14


広場の中央には、人化けした山神たちが

集まっていた。

六人 それぞれの山神に

浅黄みたいな警護のヤツも 二~三人 付いてて

結構な人数だ。


一の山の亥神は、オレらの父さん世代の

頑固そうなオヤジで

二の山は蛇神。藍色の地に銀の花の着物に 銀の帯を締めてる。凛とした綺麗な女の人。


三の山は玄翁。今日は、焦げ茶のパンツに

煉瓦色のベスト。茶色のチェックのハンチング。

五の山は史月。いつも通りのシングルのライダースに皮パン、ショートブーツ。


六の山は、人化けしてんのに、これ絶対 狸。

細くて小さい玄翁とは違って

腹が突き出た丸っこい爺さんだった。

隣には、リーマンスタイルに銀縁眼鏡の桃太がいる。


「皆さん、今宵は 当山へ

ようこそいらっしゃいました... 」


そして、ちょっと異彩を放っているのが

この山、四の山の白尾って山神。


「再び お会いできて、嬉しく思います... 」


元々は、狐だったらしいんだけど

今は 人化けしてる訳じゃなくて

これが本来の姿だ って聞いた。獣人だ。


白髪の長い髪に、白い狐耳。

腕も 腰から下も、白い獣毛に覆われてて

白い狐の尾が生えてる。

白い睫毛に、大きな黒い眼が 二つ。

ふっくらとした桜色の唇で微笑む。


「六の山の、桃太様からの御報告により

魔の者についての会議となりますが... 」


「... ルカ」


白尾の挨拶の途中、隣から マルコシアスが

真面目な顔だけど 小声で

「服を脱いで、彼女に渡せ」って言う。


「いやオレ、このシャツしか来てないんだぜ」


そう答えたけど、マルコシアスは

「ここは楽園ではない」って言うし。

楽園って、創世記か。


うん。白尾って、何も着てないんだよな...

下は獣毛で、そんなに気にならないんだけど

乳とか丸出しだし、困るっちゃ困る。


泰河と朋樹も 小声で

「いや、気にはなってたけどさ」

「本人が気にしてないのに、言い出しにくいだろ」って、なぜかオレを見るし。


なんでオレなんだよ? いくらオレでも

初対面で “服着ろ” って言いづらいぜ。

なんか傷つけそーじゃん。


「アダムとエバが あの実を食べてしまったからね。それまでは、何も身につけないことに

疑問もなかったんだけど」


ジェイドが小さく息をついて、パーカーを脱ぎ

紺の半袖のシャツ 一枚になった。


パーカーをハティに渡すと

「彼女に似合う服に変えて 渡してくれ」って

頼む。おまえも渡しはしねーのかよ。


ハティは、空色のパーカーを

パステルブルーのホルタードレスに変えて

オレに顔を向ける。


オレが、白尾に手のひらを向けて

“渡してやれよ” と、示すと

ハティは「シェムハザ」とか言った。


うわっ、マジかよ ハティ...

でも ハティの隣にオーロラが揺らめいて

シェムハザが出現する。


「ハーゲンティ、マルコシアス。どうした?

お前たちも揃っているじゃないか」


オレらのことは、“お前たち” と 簡単に省略する

明るいハスキーな声。


清潔な白いシャツから 引き締まった胸元を覗かせて、長い脚をブラックジーンズで包み

黒いジョッキーブーツを履いたシェムハザは

今日も、爽やかな甘い匂いをさせて

もちろん眩しく輝いている。


あまりに眩しいので、山神たちも

「あれは 噂に聞く天人か?」と

多少 ざわつきながら注目した。


「... これを、彼女に」


ハティが耳打ちすると

シェムハザは、状況を察したらしく

ドレスを受け取って白尾に歩み寄る。


「俺は シェムハザという。天から堕ちた者だ。

お近付きの印に、ドレスを献上したい」と

白尾と握手をしたまま、軽く引き寄せ

左手のドレスを白尾の背にかけた。


なぜか白尾は、もうドレスを着ている。


「好きな花は?」と聞くシェムハザに

「... 野の花が」と、戸惑いながら

白尾が答えると、シェムハザが指を鳴らす。


白髪の狐耳の耳元や、腰の右側に

青や白のカモミールやタンポポ、勿忘草が飾られ

「少々、形も変えよう」と、また指を鳴らし

上は ホルタービキニに。

下は、腰の花からスリットが入り

でかいスカーフを、三角に折って巻いたような

ミニ丈のラップスカートになった。

妖精っぽい。アリエルが会ったら喜びそうだ。


「大変に良い」と、藍色の着物の山神が言うと

白尾は「ありがとう」と頬を染める。


シェムハザが、着物の山神に近づき

帯に「失礼」と、手を当てて短い呪文を唱えると

帯留めの紐にサファイアが付いた。すげー...


「それで、何の集まりなんだ?」


シェムハザが ハティに聞き

「悪魔と人の混血が出たようだ。蟲を使う」と

ごく簡単な説明をしたら

魔人まびとが? 俺も同席しよう」って言う。


山神たちの方を見ると、まだ史月すら口を開く前に、着物の山神が「構わぬ」と

サファイアに見とれながら言った。


着物の山神... 蛇神は、六山の長らしいし

シェムハザの術を見た 他の山神からも

特に異論はないみたいだ。


「ディル、パーティー用にワインとグラスを。

生ハムとチーズも頼む。野外だ」


シェムハザが言うと、ワインや料理の皿が乗った

幾つかのガーデンテーブルが顕れた。

おフランスの城から 取り寄せやがったしさぁ。


「しばらく 妻を頼む」


ふう。かっこいいぜ。




********




「突然であったのだ! 人里でのことだ!

