬであったか... 」と

茨木の膳に落雷を見舞われた。


「お...  いや、まさかと思うではないか。

その程度のことで... 」


ふむ。女子おなごのような顔が多少ひきつっておる。

酒呑も笑うのを止めた。


「もう戯れなど 言うてはおるまいな?」


「言うた」


「何故?!」と桃太が問い

柘榴様の美しき顔は、白般若のようになる。


「あれが勝てるだろ」と申すボティスを

浅黄が「やめよ」と肘で小突く。


「怒るな、柘榴。

一人目は何とも思わぬであったが

二人目で、おや? と思うてのう。

三人目は どうであろうか... と」


柘榴様は白般若のままじゃ。

どのように人選したのか を 桃太が聞くと

「俺に酌をした者」であるという。


「して、その女子おなごは?」


また桃太が聞くと、茨木は座敷を見回すが

座敷ここには おらぬようじゃ。


「つれて まいれ」


柘榴様は、いやにゆっくりと申され

葡萄酒を飲んで、般若面を緩められたが

「名が分からぬ」と 答えた茨木に

「昨夜、心経を唱えた折りの女であれば

サツキじゃ!」と、怒鳴られ

此度は赤般若となられた。

むう、黒だけは まずい気がするのう。


座敷におった女が、サツキとやらを呼びに行き

連れて座敷に戻ったが、大変に怯えておるようで、自らを抱くように 身に腕を回しておる。


「他の女は退くが良い」と

柘榴様が申され、座敷から女等が出て行く。


他の女に危険などはないものかと思うて聞くと

御息所の如き鬼女は、一度に 一人のみしか憑かぬようじゃ。


「いっそ今、茨木が

この女を喰ろうたらどうか?」と 酒呑が言うが

「また次に、茨木に酌をした女に憑かれては

たまらぬ」と、ピシャリと 柘榴様が申された。


「ならば、茨木に想いを寄せる他の幾人にも

同じように言うてみさせれば どうか?

一度に複数になれば どうなるか... 」


「ならぬ!」と 落雷により

酒呑の膳も弾け跳ぶ。


「夜毎に心経など唱えねばならぬのは

誰と思うておる!」


赤般若よ。

ふむ。解決せぬ思い付き案ばかりであるので

仕方あるまいのう。


兎に角、御息所らしき鬼女が出るまで

待つこととする。


ひなたは、浅黄と桃太と遊んでおるが

膳がうなり、目の前の畳も焦げておる故

酒呑と茨木が 杯を持ち、ボティスの前に来た。


儂は「榊」と、柘榴様に呼ばれ

柘榴様の近くに移動する。

柘榴様の隣には、サツキという女が座っておる。


「またも、酒呑や茨木が すまんのう。

後に 玄翁と真白ましらの元へ、着物や帯などを届けさせる故」


「いえ、我等は構いませぬ」


サツキが 柘榴様の杯に、赤い葡萄酒を注ぐ。

その白い肩の動くさま

「お前も飲むが良い」と 儂に言われ

サツキは、儂の杯にも幾らか注いだ。


「しかし榊。お前は

浅黄であろうと思うておったが... 」


む? と、柘榴様を見る。


柘榴様は、凛と整うた顔をしておられる。

弓形ゆみなりの眉に、細く長き睫毛の並ぶ薄き瞼。

アーモンドなどという種実の形の目は、黒く美しくあるが、今のように 物憂げな半眼にされておることが多い。


その薄紅などを引いた そのくちびるに

杯を運ばれる時など、同じ女であっても 何か

見てはならぬ気になったりとするものよ。


ちごうたとはのう... 」


小さく はっとする。

つい見惚れてしもうておった。

そうじゃ、何か 浅黄がどうの と...

だが、言われておることの意味も ようわからず

曖昧に微笑むこととなる。


「だが どうやら... 」


柘榴様は、杯を持たぬ側の 白く細き指を

儂の くちびるに伸ばされた。


つ と、指先が上くちびるに触れ

そのまま下くちびるにも触れる。


「まだ、ものとされては おらぬようじゃ... 」


指の向こうの 半眼の潤みし眼が

儂の眼から くちびるに降りる。


べになど引かずとも、このように

赤きくちびるを しておる というのにのう」


柘榴様が、ふと くちびるから指を離されると

また ハと我に返り、何やら頬に熱を感じた。

手の杯に 眼を落とす。


柘榴様は ほほと笑うておられるが

これもまた、何か恐ろしくある...


「榊。お前の赤き くちびるには

人神様の跡があるようじゃ」


むっ...


そうじゃ 儂は幽世かくりよにて

月詠尊に くちづけなどされしことがある。


「手の早く在られることよのう。

どのような心持ちであった?」と

葡萄酒の杯に くちびるを付けられる。


「心持ちなど、何も... 」


その時、儂は ただ驚いた。

そのまま現世うつしよに戻ったものだが。


その後 番人として、界の扉を開く折りも

幽世に上がる折りも、もうそのようなことはなく

狐の身なる儂を からかわれたものであろう と

忘れかけておったところよ。


「ならば、あの男であれば

どのような心持ちになろうかのう?」


柘榴様は、ボティスの方に眼を移された。

どうしたことか、頬だけでなく

宝珠までも熱を持ち、汗などが背や脚にも滲む。手の杯も滑りそうになった。


柘榴様は 珍しく、可笑しそうに笑われ

「これは、大変に可愛らしくある。

お前が そのようにあったとは。

これでは なかなか...

お前は、手強てごわくあろうのう」と

儂の鼻に 白く細き指で、ぴ と触れられた。

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