今日は 割と仕事が多かった。

肝試しシーズンは別として、一日に何本か仕事が入ることは稀だ。

依頼の仕事を終え、沙耶ちゃんの店で 飯を食っている。


沙耶ちゃんこと、如月きさらぎ 沙耶夏さやか

この店を 一人でやっている。


明るいが 眩しくはない照明の下

白いレンガの店内には 観葉植物が並び

カウンターの奥には、店の雰囲気にそぐわない

“占い、お祓い等 承ります お気軽に” という

手書きのボード。

目立つので、店に入ると 必ず目に入る。


沙耶ちゃん自身も霊視が出来るので

店で占いをやっているが、その他の仕事

... 人霊関係、人霊や獣霊による憑依、

他のわけわからんものが出た という

依頼が入ると、それを オレらに回してくれる。


「さっきの駐車場の、ルーフに張り付いた

お姉さんさぁ、泰河の手のこと

“なんか怖い” って 言ってたよな?

泰河が浄化するのと、朋樹が浄霊するんじゃ

何か違うのかな?」


ビーフシチューとパン、サラダのセットに

トマトと魚介のパスタまで食ったルカが

隣で コーヒー飲みながら言う。


ルカは、母親がイタリア人らしく

背は 182あるオレと同じくらい。

整っているが、しゅっとした印象の朋樹とは

違い、明るい印象を受ける。


シャープな頬のせいか、全体的には すっきりとしているが、黒目がちの眼のせいで 甘く見える顔立ちをしている。

すっとした鼻の下には、両端が引き締まっている口。


長くも短くもない、中途半端な長さの髪は黒く

耳や首にかかる毛先には 軽い癖がある。

よく喋り 明るい。人懐こいヤツだ。


沙耶ちゃんが出してくれたデザートの

小さなレアチーズケーキを

「あっ! 沙耶さん、ありがとう!」と

パッと笑顔になって受け取っている。


オレも ケーキの皿を受け取って礼を言うと

「朋樹くんと泰河くんの 違い ね...

どうなのかしら。死んでしまってから行く先は

わからないものね」と

沙耶ちゃんは首を傾げ、肩の上の緩いウェーブの髪を揺らした。


沙耶ちゃんは、27のオレらより

おそらく少し年上なのだが、正確な歳は わからない。


華奢で小さいので、こうして オレらが

店のカウンターに座っていると

カウンター内にいる沙耶ちゃんは オレらの影になり、外からは見えないだろう。


二重瞼の大きめの眼、長いまつげ。

ナチュラルな色の口紅が よく似合う。

一言で言えば、可憐な感じだ。


「朋樹くんは まだ実家なの?」


「うん、もうそろそろ 連絡あると思うけどさ」


朋樹は、日本に戻ってから

すぐに自分の実家へ向かった。

実家は神社で、男ばかりの三人兄弟の次男だ。


神社は 朋樹の兄が継ぐことになっているので

朋樹は、フラフラと祓い屋をやっている。オレとな。


で、“実家で獣の話を聞く” とか言って

帰ったが、まだ連絡はない。


この “獣” というのは、オレらが

まだ 10歳の時に、山で会った... というが

オレには そんな覚えはなかった。


思い出そうとしてもサッパリだ。

“オオクワガタを採りに行く”... と

オレが聞かなかったようだが、そんなことは

ガキの頃しょっちゅうやっていたので

どの時のことなのかも わからない。


だが、ルカが オレの右眼の周りや右腕を 天の筆でなぞると、白い炎のような模様が浮かび

それからオレは 右眼でのみ 霊が見えるようになり、右手で浄化が出来るようになった。


その白い炎の模様は、獣のたてがみや尾

蹄の上に巻いていたものに似ているらしい。

なら、やっぱり

オレは その獣に会ったことがあるんだろうか... ?