何らかの気配に振り向くと

葉桜がおり、全く突然にして... 」


「桃太とやら、落ち着いて話してみよ」


ハティの隣で、シェムハザが グラスを片手に

辛抱強く聞き直している。


ハティとマルコシアス、シェムハザの紹介をし

ちらちら見られていた伴天連のジェイドと

おまけっぽいオレと琉地も紹介されると

まず、榊の話をした。


ボティスが付いていることと

玄翁の「榊ならば 心配要らぬ」という言葉で

皆 とりあえずは、榊の邪魔をせずに 報せを待つ ってことになったけど...


「蜘蛛も出た ということであったのう」って

玄翁に話を促されて、女郎蜘蛛のことを話して

今は、桃太が捕まった時の話を聞いている。


でも、榊が相手側に潜入した って聞いてから

この桃太ってヤツは、イライラそわそわしてて

落ち着いて話せないみたいだ。

浅黄も ずっと黙ってるし、やっぱり心配だよな。


「しかし、榊とやらを相手側から取り戻すにしても、お前の見聞きした事が重要となるのだ。

相手は お前に、“こちらに着け” と 言ったのだな?」


「そうだ。つかねば 山の霊獣らも

皆、塵にする と脅してきた」


「何故、お前たちを “塵にする” と脅す?」


「知らん! 魔の者の考えであれば

おぬしらの方が詳しかろう!」


桃太! と、六の山の真白爺ましらじいって山神が

厳しい声を出す。


「飲め。落ち着け」


史月が 桃太のグラスにワインを注ぎ足した。


「実際に相手の言葉を聞いた、お前の感触を聞きたいのだ。何故、脅されたと思う?」


シェムハザが、グリーンの眼で

桃太を覗き込む。


「... 味方につかねば、俺等が おぬしらについて

奴等の敵が増えるもの と思うておるとみえた。

奴等は、何か危機を感じておるのだ。

それと同時に、動く好機でもあると思うて

活動を始めたようであった」


ハティが、グラスから桃太に視線を上げた。

シェムハザは、チーズと生ハムを桃太に勧めてから、また質問する。


「危機 というのは、何に対して と思う?」


「... わからんが、奴等の目的は 地上の掌握だ。

ただの人間より、自分達が高等だと思っている。

無能な人間が地上を束ねているということに

納得がいっていない。

だが、天は 人間を守護している... と」


じゃあ、人間は そいつらにとって

危機感を抱かせるものじゃない、ってことだよな。


「今までは、こうして人目に触れるように

表に出ることはせず

じわじわと長き時間をかけ、地上の掌握をする

計画を練っていたようだが

そ奴が言うには、自分等と同じように

地上を狙う者が出てきた、と」


桃太の言葉に、オレらは眼を合わす。

それって、サリエルやウリエルじゃないのか... ?


シェムハザも同じことを考えたみたいで

「“大母神” や “キュべレ” という言葉は

聞いていないか?」と、桃太に聞く。


「“地の母が目覚める” とは聞いた。

地上は、その者等に乗っ取られる、と。

“伴天連と獣で対応する” とも言っておった」


なんで、そいつらが

キュべレのことを知ってるんだ?


「... 教会墓地で、僕らを見ていたのが

そいつなら、知っていておかしくない」と

ジェイドが言う。


「僕が日本に来てから、ずっと見てたんだ。

教会に通ったアリエルも見ていたのなら

サリエルのことも、泰河のこともわかるだろう。

墓地でなく街中でなら、見られていても

それに気づきにくい」


そうだ。桃太を操ったヤツは、朱緒に化けて

伴天連のジェイドに “味方につけ” って言った。

泰河を指差して、“そいつはもらう” とも。


蟲で造った 史月と朱緒の息子の姿で

“観察は済んだ” と言ってたし

最初は、伴天連のジェイドを警戒して見張ってて

泰河の血のことを知ったのか...

そして、周りにいる榊や史月のことも。


動く好機、と思ったのは

泰河の血のことを知ったからだと思う。

堕天しかけているとはいえ、天使のサリエルに

呪い傷をつけたくらいだ。


フランスから こっちに戻って来て

オレと泰河は、派手に仕事しちまったし

泰河の血は、天使だけじゃなく

他の何にでも対応出来る... と 知るのは

簡単だったはずだ。


「そいつは、ジェイドのことを

エクソシストや祓魔師 ではなく

“伴天連” と言ったのか?」


朋樹が聞くと、桃太は頷き

「“異国から伴天連が来たことは、知っているな?” と、俺に聞いた」って答える。


「そいつの歳は、いくつくらいだった?」と

泰河が聞く。


「見た目は おぬしら程だ。

眼や髪の色、顔立ちも、この国の若い人間の男であった。

だがあれは、長く生きておる。

おそらくだが、俺や榊より長い」


「何故 そう思う?」


ハティが聞くと

「時の権力者に、伴天連の弾圧をそそのかしたことを

話しておったからだ」だとか言う。


「キリシタン弾圧を?」


口を挟んだジェイドに

「“田口 なにがし とかいう者は

最期まで抵抗したから 呪ってやった” と。

目覚めの呪いであるらしい。

五山の下には、その頃の教会があると

忌々しげに話しておった」と 答えた。


田口 某 って、あの 袴に髷の役人か?

キリシタンを逃がして、護っていた...


「“人間は、下等であっても侮れぬ” などと言い

“人間に山を潰される前に こちら側につけ、

つかぬなら、どの道 塵にしてやる” と脅し

殴られるうちに、意識が途切れた。 俺は... 」


結局は屈したのだ と 桃太は、声を震わせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る