ひなた 7


「なんだ、此奴等は」


酒呑が 四人を見下ろして言うと

男達の腰が引ける。

どの男も若うなく、齢は 五十や六十といったところか。


「... その、子供を寄越せ」


口を開いた男を、酒呑がじっと見る。

葉桜が滑り台に上がり

ワラシ... ひなたを腕に包んだ。


「お前、見たことがあるぞ。

染二郎の家に 何度か来ていたな」


酒呑が “何度か” と言うのであれば

男は、余程の頻度で

染二郎宅に来ておったのであろう。


「なっ 何だ? おかしな格好しおって」


男は怖じ気ておるが、まさか鬼とは思わぬようで

また「なんだ それは」と、酒呑の角を指差した。


「子供を渡せ。それは 座敷童だろう?

俺は、宮田の縁者だ。

それを手にする資格がある」


「いやです」と、葉桜が答えると

男の内の 一人が滑り台に登ろうとし

酒呑が掴んで放り投げた。


宮田の縁者、と言うた男には

ひなたが見えるようじゃ。


男の 一人を 軽々と放り投げた酒呑を見て

宮田の縁者と言うた男は、手を上着の衣嚢に入れる。


露さんが儂の胸から跳び、男に向かうが

「露さん!」

途中におった男に蹴り跳ばされた。


儂は狐に戻ると

露さんを蹴り跳ばした男に飛び掛かり

避けた男の腕に食らい付く。許さぬ...


男は「狐?!」と驚いておったが

儂の尾に気づき

妖物ようぶつだ!」と 騒ぎ出した。


「高く売れるぞ!」

「生け捕れ!」


近くにおった太った男が、儂の尾を掴む。


狐火を出した時

角のある影が、儂や男等を覆い

尾を掴んだ男の腕をギリギリと握った。


「離さねば潰す」


尾を離した男を放り投げ

もう 一人の 襟首を掴んで持ち上げる。


酒呑が儂に眼を向けたので

儂は、男に狐火を見舞い

酒呑の手から 男を撃ち飛ばすと

露さんの元へ走った。


「にゅ」と言う露さんに怪我はない。良かった...


「露さん、何故 無茶を... ?」


「離しなさい!」という、葉桜の声に振り返ると

滑り台の上には、酒呑が最初に投げ飛ばした男がおり、葉桜と揉み合っておる。


酒呑が、滑り台の下から手を伸ばして

男の足を掴む。


宮田の縁者という男が、ぶつぶつと口の中で何かを呟き、衣嚢から手を出した。

手には札があり、男は それを酒呑に飛ばす。

此奴、術師であったか...


酒呑が濃霧に包まれ、霧の臭気が鼻に届いた。

「風向きがいい」と、男はニヤリと笑う。


どうやら、ただの霧ではない。

前足の先に軽い痺れを感じ、頭に靄がかかる。


宮田の縁者... 術師に 狐火を見舞うが

狐火は、術師の前で霧散した。

結界を張っておるものか... ならば


「あっ」と言う 葉桜の声


ひなたを抱いたまま、男と揉み合っておった葉桜が、ひなたと共に頭から落ちた。


儂が 術師に跳び掛かると

「ガァッ!」と

酒呑が、身から発する邪気で 取り巻く霧を払い

「眠るものか」と、自分の手の肉を囓り取った。


滑り台の上の男の足を掴み、骨を砕くと

堪らず男が座り込み、自分の足を押さえる。


酒呑が、その男の頭を掴んで捻ると

ゴキリという太い骨が折れる音が響いた。


跳び掛かった儂の下におる 術師の頭を

ごしゃりと踏み潰し

這って逃げようとする太った男の背を掴み

立ち上がらせると、また ゴキリと首を捻る。


放心して座る男に歩み寄ると

上から頭を掴み、ギリギリと絞めた。

片眼が飛び出すと、手を離す。

男は座ったまま絶命した。



ひなたと 葉桜に駆け寄る露さんの後に

儂も駆け寄る。


葉桜は狸の姿に戻っておるが、露さんが鼻先を頸に付けると「ううん... 」と 声を出した。

失神しておるだけのようで、胸を撫で下ろす。


ひなたも無事じゃ。

葉桜の隣にぺたりと座っており

滑り台を見つめておる。


「ひなた」


酒呑が呼ぶと、ビクッと身体を浮かす。


角の生えた 大きな影が近づくと

ひなたは、狐姿のままの儂に しがみつく。


「... いやだ!」と、ひなたが叫んだ。


「ひとを ころした! ころしたっ!

