沙耶ちゃんに店を追い出され、店の前の駐車場に停めてある ジェイドのワーゲンバスで話し合う。


白と 灰色がかった水色のツートンカラー。

中は、ベージュとブラウンで統一され

後部はL字のソファーに小テーブル。

男5人座ると しんどいが

ルカが、L字の角に 脚 組んで座って

ムリに収まった。


バス いーじゃねぇか! と、しばらく盛り上がり

沙耶ちゃん会議に入る。


沙耶ちゃんは、オレらを追い出しながら

『しばらく、あなたたちの仕事も取らないわ!

ゆっくり休んでちょうだい!』と 言った。

マズイ。本気で怒らせたぜ。


「沙耶ちゃん、キレちまったな」


「ちょっと うっとーしかったかなぁ? オレら。

暑ぃのに むさ苦しいしさぁ」


確かにな。ボティスも増えたし。


「いや、ルカが悪いよ。

“何もしない” とは言うべきじゃなかった」と

ジェイドが呆れる。


「じゃあ、なんて言うんだよ?」


「“我慢出来る”」


「すげぇ嘘っぽくね? おまえ そう言って

ガマンしたことあんのかよ?」


「............ 」


まぁ、ないよな普通。


「話ズレてんじゃねぇか。

どうする? 沙耶ちゃんを 一人には出来んぜ」


おっ、さすが朋樹。軌道修正だ。

オレも素直にズレてたぜ。


でも朋樹が ちらっと店の方を見ると

沙耶ちゃんは、ふいっとキッチンへ消えた。


ボティスが鼻を鳴らし

「ハティとマルコしかないだろう」と言う。


「けど、ハティとマルコが

ちょくちょく見てても、やられたじゃねぇか」


オレが反論すると

「榊は、目の前で やられた。

ハティとマルコで駄目なら

お前等が本当に泊まり込んでも無駄だ」と返され

ああ、そうだよな... と、全員 納得する。


「マルコ」と、ジェイドが呼ぶと

助手席に青い霧が顕れ、マルコシアスになった。


「何だ?」


バスには何も言わず、普通にマルコが振り向く。

いや、オレのバスじゃねぇけどさ

一言あってもいいじゃねぇか。

いいバスだ ってさ。


マルコシアス... マルコは

黒い狼の体にグリフォンの翼、蛇の尾の悪魔だが、人型の時は 強そうな顎ヒゲの騎士だ。

ルカは、同じ顎ヒゲのオレと分けて

マルコを マジメなヒゲ と言い

オレは、フマジメなヒゲ と言いやがる。


「沙耶さんの守護を頼めないか?」


ジェイドが言うと、マルコは

「お前達が “俺等が護る” と言っただろう?」と

顕れた時と同じ顔で答える。


「俺等は、沙耶夏に追い出された。

うっとうしかったようだ。姿も消せんからな」


ボティスが言うと

「全員で ずっと店にいたのか?」と

軽くギョッとし

「そ」と 答えるルカに 眼だけを向け

眉間に軽くシワを寄せた。


「わかった。お前達は もう帰れ。

しばらく来ない方がいい。

ハーゲンティが うまく話すだろう」


えっ、ハティが? ナイト気取りだったのに

オレら、かなりヤバかったんだな...


「サリエル探しは、何か進展 あったのか?」


朋樹が聞くと「あれば話す」と

マルコは姿を消し、店の屋根に顕れた。

そうか、ああすれば 店に来るヤツ見れるし

沙耶ちゃんからも気にならねぇよな...


「で、オレら どうする?

沙耶ちゃんは本気だ。仕事も回って来ない」


沙耶ちゃんの店には

占いの予約客の女の人が入っていった。

前に見たことある人だから安心だ。


「とにかく、ここにいるのは良くないんじゃないか?」


ジェイドが運転席に回り、朋樹が助手席に回る。


「あ、やべ 沙耶ちゃんが睨んだ...

ジェイド、出せ早く」


ジェイドがバスを出すと「嫌われたかもな」と

ボティスが ぼそっと言う。


「ボティスおまえ、そんなこと言うな!」


「うわっ、やっぱり謝りに行こうぜ!」


「バカかよ ルカ! 火に油を注ぐな!」


「海に行かないか?」


突然 ジェイドが提案した。


「夏だし、遠くまで」


運転席の方を見ると

アッシュブロンドの髪の下の薄いブラウンの眼を、眩しさに細めていた。

夏に入ったばかりだが、夕方も日差しが強い。


「わっ、良くね? キャンプだよキャンプ!

いきなり バス 活躍するぜー!

もう、このまま行こうぜ!」


ルカ、切り替え早ぇ...

全体的に軽いよな、こいつ。


「このまま? 着替えは?」と

格好に気を使うボティスが眉をしかめるが


「そんなもん、買えばいーだろ。

今から水着も買いに行こうぜ!

あの ハティ板、何かのために

この下に 一枚 積んであるしさぁ」と

ルカが純金の板を出した。


おっ、じゃあ全然余裕だな。

海外でも行けるくらいだぜ。


「もう使うことになるとはね。まぁでも夏だし」


ジェイドは 夏を言い訳にするタイプらしい。


「じゃあ、先に展望台に寄ってくれ」と

朋樹がスマホを出して、ミラーでオレを見ると

ボティスが “おっ” って顔する。


... あ! そうか、海だ!




********




「何故 お前が隣にいる?」


「あ? オレが おまえを好きだからじゃねぇか」


隣でボティスが睨むが、オレは榊の隣を譲る気はない。夏だぜ? ヤバイだろ。

接近は阻止させてもらう。


「浅黄は?」と、ボティスがオレ越しに 榊に聞く。なんで浅黄?

