「で、これ どうする?」


泰河が、飴色の頭骨を片手に言う。

地下の蝋燭を消して、地上に上がったところ。


なんかさぁ、毛皮は そんな古く見えなかったのに

骨は古く見えるんだよな。色のせいかな?


「日本では、動物の骨は どうするんだ?

埋葬していいのなら... 」


「ちょっと待った」


泰河が、頭骨の眼窩を覗きながら言う。


「なんか彫ってあるぜ」


オレも見てみたけど

左右の眼窩に彫られていたのは、何かの記号で

何だか まったくわからなかったので

そのまま、ジェイドに渡した。


「... わからないな。呪術のものだろうか?」


「たぶん、そうだろうけどさぁ

もう いいんじゃねーのー?

一応、解決したじゃん」


「そう。一応はね。

でもまだ 何か残っている」


えっ?


「ジェイド、おまえ さっき

埋葬してもいいなら... とか言ってたじゃん」


「今、手に取って気づいたんだ。

呪いは解いたが、奥に まだ何かある」


ジェイドの手から 頭骨を取った。

もう 一度、よく みてみると

確かに、まだ何かがくすぶっている感じがした。


「でも、そうだよな... 」


泰河が言う。


「人を狼にしちまうくらいなんだぜ?

祓っても、祓いきれないやつ なんじゃねぇの?

封印したりとか 祀り上げたりして

定期的に祓ったり、祟らないでくれ って

祈ったりするようなさ。

そういうのって、ふと無くなったかと思うと

また どこからか 出てきたりしやがるんだよな。

呪詛 抜いても、物自体に意志がある感じで」


あー、なんか人形とかでもあるよなぁ。

何度 捨てても帰って来たり、急にいなくなったり、脈絡ない場所に出没したり。


「じゃあ、どうすんだよ?」


泰河は「犬系は、玄翁も榊も頼れねぇしな... 」と

考え込んだけど、ジェイドは

「呪物なら、プロはいる。頼りたくはなかったが... 」と、ため息をついた。


「プロって、だから 朋樹だろ?」


何言ってんだ って顔してやったら

ジェイドも同じ顔してやがった。


「ああ、そうか。

たいていのことは わかるんだろうな」とか

泰河も言う。


「おまえの家の書斎には、何がいるんだ?」


... あっ!


「ハティか... 」




********




教会の門の前に、ハティを呼ぶ。

もう雪は止んだけど、夜 遅いし、すげぇ寒い。

風がないだけ マシだけどさ。


黒いスーツの上に、黒いロングコート。

漆黒の髪に深紅の肌。

その赤い手に、飴色の頭骨を乗せ

髪と同じ色の眼を オレに向けた。


「獣の骨か」


「そ。毛皮付きだったんだけど

それは 聖体拝領で、燃えてなくなった」


「聖体拝領だと? 肉と血か?」


ハティが ジェイドに視線を動かす。

腕組みしたジェイドは、無表情のまま

微かに頷いた。


「面白い」


ハティは ジェイドに言って

頭骨の眼窩を覗き込んだ。


「... 遺物だな。紀元前の物だ」


「えっ? そんな古いのかよ?

なんで こんなとこにあんの?」

「紀元前て すごいな!

本当なら、博物館入りとかするやつ なんじゃねぇの?」


泰河と、つい うるさくなったけど

ジェイドは「毛皮は そう古くなかった」と

そっけなく言う。めんどくさいぜ、もー。


「毛皮は、最近になって貼ったものだろう。

眼窩の中の記号は、紀元前 五百年頃に彫られている。

頭蓋自体は、五百六十年頃

ネブカドネザル二世より 零れ落ちたものだ」


「ナブッコか?」


ジェイドが 口を挟んだ。


ネブカドネザル二世は、新バビロニア王朝の王で

エルサレムや ユダを滅ぼした。

エルサレムや ユダからは、多くの捕虜が

バビロンに連行された。


捕囚民の中には、預言者のエゼキエルや エレノア、ダニエルなどがいて、旧約に書が残っている。

まあ オレは、あんまり ちゃんとは読んだことないんだけど、ネブカドネザル二世のことは

ネブカドネツァル と 記載されてたと思う。

ジェイドが言う ナブッコも、この ネブカドネザル二世のこと。


「はあ? 誰そいつ?」


泰河が ほけっと聞く。


「空中庭園 造ったヤツだよ」


オレが答えると

「ああ、ユダヤ人捕囚したヤツか」と納得した。


「晩年、ネブカドネザル二世は 狼狂に罹患りかんした。

自分は狼になった と思い込み、四つ足で這い

草をんだ」


そうらしいんだよな...