やっぱり、シュテンはオニだ!」


儂の背に回した腕も、身も脚も

恐れに ぶるぶると震える。


「そうか」


酒呑が背を向け

角の生えた 大きな影が遠ざかっていく。


仕方あるまいのう...



『ワラシ』と、露さんが

優しく年老いた 男の声を出した。


はっ と、ひなたが露さんに向く。


ひなたと露さんの間に

小さく白い、陶器の瓢箪が落ちた。


『人は死んだらもう、御守りは要らないんだ。

俺は 胡麻と一緒にいるしね。寂しくない。

ひとりぼっちの ワラシにあげるよ』


ひなたが拾うと、露さんは

い名前を 貰ったなぁ』と 言う。


『自分で、手離すのかい?』


白い瓢箪を握り締め、ひなたが走る。


酒呑の足に しがみつくと

「ごめんね」と、すんすん泣きながら見上げた。


「ごめんね、シュテン」


酒呑が「馬鹿者」と抱き上げて笑い

左の肩に乗せると

ひなたは、角の生えた頭に ひしと腕を回した。




********




「柘榴様、昨夜は大変 世話に... 」


「良い良い。気にするな」


相談所の座敷で、グラスの酒に渦を巻く柘榴様は

上機嫌に ホホと笑う。



ひなたと酒呑が公園を去った後

さて どうするか... と

四つの遺体を見ておった 儂等の前に

水竜巻が上がり、柘榴様が現れた。


「稚児は無事、我が山の

酒呑の元に参ったようじゃのう」


柘榴様は明るい笑顔で言われ

銀砂ぎんさ」と、白銀の大蛇を呼ばれた。


「飲むが良い。眼なども残さずのう」


白銀の大蛇が 四つの遺体を飲むと

柘榴様は「良い子じゃ」と、大蛇を撫でられた。



そうして、今朝は

「ひなたは朝より、卵焼きなどを食べた」と

また明るい顔で報告に参られた。

酒呑の屋敷の女達が、大変に世話を焼いておるという。


「ひなたは、我が屋敷にも

“泊まりに来る” と言うてのう」


柘榴様は ニンマリとグラスの酒を干された。


「呑まぬのか?」と、儂等に言われるが

儂は珈琲などを飲み

浅黄や桃太も「いや、酒は... 」と

ゲンナリとしておる。


「お前達も 近く、我が山へ参ると良い」


柘榴様は 座敷を立たれ

「今日は これより、すみれに会いに行くのじゃ。

土産は何が良いかのう?」と

葉桜に眼を止められる。


菫とは、河の守護の蛇神の蒼玉そうぎょく

一花いちかという、ヒトの間に出来た子じゃ。


「一緒に選びましょう」


葉桜も立ち、すこぶる機嫌の良い柘榴様と

廊下を玄関へ向かって行った。



「しかし、酔い潰れし内に

そのようなことがあろうとはのう... 」


桃太が ため息をつく。


「風夏や 一花も、我等を恐れたが

人非ひとあらず者のワラシものう...

家憑きの稚児である故、外もよう知らぬ。

それは恐ろしかったであろうが

やはり 人と我等は、近しくなれぬものよのう」


儂も、霊獣でない 獣の狐の頃は

人が恐しくあったのう。


「だが ワラシは、染二郎と暮らしておった。

俺も、泰河や朋樹とは 友じゃ」


浅黄が言うと

「人里に長くおると、そういった人間ばかりではないのが分かる。此度の公園の者等のように」と

桃太は痛む頭を擦って、水を飲んだ。


「一度に 人が四人も消える など

人里で騒ぎにならぬであろうか?」


騒ぎに なるかも分からぬのう...


