朝色 7


すっかりなごうなっておるのう...

この半分程の予定であったのに。

俺は割かし、語る者であったようだ。


だが もう謝るまい。くどくなる故。

しかし 気にはなるのだ。



榊は、人程の速度で成長した。

『このまま玄翁のように 爺になろうか?』と

気にしておったが、俺と同じ見掛けの歳頃で

成長は止まったようじゃ。

どちらにしろ 爺にはなれぬが。


このところ変わったことと言えば

藤が四の山の山神を退いたくらいか。

しかし それももう、百年程前か。


今は齢二百程。俺は三百八十程。

術も めきめきと成長し、狐火、結界張り、幻惑 と

出来ることが増え、今は神隠しに取り組んでおる。夜は。


「浅黄」


俺は、二度目の頭蓋を被って

空いた襖を振り返る。人化けした頭に頭蓋じゃ。


榊は今日も、赤襦袢姿じゃ。


「どうであろう?」


美しくなったものよ。妖艶ですらある。

だが俺は、眼を閉じれた。

蓬に肌守りを貰うた故。


「ならぬ」


「ぬうう... 」


昼は、色香の修行をしておる。誘惑の術じゃ。

狐は 人の男の精を受け、宝珠を磨く故。

修行によっても磨かれるが、時間が掛かる。


男であっても、女に化け 精を受けるという。

俺には無理じゃ。よって再び、頭蓋を被る。


榊は『尾を割る』と張り切っておる。

最近 玄翁が四つ尾となり、蓬も羊歯も割れた故。


俺は 大して気にならぬ。慶空も割れておらぬ。

武より術の者の方が、割れるものであるらしい。


ただ、山や山道で人に会うた際は

耳を隠すのが面倒にある。


人等が戦没者の弔いや、祈りなどのために

山頂付近から 楠の広場辺りに

祠や石仏などを置いた。


また不穏な世になった故

他の山神の元に 使いに出るのは

大抵、俺か 蓬か羊歯じゃ。


今夜も北斗七星などを仰ぎに 山頂に参るかと

腰を上げると、榊は まだ睨んでおった。


「何じゃ?」


「何故 落ちぬ... 」


落ちるものか。幻惑である故。

蓬も羊歯も落ちぬ。肌守りで対策じゃ。

幼少より知っておるのに、敵わぬ。


「俺は 山頂に行く故」


「儂も行く」


「着替えよ。はしたなくある」


榊は くるりと回り、緋地の着物を身につけた。


里の橋を渡り、山頂まで歩いておると

「人には効くものを」などと言うた。


「人?」


思わず 立ち止まる。


「ふむ。幾度か精を受けた」


「... うむ そうか 」


地に 膝を着きたくある。下手すると両手もじゃ。


ならば、何故 俺等で練習するものか。

練習途中で実際に人にいく とは、思うておらぬであった。

いや、術の会得だけであろう と軽く思うておった。

たぶん、蓬も羊歯もじゃ。


「簡単じゃ。最中も幻惑をかけておるので

跨いで 一瞬で済むしのう。浅黄も... 」


「俺は色香は せぬ!

もう お前の練習にも付き合わぬ!」


思いのほか、大きな声が出た。

何故 実際に 色香などしようか? 跨ぐ など...


イライラと、山頂へ歩む。


「浅黄」


「何じゃ!」


「怒っておろうか?」


「怒っておらぬ!」


お前と寝た男を殺したくあるだけじゃ!


「む...  確かに 色香は、ズルい手ではあろう」


山頂前で、はたと立ち止まる。


「何と?」


「修行の鍛練ではなく、楽に宝珠を磨く故」


そのような意味と?

そんなことは、元より わかっておろう?

俺は妬いておるのだ。お前とは ならぬ故。

幼少の頃の顔などが浮かぶ故。


汚せぬ。お前が愛した男なら良い。

しょうもない者は ならぬが。

いっそ そういった者が現れぬものかと

時折 考える程じゃ。


それを、簡単に色香などで...


「浅黄。怒っておろうか?」


「怒っておらぬ」


泣きたくある。


山頂を出ると、人里は夜じゃ。

そのため、里の昼に練習しておったものか...


いや... 色香は術の 一つであり

好ましく想う者との それとは違う。

わかってはおるのだ。


だが...


