37
「そして」と、ハティが鳥籠を消し
偽の自分と史月に眼を向ける。
「宝珠を取り出せれば、これ等は もう
始末 出来る ということだ」
ハティの言葉を聞いて、偽ハティが
防護円を出ていた シェムハザに飛び掛かり
両手で首を絞める。
「動くな」と、スサノオが シェムハザに言い
円を出て、偽ハティの両腕を剣で落とした。
「死ぬ前に宝珠を出せ」と、月詠を見る。
出来るのかよ?って、皆が月詠に注目すると
「宝珠を消滅させるか、逆に力は込めれても
抜いたことなどない」と、ため息をついた。
どうすんだよ...
「ツキ、なんとかしろ。失血死する」
むちゃ言うよな、この人。
月詠は、朋樹に「勾玉を」って言って
前に預けてた 白い勾玉を受け取った。
「玄翁」と呼んで、玄翁の首に掛かる勾玉と
白い勾玉を合わせて円にする。
「力を貸す。お前が抜け」と月詠が言うと
玄翁が、両腕のない偽ハティの前に立つ。
白と翡翠色の円になった勾玉を握った手を
偽ハティの胸に付けると、手は そのまま
胸に潜っていく。
「蓬の宝珠じゃ... 」
偽ハティの胸の中で、宝珠を掴んだみたいだけど
玄翁の手が抜けない。
「最期の抵抗か」と
スサノオが斬ろうとするけど
「宝珠を抜くまで待て」と 月詠が止める。
「玄」と、狸神の真白爺が
自分の首の勾玉を手に持ち「押してやる」と
偽ハティの背に付け、念を込めると
玄翁の手が ゆっくりと押し出されて
宝珠ごと抜くことが出来た。
スサノオが 偽ハティの首を跳ねると
首も身体も 女になった。化けていた魔人だ。
玄翁が 半樹になった偽史月の方へ行くと
偽史月は、自分から羊歯の宝珠を吐き出して
樹に埋もれたまま、ガタイの良い男の姿になる。
命乞いをしようと口を開いた時に
浅黄が薙刀で 男の口を突き、樹まで貫いた。
また 二つに分かれた勾玉の、白い方を受け取りながら「自分の山へ戻れ」と 月詠が玄翁に言う。
「宝珠を持ち主に戻してやるが良い」
柘榴が「亥神の山は 必ず取り返す」と添え
「儂も行こう。此度の敵には、役に立てぬ」と
真白爺も言うと、玄翁も頷き
「では、後は頼む」と、柘榴や白尾、史月を見て
月詠に礼をした。
「榊、扉を開け。この結界の外に繋げてやる」
榊が扉を出すと、開いた扉の先には
月詠が投げた矛が 崖に刺さっているのが見える。
「あの辺りに、一の勾玉の気配がある」と
月詠は 玄翁の眼を見た。
「榊」と呼ぶ 玄翁に、榊は頷き
「ふむ。後程」と 微笑み
玄翁と浅黄、真白爺と桃太が扉に入ると
榊が扉を閉めて消す。
よし。宝珠は取り戻せた。
あとは、黒蟲と 残りの魔人だけだ。
「猟犬、まだ戻って来ないな」
泰河に頷いてたら、猟犬が出現した。
酸を滴ながら グルグルと唸り、地面を掻いている。
「下か?」
史月が聞くと、猟犬が赤い眼を史月に向ける。
史月には、猟犬の言葉が通じるらしい。
「下って... 」
ビキ と、音がして 地面に亀裂が入る。
猟犬が ますます唸り声を上げると