「泰河や朋樹には、話さぬで良いのか?」


浅黄が聞く。儂は迷うておった。


話して もし、泰河や朋樹が 伴天連等も連れ

二山へ向こうたら... と、思うと


「心のままにするが良い」


桃太が言う。


「隠しておける性分でもあるまい。

祓い屋が向かうことがあれば、俺も向かう。

榊。お前が その時、どちらに着こうと

それも それで良い」




********




「ほら 榊、これだろ。ナントカ石鹸」


異国から戻った泰河と朋樹が

儂等の山の、展望台の駐車場で

儂に土産の石鹸を渡す。


「チーズとワインも貰って来た。帰りに渡すよ」


ふむ、マルセイユ石鹸とは これのことかと

泰河の手から取ると、何からの花を濃縮したような 大変に良い匂いがした。

石鹸は 三つ入っておる。

柚葉に 二つとし、儂にも 一つ。


「飯行こうぜ。乗れよ」


泰河が、車の後ろのドアを開けるが

儂は車には乗らず

酒呑の名は伏せ、ただ 鬼とし

ひなたの話を二人にする。


公園に現れた四人の男の話になると

二人の顔付きが変わったが、儂は最後まで話した。


「... 公園には、何も残してないな?」


朋樹が口を開く。


「血は?」


「柘榴様が、水で流された」


ふう と、泰河が息をつき

「なら 問題ねぇな」と、顔を緩ませた。


「良いのか?」と 儂が聞くと

「良かねぇだろうけど、オレら 知らねぇよ。

そいつら、おまえのことも捕まえようとしたんだろ?」と 泰河が答える。


「その場にいりゃあ、鬼を止めたかもしれんけど

いなかったんだしよ。

だいたい、鬼なんか相手にしたくねぇよ。

二山には 依頼がない限り、絶対 近寄らん」


「オレは止めんかったかもしれんぜ。

もう、飯行こうぜ。寒いから早く乗れよ」


... ふむ


儂は 何やら、今 胸に

ひなたが出来たような気分じゃ。


儂が車に乗り込むと、二人も前に乗る。


近しくなれるのじゃ。このように。

人と 人非ず者であれど。

胸のなかは 同じもので出来ておるのだから。



「けどさ、ひなたには会ってみたいよな」


「おう。座敷童って、会ったことねぇもんな。

まあ、座敷童には居てもらいたいだろうし

そりゃ 依頼なんか来ねぇよな」


「鬼が “良い” と言えば

鬼里に連れて行くがのう」


儂が言うと、二人は ちぃと黙る。


「オレら、喰われねぇ?」


「ちょっと考えるよな...

榊が 里に、ひなただけ呼んでくれよ」


朋樹が振り返り、儂に 髪止めなどを渡す。


「ヒスイと 同じ物だ。ヒスイが選んだけど」


「むっ!」


「うまくいってるぜ。サンキューな、榊」


泰河が ミラー越しに儂を見て

「おまえも何だよ 榊。

石鹸とか色気づきやがって... 」などと言う。


「何? 儂が いつまでも食い気だけであると

思うておるのか?」


「あ?」


「え? 何だ? 誰かいんのか?」


ふん と、窓に顔を向けると

「いねぇな」

「うん、これは いねぇ」などと

二人が鼻で笑うた。


何じゃ何じゃと怒る内に、車は山の麓から

人里へと下りる。


「榊。おまえ、ブランコから跳べる?」


「むっ?」


「飯食ったら、公園行こうぜ。

あっ、怖いか? ブランコ跳び」


ぬうう...


「鼻 拡がってるぜ」と、朋樹に言われ

また ふいと横を向く。

二人が ケラケラ笑うので、つい 儂も笑うた。







********      「ひなた」 了



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