7年か そこら、ずっと狼になっちまった と思って苦しんだようだ。


今でも、こういう症例はあるみたいで

これにかかると、自分が狼になってしまったと

思い込んでしまう。いや、狼に限らねーけど。

中には、今日の変態みたいに

人や動物を食いちぎるヤツもいる って聞く。

ただ、人や動物の皮膚や肉は、思うより強靭で

人の顎で それだけの力が出せることには

疑問も残るらしい。


「ネブカドネザル二世は、山を這い回っている時に、ある異国の覚者と出会った。

交わした対話は短いものだったが、ネブカドネザルの眼は開かれた。

王は 自分を取り戻し、狼の頭蓋が零れ落ちた」


「覚者? 待てよ、紀元前500年頃って... 」

興味なさげだった泰河が、パッと色めきたって聞く。


「ゴータマ・シッダールタ」


ハティが答えると

「マジか! すげぇ!!」と 一気に興奮した。


ゴータマ ... ん? それって仏陀だよな?

えっ、マジか!


「すげぇじゃん!

じゃあ、仏教に帰依したのかよ?」


「いや。開眼したネブカドネザルから

頭蓋が落ちると、覚者は去った。

多くの者たちに教えを説くためだ。

ネブカドネザルは、その後 すぐに寿命を迎えたが、最期は人として 王として死したのだ」


ふうん、なるほどなぁ。

ネブカドネザル二世は、捕囚民のダニエルを

自分の近くに置いてた っていう。

ダニエルが賢人だったから。

狼狂は、ネブカドネザルの罪の意識によるものかもだよな。


「落ちた頭蓋を拾ったのは、バビロンの魔女だ。

魔女は、頭蓋に呪いを印した。

後の世に 大淫婦バビロンとなり、頭蓋は淫婦が乗った 十の角と七つの頭を持つ 緋の獣となった」


「えー? その大淫婦って、場所のことじゃねーの?」


オレが言うと「黙示録だな」と

ジェイドが その箇所を暗誦する。


「... “倒れた、倒れた、大バビロンが

そして、悪霊どもの棲処、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた忌むべき鳥の巣窟になった

諸国の民は、怒りを招く姦淫のぶどう酒を飲み、地上の王たちは彼女と姦淫を行い、地上の商人たちは彼女の途方もない贅沢によって、富を得たからである”... 」


「場に拡がり 作用したもの だ」


泰河が「バビロンの人達を堕落させた 何か?

その源 ってことか?」と聞き、ハティは頷いた。


「淫婦が 神の火に焼かれると、頭蓋は

ノルウェーの王、ハーラル 一世の元に渡り

ベルセルクであった 親衛隊の 一人が

ウールヴへジンとなって利用した」


「ベルセルクって、北欧神話の?」

「えっ? バーサーカーってやつ?」


オレと泰河が聞くと

「狂戦士だ」とハティは頷く。


北欧神話で、オーディンの神通力によって

熊や狼になりきって戦う戦士たちのことだ。

動くものには もう何にでも、鬼神のように

襲い掛かるらしい。

鎧などは纏わなかったようだが、熊や狼の毛皮を用いることがあったという。

ウールヴへジン っていうのは、狼戦士。

狼になりきったり、狼の皮を被ったヤツのこと。


けど それも、北欧に キリスト教が広まると

悪魔憑きとされて 消えていった。


「近くには、フランスの ジェヴォーダン地方に

獣の姿で出没したが... 」


「うわっ、マジかよ! ユーマじゃん!