亀裂から黒い蟲が噴き出してきた。
黒い蟲は幾つかに纏まりだして、人の
月詠が手を真横に伸ばすと、あの三ツ又の矛が握られた。
両手で逆手に持ち、亀裂に突き立てると
黒い蟲の排出は止んだが、地面が大きく割れ
防護円にもヒビが入る。
「おおっ?!」
泰河が 自分の足元に視線を移したけど
その理由は すぐにわかった。
地面から たくさんの手が生えてきたからだ。
その手に、オレも足首を掴まれる。
ボコ ボコ と、地面の土を割り
次々に魔人が這い出て来た。
黒い蟲は、オレらの象に変異し
魔人の 一人が周囲の木を発火させた。
柘榴が豪雨を降らし、雷で魔人を射ち
白尾が、自分の目の前に立った魔人の首を噛み折って樹化させる。
史月が、足を掴まれたままの片足を上げ
地面の下から魔人を引き摺り出すと
狼の姿に戻り、そいつを噛んで振り回す。
狐に戻って、足首を掴む手を逃れた榊が
泰河の象になった蟲に 狐火を埋めて弾けさせ
スサノオは、斬った手首に足首を掴まれたまま
走り、次々に魔人を斬り倒して行く。
柘榴が呼んだ雨雲に、叢雲が重なり
空も森もより暗くなった。
シェムハザが呼んだ天空の霊が 青白い光を放ちながら、魔人を浄化し 消滅させる。
マルコシアスが、足首を掴まれたまま
腰の剣を抜き、近づく魔人の首を刈り
オレらの前に立った、オレと朋樹の顔をした
黒い蟲の塊を、ハティが石化して崩す。
自分が ボロボロと崩れていくのを見ていると
まだ掴まれたままの両足が ガクンと沈んだ。
「ルカ! 泰河!」
朋樹が呪の蔓を オレらに巻き付け
後ろからジェイドとボティスが オレらを掴むが
地面に腰までが引き込まれる。
ハティが オレに手を伸ばした時に
一気に地面の中に落ちた。
********
「痛ってぇ... 」
背中 打ったぜ。たいして高さはなかったから
どこも痛めてはないけどさぁ。
被さるように落ちたジェイドが立ち上がると
オレも立ち上がる。
「ここは... 」
「森だな」
地面の下には、小さな森になっていた。
ドーム型の閉ざされた森だ。
さっきと同じ夜の森だけど、闇というほど暗くない。上を見上げると、白い光が蠢いている。
同じように上を見上げていた泰河が
「蟲か」と、軽く顔をしかめた。
落ちたのは、オレと泰河、ジェイドとボティス。
足首を掴んでいた手も、その手の持ち主も消えている。
「ここが この山の本来の森だ。亥神の結界の中心。森の上に さっきの丘を重ねたようだ」
「ここに黒蟲がいる ってことか?」
「だろうな」と ボティスが頷き
周囲を見渡しながら「なるべく固まれ」と言う。
「まず殺られるなら、俺とルカだ。
邪魔だからな」と、ボティスが地に手を付けて
防護円を敷く。
そうか。黒蟲の目的は、泰河とジェイドだ。
「だが、簡単にはさせん」と
防護円から手を出して、新しい魔法円を描き
「召喚しろ」と、ジェイドに言う。
たぶん、天使の召喚円だ。
すぐ上には、ハティ達がいるのに大丈夫なのか?
