25


ゴッ と、薙刀の柄が 異形の脇腹に当たり

異形の足が止まる。


浅黄は薙刀を また振り、異形の 二の腕を打った。


次に 薙刀を背に回して 両手で柄を持つと

くるりと立ち回り、また脇腹を打つ。


たまらずよろけたところを 足払いし

地に転びかけた異形の胸を、柄で突いて飛ばす。


「おお、これは無惨じゃのう」


榊が、法華経が遠退いた時に

大声で言った。


異形が立ち上がると、浅黄が また無表情に

薙刀で打つ。


「所詮は 人に非ず。

継ぎ接ぎの木偶人形であろう」


薙刀が空を切る音と、異形の身を打つ鈍い音。


浅黄に打たれる度に

異形は後退させられている。


「どうじゃ、皆

憎き異形が成敗される様を、見学しては?」


幻惑を加えたのか、榊の声が

法華経の響きを上回り、集落中に響いた。


榊は、紅いくちびるを緩く開き

いくつも狐火を出す。


道の脇に、赤オレンジの拳大の珠が

ゆらゆらと揺れる。


浅黄が また、よろけた異形を突いて飛ばした。


立ち上がろうとした異形を薙ぎ払い

側頭部を打ち付ける。


「これ、何やってんだ... ?」


ルカが 不安げに眉根を寄せた。


おじさんや透樹くんは、厳しい顔で

浅黄と異形を見ていて

川本のおっさんは、顔を歪ませている。


... そうだ

これだけ異形が打たれて、返りは と

隣にいる朋樹を見ると

オレと眼を合わせ、首を横に振った。


打たれても、返りはないようだ。


それどころか

「痛みが薄れてきた... 」と言う。


集落の あちらこちらから気配を感じ

周りを見回すと、ぽつんぽつんとある家々から

物忌み中のはずの人達が出てきた。


皆が道の方へ近寄るのを見て、ジェイドが

「カルネシエル、カスピエル、アメナディエル... 」と、精霊の名を呼び

人々が道に出ないよう、道の際に配置する。


あの ばあちゃんもいる。


オレらが立っている場所から、道を挟んだ向こう側で、ばあちゃんは手を合わせていた。

少し背が曲がった 小さな身体が

余計に小さく見える。


「おお、そうじゃ!

あれなる木偶人形は、元は 皆の先祖の身体であったのう」


榊の声の間に、浅黄の薙刀の音。


異形は、集落の入り口から森までの

道の中心ほどまで、追い返されていた。


榊と慶空も、浅黄に合わせて

森の方へ歩を進める。


「六部よ。皆に、先祖の身を返すが良い」


浅黄が 異形の喉を打ち、また後ろへ飛ばす。


「その木偶人形を解放せよ と言うておるのじゃ。

亡き者であろうに、浅ましき執念じゃ」


よろよろと立ち上がる異形を、浅黄は容赦なく打ち据える。


「もう疾うに、お前が在った世ではないわ。

幾年も移り変わったのじゃ。早う堕ちるが良い。

お前など、我等 畜生にも劣る」


「榊!」


痛みがなくなった と、朋樹が呟き

なんか よくわからんが、たまらなくなって

榊を呼ぶ。


榊は、半分 振り返り

切れ長の眼をオレに流した。


「邪魔をするなと言うたであろう。

泰河、お前は 今は役に立たぬ」


「もう、止せよ」


榊は、声を立てて笑い


「お前は、儂を何と思うておる?」と

オレを振り返り、顔をまっすぐに向けた。


「人を惑わす魔性の者よ。

伴天連の言う悪魔とやらと、何も変わらぬ」


榊は背を向け、また慶空と並ぶ。


散々 転ばせた異形の足を 浅黄が払い

異形が背を地面に着くと

ルカが ジェイドに

「守護精霊を解放しろよ」と言ったが

ジェイドは黙って、異形を見つめている。


法華経が遠くに近くに響く、狐火の下。


異形の顔や着物の下の足に

青黒い色が見え出した。


浅黄に打たれたところに、痣が浮き出している。


なんでだ? 霊なのに、痣なんか...


ビュウ と、風を切る薙刀の音。


ちくはぐの両腕と両足。顔に歪んで付いた耳。


起き上がっては打たれ、転べば突かれ


オレは、何を見ているのだろう と

いつの間にか 視界が滲んだ。


「いつまでも、この木偶に しがみつくつもりか?

良い。ならば このまま封じようぞ。

我等が五年毎、このように打ち据えてくれるわ」


胸を突かれ、異形が倒れる。


周囲から 人の声が漏れた。

ばあちゃんは、顔を覆って泣いている。


「... カガセオ様」


誰かが ジェイドを呼んだ。


「カガセオ様」

「カガセオ様、どうか... 」


「カガセオ様、異形様を

我らの祖を お救いください」


「カガセオ様!」

「カガセオ様!」


「何を言うておる?」


榊が 人々の声を止めた。


「救えぬことなど、わかっておろう?

六部が この木偶を放さぬ」


薙刀が打つ音が響く。


「元は、六十六もの写経を奉納するという

善き旅をしていた者であったようだが

この集落の者に、わずかな路銀目当てに斬られたのであろう?

それはさぞ、無念であったのう」


法華経の声が遠退いた。


「世の すべてのものに、仏性は備わる というが

怨みなどで、多くの者を切り刻んで寄せ集め

このような呪物を造った者にも、造られた者にも、そのようなものが備わっておるものか」


仏性

法華経では、仏種というものだが

すべてのものは仏陀になれる可能性が備わっている ということだ。


真理を覚り、仏陀になるというのが

仏教の大元の目標になる。


打つことで、執着を払い、煩悩を滅し

仏性を作用させようとしているのか?


誰に? 六部に? 異形に?

それとも...


それにのう、と 榊は続ける。


「儂らは、皆を救っておるではないか。

どうじゃ? 返りの痛みも消え失せたであろう?

これに今、打ち返したからのう。

皆が畏れた異形は、このとおり無力に転がっておる。

おお、見よ。人非ず者のくせに、打たれた肌は

青黒うなっておるわ。哀れよのう」


ビュウ と、薙刀が鳴り

異形を打つ音が響く。


法華経が止んだ。

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