朝色 3


「母様の着物を直した際に、ちいと端を頂いた」


菊は、髪を編んでおり

着物の生地の端切れで結んでおった。


「大変、可愛らしくある」


俺は 褒めたつもりであったが

菊は「童のようじゃのう」などと むくれる。


「美しくある。俺は、あまり言葉を知らぬ故。

すまぬ。怒っておろうか?」


「ううん、良い」


だが、すぐ機嫌も直るのだ。


出会うた時、菊は九つであったという。

今は十一。

少し大きくはなったが、まだまだ童じゃ。


井戸の裏にての 話は続いており

夏は、暑い暑いと話し

冬は、寒い寒いと言う。


『春になってから話せば良かろう』と言うても

聞かぬ故、俺が おぶさるように

背中をぬくめておった。


人とは、ぬくいものであるのう。

だが、狐も温いものであるようだ。

『生きた毛皮である故』と言うと

笑うておったが。


今は春。過ごしやすくある。

野山にも花が咲き乱れる。


菊に見せることが出来たなら、どんなにか


見えておったら、俺は 浅黄ではなく

友にもなれぬであったであろうが。


「また明日」というのに頷き、菊を見送る。


裏手の藪に戻り、今日は森で狩りをするか と考え、あくびなどをする。


長くおるので、縄張りらしきものが出来た。

藪の先の山には、狐も狼も少なくある故。

兎や鼠などは豊富におり、暮らしやすくある。


ずっと ここにおっても良いのう。

人に見られぬよう、相変わらずの注意はおこたれぬが。


そうだ。花は見れぬでも

匂いは わかるのではなかろうか?

指で触れれば、花びらの薄き美しさも わかろう。

何か上手く折って、明日 渡してみようか。


そのように考えて、香りの良い花を探す。


花を見つけると匂ってみるが

あまり良うない。


人里の畔の方が、良さそうであるのう。

蓮華などは、どのような匂いであったか...


狩りは明け方に回し、俺は人里に降りた。


まだそう遅くない時間であったためか

幾人かの人等を見かけ、近くの小屋のような家影に身を隠す。


人等は、道の途中で 何か話し

三組程に分かれた。

二人ずつである故、六人もおったのか。


どうも、二人の男が向かう先は

菊の家のように思える。

いや その先にも、家はあるのではあるが。


あれは、賊ではあるまいか... ?


他の 二人が入った家から、悲鳴が聞こえる。


俺は駆けた。


先の二人は、菊の家に押し入った。


嘘じゃ! 菊 いやじゃ、いやじゃ...

どうか、どうか 逃げおおせよ


菊は、盲ておるのに!


開け放たれた玄関から、泣き叫ぶ声を聞く。


父君は、頭を割られており

客人らしき者は、抜いた刀を持ったまま

首を斬られており、まだ生きておる。


母君は、菊を庇おうとして

背から袈裟懸けに斬られておった。


「きく」と、手を伸ばす先に

菊の両手を掴む男と、棚などを荒らす男がおった。


俺は、二本足で立った。

何故そうしたものか、今でもわからぬ。

頭が真っ白であった故。


胸に ひどい熱を感じた。

何かが内で燃えておるようだった。


めきめきと骨が音を立てて伸び

身体が人のものとなった。

腕の形も、五指の指も。


黒毛のままであり、顔は 狐のそれである。

そのような影であった故。


その浅ましき姿で、まだ生き絶えぬ客人の手から

刀を取り、菊を殴る男の首を跳ねる。


「菊」


男から解放された菊が

「... 浅黄?」と、俺の名を言う。


棚を荒らしておった男が、刀を手にしたが

俺を見て、後ろに腰をつく。


「バケモノ」と、声の出ぬ唇が動く。


そうじゃ。 恐ろしくあろう?

お前を屠る故。


男の手の刀を弾き跳ばし、口の中に刀を立てる。

内から骨に当たり、上手くいかぬものよ。

もう良い。尽きるまで幾度か突く。


「菊。恐ろしくあろうが、ここに居れ。

始末を着けて参る」


尽きた男から弾いた刀も手に取ると

他の者の家へ向かった。


他の家でも賊は、人を斬り、女を犯し、子まで屠る。幾ばくかの銭や物のために。


このような者。


神仏が裁かぬのであれば、俺が裁く。


「魔縁じゃ!」と、青き顔で刀を抜く。


何でも良い。お前も死ぬ故。


半端に首を刈り、胸を突く。

背後に斬り掛かって来る者を振り向き様に斬り

跳びのって、鼻を噛り取る。

口から吐くと、首を突いた。


人など容易たやすくある。

俺が畏れていたものは、このようなものであったか。


あと 二人。


道に出ると、もう手に物を持った者等が

の家から歩み出て来ておった。


俺の姿を見ると、手に持った物を散らばし

刀を抜いたが、逃げることと決めたようだ。


走るにも遅く、跳ぶことも出来ぬ。

笑うくらい すぐに追い付いた。


転んだ者は後回しにして、走る者の前に跳び

向き合って首を斬る。

もう あまり、どちらの刀も斬れぬのう。

斬った側から、刀身は血に錆びるようじゃ。


転んだ者の傍に歩み、口を開く前に

血濡れた刀身で横面を殴り斬る。


化生じゃ魔縁じゃと、聞き飽いた故。


まだ息があるので、腹を突いた。


両手から刀を捨てる。

命とは、呆気なくある。


菊は震えておろうか? と、気になり

戻ろうとした時に

鎮まったのを感じたものか

被害をこうむらぬであった家々から

人等が顔を覗かせる。


俺の背は縮み、身体も狐と戻ったが

どこぞの家から火縄の火薬の匂いが届いたので

山へ駆けた。




********




山の湖にて身をみそぐ。


屠った。喰いもせぬ者を。

俺は あれらと、何も変わらぬ。


いいや。魔縁である故。化生である故。

あれで良い。同じ者等を斬っただけ。


ならば何故、血を禊ごうか。

生まれ持った穢れは落ちぬのに。


菊は、大丈夫であっただろうか... ?

