24


「本当に、キュベレと言ったのか?」


ハティとボティスが、城に戻ってきた。

保管庫の 一階で

シェムハザと そのまま話している。


「大母神だと言っていた」


「実在するのか?」


「現に、血を継ぐという者共がいる。

奴らは堕天使ではない」


頭つき合わせて話してるけど、さっぱりだよな。


またワイン用意しろとか言われて、棚んとこで

朋樹に聞いてみる。


「ヒスイとは どうなんだよ」


「おう」


しゅっとした顔で照れやがって。

うまくいってんだな。


「キュベレって、神の肋骨じゃないのか?」


ワインのコルク抜きながら朋樹が言うけど

オレ、そんな名前 初めて聞くし。


オレの顔 見て、朋樹は納得したようで

「まさかエバは知ってるよな?」と聞いてきた。


「創世記だろ。アダムの肋骨から造られた」


「そう。でもな、その前に

神は最初に

“男と女を同時に造った” という話があるだろ?」


ええー 知らねーよ、そんなの。

子供の時に読んだ本には なかったしさぁ。


「おまえ、家はカトリック... まあ、いいか。

その後、なぜか その女のことは語られずに

アダムを深く眠らせた神が、アダムの肋骨抜いて女を造った とある。これがエバ」


「最初の女は どこ行ったんだよ?」


「だから、語られていないらしい。

名前は リリトと言われてるけどな」


リリト?


“悪魔の母” じゃないのか?

サタンの妻 とかとも 言われてるよな。

元々は、他の神話の悪霊だった気もする。


「なんで語られてないんだよ?」


「知らねーよ。アダムと うまくいかなかったんだろ。そのリリトを産んだのが キュべレ」


えー、なんだそれ。


「じゃあ、神の肋骨って?」


「神は 自分から、悪の部分を捨てた んだろ?

抜いた肋骨だよ。キュべレだ」


「キュべレは 神なのかよ?」


「だから、一部だったんだろ」


前に シェムハザも言ってたな。

悪魔は 堕天使ばかりじゃない

神が悪い部分が、そもそもの悪魔だって。


けどそれ、とんでもないヤツなんじゃないのかよ?

神の闇そのもの ってことだろ。

堕天使が かわいく見えてきそうだな。


「ワイン」と、ボティスに言われて

テーブルにグラスと 一緒に運ぶ。


「リリトは?」


「地界だ。皇帝の城だが」


「リリトに聞いても分からん。

あれは母を知らん。皇帝の耳には入れるな。

一説によると、キュべレは天に在る と聞く。

天の牢獄で眠っている と」


「マティにはいないぞ」


「サンダルフォンの幽閉天マティではない。

秘された牢獄だ。熾天使の限られた者のみが立ち入れる」


わからん話 してるよなー。

オレ たぶん、ワイン係で ここにいるんだぜ。


ハティたちのテーブルのグラスにワイン注ぐと

朋樹に合図されて、また棚のとこに戻る。


「ダンタリオンのことは聞いたけどさ

泰河の模様は何なんだ?」


新しいワイン開けて、朋樹とオレのグラスに注ぎながら、まず化粧筆の話をすると

「おまえの指のも?」と聞かれて

「そ」と、頷く。


「朋樹さぁ、10歳の時に山で変なモノに

会ったことあるだろ」


グラスに口をつけて、朋樹は「ん?」と考える。


長めのショートヘアって言えばいいのか

眼や肩にかかる黒髪。

整った形の眉の下の長い睫毛と、深く黒い眼。

すっとした鼻と口。シャープな感じ


ヒスイが『彼、色がない印象だわ』とか

ぼんやり言ってたのを思い出す。

うん、最初見た時は そんな感じだった。

今は そうでもない。

ちょっと雰囲気変わったよなー。


「山か... 天狗探しは、三年の時だったし

山童探しか 山姥の家探しの時か... 」


子供の時、相当山に行ってんだな。

泰河が引っ張り回したんだろうけど。


「秋になっても まだクワガタ探してだろ。

オオクワ」


「ああ! 泰河が採るって聞かなかったんだよ。

いねーって言ったのに。

あの時は大変だった。黒い影が降りてきて... 」


朋樹は オレの眼を見た。


「なんで知ってるんだ?」


「その場にいたんだよ。オレとジェイドも」


あの時のことを話して聞かせると

「あの靴、おまえのか!」と驚いていた。


「朋樹、あの獣 覚えてる?

あれって、おまえが呼んだのか?」


「獣? 必死だったからな...

確か 大祓は叫んだ。それしか知らなかったしな。

オレが見たのは、白くて強い光だ。

影を霧散させたんだから、神の類いだとは思うぜ」


獣の形で見てないのか?