ジェヴォーダンの獣にもなったのかよ!」


18世紀のフランスで、3年くらいの間に60人だか100人だか、とにかく多数の死者が出た。

得体の知れない獣に襲われて。

牛くらいの大きさで 赤毛。背中には 3本の縞模様に、ライオンのようなフサのある尾。

女や子供ばかりを狙って、内臓を食われたものもあったけど、顔や頭蓋を噛み砕かれたものや

ただ殺害されたものも多かった らしい。


「なんかもう、何になって出ても驚かねぇけど、それが なんでここにあるんだよ?」


泰河が聞くと

ハティは「さて... 」と首を傾げる。


「頭蓋は、ネブカドネザル二世の罪と魔女の魔術によって、永遠の呪物となった。

だが、淫婦の獣となって 神の火に焼かれ

狂戦士の毛皮となっては、また悪魔として祓われ

獣となっては、聖書を詠んだ猟師に撃たれた。

そして、ここでは 聖体拝領を受けた」


「だから何だよ。

なんでここに出てきたのか を 聞いてんだろ?」


まとめただけじゃん。ごちゃごちゃ長ぇし。

寒ぃしさぁ、早く答えてほしいんだけどー。


「さて。これが どういったものかは わかっても、何故ここに出たのか までは わからん。

ただ、頭蓋そのものに意思はない。

神の火に焼かれた時に

淫婦... 魔女の意志も 浄化されている。

その後は、狂戦士といい、獣といい

頭蓋を利用した者の意志は

神父により 聖なる言葉により 祓われている。

まだこの頭蓋の奥に燻っているものは

頭蓋を、人や獣に与える者の意思だ」


「じゃあ、誰かが

今日の男に頭骨を与えたというのか?」


ジェイドが聞くと、ハティが頷いた。


「だが、与えた者についても何も見えん。

これだけのことが出来る者は、地界にも少ない」


ハティに見えねーんだもんなぁ。

誰かに与えるってことは、頭骨も ずっとそいつが所有してるんだろうし、たぶん 人じゃねーよな。


とにかくもう 寒いし

頭骨はハティに預けようぜ って 提案しようとしたら、ハティが 余計なことを言った。


「残った意思は、“試す” といったものだ。

それが、与えた者に対してなのか

対処する者に対してなのかは 定かではない」


「対処する者に対して だと?」


ジェイドが食いつくし。

指とか耳とか すげぇ冷たいんだけどな...


「必ず 対処されることは わかっていて

わざわざ 世に出している... という感触がある。

与えた者が、意のままに利用し続けられるか

対処する者が、適切に対処出来るか

どちらに対する試みなのかも 定かではないが」


「へぇ。なんかそいつ、上から見てやがるよな。何なんだろうな?」


泰河も 寒がりながらも口を挟む。


「ボティスにも わからないのか?」


えー、あいつ来たらまた長くなるじゃん って

思ったのに

ハティが「ボティス」って呼ぶし。


オレらの目の前に 何かが渦巻くと

ばかでかく黒い大蛇が現れた。


「やっぱり お前等の用か」


大蛇は「この寒いのに... 」と

人の姿に変異する。


ライトブラウンのベリーショートヘアに

長い 二本の角。つり上がった眉と赤い眼。

口からは、二本の長い牙が伸びる。

耳に並ぶピアスと、指に幾つかの指輪。

派手だよな、こいつ。

黒いコートの上には、グレーにチェックの

マフラーを巻いている。


「寒いな」


ボティスは、教会の門の前に火を起こした。


「やめろ。公道だ。教会の前で...

バカなのか? おまえは」


ジェイドか睨むと、ボティスは肩を竦める。


「呼び出しておいて、ずいぶんなことを言うな。帰ってもいい。寒いのは苦手だからな」


「いや、マジで寒いじゃん。

ジェイド、おまえも 顔やたら白いぜ。

オレも帰りたいし」


ボティスを援護してみたら、ジェイドがオレを

すげぇ眼で見る。


「なあ、泰河」


泰河に振ると

「お? うん、まあ... 」と 地味に同意した。

ジェイドがキレねーか 警戒してんな。


「門の内に入れ。この火は消せ」


おっ。

めずらしく折れることにしたようだ。


教会の門に入ると、なんとジェイドは

家の方に歩いて行く。


玄関先で振り向き

「いいか。今後 勝手に来たら 祓うからな」と

念を押して、魔神 二人を リビングに通した。

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