恐ろしかったであろうのう。

もう 父君も母君もおらぬ。

まだ あのように、幼きものを。


菊が動けぬでも、玄関は開け放っておった。

村の者等が見に行くであろうが、心配にある。


だが 菊は、傍に俺がおったから

賊などに狙われようか?


俺は、自分が どのような者であったかを

忘れておったのだ。

いや。正しゅう言えば、忘れたかった。

菊と話がしたくあった。夏も冬も 会いたくあった。


俺は浅黄色ではない と、お前に言えなんだ。

嫌われとうなくて。


嫌われておれば、俺は移動する故

賊など来ぬであったやもしれぬのに。


「あさぎ」


俺は、水の中で身体を強張らせた。

... 男の声じゃ。誰ぞ?


「お前は、あさぎ という名か?

浅黄か、浅葱、どちらじゃ?」


狐じゃ。湖の縁におる。だが、言葉は人語。


「... 黄の色の方じゃ。青ではない」


「では、浅黄。さっきは派手にやったのう」


見ておったか。


「水から上がると良い。まだ冷たかろうに」


その者は、口から赤橙の火を出した。

見た目などは ただの狐であるが

俺と同じに、化生であったか。


「俺が、怖あないのか?」


「何故じゃ?

あのように、半端な人化けしか出来ぬ者など

怖くあるか。齢も変わらぬであろう?

いや、俺の方が多少上じゃな。俺は八十じゃ」


「人化け?」


俺が聞くと、その者は

黒く短き髪の 人の男に化けた。

着流しなどを着ておる。


「このように人に化けることじゃ。

師などは おらぬのか?」


「おらぬ」


髑髏サレコウベの術も施しておらぬな。

ならば、無理もない」


言うておることも わからぬが

この者が何であるのかも わからぬ。


「ともかく上がれ。川で魚を獲ってある。

焼いて食おう。

それとも お前は、俺が怖いか?」


「怖くなど... 」


「ならば上がれ。人避けはしてある」


水から上がり、身体を震わし 水気を切ると

男は 草の上に、先程から浮いておる赤橙の火を

移動させ、細い枝に刺した魚を炙った。


「銀狐か。珍しいのう。一度だけ見たことがある。その一度が、お前だったかも知れんがのう」


「銀狐?」


「お前のような体色の者よ」


「それは、化生か?」


男は、幾分 濃い顔の大きな眼で

やけに真面目に俺を見て「狐じゃ」と言うた。


「銀 ぎつね と、言うておろうに。

まともに話を聞くが良い。

白い者もおろう? お前のような黒銀は

銀狐というのだ」


「俺の他にもおるのか?!」


「さっき、一度だけ見た と言うたであろう?

同じ国だが、海を渡った先だ。

それが お前でないなら、他にもおる」


なんということじゃ...


「俺は 化生や厄獣でなく、狐であろうか?」


「さっきも言うたが、狐じゃ。

霊獣。妖狐の成り損ないじゃのう」


「霊獣?」


「年経て霊力を持った獣よ。狐だけではないが。

胸に宝珠があろう? それが霊力の素じゃ」


「何故わかる? ただの狐ではないではないか」


男は、また真面目な顔をし

魚の炙る面を反転させた。


「俺も狐の霊獣じゃ。ただの狐からなった。

術などは、これから身に付けていくがの。

年経たのであるから、仕方あるまい。

霊獣など、他にも幾らでもおる。

もう なってしもうておるのだから、諦めよ」


そうか。俺はそういった者であったか。

他にもおるのだ。黒毛も霊獣も。


「俺は 師に言われ、仲間を探しておるのだ。

霊獣でなくとも、狐であれば構わぬのだが。

先に、大戦おおいくさがあったであろう?

山を追われ、途方に暮れておる者もおろう。

師と共に、狐の里を造るのじゃ」


男は、俺の前に魚を置いた。

焼いた魚など初めて喰うが、皮に脂が浮き出し

ほろりと骨から取れる身が 旨かった。

体温より熱いものなど、初めて食した。

男も魚を喰いながら、話を続ける。


「先程 この村に着いたのだ。

川で魚を獲っていた。

すると、刀を手にしたお前が 家から出て来た。

何故、あのようなことをした?」


「被害を被った家のひとつは、友の家なのだ。

俺には、その者しか友がおらぬ」


「俺は、よもぎじゃ。師は玄翁げんおう

玄翁は 齢六百を数える。

他にも、慶空けいくう、藤、芙蓉ふよう羊歯しだなどがおる。

霊獣に成り掛けておる者や、まだ霊獣でない者を合わせれば、もっとおる。お前の仲間じゃ」


仲間...  俺に、そのような


返事が出来ぬ。


男... 蓬は、無言の俺を 特に意に介さず

「明日 その友に、一先ひとまずの別れを告げると良い。

俺もだが、お前もずは修行せねば。

しっかりと人化け出来るようになったら、また友に会いにくれば良かろう。

ここは 里からは、山々を駆ければ

二日程の距離である故」と、話を進めた。


「... うむ」


「今晩は ここで このまま眠る。

朝、お前の友の元へ行こう」


男は 狐の姿に戻ると、赤橙の火の向こうに

丸くなった。


「蓬」


「何じゃ?」


「いや、ただ呼びたくあった」


俺を 仲間と言う、者の名を。

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