「まぁさぁ、出来ることは増えて良かったよなぁ。

今まで実体があるヤツしか無理だったんだし。

よくそれで、やっていけてたよなー」


沙耶ちゃんに コーヒーの お代わりをもらいながら

ルカが言う。


そう。

オレは今まで、掴めるヤツしか無理だった。


狐や狸とかの人を化かす獣とか、一般にあやかしと呼ばれるヤツら。

... その中でも怪異、現象のみだけでなく

身体を持ったヤツに限定されるが。


この仕事をする上での、唯一のオレの利点は

絶対に憑依されない ということだ。


幼馴染みの朋樹が これに気付き

かなりやばい霊がいるような心霊スポットや

事件事故現場であっても

特に何も影響を受けないので

人だけでなく、場所の祓いをやる時も

重宝される。


まあ、実際に祓うのは朋樹で

オレは ほぼアシスタントだけど。


朋樹は、神主の資格もあるので 一般的な祓いもし

陰陽にも 多少 通じていることもあって、出来ることも多い。


更に天性の感があり、霊視も出来る。

ただし、その霊視方法というのは

対象者の追体験をしてしまう という困った方法で

例えば、殺人事件の被害者を視る場合なら

殺される恐怖や痛みまで味わうことになる。


ともかくだ。


一応、寺で修行したとは言え、オレが大したことない祓い屋だった ということは認めるけどさ...


「ルカ、おまえだって 似たり寄ったりだろ」


ケーキに添えられたカシスジャムを

最後の 一口と 一緒に食って言うと

「うん、まぁな!」と、あっさり肯定した。


ルカは、霊視とは違い

人や物に残った思念を読み取ることが出来る。


なので、親しい人やペットを亡くした遺族から

呼ばれたりすることもあるが、これは仕事じゃない と言う。

どこからか呼ばれたら行く。

思念を読み、伝えて

「じゃあ、失礼します」と、そのまま帰って来る。


だったら、どう稼ぐか というと

アンティークショップなどの中古品の目利きや

建物や土地に残ったものを読み、その解消法を

提示する... とかだ。


簡単なものなら、除霊などもやるようだが

その方法は “説得”。

話が通用しないようなヤツや、怨念のみだと

ムリらしい。


若い頃に、アリゾナに留学経験があり

その時に精霊と縁を持ったようだ。

コヨーテをはじめ、風や地の精霊を喚べる。


だが、なんといっても

ソロモン王にも使役されたという、魔神クラスの悪魔をツレに持つのは、こいつくらいだろう。


なんか ルカは、人にも

いろんなもんにも すぐ気に入られるんだよな。

一緒にいると、それが何故なのか

なんとなくわかるけどさ。


「泰河、おまえさぁ

ヒゲ剃って、髪 もうちょい伸ばしてみろよー」


オレの顎ヒゲ見ながら、唐突に言った。

これ最近、よく 勧めてくるんだよな...

なんなんだよ...


「そしたら、もっと似るぜ。

アメリカの あの俳優。なんだっけ?

ほら、若くで死んじまってさぁ... 」


沙耶ちゃんが「ああ!」と

その俳優の名前を言った。


「うん。眼の感じとか 似てるかもね。

ステキだったわよね、彼」


ふうん... ステキかぁ...

髭、剃ろっかな...


ちょっとグラついて、髭に触ってると

ルカのスマホが鳴る。表示は ジェイドだ。


「おう、ジェイド。神父業終わったのかよ?

今オレ、泰河と沙耶さんとこに居て... 」


ルカの電話の相手のジェイドは、ルカの従兄弟で

神父。そして、祓魔師だ。


「... えっ? マジかよ?

おう、すぐ行くわ。身体 押さえるくらいしか出来ねーと思うけどー」


ルカが スマホしまいながら

「協会から連絡があったらしくてさぁ。

悪魔憑きらしいぜ」と言うが

悪魔憑き、なぁ...

時々 聞くけど、たいてい思い込みか

獣霊だったりするんだよな。


けど、協会から話がきた ってことは

思い込みや病気ではない... ってことか。

そういう可能性を 十分に考慮して 確認してから

エクソシストの出番になるみたいだし。


「助祭の子は帰すから、オレらが来い って」と

ルカが 椅子を立つ。


しかし、悪魔祓いって

ちゃんと見るのは初めてだよな...


「よし、行こうぜ」


「気をつけてね」という沙耶ちゃんに手を振り

オレらは ジェイドの教会へ向かった。

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