榊は なんか、ちょっと大人しい。

ん...? 緊張気味に見える。なんだ?


「ふむ。“海から帰ったら” と、言うておった」


榊の返事を聞くと、ボティスは何故か 眉間に軽くシワを寄せた。つまらなそうに見える。

... これも なんでだ?

ちょっとわからんが、まあいいか。


さっき、ルカが選んで買った

膝丈の白いサマードレスなんぞを着た榊は

オレとルカの間で

新品の水着を袋から出しだした。


水着も、ルカが『一緒に選ぶぜー』と言って

ボティスも付いて行ったことに不安になったが

買って来たのは、やたらにレトロで

肩が隠れる袖があって、白い丸襟まで付いている

赤いワンピースみたいなヤツだった。

色気はゼロだ。


『赤がいいって言うからさぁ。

でも似合うと思うぜ』と、ルカが言い

『露出は いかんからな』と ボティスも頷く。

うん、わかってるじゃねぇか。


榊は「ふむ。割と伸びるのう」と

水着を両手で ぐーっと引っ張っているので

「やめとけ」と 止めて

「どこの海行く?」と コンビニで

一度 車を降りて、飲み物 買って相談する。


「とにかく、遠くじゃないと。

海に行ってまで 長袖は遠慮したい」


そりゃそうだよな。


「取れ立てのアジなど食したいのう」


アジ食い放題って約束したしな。


「けどさぁ、車で全員 寝るのってムリじゃん。

テント買う?」


「テント泊だと 準備 足らなすぎだろ。

遠くまで行くのに、とりあえずの 一泊とかになるぜ」


「寝る時はホテルがいいんじゃねぇか?

朝も、山なら涼しいだろうけど

海だと暑そうだしな」


朋樹がスマホに条件入れて、検索しようとしたが

「海沿いを走って決めればいいだろ」と

ボティスが言う。


「そうだな」と、朋樹がスマホをしまい

コンビニでアイスやら飲み物やら買って

まず海沿いに出ることにした。



夕焼けも過ぎて、外は暗い。

二時間くらい走って海沿いに出ると

榊が窓にかじりつく。


「おお... 」


夜の海の上には、月が出ている。


さっき運転を代わった朋樹が

「降りれるとこで ちょっと寄るか?」と聞くと

窓に鼻の先を付けそうになりながら

「ふむ... 」と答えた。


海水浴場、と 木の看板が出ているとこで曲がり

すぐの駐車場にバスを入れる。

駐車場の地面は、白く荒いセメントが敷かれ

なんか古い感じがした。


「むっ、海の魚の匂いに似ておる」


「潮の匂いだ」


「おい、榊!」


榊は、狐に戻って 砂の上を駆け出した。

もう しょうがねぇなぁ...


砂浜には、邪魔にならない程度に松が植えられ

車を降りる前に半袖に着替えたジェイドが

「風流だ」と、小さい砂浜に 軽く眼を細めたが

オレには、人気にんきがない寂れた海にしか見えない。


海は凪いで、寄せる波の音が静かに響く。


榊は 波打ち際で立ち止まると、白い泡沫うたかたの波に

少しだけ 前足を付けてみたりしている。


一度前進して、四つ足全部で入ると

また波が寄せると同時に、タッタと砂浜に戻って来た。


「むう... 砂と共に洗われそうじゃ」


長い鼻を海面に付けると

また寄せた波に直撃され、鼻に水が入ったらしく

ケッ ケッ と噎せ

「塩っ辛いと聞いてはおったが、これ程とは... 」と、前足で長い鼻をこすっている。


「大海原とは、よう言うたものよ」


榊は、二つ尾の先を揺らし

暗い海の果てを見つめる。


「おまえさぁ、感動してるけど

海の本番は昼なんだぜ」


「夜もいいけどな」


オレと朋樹が言うと、「ふむ」と

振り向いたが、鼻には砂が付いていた。

さっき 鼻 擦ってたもんな。


ボティスが「動くな」と

自分のシャツで、榊の鼻を拭う。


「むっ、何をする?!」


阻止しそびれたが、鼻拭きくらいは

まぁ大目に見るか...


「ちょっと遊んでく?」と

ルカが 砂 触り出したが、ジェイドが

「ホテル取ってからにしないか?

結局、車や砂浜で寝ることになりそうだ」と

尤もなことを言った。

榊は「ふむ... 」と、名残惜しそうに

また、海に眼を向けている。


「ホテル取ったら、また来ようぜ。

ここじゃないかもしれんけど」


「あとで花火するか?」


まだ 動かねぇなぁ...


「あれは何じゃ?」


「ん?」


いつの間にか、波間にポコンと

浮き輪が浮いている。

白いビニールに 何かの模様がついたやつ。

花か何かの模様か?


「ちょっとー...  もうさぁ

みえるって、損だよなー... 」


ルカの言葉に、朋樹もジェイドも

ゲンナリしながら同意した。


「どこ行っても これだしさぁ」


左眼を隠してみると、浮き輪の近くには

海草のように揺らめく明るいブラウンの髪が見えた。


「どうする?」


「浮いてるだけに見えるけどな」


「送った方が良くね?」


「お前等 “祓い屋” なんだろ?」


「ボティス。おまえも もう

他人事みたいに言えないんだぜ」


「ふむ... このように 迷うておる場合であると

儂が扉を出そうと、死者からは見えぬ」


浮き輪と 明るいブラウンの髪は

打ち寄せる波と共、 徐々に近づいてくる。


「もう、めんどくせぇなぁ

... 掛けまくも畏き伊邪那岐の大神

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に

禊ぎ祓へ給ひし時に... 」


朋樹が 祓詞を口にすると、髪が沈むように消え

浮き輪も薄れて消えた。


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