「... Domine, obsero, ne nos
Praeditus sapientia et prudentia:
lta ut posset ducere populum... 」
躊躇いながら、ジェイドが召喚し始めると
天使の召喚円の中に、何か大きな物が落ちた。
子供だ。小学校の低学年くらいの男の子。
気を失っている。
「ちょっと... 」
焦って抱き抱えると、隣から
「魔人だ」と、ボティスが言う。
「自分たちの仲間の子を落としたのか?」
泰河が防護円を出ようとするのを
ジェイドが止めた時、また落ちて来た。
今度は女の子だ。3歳か4歳くらい。
気は失っていない。
落ちた時に身体や顔を打ったのが痛かったのと
混乱で泣き出して、大粒の涙を溢している。
ジェイドが抱き上げようと近づくと
ビクッと身体を痙攣させ、余計に泣いた。
座ったまま後ずさりして離れようとする。
エクソシストだということがわかるのか、怖がっているみたいだ。
ボティスが しゃがんで女の子を抱き上げて
膝に乗せ「大丈夫。大丈夫だ」と、背中に
とん とん と、ゆっくり手を当てる。
「コヨーテを呼べ」と言われて、琉地を呼ぶ。
ボティスの隣に座った琉地が、じっと女の子を
見つめ、すんすんと鼻を鳴らす女の子が
そっと琉地に手を伸ばす。
琉地が、女の子が撫でやすいように頭を下げ
何度か撫でさせて、一歩 近寄ると
女の子は ボティスの膝を下りて、琉地を抱き締めた。
「もう、どこも痛くないか?」と
しゃがんで聞く泰河に、琉地に両腕を回したまま
女の子が頷き、オレが抱き上げてる子を
「にぃに!」と指差す。
地面に下ろして、頭だけを支えると
女の子が「にぃに、にぃに」と揺すって起こそうとする。
男の子にも 見たところケガはなく
呼吸も緩やかで規則正しい。眠っているだけに見える。
「この子も、落ちたよな?」
泰河が じっと男の子を見つめる。
「落ちた にしたらさ
なんか、眠り方が安らか過ぎねぇ?」
... 蟲 か?
泰河が額を触ろうとすると
男の子が眼を開けた。
すぐに、自分を呼ぶ女の子に気がつき
「
「おい... 」と、泰河が小声で
立ち上がった男の子の背中を 視線で示す。
男の子は、ズボンに小さなナイフを挟んで持っていた。
泰河が手を伸ばすのを、ボティスが手で制し
「小僧、名前は何だ?」と聞くと
「ボクは... 」と、男の子は
女の子... 妹の菜々から腕を解きながら
はっ としたように、オレらを見回す。
ジェイドに眼を止めると、ビクッとしたけど
唇を噛んで立ち上がり
背中のナイフを手に取って、革の鞘から抜く。
一生懸命に、ジェイドを見上げて睨んだ。
ジェイドが 一歩近寄ると、またビクッと
身体を震わせた。
「あの お兄ちゃんを、どうすんの?」って
オレが隣から聞くと
「やっつける」と、男の子は震える声で言う。
「ボクたちの パパとママは
バテレンに “紅い蟲にされた” って...
パパとママが いなくなっちゃったから
ボクたちは、
この森で暮らすことになったんだ」
蔵石 って、黒蟲のことか... ?
この子たちの親は、矢上に抵抗したのか
紅蟲にされてしまったみたいだ。
「でも、バテレンを やっつけたら
ボクでもガッコウにいけるって... だから... 」
なんだよ それ。
なんか すげー つらい
ジェイドが しゃがんで「いいよ」って言うと
男の子は、唇を噛んで泣き出した。
「いいや。したくないことなんか
しなくていいんだ。
そんなことしなくても、学校には行ける」
泰河が 菜々を、膝に乗せながら言う。
「でも、パパとママが... 」
そうだよな。大人に そう言われてるんだし
直接 オレらが魔人を蟲にしてなくたって
間接的には、そういうことだ。
「おまえが大人になって、強くなってから
やっつければいいじゃねぇか。
今は、学校に行って 勉強するんだ」
ボティスが男の子の手からナイフを取り
「これが何か知っているのか?」と聞くと
男の子は、涙を拭きながら頷いた。
「そうか」と、ボティスは
男の子の手首を取って、ナイフで手の甲に
薄い傷をつけた。
すっ と、簡単に切れた傷から血が滲むと
男の子は また震えて泣き出してしまう。
「もういいよ」と、抱き止めると
まだ小さい頭を オレの胸につけて、しくしく泣いた。
「こんなものを お前に渡す大人は、悪い大人だ。
どこにいる? 俺が話しをする」
ボティスが立ち上がると、男の子は オレの胸から顔を上げ、ジェイドの背後を見る。
突然「キャアアアッ!」と 悲鳴を上げ
「ごめんなさい!ごめんなさい!」と
頭を抱えて、オレの腕から離れ
地面に うずくまった。
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