「光じゃなかったぜ。白い焔の獣だよ。

まあ、形は いろいろ変わったけど」


「白い焔?」


「そ。泰河の模様は、そいつの焔だ。

ボティスは

“神の創造物から自然発生した獣だろう” だって

言うんだけど、よくわかんねーし。

あの時 泰河は、朋樹が気絶してからさぁ

獣の首、食っちまったんだよ。

でも 泰河は それを覚えてなくてさぁ。

... 朋樹、おまえ聞いてねーな」


「いや、聞いてるよ。

日本に戻ったら、オレの実家に行く」


朋樹の実家は神社だ。正月に お邪魔した。


「オレの父が、何か知ってるはずだ」


「なんでだよ?」


朋樹は、ひとり何か納得してるけど

オレは またさっぱりだぜ。



「朋樹、ルカ」


ハティに呼ばれて、テーブルの近くに行く。


「城の守護を強めたい。ゴーストに関してだ」


「結界張るよ。でも、もう術かけてあるよな。

あんまり隙間なく、完璧に固めちまうと

どこかにヒビ入った時に、一気に崩れるぜ」


朋樹が言うと、シェムハザが

「心配ない。城壁を清めたのは 泰河とルカだ」

とか答えて

朋樹も「ああ、なら多少の穴はあるな」って

安心してるし、どういうことだよ これ。


「アリエルを狙ってるっていう、ダンタリオンってヤツ

サリエルと繋がってるって ことはないのか?

いくら、アリエルの魂に価値があっても

シェムハザや ハーゲンティを敵に回すのは

利口じゃないだろ。

だいたい、どこからアリエルのことを知ったんだ? サリエルか オレら以外は 知らないんだぜ」


「あっ、そうじゃん!

天でも知ってるのは、サリエルの手下と

半身のウリエルくらいだろ?

地界では どうなんだよ?」


朋樹のもっともな質問に、オレも重ねて聞くと

ハティが答えた。


「地界に ダンタリオンは不在だったが

地界の者は、アリエルのことは誰も知らん」


ハティがグラスを指差すので、ワインを注ぐ。

ワイン係だしよ。


「じゃあ、ダンタリオンは単体で動いてるのか?

どうやって、アリエルのこと知ったんだよ?」


これには、シェムハザが

「まだ不明だ」と、答えた。


「だが城に来ずとも、俺の元で働く人間に

接触することは可能だ。

現に、トマや ロジィと 魔女の契約を交わしている。

思考から、アリエルのことを知るのは容易い。

更に俺が、ラジエルの書を所有していることも

知っている」


ジーク... シェムハザの前の奥さんが亡くなった時に、ダンタリオンは

ラジエルの書の閲覧を引き換えに

“ジークの幻影を作ってやる” と

持ちかけてきたことがあるらしい。

それからも しつこく

“書を見せろ” と言ってくるようだ。


「傷心につけ込むなど、サタンの所業だ。

あのような者、城にも入れるものか」


シェムハザが、グラスを見つめながら言うけど

あくまで根が天使っぽいよなー。


「じゃあ、アリエルを狙うのは

シェムハザに対する 私怨もあるってことか。

キュべレの血を継ぐヤツらは、サリエルに荷担しねーよな?」


「それも まだ はっきりせん。

だが、まずは アリエルの身の安全を優先する。

サリエルやキュべレについては、その後だ」


そうだよな。サリエルとかキュべレとかって

オレらが考えても意味ねーし。


「そうでもない」


ボティスは オレを見ていた。読んだな。


「サンダルフォンが危惧しているのが

キュべレのことならな」


あ そうか...

巻き込まれちゃいるんだよな。すでに。


「サンダルフォン?」という朋樹に

ボティスが「第二の預言」と言う。


「影によって 影を掴め」


「何言ってんだ? いいマフラーしやがって」


「弾けば 思い出すかもしれん」


「やめろ。いらねぇよ」


弾く? ボティスと朋樹の間には

なんかあったみたいだな。


「俺は広間に戻る。ルカ、朋樹に

サンダルフォンのことは話しておいてくれ。

朋樹は、結界とやらを頼む」


シェムハザが ソファーを立つと

ハティもソファーを立つ。


「仕掛けを敷く。

朋樹は結界が済んだら、ジェイドと広間に来い」


朋樹って、頼られてるよなー。


「オレと泰河はー?」


一応 聞いてみたら

「昼寝でもするが良い」だしさぁ。

寝るけどさぁ、使えねぇ感すげぇよなー。


「シェムハザ。

式が済んだら、アリエルは 早めに頼むぜ」


朋樹が言うと、シェムハザは

片手を軽くあげてこたえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る