山頂から北斗七星を仰ぐ。

胸が ひりひりする。聞きとうなかった。


「もう せぬ」


「尾が割れるまで、やれば良かろう」


自棄ヤケじゃ。知らぬ。


「せぬ!」


何故 俺が お前に怒鳴られたものか。


「儂は、お前のようになりたくある。

武ではなれぬ。術でじゃ。

有事の際も、隣におりたい故」


可愛くある。だが、まだ腹の虫が治まらぬ。


「有事などなかろう。

あっても、お前は里じゃ」


「儂を、独りにすると言うか?」


北斗七星から、眼を移す。泣いておる。


「いいや。せぬ」


いだくことも 許されまいか。


「お前は 俺の、妹である故」


兄ならば、妹などを いだかぬものであろう。




********




頭蓋は、これまで 二度程 被ったが

耳は隠れぬ。顔も変わらぬ。もう良い。

鏡さえ見ねば、自分の顔など わからぬ故。


榊は、色香をやめたが

また武に励み出そうとした。懲りぬものだ。


『儂は力がない。突けぬ』と

白金しろかねなる刀を 玄翁から賜り

『刃は邪を避けるものよ』と うまく言われ

『ふむ』と、幻惑解除術に励んでおる。


そうしておるうちに、榊は齢三百を数え

俺は四百八十程。


榊は 神隠しなども会得し、尾は 二つに割れた。

『人化けを完璧にする』と

どこぞから頭蓋を手に入れ、まだ被っておる。


里には、白蘭という混血の狐がおったのだが

藤の後に、四の山の山神となった白鷲を討ち

その白蘭が四山の山神となった。


だが、呪い子を産むのだ。何か不穏にある。


「ふむ! 人化けが成った!」


榊は もう、耳も尾も出ぬ。


「玄翁! 人里に出ても良いと言うたな?!」


「うむ。行って参ると良い」


榊は頭蓋を持ち、遊びに来ておった露さんと

勇んで里を駆け出て行った。

最近、蓬も見ぬ。使いに出たままじゃ。

六山のいずれかであった故、危険はないと思うが

里の者等が探しに出ておる。


「榊は 良いのか?」と、玄翁に聞くと

「榊は もう、術ならば儂に次ぐ。

人里にて、様々なものを吸収すると良い。

許可する前に出ておったしのう」との事じゃ。

俺は術は からきしである故、羨ましくある。

頭には 憎き耳もあるしの。


しかし 人世の戦後辺りより、玄翁は洋装じゃ。

舶来品など どこで知ったものか。

里の者が誰も気付かぬよう、幻惑を掛け

時に 一人、人里に降りておると思われる。


俺は 二度程、慶空の背を地につけた。

懐に入り突いた時と

跳び、着地前に突いた時じゃ。

無上の喜びであった。

慶空には まだ並べぬが、いつか並ぶ。


新しく柄の黒い薙刀を、玄翁に賜った。

薙刀は良い。斬るより突くが しょうに合うておる故。



榊が、人里より客を連れて来た。

先に話は聞いておったが、人じゃ。男が 二人。

泰河と朋樹という 祓い屋なるものであるらしい。


人等は、玄翁とは違う洋装じゃ。

なにか格好良くある...


五山の大神様の元へ使いに出る際

俺は、自動車などに乗った。操縦は泰河じゃ。


人里の変わる様子は、山から見て知ってはおったのだ。灯りも 瞬く間に増え

山の道路も黒くなり、自動車も通る故。

だが、このように変わっておったとは...

夜であるのに、眼が痛い程の灯りじゃ。


珈琲などを貰い、缶ジュースを買い

洋装などに挑戦し

大神様も共に ゲーセンやカラオケなる場所へ行き、雰囲気の良いクラブなどで知らぬ酒を飲み

また違う店で、珈琲を飲んだ。


何ということであろうか...

人里は、このように刺激のある場になっていようとは。大変に 大変に楽しくある...


そのように、この時は

俺は まだ浮かれておった。


朋樹と共に、四の山に

式鬼なるものを仕掛けて回る時も

有事であるのに、どこか楽しくあった。


藤が、榊の首を落とすまでは。


俺に刀を向け、藤に走った泰河は

以前、賊を屠った俺そのものであったのに

俺は泰河を、止められぬであった。


榊 と、そればかりで


護りたくあったのに。 菊を 榊を


俺は、ならぬのだ。ならぬ。

ひどく意味のない


なんのために 生きていようか


朋樹が 泰河を止め

玄翁は泰河に『よい』と言うた。


許されると いうこと


俺は、藤の腹を上に裂いた。


白蘭は、藤を母と慕っておった。

幾度も藤に殺められながらも

藤 お前を助けろ と


お前に必要なのは、自己の許しじゃ。

俺は それを知っておる。


もう許すが良い 藤。

お前自身を。俺が屠る故。終わろう。

始末は俺が着ける。誰の手もけがさせぬ。


玄翁が白い首を噛み砕く。呪いを許容して。

俺は、口に薙刀を突き立てた。



終わったはずであるのに

俺は、いやに ぼんやりとしておった。


しっかりせねばと思いながらも

朝 何故 泰河に

『護れなかった』などと言うたものか。

言葉にしても、仕方の無きことを。

罪の 告白であったのだろうか?



いばらに白い花。からたちの。


それを見る泰河の隣に、長い髪の後ろ姿を見た時

俺は、あの遊郭の前におった。


あれは 菊であるのか 榊であるのか


護れなんだ と言うた 俺の頬を摘まみ

慣れぬブーツで駆けて行く。


神仏は おるようじゃ。

このように何かに感謝が出来るものとは


いつか、俺のなかにも と

眼を閉じ、手を合わせる。




********




大方のことは語り尽くしたのう。


俺は、慶空に『人里にて息抜きせよ』と言われ

玄翁に『学ぶが良い』と、人里に出されるようになった。


今は、桃太殿が構えた

ヨロズ相談所” などの所員でもあり

報酬に、幾らか 人里の銭も貰うておる。

冬には榊に、ストールなどを買うた。

首の紅き線が目立った故。


泰河が 里にスマホを置き

『触るうちに慣れる』と、俺に言う。


『浅黄』と、朋樹から文字が入り

『飯に行くから、展望台に来い』などと

誘われたりするのだ。俺は 嬉しくある。


『ツレだからな』と、二人は言う。

共に遊ぶ仲である と。榊抜きでもじゃ。


クリスマスには、教会にも行き

伴天連のジェイドとも会うた。


一の山の向こうの集落にて、哀しき異形を

放たれよ、安らかなれ と 打ち据えし時は

あまり話せぬであったが、ルカとも。


世界とは、広きものである。

繋がりを持って拡がって行くのだ。


うむ。よう語ったものよ。

これ程 自分のことを語ったのは

これで、二度目であろう。


俺には、異国の神の友がおる故。

その者のことを語って、しまいにしようと思うが

良いであろうか?


うむ。まずくとも勝手に語る。

どうも 厚かましゅうなってきたのう...

慣れるとこれじゃ。狐は甘やかすと ならぬのう。

多少なついてしもうたようじゃ。

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